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2011年1月11日

独立行政法人 理化学研究所

IL6遺伝子がC反応性タンパク(CRP)測定値に関与することを発見

―個々人で異なる炎症反応に見合ったオーダーメイド医療への応用が可能に―

ポイント

  • IL6遺伝子多型が、炎症反応マーカー「CRP」測定値の個人差に関与
  • IL6遺伝子多型は、複数の血液学的・生化学的検査値にも関連
  • IL6は炎症性疾患の治療標的分子で、医療現場への応用が期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、炎症反応に関わる遺伝子として知られていたIL6(インターロイキン-6)遺伝子※1遺伝子多型※2が、炎症反応マーカーであるC反応性タンパク(C-reactive protein:CRP)の測定値に関与することを発見するとともに、医療現場における基本的な検査項目として使用されている複数の血液学的検査値※3生化学的検査値※4とも関連することを発見しました。これは、文部科学省が推進するオーダーメイド医療実現化プロジェクトで実施した遺伝子解析結果に基づくもので、理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)統計解析研究チームの高橋篤チームリーダー、岡田随象研修生(国立大学法人東京大学大学院医学系研究科博士課程大学院生)、国立大学法人東京大学大学院医学系研究科内科学専攻アレルギー・リウマチ学教室(山本一彦教授)による共同研究の成果です。

CRPは、体内に異物が侵入した際に生じる炎症反応に伴い増加する血中タンパク質で、感染症や自己免疫疾患に対する検査項目として医療現場で広く測定されています。しかし、同じ疾患で同程度の炎症反応であっても、CRP測定値に個人差があることが指摘されており、その原因解明が望まれていました。

研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約220万個の一塩基多型(SNP)※2について、日本人集団10,112人から得たCRP測定値との関連を調べるという、大規模なゲノムワイド関連解析※5を行いました。その結果、IL6遺伝子の遺伝子多型が、CRP測定値の個人差と関連していることが分かりました。さらに、30,466人から得た血液学的検査値、生化学的検査値との関連を調べたところ、IL6遺伝子多型が、白血球数、血小板数、貧血関連指標、血清タンパク質といった複数の検査項目とも関連していることが判明しました。IL6遺伝子の機能に関する研究はこれまで数多くありましたが、実際に炎症反応の個人差を説明する遺伝子多型を同定したのは、この研究が初めてとなりました。

IL6は、関節リウマチをはじめとする炎症性疾患の治療標的分子※6として臨床研究が進んでおり、この研究で同定した遺伝子多型を用いることで、個々人に合わせたオーダーメイド医療※7への応用が期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』オンライン版(1月10日付:日本時間1月11日)に掲載予定です。

背景

C反応性タンパク(C-reactive protein:CRP)は、体内に異物が侵入した際に起こる炎症反応や組織壊死に伴い増加する血中タンパク質です。炎症反応とCRP測定値との間に相関関係が認められるため、感染症や自己免疫疾患の活動性を評価する検査項目として、医療現場で広く測定されてきています。また、正常時にCRP測定値が高い人ほど、心血管疾患や大腸がんといった疾患にかかりやすいという報告もあり、近年では、これらの疾患の予測因子としてもその重要性が認識されています。しかし、同じ疾患で同程度の炎症反応が存在する場合でも、CRP測定値が個人間で異なることが指摘されており、その原因解明が望まれていました。

研究手法と成果

研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約220万個の一塩基多型(SNP)を対象に、日本人集団10,112人から得たCRP測定値との関連を評価するという、これまでにない大規模なゲノムワイド関連解析を行いました。特に、観測できていないSNPの個人別遺伝子型を統計学的に推定する「Genotype Imputation※8」という手法を採用することで、測定対象のSNP数を従来の4~5倍と大幅に増やした包括的な解析を実現しました。さらに、CRP測定値との関連を認めた遺伝子多型に関しては、2,742名を対象とした追認試験を行い、結果の再現性を確認しました。その結果、炎症反応を制御するサイトカイン※9の一種であるIL6(インターロイキン-6)遺伝子のプロモーター※10領域に位置するSNP(rs2097677)が、CRP測定値と有意に関連していることが分かりました(図1)

遺伝子を構成する塩基には、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)、A(アデニン)の4種類がありますが、このSNPがA型の場合、G型よりもCRP測定値が約1.2倍高くなることが分かりました。

