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2011年3月3日

独立行政法人 理化学研究所

素材内部の元素分布を3次元解析する新システムを確立

-工業材料内の介在物の形態観察や組成解析、破壊予測技術に寄与-

ポイント

  • 光学顕微鏡に加え、X線による断面の元素分析結果を3次元化
  • 金属材料内部にある数十μmの介在物形状観察と構成元素を同定
  • コンピュータシミュレーションで、正確な材料内部の応力解析が可能に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、試料切断と光学顕微鏡観察を繰り返す従来の逐次断面切削観察システムにX線元素分析装置を搭載し、素材内部の元素分布を3次元的に可視化する機能を持った「元素分析型3次元内部構造顕微鏡システム」の開発に初めて成功しました。これは理研社会知創成事業イノベーション推進センター(齋藤茂和センター長)生物基盤構築チームの横田秀夫チームリーダー、藤崎和弘客員研究員(北海道大学助教)と株式会社堀場製作所との共同研究による成果です。

工業部品の強度や疲労破壊特性は、素材内部にある介在物や混合組織の組成、形状、分布などによって決まります。これらを観察する方法としては、試料片を切断し、切断面を鏡のように仕上げて光学顕微鏡観察する断面切削観察法が活用されています。この試料の切断と顕微鏡観察を繰り返す逐次断面切削観察法(シリアルセクショニング法)は、表面を少しずつ削り落としながら観察を進めていくので、取得した複数の断面画像をコンピュータ上で処理すると、内部構造を3次元的に観察することが可能となります。しかし、顕微鏡観察では表面の輝度、発色の違いだけの情報に限られるため、素材内部の様子は分かっても、それぞれの構造物がどのような材質で構成されているかを同定することはできませんでした。

これまでに研究グループは、耐熱性や耐食性に優れた立方晶窒化ホウ素(cBN)焼結体による硬組織対応型の逐次断面切削観察システムや、鏡面加工と撮影を高精度(1μm以下)に制御して、3次元の画像処理までを完全に自動化した観察システムを開発してきました。今回、これらの特徴を持つ観察システムに、X線照射ビームの直径が10μmという高分解能なX線元素分析装置を搭載しました。その結果、鏡面加工・観察・元素分析を多断面にわたって実施することが可能となり、世界で初めて、シリアルセクショニング法による元素分析型3次元内部構造顕微鏡システムを開発することに成功しました。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Microscopy and Microanalysis』(3月7日号)に掲載されます。

背景

工業部品の強度や疲労破壊特性は、素材内部の介在物や混合組織の組成、形状、分布などによって決まります。素材の3次元内部構造を知る方法として、非破壊計測技術であるX線マイクロCT※1を利用した測定がよく用いられています。しかし、X線マイクロCTはX線の透過・吸収特性を利用するため、X線を透過しにくい重金属や、吸収能が著しく異なる成分で構成されている複合材料の観察は困難である上、同一組成であっても、力学特性に不均一性を与える結晶形状や結晶の向き(結晶配向)などの情報を得ることはできません。そこで、工業部品の素材や複合材料の情報を的確にとらえるために、試料を実際に薄く切断し、断層画像を直視的に得る方法が活用されています。この試料の切断と顕微鏡観察を繰り返す逐次断面切削観察法(シリアルセクショニング法)は破壊的手法ですが、形成した素材表面に対して顕微鏡観察以外のさまざまな分析を併用することができるため、多くの情報を得る確実な観察手法として期待されています。本研究では、このシリアルセクショニング法にX線元素分析技術を導入し、材料内部の3次元元素分布測定が可能な観察システムの開発を目指しました。

研究手法と成果

生物基盤構築チームの前身である基幹研究所の生体力学シミュレーション研究チーム(現、生物情報基盤構築チーム)は、1999年から生体組織の内部構造を観察するための3次元内部構造顕微鏡※2(Riken Micro Slicer System-001,002)のシステムを開発してきました。このシステムでは、かみそりのような鋭い刃で生体組織の試料を切断し、顕微鏡観察とこの切断を繰り返すシリアルセクショニング法によって、試料内部の構造を3次元的に観察することができます。研究グループはさらに、このシステムを最も硬い生体組織である歯や骨、工業材料として使用されるプラスチックや金属などの観察に応用するため、最先端の精密加工技術を利用し、硬組織対応型の逐次断面切削観察システム(硬組織対応型3次元内部構造顕微鏡:Riken Micro Slicer System 003)を開発しました(2009年8月17日発表、2009年10月6日発表、2010年6月3日発表)。この硬組織対応型3次元内部構造顕微鏡は、1μm以下の高精度な位置決め機能を持ち、顕微鏡観察可能な鏡面の形成と観察を、多断面にわたり全自動で実施することを可能とします。

