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2010年4月29日

独立行政法人 理化学研究所

脳内マリファナ類似物質が、脳発達に重要なことを発見

-内因性カンナビノイドが抑制性シナプスの伝達疲弊を防ぎ、伝達効率を安定化-

ポイント

  • 抑制性シナプスの長期抑圧は、信号伝達のブレーキではなくシナプス機能の発達に必要
  • 長期抑圧には脳内マリファナ類似物質である内因性エンドカンナビノイドが関与
  • 内因性エンドカンナビノイドが抑制性シナプスの正常発達に必要

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、脳内に存在するマリファナ類似物質である内因性カンナビノイド(eCB)※1が、脳の抑制性シナプス※2の機能発達に重要な役割を持っていることを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)大脳皮質回路可塑性研究チームのビン ジャン(Bin Jiang)研究員、津本忠治チームリーダーらと米国ジョンズ・ホプキンズ(Johns Hopkins)大学のアルフレド カークウッド(Alfredo Kirkwood)博士らの共同研究による研究成果です。

脳内で作られるeCBは、eCB受容体を介して情報伝達を調節する物質で、マリファナはeCB受容体と作用して、薬理作用や中毒作用を引き起こすことが知られています。最近の研究によると、eCBはシナプス後部※3で神経活動に応じて作られ、シナプス間隙を逆方向に移動し、シナプス前部※3の受容体に結合することで神経伝達物質の放出を抑え、情報伝達を調節していることが明らかとなってきました。また、この作用は長期に持続し、伝達効率を長期持続的に低下させるというシナプス長期抑圧※4に関与することも知られています。しかし、脳の発達におけるeCBの役割については、これまでまったく分かっていませんでした。

抑制性神経伝達物質ガンマアミノ酪酸(GABA)※5を伝達物質とする抑制性シナプスは、強い信号の入力後、長期抑圧を示します。長期抑圧は、一見情報の通りを悪くすると予想されますが、研究グループは、2細胞スライスパッチ記録法という電気生理学的手法を使用して、長期抑圧がシナプスの疲弊を減少させ、伝達効率の安定化に役立つことを発見しました。例えば、出生直後の未熟なシナプスは、連続して信号の入力があると、2発目、3発目の反応が弱くなるといった伝達疲弊が起こりやすく、情報伝達が不安定ですが、長期抑圧後はこのような疲弊は少なくなり、機能が安定化します。eCBはこの長期抑圧に必要で、抑制性シナプスの正常発達に重要であることが判明しました。また、ラットを暗闇飼育して視覚刺激を遮断すると、抑制性シナプスの成熟が遅れますが、これはeCBが産生されず長期抑圧が起こらないためであることも分かりました。

抑制性シナプスの機能発達障害は、てんかんの原因やさまざまな発達障害に関与することが示唆されています。今後、eCBの作用機序の解明により、これらの障害の予防や治療薬の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(4月29日号)に掲載されます。

背景

2001年に、東京大学の狩野方伸教授らや米国カリフォルニア大学のロジャー・ニコル教授らが、内因性カンナビノイド(eCB)は主に小脳や大脳で抑制性神経伝達物質ガンマアミノ酪酸(GABA)の放出を抑え、抑制性シナプスを抑圧することを明らかにしました。一方、抑制性シナプスは、生後の機能発達が興奮性シナプス※2に比べて遅いとされ、その発達は大脳皮質視覚野において両眼視可塑性※6の感受性期(臨界期)の発現を制御しているとされています。特に、暗闇で視覚刺激を遮断した状態で動物を飼育すると、抑制性シナプスの機能発達が遅れ、両眼視可塑性の感受性期も遅延することが知られています。従って、eCBが抑制性シナプスの機能発達に関与している可能性が考えられますが、その作用がシナプス伝達を抑圧するということから、機能発達でもブレーキの作用をするだろうと想像されていたため、抑制性シナプスの機能発達にeCBが促進的な役割を持っていることはまったく想定されていませんでした。

研究手法

研究グループは、ラットやマウスの大脳皮質視覚野を薄く切り出して、人工脳脊髄液を満たした記録槽に静置し、2個の神経細胞の活動を同時に記録する「2細胞スライスパッチ記録法」という最新の電気生理学的方法を主に使用しました(図1)。電気生理学的方法で、抑制性神経細胞※7と同定した神経細胞に、試験刺激として20秒に1回電流を流し、活動電位(出力信号)を発生させた後、近くの興奮性神経細胞※7に向けて放出されたGABAによって生じる抑制性シナプスの反応を記録しました。この反応を指標として、eCB受容体を薬物で刺激したり、機能を阻害したりした時に、抑制性シナプスの伝達がどのような影響を受けるか観測しました。また、薬物の作用が生後発達に応じてどのように変化するかも観察しました。

