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2011年8月1日

独立行政法人 理化学研究所

成人気管支喘息(ぜんそく)の発症に関わる5つのゲノム領域を発見

-日本人のゲノムワイド関連解析で成人気管支喘息の遺伝要因を解明-

ポイント

  • 発見したゲノム領域内に呼吸機能に関連するSNPが存在
  • 喘息の遺伝要因として同定したゲノム領域に、環境要因応答遺伝子群が複数存在
  • TSLP遺伝子を含むゲノム領域5q22は、人種を超えて成人気管支喘息に関与

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、成人気管支喘息(ぜんそく)の発症に関連する5つのゲノム領域を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)呼吸器疾患研究チームの玉利真由美チームリーダー、広田朝光リサーチアソシエイト、国立大学法人京都大学、国立大学法人筑波大学、ハーバード大学を中心とする共同研究グループ※1による成果です。

成人気管支喘息は、慢性炎症、可逆性の気道狭窄(きょうさく)や気道過敏性の亢進を特徴とする閉塞性呼吸器疾患で、繰り返し起きる咳や呼吸困難などの症状が見られます。適切な治療を行っても効果が少ない難治性の症例が存在することや、喘息死の90%近くを60歳以上の高齢者が占めることなどから、科学的な病態の解明や、それに基づく治療法の確立が急務となっています。

研究グループは、日本人の成人気管支喘息患者1,532人と非患者3,304人について、ヒトゲノム全体に分布する約46万個の一塩基多型(SNP; single nucleotide polymorphism)※2ゲノムワイド関連解析(GWAS)※3を行い、統計学的に比較検討し、成人気管支喘息の発症と関連しているSNPを探索しました。また、別の成人気管支喘息患者5,639人と非患者24,608人について追認解析を行い、得た結果の再現性を確認しました。その結果、5つのゲノム領域4q31、5q22、6p21、10p14、12q13に存在する遺伝子多型が、日本人の成人気管支喘息へのかかりやすさに強く関連していることが分かりました。これらのゲノム領域には、これまで呼吸機能の1秒率(FEV1/FVC)※4との関連が報告されているSNPや、感染や炎症に関わる免疫応答遺伝子が数多く含まれていました。また、気道上皮細胞で強く誘導される遺伝子のTSLP遺伝子※5を含むゲノム領域5q22に存在するSNPは、米国で収集された白人集団でも結果の再現性を確認でき、このゲノム領域には人種の違いを超えた成人気管支喘息に関連する遺伝要因が存在することも分かりました。

今回発見した5つのゲノム領域に存在する遺伝子群や遺伝子発現の調節機構について解析を進めることで、今後、成人気管支喘息の病態解明の進展が期待されます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月31日付け:日本時間8月1日)に掲載されます。

背景

気管支喘息は、環境要因と遺伝要因とが複雑に関与して引き起こされると考えられていますが、その発症や進展の仕組みについては、いまだによく分かっていません。気管支喘息のうち成人気管支喘息は、小児気管支喘息に比べてより重症であり、薬剤治療が通年的に必要とされる症例が多いのが特徴です。さらに、その約5%の症例においては、喘息症状の抑制が既存の薬剤だけでは困難といわれています。また、喘息の管理上、問題となる喘息死(2009年に2137人:厚生労働省『平成21年人口動態統計月報年計』)は成人気管支喘息に多く、その90%近くが60歳以上の高齢者です。こうした理由から、成人気管支喘息の病態を科学的に明らかにすることは、新規の治療法の開発や、喘息死の予防につながると期待されています。

研究手法

研究グループは、成人気管支喘息の遺伝要因を明らかにするため、日本人の成人気管支喘息患者1,532人と非患者3,304人について、ヒトゲノム全体に分布する約46万個のSNPのゲノムワイド関連解析(GWAS)を行ない、統計学的に比較検討し、成人気管支喘息の発症と関連しているSNPを探索しました。さらに、探索したSNPについて、別に集めた成人気管支喘息患者5,639人と非患者24,608人で追認解析を行い、結果の再現性を確認しました。

今回使用したDNA試料は、共同研究機関及び文部科学省委託事業「オーダーメイド医療実現化プロジェクト(個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト)」から配布を受けたものです。

