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2017年4月22日

理化学研究所

NGLY1欠損症の治療標的候補の発見

Ngly1欠損マウスの致死性を回避させる遺伝子欠損を同定-

要旨

理化学研究所(理研)グローバル研究クラスタ糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡チームリーダー、藤平陽彦客員研究員、システム糖鎖生物学研究グループの谷口直之グループディレクター、バイオリソースセンターマウス表現型解析開発チームの若菜茂晴チームリーダーらの共同研究グループは、Ngly1遺伝子を欠損したマウス(Ngly1-KOマウス)を解析し、別の遺伝子であるEngase遺伝子をさらに欠損させることで、Ngly1-KOマウスの致死性が回避されることを発見しました。

ヒトの細胞質には、タンパク質の品質管理に関与するN型糖鎖脱離酵素[1]「NGLY1タンパク質」が広く存在しています。NGLY1タンパク質の遺伝子変異が原因の遺伝子疾患「NGLY1欠損症」が、最近発見されました。その症状は発育不全、四肢の筋力低下、不随意運動、てんかん、脳波異常、肝機能障害を伴い、全身的に重篤な症状を呈します。しかし、その有効な治療法はまだ見いだされていません。

今回、共同研究グループはNgly1遺伝子を欠損したマウスを作り出し、その解析を行いました。その結果、よく研究に用いられるマウスの系統であるC57BL/6系統では胚性致死(発生過程に分化の異常が生じ生まれてこない)になること、その致死性が別の遺伝子Engaseの欠損により部分的に回避されることを明らかにしました。また、異なる遺伝的背景を持つNgly1-KOマウスにおいても、Engase遺伝子欠損がNgly1-KOマウスの表現型を強く抑制することが示されました。さらに、C57BL/6系統におけるNgly1/EngaseのダブルKOマウス、および異なる遺伝的背景を持つNgly1-KOマウスの表現型が、NGLY1欠損症の患者にみられる症状とよく対応していることが分かりました。

本成果により今後、ENGaseの働きを阻害する物質がNGLY1欠損症の治療薬開発の有力な候補となる可能性が期待できます。また、C57BL/6系統におけるNgly1/EngaseのダブルKOマウス、および異なる遺伝的背景を持つNgly1-KOマウスが、NGLY1欠損症研究に有用なモデル動物として利用できることが期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『PLOS Genetics』(4月21日付け:日本時間4月22日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
グローバル研究クラスタ システム糖鎖生物学研究グループ
糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡 (すずき ただし)
客員研究員 藤平 陽彦(ふじひら はるひこ)(兼 順天堂大学研究員)
グループディレクター 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

バイオリソースセンター
マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 若菜 茂晴(わかな しげはる)

横浜市立大学 生命医科学研究科 プロテオーム科学研究室
教授 川崎 ナナ(かわさき なな)

京都大学 大学院医学研究科 遺伝子改変動物学
教授 近藤 玄(こんどう げん)

麻布大学 獣医学部獣医学科 生化学研究室
教授 山下 匡(やました ただし)

背景

真核細胞の細胞質に広く存在する「ペプチド:N-グリカナーゼ(PNGase)[2]」は遺伝子名がNgly1であり、タンパク質の品質管理に関わるN型糖鎖脱離酵素です(図1)。鈴木匡チームリーダーらはこれまで、PNGaseの活性および遺伝子の発見、その生理機能の解析を進めてきました注1,2)

一方で、哺乳動物においてPNGaseと構造が類似していて、同じような機能を示す“オルソログ[3]”のNgly1タンパク質によって脱離した糖鎖を細胞質で分解する新しい「非リソソーム[4]糖鎖代謝」経路が存在することが分かり、関わる酵素群の遺伝子を明らかにしてきました注3)図2)。その一つがエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)[5]です。

最近、ヒトにおいてNGLY1遺伝子の変異が原因の疾患が発見されました。その症状は発育不全、四肢の筋力低下、不随意運動、てんかん、脳波異常や肝機能障害を伴い、全身的に重篤な症状を示しますが、その病態発現のメカニズムは不明です。

しかし以前の研究で、鈴木匡チームリーダーらは細胞レベルの解析から、ENGaseの存在がNgly1遺伝子欠損の病態につながり得る可能性を提唱してきました注4)。そこで今回、共同研究グループは、Ngly1およびEngaseの遺伝子欠損マウスがどのような表現型になるのかを調べることにしました。