次に、生後3~5週目のラットを約2週間、暗闇飼育して視覚入力を遮断した場合に、長期抑圧がどういう影響を受けるか、eCB受容体の機能やeCB受容体タンパク質の発現がどうなるかも調べました。さらに、eCB受容体を欠損したノックアウトマウスでは、抑制性シナプスの機能発達が遅れるかどうかも観察しました。

研究成果

生後2、3週目の幼若ラットに100ヘルツ(1秒間に100回の割合)で4発の高頻度刺激を間欠的に2秒間与えると、その後、抑制性シナプスの伝達効率が持続的に減弱する長期抑圧を示しました(図2左○)。この長期抑圧は、eCB受容体の阻害薬を投与すると起きなくなり(図2左●)、逆にeCB受容体を活性化する作動薬を投与すると、高頻度刺激を与えなくても、試験刺激を与え続けることで長期抑圧を再現しました(図2右●)。一方、同じ条件でも(作動薬を投与し、高頻度刺激は与えない)、試験刺激を中断した場合は、長期抑圧を示しませんでした(図2右○)。つまり、長期抑圧にはeCB受容体が関与していること、長期抑圧が生じるためには神経細胞の活動(刺激)が必要であることが分かりました。

この幼若ラットの抑制性シナプスは、連続して刺激が入ると伝達効率がすぐに落ちて、刺激の反復に伴い反応が小さくなるという「シナプス短期抑圧※4」を示します(図3上:黒波形)。しかし、高頻度刺激を与えた後(長期抑圧が起きた後)は、反応の減弱はほとんど起きませんでした(図3上:赤波形)。また、高頻度刺激の代わりにeCB受容体の作動薬を幼若ラットに投与すると、高頻度刺激で長期抑圧を起こした後と同様に、短期抑圧を消失させシナプス伝達を安定化させました(図3下:赤波形)。一方、eCB受容体を欠損するノックアウトマウスではそのようなシナプス伝達の安定化は起きませんでした。

また、生後5週目のラットになるとシナプス伝達が安定化し、長期抑圧も生じず、作動薬も効果がありませんでした。しかし、生後3週目から2週間、暗闇飼育した場合は、生後5週目でも長期抑圧が生じ、eCB受容体の作動薬が有効であることが分かりました。つまり、生後5週目頃にeCB受容体は減少・不活化しますが、そのためには、生後3~5週目の時期に、視覚入力が必要であると考えられます(図4)

eCBは、興奮性神経細胞に強い入力が入った場合にだけ、シナプス後部で産生、放出されることが知られています。従って、これらの結果は、暗闇環境下では強い入力が無いためeCBが産生されず、抑制性シナプスの機能発達が遅れることを示しています。つまり、ラットが正常視覚環境下で育った場合には、目から強い視覚入力が入るためeCBが産生され、抑制性シナプス(図1では緑の二股に分かれる突起の先端にあるシナプス)が正常に機能発達することが分かりました。

今後の期待

研究グループは、eCBによるシナプス長期抑圧が、抑制性シナプスの機能発達を抑えるのではなく、高頻度刺激に対するシナプス疲弊を減少させて情報伝達を安定化させる作用を持つため、機能成熟に重要であることを初めて明らかにしました。また、動物を暗闇環境で飼育し視覚刺激を遮断した状態に置くと、eCBが産生されないため、抑制性シナプスの機能発達が遅れることも明らかにしました。

抑制性シナプスの機能発達障害は、てんかんの原因や、さまざまな発達障害に関与することが示唆されています。今回、生後初期にeCBが不足したり、eCB受容体の機能が不十分になると、抑制性シナプスの機能成熟が障害を受けることを明らかにすることができました。今後、脳機能の発達障害のような障害の予防や治療薬の開発につながることが期待されます。

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 大脳皮質回路可塑性研究チーム
チームリーダー 津本 忠治