研究成果

GWASと追認解析の結果、5つのゲノム領域4q31、5q22、6p21、10p14、12q13に存在するSNPでP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が5×10-8未満と低く、これらが日本人の成人気管支喘息へのかかりやすさに強く関連していることが分かりました(図1)

4q31:このゲノム領域は、ヒトの4番染色体長腕(4q31)に存在し、USP38GAB1の2つの遺伝子を含んでいます。USP38遺伝子の詳しい機能はまだ分かっていません。一方、GAB1遺伝子は、IL-3、IL-6、IFN-α、IFN-γなどの炎症性サイトカインの受容体やB細胞受容体及びT細胞受容体を介して活性化されるシグナル伝達経路において重要な役割を果たすことが知られています。

5q22:このゲノム領域は、ヒトの5番染色体長腕(5q22)に存在し、TSLP(Thymic stromal lymphopoietin)とWDR36(WD repeat domain 36)の2つの遺伝子を含んでいます。また、このゲノム領域は、好酸球性食道炎や好酸球数のGWASでも関連領域として報告されています。ヒトにおけるWDR36遺伝子の詳しい機能はまだ分かっていません。TSLP遺伝子は、気道ウイルス感染、プロテアーゼ活性を持つアレルゲン(クーラーのカビなど)、炎症性サイトカインやタバコにより気道上皮で強く誘導される遺伝子であり、環境要因を感知し、その暴露後にTh2免疫応答を誘導する遺伝子です。TSLP遺伝子のSNPでは、米国から収集された白人集団でも結果の再現性が確認できたことから、人種の違いを超えた遺伝要因であることが分かりました。

6p21:ヒトの6番染色体短腕(6p21)に存在するゲノム領域内で最も強い関連(rs404860)は、HLA領域※6で認められました。2010年、健常人の呼吸機能のGWASが行なわれ、6p21に存在するSNP(rs2070600)が1秒率(FEV1 / FVC)に関連することが報告されています。1秒率の低下は気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの閉塞性肺疾患に特徴的に認められます。rs404860は、rs2070600のごく近傍(32.9kb下流)に位置しており、気管支喘息と呼吸機能(1秒率)低下という共通の遺伝要因が存在する可能性が考えらます。

10p14:このゲノム領域は、ヒトの10番染色体短腕(10p14)に存在し、遺伝子砂漠と呼ばれる既知の遺伝子が存在しない領域で、最も関連の強かったSNPはGATA3(GATA binding protein 3)遺伝子の1Mb下流に存在しています。GATA3遺伝子はTh2細胞の分化における主要な調節因子ですが、この関連領域内にGATA3遺伝子の発現に影響を与える転写調節領域が存在するかについては、さらなる研究が必要です。

12q13:このゲノム領域は、ヒトの12番染色体長腕(12q13)に存在し、多くの遺伝子がこの領域に密集して存在しています。最も関連の強かったSNP(rs1701704)は、これまで、GWASによりI型糖尿病、そして円形脱毛症の疾患関連SNPとして報告されています。このrs1701704はIKZF4(IKAROS family zinc finger 4)(Eos)遺伝子の2kb上流に位置していました。IKZF4遺伝子は、本来は無害である吸入抗原に対する有害な免疫応答を抑制する調節性T細胞(Regulatory T cell)※7の分化に働く遺伝子です。

今後の期待

今回、成人気管支喘息の発症に重要な役割を果たすヒトのゲノム領域が明らかとなりました。現在、培養細胞やマウスモデルを使った研究により、喘息の治療標的分子の同定が試みられていますが、今回のような、多くのヒトサンプルを用いたゲノム研究は、標的分子の絞り込みにも役立ちます。今後、これら複数の関連遺伝子がどのように組み合わさって機能しているのかを調べることで、成人気管支喘息の病態解明が進むことが期待されます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 呼吸器疾患研究チーム
チームリーダー 玉利 真由美(たまり まゆみ)
Tel: 045-503-9616 / Fax: 045-503-9615

