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2010年5月10日

独立行政法人 理化学研究所

CCR6遺伝子が関節リウマチの発症に関与することを発見

CCR6遺伝子は、ヘルパーT細胞の1種「Th17細胞」の活動性を個人別に制御-

ポイント

  • CCR6多型が、ヒト関節リウマチの発症を約1.5倍に高める
  • CCR6多型には3種類のタイプが存在し、それぞれCCR6遺伝子の発現量が異なる
  • クローン病やバセドウ病など、Th17細胞が関与する自己免疫疾患への応用も期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、関節リウマチ(RA; rheumatoid arthritis)の発症に関与する新たな遺伝子「CCR6」を発見し、その遺伝子多型※1の違いには3種類のタイプがあり、最もRAにかかりやすいタイプの組み合わせと、最もかかりにくいタイプの組み合わせでは、約1.5倍の違いがあることを明らかにしました。これは、ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)自己免疫疾患研究チームの山本一彦チームリーダー、高地雄太研究員、国立大学法人東京大学、東京女子医科大学、国立大学法人京都大学を中心とする共同研究※2による成果です。

関節リウマチは、関節に炎症が続くことにより関節破壊を起こす代表的な自己免疫疾患※3ですが、発症には多くの遺伝因子と環境因子が関与しています。これまで、ヒトや疾患モデルマウスでいくつかの遺伝因子が報告されてきましたが、研究グループは今回、ヒトゲノム全体に分布する約55万個の一塩基多型(SNP)※1について、RA患者集団2,303人と非RA集団3,380人を調べるという、これまでにない大規模なゲノムワイド関連解析※4を行いました。その結果、リンパ球の移動に関与したタンパク質をコードするCCR6遺伝子※5の遺伝子多型が、RAのかかりやすさに関連していることを明らかにしました。さらに、ほかの自己免疫疾患であるクローン病※6バセドウ病※7の発症にも関与していることが分かりました。CCR6遺伝子の遺伝子多型には3種類のタイプが存在し、それぞれのタイプによってCCR6遺伝子の発現量が異なり、発現量の多いタイプを持つ人が、疾患にかかりやすくなっていることを発見しました。CCR6タンパク質は、免疫システムの司令塔となる細胞の1つヘルパーT細胞のうち、Th17細胞※8で多く発現していることが知られており、今回の解析結果は、Th17細胞がRA病態において重要な働きをしていることを示します。実際に、RA患者の血清中のサイトカイン※9を測定したところ、Th17細胞の活動性とCCR6遺伝子のタイプが関連することも分かりました。

今後、既存の治療が有効でない患者やTh17細胞の活動性が高い患者で、CCR6タンパク質は有力な治療標的になりうることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(5月9日付け:日本時間5月10日)に掲載されます。

背景

関節リウマチ(RA; rheumatoid arthritis)は、自己のタンパク質に対する免疫異常によって発症する代表的な自己免疫疾患で、国内に約50万人の患者がいます(出典:厚生労働省資料)。RAの発症には多くの遺伝因子や、喫煙などの環境因子がかかわることが知られています。遺伝因子としては、個人における遺伝子のDNA配列の多様性、すなわち遺伝子多型が疾患のかかりやすさに影響を与えていることが考えられています。RAに関与する遺伝子多型の多くは、病気にかかっていない一般の人もごく普通に保有するありふれた遺伝子多型で、これらの遺伝子多型は、その遺伝子の機能を質的・量的に変化させて、個人が示す免疫反応の強さなどに影響を与えます。これまで、ヒトや疾患モデルマウスを中心に、RA発症に関与する遺伝因子が複数報告されてきました。ヒトの場合、個々の遺伝因子が疾患発症に与える影響は非常に小さく、多くの遺伝因子が相互作用しながら関与すると考えられています。研究グループは、RA患者のゲノム全体を調べることで、これまでにない大規模で包括的なゲノムワイド関連解析を行いました。