お問い合わせ先

脳科学研究推進部
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.内因性カンナビノイド(eCB)
    脳内にもともと存在し、マリファナに類似した作用と構造を持つ物質の総称。
  • 2.抑制性シナプス、興奮性シナプス
    神経細胞同士のつなぎ目であるシナプスには興奮性の信号を伝えるシナプス(興奮性シナプス)と抑制性の信号を伝えるシナプス(抑制性シナプス)がある。前者はグルタミン酸、後者はガンマアミノ酪酸(GABA、 ※5参照)を伝達物質とすることが多い。
  • 3.シナプス後部、シナプス前部
    シナプスは、情報を送り出すシナプス前部と情報を受け取る側のシナプス後部からなる。通常、シナプス前部には神経伝達物質が存在し、後部にはそれを受け取る受容体が存在する。ただ、内因性カンナビノイドのようにシナプス後部から出て前部に作用する物質も存在し、逆行性メッセンジャーと呼ばれる。
  • 4.シナプス長期抑圧、シナプス短期抑圧
    シナプスへ一定のパターンあるいは特定の組み合わせの入力が入った後、そのシナプスにおける情報伝達が長期(数十分から数日、あるいは観測の終了まで)にわたり持続的に抑えられた場合、これを長期抑圧と呼ぶ。一方、入力が入った後、数ミリ秒から数十ミリ秒の間だけ、次の入力に対する反応が小さくなることがあり、これを短期抑圧と呼ぶ。
  • 5.ガンマアミノ酪酸(GABA)
    大脳の主要な神経伝達物質の1つで、シナプス前部から放出され、通常は興奮性信号伝達を抑える働きを示す。
  • 6.両眼視可塑性
    大脳皮質視覚野の両眼から入力を受ける領域にある神経細胞の多くは、どちらの目に与えた光刺激にも反応するという両眼反応性を示すが、生後発達期に片目を遮蔽(へい)すると、その目に対する反応性を持続的に失うことが知られており、これを両眼視可塑性と呼ぶ。また、この可塑性は臨界期や感受性期と呼ばれる時期に最も強いことも知られている。
  • 7.抑制性神経細胞、興奮性神経細胞
    大脳皮質では、抑制性神経細胞は出力突起である軸索先端からGABAを放出し、接続先の細胞に抑制性の信号を伝え、興奮性神経細胞は軸索先端からグルタミン酸を放出し接続先の細胞に興奮性の信号を伝える。
2細胞スライスパッチ記録実験法の図

図1 2細胞スライスパッチ記録実験法

抑制性神経細胞(緑で示す)に電流(試験刺激)を流し活動電位(出力信号)を発生させる。右側の三角の興奮性神経細胞に置いた記録電極から、その出力信号に応じるシナプス反応を記録する。赤枠は観測しているシナプスを示す。

幼若ラットが示す長期抑圧とeCB受容体阻害薬および作動薬の効果の図

図2 幼若ラットが示す長期抑圧とeCB受容体阻害薬および作動薬の効果

左:高頻度刺激(矢印)によってシナプス反応は長期抑圧を示し、刺激後持続的に反応は低下している(○)。
eCB受容体阻害薬を投与すると、長期抑圧は阻止され、刺激後でも反応は低下しない(●)。

右:高頻度刺激の代わりにeCB受容体を活性化する作動薬を投与すると、長期抑圧を示す(●)。
ただし、試験刺激を中断した場合、作動薬を投与しても長期抑圧を示さない(○)。
この結果は、神経細胞が活動しないとシナプス長期抑圧は生じないことを示す。

長期抑圧後に連続入力に対するシナプス減弱が無くなり反応が安定化する例の図

図3 長期抑圧後に連続入力に対するシナプス減弱が無くなり反応が安定化する例

上:高頻度刺激を与えて長期抑圧を誘発した場合
高頻度刺激によって長期抑圧を起こす前の状態では、30ヘルツ(1秒間に30回の割合)で20発の連続刺激が入ると反応が入力とともに小さくなっており、短期抑圧を示している(黒波形)。長期抑圧を起こした後の状態では、最初の反応は小さいが連続刺激中に反応減弱が起きず、その結果、最後の反応は黒波形より大きくなっている(赤波形)。

下:eCB受容体作動薬を与えて長期抑圧を誘発した場合
長期抑圧を起こす前の状態では、反応が刺激とともに小さくなっており、短期抑圧を示している(黒波形)。作動薬を投与して長期抑圧を起こした後の状態では、反応がそれほど減弱せずにシナプス伝達が安定化している(赤波形)。

抑制性シナプス発達におけるeCBの働きの図

図4 抑制性シナプス発達におけるeCBの働き

生後初期(ラットでは生後3週頃)に目から高頻度入力が入ると興奮性細胞(三角)が活性化し、eCBが産生される。このeCBは抑制性シナプス(GABAシナプス)のシナプス前部の終末に存在するeCB受容体を介して長期抑圧を起こす。この結果、シナプスの情報伝達機能は安定化し、シナプスは機能的に成熟する。生後5週を過ぎるとeCB受容体の発現が少なくなり、さらなる長期抑圧を起こすことはなくなる。暗闇で飼育し生後3週ごろに高頻度入力が無いと、この成熟は遅れる。

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