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.共同研究グループ
    国立大学法人東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターゲノムシークエンス解析分野(中村祐輔教授)、理化学研究所ゲノム医科学研究センター(久保充明チームリーダー、高橋篤チームリーダー、角田達彦チームリーダー)、国立大学法人筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系疾患制御医学専攻呼吸器病態医学分野(檜澤伸之教授)、国立大学法人京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学(新実彰男准教授)、札幌医科大学医学部医学科臨床医学部門講座内科学第三講座呼吸機能制御医学(田中裕士准教授)、昭和大学医学部呼吸器アレルギー内科(足立満教授)、独立行政法人国立病院機構相模原病院(谷口正実室長)、宮武内科(宮武明彦院長)、宮川医院(宮川武彦院長)、NPO日本健康増進支援機構(榎本雅夫先生)、地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪府立呼吸器・アレルギー医療センター小児科(土居悟部長)、ハーバード大学医学部(Scott T Weiss教授)からなる研究グループ。
  • 2.一塩基多型(SNP; single nucleotide polymorphism)
    ヒトゲノムは、約30億塩基対からなるとされているが、一人一人を比較するとその塩基配列には違いがある。このうち、集団内で1%以上の頻度で認められる塩基配列の違いを多型と呼ぶ。遺伝子多型で最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。遺伝子多型による塩基配列の違いは、遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気へのかかりやすさや医薬品への応答性、副作用の強さなどに影響を及ぼす。
  • 3.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
    遺伝子多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(対照群)の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ヒトゲノム全体を網羅するような45万~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域・遺伝子を同定する。
  • 4.1秒率(FEV1/FVC)
    スパイロメーター検査(呼吸機能検査)で最大に吸気した最大吸気位から、最大の努力で(力を込めて)呼出した量を努力性肺活量(FVC; forced vital capacity)と呼ぶ。この努力性肺活量のうち最初の1秒間で呼出した量を1秒量(FEV1; forced expired volume in 1 second)と呼び、FEV1/FVCを1秒率という。この1秒率が70%未満のとき、閉塞性障害と診断され、閉塞性障害には気管支喘息や肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)が含まれる。
  • 5.TSLP遺伝子
    風邪などのウイルス感染、アルテルナリアなどのカビ(アルテルナリアは空調のカビや黄砂に含まれる)やタバコにより気道上皮細胞で強く誘導される遺伝子。これらの環境要因を感知し、それらに対しTh2免疫応答を誘導する。気管支喘息患者の気管支生検組織において、気道上皮細胞で TSLP遺伝子の強い発現が認められることが報告されている。
  • 6.HLA 領域
    ヒトの6番染色体短腕(6p21)上に存在し、その領域には HLA遺伝子群や免疫応答に関連する多数の遺伝子が存在する。ヒト白血球型抗原(HLA; human leukocyte antigen)をコードする HLA遺伝子群は、抗原提示を行なうことで、感染病原体の排除やがん細胞の拒絶などに関与する。また、補体や腫瘍壊死因子(TNF)など免疫応答に関与する遺伝子群もこの領域に存在している。MHC(major histocompatibility complex;主要組織適合性複合体)領域とも呼ばれる。
  • 7.調節性T細胞(Regulatory T cell)
    免疫系の過剰な応答を抑制するT細胞サブセットの1つ。炎症や感染免疫においても抑制作用を示すことが明らかとなっている。
成人気管支喘息(患者1,532人、非患者3,304人)のゲノムワイド関連解析の結果の図

図1 成人気管支喘息(患者1,532人、非患者3,304人)のゲノムワイド関連解析の結果

日本人集団のGWASで得られた結果をマンハッタンプロットで示したもの。横軸は各SNPが存在する染色体上の位置(chrom. 数字は染色体の番号)、縦軸は成人気管支喘息との関連の強さを示す。GWASではHLA領域のSNPで強い関連が認められた。GWASの結果、比較的強い関連(P < 0.0001)を認めた102個のSNPについて追認解析を行った。GWASと追認解析の結果を統合し、最終的に5つのゲノム領域4q31、5q22、6p21、10p14、12q13に存在するSNPでP値が5×10-8未満と低く、成人気管支喘息に強く関連していることが分った。

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