研究手法

研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約55万個の一塩基多型(SNP)を、RA患者集団2,303人と非RA集団3,380人についてゲノムワイド関連解析を行い、そのタイプ別頻度を統計学的に比較検討し、RA発症と関連しているSNPを探索しました。また、この解析によって発見したSNPについて追認解析を行うため、別に集めたRA患者集団4,768人と非RA集団17,358人で比較して、結果の再現性を確認しました。さらに、同定したSNPが必ずしも疾患の直接的原因になっているとは限らないため、同定したSNP周辺のDNA配列を調査し、遺伝子の機能に影響を与える原因遺伝子多型の探索を行いました。今回の研究に使用したDNA(血清)試料は、文部科学省委託事業「オーダーメイド医療実現化プロジェクト(個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト)」から配布を受けたものです。

研究成果

ゲノムワイド関連解析の結果、ケモカイン※10受容体の1種であるCCR6遺伝子のSNPが、P値(偶然にそのようなことが起こる確率)が4.9 x 10-10と低く、日本人のRAのかかりやすさに強く関連していることが分かりました。追認解析でも、このSNPのP値は8.8 x 10-12と低く、結果の再現性を確認することができました。このSNPの周辺配列を詳細に解析したところ、CCR6遺伝子の発現量に影響を与える遺伝子多型を発見しました。遺伝子を構成する塩基には、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)、A(アデニン)の4種類がありますが、この遺伝子多型は、2つの塩基の組み合わせによって3種類のタイプ(TG、CG、CA)が存在し(図1)、日本人ではそれぞれ約5割、4割、1割の割合で存在します。母親由来、父親由来の2つの組み合わせによって、合計6つの組み合わせがあり、それぞれの組み合わせによって細胞での遺伝子の発現量が異なることが分かりました(図2)。また、発現量の多いタイプの組み合わせを持つ人(母親と父親の由来がTG/TG)が疾患に最もかかりやすく、さらに、最もかかりにくい組み合わせ(母親と父親の由来がCA/CA)と比較して、約1.5倍RAにかかりやすくなることを見いだしました。さらに、ほかの難治性自己免疫疾患であるクローン病やバセドウ病についても、この遺伝子多型に着目して患者と非発症者を比較した結果、やはり疾患の発症に関与していることが分かりました。

CCR6タンパク質は、免疫システムの司令塔となる細胞の1つヘルパーT細胞のうち、Th17細胞で多く発現しています。今回の解析結果は、Th17細胞がRAの病態で重要な働きをしていることを示します。Th17細胞は、インターロイキン17(IL-17)という炎症を誘導するサイトカインを産生しますが、RA患者の血清中のIL-17の濃度を測定したところ、CCR6タンパク質の発現量が高い遺伝子多型のタイプで、IL-17の濃度が高い人の割合が多い傾向を示すことが分かりました(図3)。従って、CCR6多型は、個人におけるTh17細胞の活動性を制御している可能性が考えられます。

今後の期待

CCR6タンパク質は、リンパ球の細胞の表面に存在することから、細胞の中のタンパク質と違って治療の標的としやすいタンパク質です。実際に疾患モデルマウスでは、CCR6タンパク質の機能をブロックする抗体を投与すると、CCR6タンパク質を発現するTh17細胞が関節内へ移動することを抑制し、関節炎を改善するメカニズムがすでに証明されています。特に、発現量の多いタイプ(TG/TG)のCCR6遺伝子を持ち、Th17細胞の活動性が高い患者には、CCR6タンパク質を標的とした治療が有効であることが考えられます。さらに、クローン病やバセドウ病など、Th17細胞の異常な働きによって発症する、ほかの自己免疫疾患に共通の治療法へとつながることも期待できます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 自己免疫疾患研究チーム
チームリーダー 山本 一彦(やまもと かずひこ)
研究員 高地 雄太(こうち ゆうた)
Tel: 03-5800-8828 / Fax: 03-5800-8828

