1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2011

2011年10月12日

独立行政法人 理化学研究所

植物色素アントシアニンの蓄積に関わる配糖化酵素遺伝子を発見

-健康機能成分でもあるアントシアニン蓄積の戦略立案が容易に-

ポイント

  • アントシアニンの修飾様式を決定する2種類の配糖化酵素遺伝子を発見
  • 独立成分分析を用いて、効率的に配糖化酵素の関連遺伝子を探索
  • シロイヌナズナから新たなフラボノイド配糖化酵素遺伝子を単離し、計7種に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物色素であるとともに抗酸化作用などを持つアントシアニンが、植物体で蓄積するために必要な配糖化酵素※1遺伝子を発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム機能研究グループ(斉藤和季グループディレクター)の榊原圭子上級研究員、メタボローム情報ユニットの福島敦史研究員らのグループによる共同研究の成果です。

アントシアニンは、赤、オレンジ、青といった花や食品の色素として知られた物質で、アントシアニジンと呼ばれる基本骨格にグルコースなどの糖やシナピン酸※2などのアシル基※3が修飾(配糖化、アシル化)されることで、初めて植物体内で安定して蓄積されます。アントシアニンを含むフラボノイドには強力な抗酸化活性があり、健康機能成分としての役割が知られています。

研究グループは、独立成分分析※4を用いてモデル植物であるシロイヌナズナの公開マイクロアレイ※5データを解析し、アントシアニンの修飾に関係する2種類の配糖化酵素遺伝子(UGT79B1UGT84A2)を見いだしました。UGT79B1はアントシアニンの糖鎖部分にさらにキシロース※6を付加する新しい配糖化酵素で、この配糖化酵素遺伝子が欠損するとシロイヌナズナは特定のアントシアニンを蓄積できませんでした。一方、UGT84A2は、シナピン酸の配糖化酵素であることが既に報告されていましたが、この遺伝子が欠損するとアントシアニンのシナピン酸による修飾が抑制されることを初めて証明しました。

これまで、複数の糖やアシル基でアントシアニンが修飾される場合、修飾の順序は厳密ではないと考えられていましたが、これら2つの酵素の性質の解析を進めたところ、主流とみられる修飾の順序が示されました。今回の結果と先行研究の結果を合わせると、シロイヌナズナから7種類のフラボノイド配糖化酵素遺伝子を単離したことになります。これまで、フラボノイドの配糖化酵素遺伝子を1つの植物種から網羅的に単離した研究はほとんど無く、本研究成果はフラボノイド配糖化酵素の構造と機能の関係やその進化について新たな知見を与えるものです。今後、修飾に関わる複数の修飾酵素遺伝子の解析が進むことによって、植物体内で目的のアントシアニンを蓄積するような酵素機能の改変や酵素遺伝子の導入などの研究戦略を立てることが容易になると期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されるに先立ち、オンライン版が近日掲載されます。

背景

アントシアニンやフラボノール、イソフラボンを含むフラボノイドには強力な抗酸化活性があり、健康機能成分としての役割が知られています。アントシアニン類の摂取量は、ヒトのさまざまな疾病に対する防御と関連しているといわれています。近年の研究では、古くから植物色素の遺伝学的材料とされてきたキンギョソウの2種類の転写因子を発現させたトマトの果実は、ブラックベリーやブルーベリーに匹敵する高レベルのアントシアニンを蓄積し、がんを発症しやすい性質のマウスにこのトマトを与えたところ、有意な寿命の延長がみられ注目を集めています。アントシアニンが植物体内で安定的に蓄積するためには、配糖化酵素による配糖化が必須です。しかし、高等植物の配糖化酵素は、植物種ごとに独自に進化したと考えられ、その遺伝子配列情報からだけでは機能の推定は困難でした。

研究手法と成果

研究グループは、独立成分分析を用いて、モデル植物であるシロイヌナズナのアントシアニン(図1)の代謝に関わる配糖化酵素遺伝子を探索し、候補として、UGT79B1, UGT84A2という2種類の配糖化酵素遺伝子を見つけました。UGT79B1が機能しなくなった植物体では、アントシアニンの蓄積量が著しく減少し、目視ではアントシアニンを確認できなくなりました(図2A)。また、大腸菌で発現させたUGT79B1組み換えタンパク質を試験管内で反応させると、アントシアニンの糖鎖部分にさらにキシロースを転移する活性を示したことから、UGT79B1タンパク質は、アントシアニンの3位のグルコースにキシロースを転移させる酵素であることを突き止めました(図2B)。さらに、さまざまな構造のアントシアニンに対して調べたところ、5位のグルコースの配糖化より先に3位のグルコースへのキシロースの配糖化が行われていることが分かりました。このことは、アントシアニンの修飾に決まった順序があることを示しています。

