2011年6月24日
独立行政法人 理化学研究所
免疫応答開始に必要な免疫シナプスを形成するメカニズムを発見
-微小管を伝う分子モーターのダイニンが免疫センサーを運び、細胞活性化を調節-
ポイント
- ダイニンがT細胞受容体のミクロクラスターを運び、免疫シナプスを形成
- ダイニンによるT細胞受容体の運搬によって、T細胞の活性化を負に制御
- ダイニンは細胞表面に沿って分子複合体を免疫シナプス中心へけん引
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、T細胞の免疫応答を開始するために必要な免疫シナプス※1が、微小管※2を足場とする分子モーター※3「ダイニン」によるT細胞受容体の運搬で形成されることを明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター(副センター長)、多根(橋本)彰子研究員らの成果です。
免疫系は、ウイルスや花粉などの異物(抗原)の体内侵入を認識して、生体を守る役割を担っています。抗原はまず、抗原提示細胞※4により取り込まれて処理された後、T細胞へとその情報が伝えられます。T細胞は、抗原を感知すると活性化して、増殖したり、抗原を攻撃したり、サイトカインなど他の細胞にシグナル伝達分子を放出したりします。この情報の受け渡しの際、抗原提示細胞とT細胞は接着し、その接着面には、お互いの細胞表面にある受容体や細胞内のシグナル伝達分子が同心円状に配置された「免疫シナプス」を形成します。2005年に研究グループは、T細胞受容体と下流のシグナル伝達分子からなる小さな集合体「ミクロクラスター」を発見し、このミクロクラスターが抗原を認識してシグナルを伝える“ユニット”であり、接着面全体に作られた後、その中心に集まって免疫シナプスを形成することを明らかにしています。
今回、研究グループは、このミクロクラスターが、微小管を足場とする分子モーターの機能を持つダイニンによって微小管を伝って運搬され、免疫シナプスの形成につながることを発見しました。また、この移動によって免疫シナプスの中心に集まったT細胞受容体が分解されると、T細胞の活性化が収束することも見いだしました。これまでダイニンは、細胞分裂や神経細胞の発達、機能あるいは菌の鞭(べん)毛運動に必要な動力を生み出す分子モーターとして知られてきましたが、免疫応答の基本的なメカニズムである抗原認識と活性化に関わるという新たな知見となります。また、ダイニンの働きの観点からは、従来からよく知られている細胞内の分子や液胞を運搬するのではなく、「細胞膜にある分子複合体をそのまま免疫シナプスの中心に向かって細胞表面に沿ってけん引する」という初めての報告になります。
この研究成果は、『Immunity』(6月23日付け:日本時間6月24日)にオンライン掲載されます。
背景
免疫系は、体内に入り込んだウイルスや花粉などを抗原であると認識し、排除する重要な役割を担っています。抗原提示細胞は、異物の侵入を検知すると、それを取り込んで処理し、一部を細胞表面に抗原として提示します。T細胞は、その提示された抗原を認識することによって活性化され、種々のサイトカインを放出したり、既に感染した細胞を殺したり、B細胞に抗体を産生させたりという、獲得免疫応答を開始させます。獲得免疫は、一度経験した抗原を覚えておき、2回目以降の免疫応答を速やかにする「免疫記憶」につながる高度で重要な免疫系のメカニズムです。
T細胞は、T細胞受容体を介して抗原を認識しますが、この情報の受け渡しの際、抗原提示細胞と強固に接着します。接着面には、お互いの細胞表面にある受容体や細胞内のシグナル伝達分子が同心円状に規則正しく配列し、この構造は「免疫シナプス」(図1)と呼ばれています。
2005年に研究グループは、高感度分子イメージングの技術を用いて、免疫シナプスが形成される前に、T細胞受容体と下流のシグナル伝達分子による小さな集合体が形成され、これがT細胞活性化の開始点であることを発見しました。この集合体は、T細胞受容体100個ほどからなり、接着面にそれらが100個程度形成されます。研究グループはこれを「ミクロクラスター」と命名し、T細胞活性化の“ユニット”であることを提唱しました(『Nature Immunology』 2005年12月号、2005年11月7日プレス)。
ミクロクラスターは接着面の中心へ移動し、典型的な免疫シナプスを形成します。免疫シナプスの中心では、このミクロクラスターを構成するT細胞受容体が細胞内に取り込まれて分解されることによって、T細胞の活性化を負に制御していると考えられ、免疫シナプス中心の形成は免疫応答の活性化の調節にも重要と考えられます。しかし、すべてのミクロクラスターが中心に向かって速やかに移動するメカニズムについては明らかになっていませんでした。