注1)Suzuki, J. Biochem 157, 23-34 (2015)
注2)Suzuki, et al. Gene577, 1-7 (2016)
注3)Harada,et al, Cell Mol. Life Sci. 72, 2509-2533 (2015)
注4)Huang, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112, 1398-1403 (2015)

研究手法と成果

共同研究グループは、マウスにおけるNgly1遺伝子およびEngase遺伝子の機能を明らかにするために、まず遺伝子欠損マウスを作出し、C57BL/6という近交系[6]マウス系統においてその表現型を解析しました。その結果、Engase遺伝子を欠損したマウス(Engase-KOマウス)は行った全ての指標で野生型と有意な差がみられず、調べた範囲で全く正常な表現型を示しました。それに対し、Ngly1遺伝子を欠損したマウス(Ngly1-KOマウス)は生存するマウスが全く観察されず、胚性致死(発生時期に分化の異常が生じ生まれてこない)であることが示されました。一方、Ngly1遺伝子とEngase遺伝子を両方欠損させたマウス(ダブルKOマウス)は、生存可能であることが分かりました。

次に、マウス胎仔の表現型を調べたところ、Ngly1-KOマウスでよくみられる心室中隔欠損や浮腫が、ダブルKOマウス胎仔では調べた範囲で完全に抑制されており、Engase遺伝子を欠損させたことによる表現型の抑制効果が観察されました。一方で、Ngly1-KOマウスとダブルKOマウスの両方の胎仔で、貧血などの表現型が観察され、出生率も理論値の1/2~1/3にとどまることから、その表現型抑制の効果は部分的であることが分かりました。ダブルKOマウスの中でも、発生過程で重篤な表現型を示すマウスに比べて、一旦胚性致死を回避して生まれてきたマウスは比較的緩和な症状を示し、その多くが1年以上の生存が可能となり、最長で2年以上生存する個体も観察されました。しかし、ダブルKOマウスにはNgly1遺伝子依存的な体重の減少がみられるほか、特に6カ月以上の加齢マウスに、背骨の彎曲(わんきょく)、体の震え(振戦)、尾懸垂時の後肢の把持[7]などの特徴的な表現型が観察されました。

また、C57BL/6マウス系統のNgly1-KOマウスと遺伝的多型を保ったICRマウスとを掛け合わせ、そこから生じる遺伝的背景が不均一なNgly1-KOマウスを解析しました。その結果、Ngly1-KOマウスの一部で生存可能な個体が観察されました。このことは、マウスの表現型に遺伝的背景が大きく影響することを強く示しています。ただし、生存可能なNgly1-KOマウスの症状は重篤で、生後3週間以内に70%以上のマウスが死亡し、背骨の彎曲や尾懸垂時の後肢の把持といった表現型は生後まもなくから観察されるなど、C57BL/6系統のダブルKOマウスと比べて、表現型が早期に強く現れることが明らかとなりました。

同様の掛け合わせによって、遺伝的背景が不均一なダブルKOマウスを作出すると、やはりそれらの表現型は非常に抑制されました。例えば、調べた範囲でC57BL/6とICRマウスの掛け合わせから生まれてくるNgly1-KOマウスは30週以内に全てのマウスが死亡しますが、ダブルKOマウスは100%生存しています。これらのことからも、Engase遺伝子欠損がNgly1-KOマウスの表現型に及ぼす抑制効果は非常に強いことが示されました。

C57BL/6のNgly1/EngaseダブルKOマウス、およびICRとの交配によって生まれたNgly1-KOマウスの表現型はNGLY1欠損症の患者にみられる症状とよく対応していることが分かりました(表1)。

今後の期待

今回、Ngly1遺伝子が欠損したマウスの表現型が、Engase遺伝子の欠損によって強く抑制されたことから、ENGaseの働きを阻害する物質がNGLY1欠損症の症状を緩和する治療薬の有力な候補になる期待が一層高まりました。

また、C57BL/6系統におけるNgly1/EngaseのダブルKOマウス、およびICRとの交配によって生まれたNgly1-KOマウスの表現型が、NGLY1欠損症の患者にみられる症状とよく対応していることから、これらのマウスがNgly1欠損症研究に有用なモデル動物として利用できると期待できます。