UGT84A2については、シナピン酸の配糖化酵素であることが既に報告されていましたが、アントシアニンの蓄積への関連は証明されていませんでした。シナピン酸配糖化活性は、他にもUGT84A1、UGT84A3が持っています。研究グループは、UGT84A2とその次に関連性が高いUGT84A1がそれぞれ機能しなくなった植物体のアントシアニンの分析を行いました。その結果、UGT84A2が機能しなくなった植物体では、シナピン酸に修飾された主要なアントシアニン色素A11が著しく減少しましたが、UGT84A1が機能しなくなった植物体では、野生型と差はありませんでした(図3A)。このことから、UGT84A2によって配糖化されたシナピン酸が、アントシアニン修飾にシナピン酸を供給する上で主要な役割を担っていることが分かりました。

今後の期待

今回の研究成果により、シロイヌナズナのアントシアニンの修飾に関わる配糖化酵素遺伝子は、既に報告されていたものと合わせると7種見つかったことになります。そして、これらの修飾酵素の詳細な解析により、今まで厳密に決まっていないと考えられていた修飾の順序が浮かび上がってきました。修飾に関わる複数の酵素遺伝子の同定と解析が進むことで、今後、植物体内で有用なアントシアニンの蓄積を容易にし、健康に良い食物育種への応用などが期待できます。

原論文情報

  • Keiko Yonekura-Sakakibara, Atsushi Fukushima, Ryo Nakabayashi, Kousuke Hanada,Fumio Matsuda, Satoko Sugawara, Eri Inoue, Takashi Kuromori, Takuya Ito, Kazuo Shinozaki, Bunyapa Wangwattana, Mami Yamazaki, and Kazuki Saito. “Two Glycosyltransferases Involved in Anthocyanin Modification Delineated by Transcriptome Independent Component Analysis in Arabidopsis thaliana.”The Plant Journal,2011, doi:10.1111/j.1365-313x.2011.04779.x

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター メタボローム機能研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
上級研究員 榊原 圭子(さかきばら けいこ)

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.配糖化酵素
    天然の化合物(フラボノイド、テルペノイド、植物ホルモンなど)に糖(グルコース、ラムノース、キシロースなど)を転移する酵素。天然の化合物は、配糖化により親水性が増したり、安定化したり、不活性化することから、化合物の蓄積やその機能の制御に関与していると考えられている。
  • 2.シナピン酸
    フェノールヒドロキシケイ皮酸類。シナピン酸は、抗酸化作用を持つアントシアニンの修飾の材料の1種。また、シナピン酸がリンゴ酸やブドウ糖などと反応して、シナピン酸エステル類が生合成される。
  • 3.アシル基
    芳香族アシル基、脂肪族アシル基に大別できる。アシル基によって修飾されたアントシアニンは、安定化や青色化することが知られている。
  • 4.独立成分分析
    1つの観測値に複数の属性がある多次元データを対象とする統計手法。
  • 5.マイクロアレイ
    DNAマイクロアレイ、DNAチップとも呼ばれる。ガラスやシリコンの基板上にDNA断片を高密度に配置したもので、網羅的な遺伝子の発現解析に用いられる。
  • 6.キシロース
    グルコースと同じ単糖の1種
シロイヌナズナの主要アントシアニンの構造の図

図1 シロイヌナズナの主要アントシアニンの構造
(赤く囲んだ部分がアントシアニジン骨格のシアニジン部分)

UGT79B1遺伝子は植物がアントシアニンを蓄積するために必須の図

図2 UGT79B1遺伝子は植物がアントシアニンを蓄積するために必須

  • A: UGT79B1遺伝子が機能しない植物体では、白矢印部分のアントシアニンの蓄積(紫色)が見られない。
  • B: UGT79B1タンパク質は、アントシアニンの3位のグルコースにキシロース(黄色の丸)を転移させる機能を持つ。
UGT84A2がアントシアニン修飾にシナピン酸を供給する上で重要の図

図3 UGT84A2がアントシアニン修飾にシナピン酸を供給する上で重要

  • A: UGT84A2遺伝子が機能しない植物体ではシナポイル基の付加したアントシアニンA11の蓄積量が減少し、代わりにシナポイル基を含まないA5の蓄積量が上昇する。A11が少量存在するのは、他のUGT84A(UGT84A1、UGT84A3)が同じ機能を持つ可能性が考えられる。
  • B: UGT84A2は、アントシアニン・シナポイル基転移酵素にシナポイル基(黄色の丸)を供給する。

Top