研究手法
研究グループは、微小管を足場とする分子モーターであるダイニンとミクロクラスターの関係に着目するとともに、両者がT細胞活性化のメカニズムに及ぼす影響を、生細胞内分子イメーイング、生化学、分子生物学の手法を駆使して調べました。具体的には、抗原提示細胞に見立てた人工の細胞膜(人工脂質二重膜)を作製し、その上に抗原提示細胞上と同じになるように、抗原を結合したMHC(組織適合抗原)※5および接着分子を脂質二重膜上で自由に動けるような形で載せ、その上からT細胞を反応させました。また、T細胞受容体やダイニン、微小管には、あらかじめ蛍光タンパク質を融合し、多色全反射照明蛍光顕微鏡※6を用いて、接着面の抗原認識やT細胞活性化の現象に注目しながら観察しました。
研究成果
T細胞が抗原を認識し活性化すると、ダイニンがT細胞受容体ミクロクラスターに集まることを観察しました。さらに、このダイニンのクラスターがT細胞受容体のミクロクラスターと一緒に免疫シナプス中心まで動くことを見いだしました(図2)。一方、生化学的な解析からも、活性化に伴ってT細胞受容体とダイニンが会合することが分かりました。
次に、ダイニンがレールのような微小管に沿って移動するモータータンパク質であることに着目し、T細胞受容体のミクロクラスターが微小管を伝って動く可能性を調べました。微小管は、細胞内にある中心体※7から柱のように複数延びており、T細胞が活性化すると中心体がT細胞の接着面に移動し、免疫シナプスを中心とした放射状に変化します。T細胞受容体と微小管の同時のビデオ観察から、T細胞受容体のミクロクラスターがT細胞の接着面付近の細胞膜に移動した微小管を伝って、細胞表面上を動くことが分かりました(図3)。ダイニンの阻害剤や微小管を壊す薬剤を使った、あるいはダイニンを減らした実験では、このミクロクラスターが移動せず、接着面中心に集まらなくなることが分かりました。これらの結果から、抗原認識や活性化にともなって形成されたT細胞受容体のミクロクラスターは、ダイニンと会合し、レールのような微小管を伝うダイニンによって運搬され、免疫シナプスの中心を形成することが分かりました(図4)。
また、ダイニンによるT細胞受容体の運搬を阻害すると、T細胞の活性化が亢進されることから、この運搬による免疫シナプス中心の形成が、T細胞活性化を負に調節していることが分かりました。つまり、T細胞の活性化の強弱が、ダイニンによるT細胞受容体との会合および運搬に制御されるという、活性化調節の新しいメカニズムを発見したことになります。
今後の期待
今回、T細胞受容体の動きを制御することで、T細胞の働きを調節できることが分かりました。また本研究成果を応用すると、免疫シナプスの形成メカニズムが未知であったため、これまで検討されていなかった微小管や分子モーターを標的にした新しい免疫調節薬あるいは免疫療法の開発につながることが期待されます。しかし、ダイニンや微小管は体中全ての細胞がさまざまな目的で使用している必要不可欠な輸送系であり、単純な形で薬の標的に応用することはできません。例えば、微小管を壊す薬であるタキソール(パクリタキセル)は細胞分裂を阻害することからがんの治療薬として認可されていますが、副作用がとても多いことも知られています。そのため、リンパ球に特異的・効果的に働きかける手法の開発が期待されていますが、今後、T細胞抗原受容体とダイニンの間を結ぶメカニズムのさらなる解明により、そこに含まれるリンパ球特異的な分子や構造が明らかとなり、新しい免疫調節薬のターゲットを開発することができると期待されます。
発表者
理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫シグナル研究グループ
グループディレクター 斉藤 隆(さいとうたかし)
研究員 多根 彰子(たね あきこ)
Tel: 045-503-7037 / Fax: 045-503-7036
Tel: 045-503-7039 / Fax: 045-503-7036
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.免疫シナプス