原論文情報

  • Haruhiko Fujihira, Yuki Masahara-Negishi, Masaru Tamura, Chengcheng Huang, Yoichiro Harada, Shigeharu Wakana, Daisuke Takakura, Nana Kawasaki, Naoyuki Taniguchi, Gen Kondoh, Tadashi Yamashita, Yoko Funakoshi, and Tadashi Suzuki, "Lethality of mice bearing a knockout of the Ngly1-gene is partially rescued by the additional deletion of the Engase gene", PLOS Genetics, doi: 10.1371/journal.pgen.1006696

発表者

理化学研究所
グローバル研究クラスタ システム糖鎖生物学研究グループ 糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡(すずき ただし)
客員研究員 藤平 陽彦(ふじひら はるひこ)
(順天堂大学 研究員)

グローバル研究クラスタ システム糖鎖生物学研究グループ
グループディレクター 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

バイオリソースセンター マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 若菜 茂晴(わかな しげはる)

報道担当

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補足説明

  • 1.N型糖鎖脱離酵素
    N型糖鎖をタンパク質の根元から切り離す酵素。哺乳動物においては、糖鎖を全て取り除くPNGase/Ngly1と、タンパク質部分に糖(GlcNAc)を1残基残すENGaseの二つが知られている。
  • 2.ペプチド: N-グリカナーゼ(PNGase)
    N型の糖鎖を糖タンパク質の根元から切り取る活性のある酵素。遺伝子名は Ngly1であり、PNGaseとNgly1は同じタンパク質である。
  • 3.オルソログ
    共通の祖先から配列を保持しながら種分岐を経て進化してきた遺伝子やタンパク質のこと。その配列の高い類似性から異種間でも相同な機能を持つことが多いと考えられる。
  • 4.リソソーム
    真核生物が持つ細胞小器官の一つ。糖タンパク質も含めた生体高分子の細胞内分解、代謝の場として機能する。
  • 5.エンド-β- N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)
    細胞質におけて糖鎖の分解がリソソーム以外の場所でも起こる「糖鎖の非リソソーム分解機構」に関与する脱糖鎖酵素。
  • 6.近交系
    兄妹交配を20世代以上継続して維持している系統。理論上、系統内の全ての個体は同じ遺伝子組成を持つ。
  • 7.尾懸垂時の後肢の把持
    マウスの尻尾を掴み、逆さまに吊るした際に、マウスが2本の後ろ足をぎゅっと縮める様子。通常であれば、マウスは2本の後ろ足を広げる。
Ngly1タンパク質が関与する糖タンパク質の小胞体における品質管理機構の図

図1 Ngly1タンパク質が関与する糖タンパク質の小胞体における品質管理機構

小胞体内腔で合成された新生糖タンパク質は、小胞体内で品質管理を受けて折りたたみ状態を厳しくモニターされる。正しく折りたたまれたタンパク質は小胞輸送により各々の目的地に運ばれる。一方、正しくない折りたたみのタンパク質(変性糖タンパク質)は、細胞質でプロテアソームによって分解される(ERAD;小胞体関連分解)。その過程でNgly1タンパク質は、N型糖鎖を変性糖タンパク質から切り取り、その後、糖鎖はENGaseなどにより代謝される(図2)。なお、細胞内小器官の一つであるリソソームも複合糖質や脂質などを分解する役割を担っている。図1はリソソームを介さない分解経路である。

細胞質による糖鎖の非リソソーム代謝機構の図

図2 細胞質による糖鎖の非リソソーム代謝機構

変性糖タンパク質からNgly1によって切り取られた糖鎖(遊離糖鎖)は、細胞質のグリコシダーゼ(ENGaseとMan2C1(細胞質マンノシダーゼ))によって代謝される。赤い八角形はタンパク質、青の四角はN-アセチルグルコサミン、緑の丸はマンノースである。

Ngly-KOマウスの表現型とNGLY1欠損症患者の症状の表の画像

表1 Ngly-KOマウスの表現型とNGLY1欠損症患者の症状

ICRとの交配によって生まれたNgly1-KOマウスの表現型は、NGLY1欠損症患者にみられる症状とよく対応している。

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