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.遺伝子多型、一塩基多型(SNP)
    個人の体質や疾患へのかかりやすさは、環境要因とともにゲノムDNA配列の多様性によって決まる。遺伝子のDNA配列の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして一塩基の違いによる一塩基多型(SNP:Single-nucleotide polymorphism)がある。
  • 2.共同研究
    国立大学法人東京大学大学院医学系研究科内科学専攻アレルギーリウマチ学(山本一彦教授兼任)、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター(山中寿教授、桃原茂樹教授)、国立大学法人京都大学大学院医学研究科ゲノム医学センター(松田文彦教授、山田亮教授)、同医学研究科臨床免疫学(三森経世教授)との共同研究による。
  • 3.自己免疫疾患
    本来、ウイルスや細菌など外来性異物を排除するために働く免疫システムが、さまざまな要因によって、自己を構成する成分に対しても攻撃(自己免疫反応)して発症する疾患の総称。関節リウマチ以外にも、甲状腺の機能異常を引き起こすバセドウ病や1型糖尿病(自己免疫性糖尿病)もこれに含まれる。
  • 4.ゲノムワイド関連解析
    遺伝子多型を用いて疾患感受型遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が起こる確率)が低いほど、関連が強いと判定できる。
  • 5.CCR6遺伝子
    ケモカイン( ※10参照)の1つであるCCL20を認識する受容体Chemokine (C-C motif) receptor 6(CCR6)をコードする遺伝子。リンパ球によって発現しているケモカイン受容体のタイプは異なり、 CCR6遺伝子はTh17細胞( ※8参照)などの細胞に強く発現している。
  • 6.クローン病
    大腸や小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍を引き起こす炎症性腸疾患の1つである。細菌感染などを契機とした、自己免疫の機序が背景にあると考えられている。主として若年者に見られ、口腔にはじまり肛門に至るまでの消化管のあらゆる部位に炎症や潰瘍を来たし、腹痛や下痢、血便、体重減少などを生じる。
  • 7.バセドウ病
    甲状腺刺激ホルモン受容体に対する自己抗体が出現することによって、甲状腺から分泌される甲状腺ホルモン量が増え、甲状腺機能が亢進する内分泌疾患の1つ。この自己抗体が産生される原因には、RAと同様に環境因子と遺伝因子がかかわっていると考えられる。
  • 8.Th17細胞
    免疫システムにおいて働くリンパ球の1種であるヘルパーT細胞(Th細胞)のサブセットの1つであり、近年新たに発見された。サイトカインであるインターロイキン(IL)-17を産生し、自己免疫疾患の病態形成に密接に関与していると考えられている。
  • 9.サイトカイン
    細胞同士の情報伝達にかかわるさまざまな生理活性を持つタンパク質の総称。炎症性サイトカインは、体内への異物の侵入を受け産生されるサイトカインで、生体防御に関与する多種類の細胞に働き、炎症反応を惹起する。
  • 10.ケモカイン
    リンパ球などの細胞表面に発現するケモカイン受容体を介してその作用を発現する塩基性タンパク質で、サイトカインの一群である。リンパ球などの遊走を引き起こし炎症の形成に関与する。ケモカインは構造上の違いからCCケモカイン、CXCケモカイン、Cケモカイン、CX3Cケモカインに分類される。
関節リウマチ発症に関わるCCR6多型の図

図1 関節リウマチ発症に関わるCCR6多型

上:CCR6遺伝子のDNA配列によって、2種類のCCR6遺伝子のRNA(CCR6-a、CCR6-b)が転写される。ゲノムワイド関連解析により、RAと強い関連を認めたSNP(▲)と、遺伝子の発現に影響を与えることによって疾患の原因となっているCCR6多型(△)の位置を示した。

下:CCR6多型には3種類のタイプ(TG、CG、CA)が存在し、個人ではそのうち、母親由来と父親由来の2つを組み合わせで持つ。母親と父親の由来がTG/CGの組み合わせで持つ人(左)とTG/CAの組み合わせで持つ人(右)の例を示した。

CCR6多型の遺伝子型別のCCR6発現量の図

図2 CCR6多型の遺伝子型別のCCR6発現量

CCR6多型は、TG、CG、CAの順に疾患にかかりやすくなる。母親と父親の由来がTG/TGの組み合わせを持つと、遺伝子の発現量は最も高くなり、疾患へ最もかかりやすくなる。図は不死化B細胞での発現を示している。

CCR6多型とインターロイキン17産生の関連の図

図3 CCR6多型とインターロイキン17産生の関連

RA患者集団(計460人)の血清中のインターロイキン17(IL-17)の濃度をプロットした。IL-17の濃度が4pg/ml以上であるIL-17陽性患者の割合(点線より上)は、CCR6多型のタイプと関連し、母親と父親の由来がTG/TGを持つ群で最も高かった。

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