本研究では、この観察システムに元素分析を行うための蛍光X線分析装置を搭載し、観察システムの位置決め制御とX線照射・検出のタイミングの同期を実現させ、鏡面加工、観察、元素分析を自動で行うことができる制御システムを開発しました(元素分析型3次元内部構造顕微鏡システム:図1)。元素分析では、試料に直径10μmのX線ビームを照射し、試料から発生する励起X線を検出します。そのスペクトルを分析して照射部の構成元素を同定するとともに、試料断面の2次元元素分布を得るために、試料を移動させて広範囲にわたる元素同定を実施することができます。この元素分布を、各断面について実施することで、3次元元素分布を得ることが可能となります。

実際にこのシステムを用いて、複合材料内部の3次元元素分布測定を実施しました。試料には、直径0.5mmのチタン、ニッケル、銅製の金属ワイヤを巻き合わせ、外径4mm、内径3mmのチタン円筒内に入れ、スズ(錫)で包埋した複合材料を用いました。この試料断面を光学顕微鏡で観察すると、各金属ワイヤとパイプは同程度の輝度を示すために、各構造物の境界を明確に識別することは困難でした(図2a)。そこで、搭載した蛍光X線分析装置を併用して解析したところ、各断面の2次元元素分布(5.1mm×5.1mm)を256×256ピクセル、1つのピクセルあたりの分解能が20μmの画像として取得することができました(図2b)。1断面の元素分布画像の取得に要する時間は2時間です。また、試験片を10μm厚ずつスライスし、20断面(200μm)ごとに1回実施する2次元元素分布の測定を30回繰り返して、3次元元素分布測定を実施しました。このシステムではこの多断面測定を全自動で実施可能です。取得した試料の30断面分の元素分布データから、3次元の構造モデルを構築した画像を得ることができました(図2c)。この構造モデルでは、ワイヤの形状だけでなく、各ワイヤの構成元素まで特定できるため、顕微鏡画像だけでは明確に判別することができないワイヤの境界を特定し、個々の構造物を正確に同定することが可能です。

今後の期待

断面観察法は、内部構造を表面に露出させるため、顕微鏡観察だけでなく構造物性解析なども可能となります。複合材料などの開発にあたっては、断面観察に加えて、素材内部の介在物の元素分析や結晶粒の配向の結果を併用することで、素材内部の不均質性分布を正確に解析することが可能になります。また、3次元元素分布をコンピュータ上に再現することで、内部構造物の体積や表面積、縦横比といった形状パラメータの算出だけでなく、密度や弾性率の分布を決定することが可能となります。これらの情報を、VCADシステム※3などを利用した力学シミュレーションへの道へ展開すると、コンピュータシミュレーションによる材料内部の応力解析を可能にします。

発表者

理化学研究所
イノベーション推進センター 生物基盤構築チーム
チームリーダー 横田 秀夫(よこた ひでお)
Tel: 048-462-1293 / Fax: 048-462-1290
客員研究員 藤崎 和弘(ふじさき かずひろ)
(北海道大学大学院 工学研究院 助教)
Tel: 011-706-6396 / Fax: 011-706-6396

お問い合わせ先

社会知創成事業 連携推進部イノベーション推進課
課長 生越 満(おごし みつる)
Tel: 048-462-5287 / Fax: 048-462-4718

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.X線マイクロCT
    X線を利用した非破壊内部構造観察法で、X線CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)のX線照射域を絞ることで高分解能観察を可能にした技術。生体組織では骨の内部などの構造解析に使われてきたが、近年、高輝度放射光の利用などにより、X線吸収の大きな金属材料などでも、高分解能な内部構造観察が進められている。
  • 2.3次元内部構造顕微鏡
    基幹研究所の生体力学シミュレーション研究チーム(現、生物情報基盤構築チーム)が1999年に開発した、シリアルセクショニング法による試料内部の3次元観察システム。マウス全身や大型動物の臓器などの内部構造を、3次元的に観察することが可能。内部構造の可視化のみならず、機能情報の取得などへの展開も期待されている。
  • 3.VCADシステム
    理研で開発が進む、設計・解析・製造といった「ものつくり」に必要なプロセスを統合するデジタルツール。「現場・現物に密着したものつくり」を支援し、現在は工業材料に加え、生きた生物をシステムとして理解し、基礎研究を医療や工学への応用につなげる技術分野の開拓も進んでいる。
元素分析型硬組織対応型3次元内部構造顕微鏡システムの図

図1 元素分析型硬組織対応型3次元内部構造顕微鏡システム

図2 金属複合構造試験片の観察例

(a) 試料片の断面光学画像の図

(a) 試料片の断面光学画像
光学顕微鏡画像だけでは境界が不明瞭だった。

(b) 元素マッピング画像の例の図

(b) 元素マッピング画像の例
チタン(黄緑)、ニッケル(青)、銅(赤)

(c) 元素分布の3次元可視化像の図

(c) 元素分布の3次元可視化像
チタン(黄)、ニッケル(青)、銅(赤)のワイヤをチタン円筒(黄緑)に入れ、スズ(透明部分)で包埋した構造の様子が分かる。

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