また、CRP測定値と関連する遺伝子多型が、炎症反応の制御を通じて他の形質にも影響を与えている可能性を考慮し、30,466人から得た血液学的検査値、生化学的検査値と遺伝子多型との関連の評価を行いました。その結果、IL6遺伝子のSNPが、白血球数、血小板数、貧血関連指標(ヘモグロビン、ヘマトクリット、平均赤血球ヘモグロビン量:MCH、平均赤血球ヘモグロビン濃度:MCHC、血清鉄)、血清タンパク質、血清グロブリン、といった複数の検査項目とも関連していることを明らかにすることができました。IL6遺伝子以外のCRP測定値関連遺伝子(CRP遺伝子、HNF1A遺伝子)では、血液学的検査値、生化学的検査値との関連が認められなかったことから、IL6遺伝子がCRP測定値に関与するだけでなく炎症反応の制御でも重要な役割を果たしていることを示しました。これまでにも、IL6遺伝子の機能に関する研究は多く、炎症反応の制御で中心的な役割を果たしていることは分かっていましたが、実際に炎症反応の個人差を説明する遺伝子多型を同定したのは、この研究が初めてとなりました。

今後の期待

この研究で同定したIL6遺伝子多型を用いることで、CRP測定値や血液学的検査値、生化学的検査値について、個々人に見合った正確な評価を行うことができるようになります。また、CRPの制御機構の解明や、CRP測定値と心血管疾患や大腸がんなどの各種疾患のかかりやすさとの関係の解明などにつながることも期待できます。さらに、IL6は、関節リウマチをはじめとする炎症性疾患の有力な治療標的分子として臨床研究が進められているため、これらの治療におけるオーダーメイド医療への応用が注目されます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 統計解析研究チーム
チームリーダー 高橋 篤(たかはし あつし)
研修生 岡田 随象(おかだ ゆきのり)
Tel: 03-5449-5708 / Fax: 03-5449-5564

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.IL6(インターロイキン-6)遺伝子
    炎症反応を制御するサイトカインの1つであるIL6(インターロイキン:interleukin-6)をコードする遺伝子。炎症反応を制御する細胞によって産生され、多様な生理現象に関与することが知られている。
  • 2.遺伝子多型、一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして一塩基(チミン:T、グアニン:G、シトシン:C、アデニン:A)の違いによる一塩基多型(SNP; Single nucleotide polymorphism)がある。
  • 3.血液学的検査値
    血液の血球細胞成分に関する検査値。代表的な項目に、白血球数、赤血球数および貧血関連指標、血小板数、などがある。生化学的検査値と共に、医療現場における一般的な血液検査項目として使用されている。
  • 4.生化学的検査値
    血液中の液体成分(血清)を生化学的に分析する検査値。タンパク質、電解質、金属イオン等を測定対象とする。
  • 5.ゲノムワイド関連解析
    遺伝子多型を用いて対象形質に関連した遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトゲノムを網羅した数十万~数百万のSNPを対象に、対象サンプル群における多型頻度と形質値との関連を統計学的に評価する手法。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が生じる確率)が小さい多型ほど、関連が強いと判断することができる。
  • 6.治療標的分子
    疾患の原因となり、それを阻害することにより疾患活動性を抑えることができる分子。IL6の働きを特異的に抑えることにより、関節リウマチをはじめとする炎症性疾患の治療に効果があることが示唆され、臨床研究が進められている。
  • 7.オーダーメイド医療
    個人の遺伝情報に基づいて行われる医療。疾患のタイプや、治療薬の効果、副作用の有無などを事前に見積もり、個々人に合わせた適切な医療を行うことを目標とする。
  • 8.Genotype Imputation
    観測されていない遺伝子多型の個人別遺伝子多型を、周辺に位置する観測された遺伝子多型の情報に基づき、統計学的に推定する手法。
  • 9.サイトカイン
    細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞に情報を伝達するもの。
  • 10.プロモーター
    遺伝子を発現させる機能を持つ塩基配列。
CRP測定値を対象としたゲノムワイド関連解析結果の図

図1 CRP測定値を対象としたゲノムワイド関連解析結果

CRP測定値を対象としたゲノムワイド関連解析の結果取得した、各SNPにおける関連を示した図。横軸にヒトゲノム染色体上の位置、縦軸に各SNPのP値を示した。1番染色体上(CRP遺伝子領域)と12番染色体上(HNF1A遺伝子領域)のSNPはCRP測定値と関連することが以前より知られていたが、今回の研究を通じて、新たに7番染色体上に位置するIL6遺伝子領域のSNPが有意な関連(P値<5.0×10-8)を示すことが分かった。

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