T細胞と抗原提示細胞とが接着する際、その接着面にある受容体と2つの細胞をつなぐ接着分子が同心円状に再配列するという現象が発見された。中心部よりT細胞受容体、接着分子、膜型脱リン酸化酵素からなる直径約5μmの三重構造で、神経細胞のシナプスに似ていることから「免疫シナプス」呼ばれている。T細胞が活性化するために重要と考えられているが、B細胞やナチュラルキラー細胞など、免疫細胞に広く見られる構造である。 - 2.微小管
細胞中に見いだされる直径約25nmの中空の細管であり、チューブリンと呼ばれるタンパク質が配列してできている。細胞骨格として細胞の形態維持や変形、分子や液胞などの移動の足場、細胞分裂の時には紡錘体を形成し染色体の移動を担う。 - 3.分子モーター
細胞内で何らかのエネルギーを機械的な動きに変換する分子。ダイニンの場合、微小管と相互作用しながらATPを加水分解して動力を生み出し、微小管に沿って直線的に動き、細胞内での物質輸送や鞭(べん)毛運動を担う。 - 4.抗原提示細胞
免疫細胞のうち、外から侵入した病原体や体内で生じた死細胞などを食べ、抗原として自らの細胞表面上に提示する能力をもつ細胞。マクロファージや樹状細胞などが代表。より抗原特異的に働くT細胞やB細胞にその情報を受け渡して、これらの細胞を活性化させることで、免疫応答を起動させる。 - 5.MHC(主要組織適合抗原)
抗原提示細胞などの表面に表示される分子で、T細胞はこの「抗原+MHC」を認識する。ヒトでは生物学的な「自己」を規定する分子であり、MHCが異なると臓器移植において拒絶抗原として働く。 - 6.全反射照明蛍光顕微鏡
カバーガラスなど反射面の裏側に全反射を起こす角度でレーザー光を当て、量子トンネル効果により、試料側に100nm程度染み出すエバネッセント光を励起光源とした顕微鏡。エバネッセント光が当たっている部分の蛍光分子だけが光を出すため、背景光を押さえた感度の良い観察が可能。 - 7.中心体
ごく短い環状微小管が相互に直角対向しL字形に配置している構造であり、核の近辺にみられる。微小管は、その-端を中心体に置き、細胞内のさまざまな領域に伸長している。細胞分裂時には、中心体は複製され、細胞の両極に移動して星状体と呼ばれようになり、紡錘体の極として働く。
図1 免疫シナプス
- 上図:T細胞が抗原提示細胞上の抗原を認識する際、抗原提示細胞と強固に接着し、情報の伝達を行う。
- 下図:接着面には、それぞれの細胞表面にある受容体や細胞内のシグナル伝達分子が同心円状に配列する。この構造は、神経のシナプスの構造に似ていることから、「免疫シナプス」と呼ばれている。免疫シナプスは中心部からT細胞受容体など:c-SMAC(central-Supramoleular Activation Cluster)、接着分子など:p-SMAC(peripheral-SMAC)、膜型脱リン酸化酵素など: d-SMAC(distal-SMAC)の3層構造からなる。
図2 ダイニンとT細胞抗原受容体ミクロクラスターの共局在
ダイニンを緑色蛍光タンパク質EGFP(Enhanced Green Fluorescence Protein)で標識し、T細胞に遺伝子導入した。作製したT細胞を人工脂質二重膜上に落下させ、T細胞抗原受容体を染色し(CD3ε)(赤)、各分子の配置を観察した。落下後2分の観察からダイニンとT細胞受容体のクラスターは同一の場所に存在し(上段)、5~10分を経過すると、一緒に中心部に集まっていることが分かる(下段)。このことから、ダイニンはT細胞受容体のミクロクラスターに集合し、中心まで一緒に動いていることが分かる。
図3 T細胞受容体ミクロクラスターが微小管に沿って動く様子
微小管の構成成分であるチューブリンを緑色蛍光タンパク質EGFP(Enhanced Green Fluorescence Protein)で、T細胞抗原受容体(CD3ε)をHalo-tag(赤)で標識し、T細胞に遺伝子導入した。作成したT細胞を人工脂質二重膜上に落下させ、各分子の動きを観察した。接着面一面に形成されたT細胞受容体のミクロクラスターが微小管を伝って中心部に集まっていることが分かる(上段)。拡大すると、ミクロクラスラターは時々微小管を乗り換えながら中心に向かっている。例えば、観察されたミクロクラスター(白矢印)は微小管①から②に乗り換えながら中心に向かっている(下段)。このことから、T細胞受容体ミクロクラスターがダイニンのレールである微小管を伝って中心まで動いていることが分かる。
図4 微小管を伝う分子モーター・ダイニンによるT細胞抗原受容体ミクロクラスター運搬と免疫シナプスの形成
抗原を認識して形成されたT細胞抗原受容体ミクロクラスターは、微小管を伝う分子モーターであるダイニンが中心へと運搬し、免疫シナプスを形成する