ポイント
- 東アジア人54,690人を対象とした国際プロジェクトの成果
- 新たに発見した2型糖尿病関連遺伝子領域のうち、3つは欧米人の2型糖尿病にも関与
- 東アジア人特有の2型糖尿病発症の仕組み解明に期待
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、2型糖尿病※1の発症に関わる遺伝子領域同定を目的とした国際共同プロジェクト「2型糖尿病アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN-T2D)※2」に参加し、東アジア※3人の2型糖尿病の発症に関わる8つの新たな遺伝子領域を発見しました。このコンソーシアムには、東アジアの14のゲノム研究室が参加し、日本からは文部科学省「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(第2期)」実施機関である東京大学大学院医学系研究科の門脇孝教授と理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)内分泌・代謝疾患研究チームの前田士郎チームリーダーらが主な研究者として参加しています。
現在、糖尿病患者数は全世界で3億人を超えており、2030年には5億人に達するとされています(国際糖尿病連合「糖尿病アトラス第5版」2011)。糖尿病患者のおよそ9割は2型糖尿病が占めています。2型糖尿病の発症には遺伝的要因が関与しており、現在までに約50の関連遺伝子領域が見つかっていますが、多くは欧米人を対象とした解析で発見されたもので、日本人をはじめとした東アジア人では関連がみられない領域も存在しています。
研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約250万個の一塩基多型(SNP)※4について、東アジア人を対象とした大規模な解析を行い、欧米人を対象とした解析では見つからなかった8つの新しい2型糖尿病に関連する遺伝子領域を発見しました。欧米人47,117人を対象にこの8領域を調べたところ、3つは関連がありましたが、5つははっきりした関連が認められず、これらは東アジア人に特有の領域と考えられました。東アジア人は、欧米人に比べ肥満の程度が軽くても2型糖尿病になることが知られており、遺伝的に2型糖尿病を発症しやすい体質を持っているのではないかと考えられています。今回の成果は、日本人をはじめとした東アジア人2型糖尿病の発症の仕組みの解明につながるとともに、新たな治療薬開発にも結びつくものと期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(12月11日付け:日本時間12月12日)に掲載されました。
背景
現在糖尿病患者数は、全世界で3億人を超え、2030年には5億人に達するとされています(国際糖尿病連合「糖尿病アトラス第5版」2011)。糖尿病患者のおよそ9割は2型糖尿病が占めています。2型糖尿病の発症には遺伝的要因が関与しており、現在までに約50の関連遺伝子領域が見つかっていますが、多くは欧米人を対象とした解析で発見されたものです。欧米人の糖尿病患者には肥満の関与が大きいのに対して、日本人をはじめとした東アジア人の糖尿病患者では肥満の程度は軽いことが知られており、人種によって糖尿病を引き起こす仕組みが異なっていると考えられています。欧米人の糖尿病では、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが十分に働かない「インスリン抵抗性」がより顕著ですが、東アジア人の糖尿病の場合は、インスリンの分泌が悪くなる「インスリン分泌低下」がより顕著です。東アジア人では、肥満の程度が軽くても2型糖尿病を発症することから、欧米人と比べ2型糖尿病を発症しやすい体質を持っていると考えられています。したがって欧米人と東アジア人では関わる遺伝的要因にも違いがある可能性があります。事実、欧米人対象の解析で見つかった遺伝子領域のなかには日本人の2型糖尿病との関連がみられないものが存在します。日本人を対象とした解析では、2003年から行われている文部科学省リーディングプロジェクト「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト」の研究成果から3領域が同定されていますが、東アジア人と欧米人の違いを明らかにする要因はほとんど知られていませんでした。
研究手法と成果
研究グループは、まずコンソーシアムで行われた東アジア人での8つのグループのゲノムワイド関連解析(GWAS)※5(合計18,817人)の結果を統合し、ヒトゲノム全体に分布する約250万個の一塩基多型(SNP)について2型糖尿病の発症と関連する遺伝子領域の探索を行いました。そのなかから、今までに2型糖尿病との関連が知られていない有力な297領域を選び、別の3つのグループのGWAS(合計10,417人)で2型糖尿病との関連について検証しました。その結果絞り込まれた19領域について、さらに別の5つの集団(合計25,456人)で検証した結果、2型糖尿病の発症に関わる8つの新たな遺伝子領域を同定しました(図1、表1)。この8つの遺伝子領域について欧米人47,117人を対象に2型糖尿病との関連について調べたところ、3つは関連がみられましたが、5つははっきりした関連は認められず、東アジア人に特有の2型糖尿病関連遺伝子領域である可能性が考えられました。
今後の期待
今回発見した8つの遺伝子領域がどのようにして2型糖尿病発症に関わるか、そのメカニズムを解明することで糖尿病に対する新しい治療薬の開発に貢献できる可能性があります。また、今回の成果と、今までに発見された糖尿病に関連する遺伝子多型を組み合わせることで、糖尿病になりやすい人を予測し、積極的な予防対策を講じることによって、糖尿病予防のための生活指導などが可能になってくるものと期待できます。
原論文情報
- Cho YS, Chen C-H, Hu C, Long J, Ong RTH, Sim X, Takeuchi F, Wu Y, Go MJ, Yamauchi T, Chang Y-C, Kwak SH, Ma RCW, Yamamoto K, Adair LS, Aung T, Cai Q, Chang L-C, Chen Y-T, Gao Y, Hu FB, Kim H-L, Kim S, Kim YJ, Lee JJ-M, Lee NR, Li Y, Liu JJ, Lu W, Nakamura J, Nakashima E, Ng DPK, Tay WT, Tsai F-J, Wong TY, Yokota M, Zheng W, Zhang R, Wang C, So WY, Ohnaka K, Ikegami H, Hara K, Cho YM, Cho NH, Chang TJ, Bao Y, Hedman ÅK, Morris AP, McCarthy MI, DIAGRAM consortium, MuTHER consortium, Takayanagi R, Park KS, Jia W, Chuang L-M, Chan JCN, Maeda S, Kadowaki T, Lee J-Y, Wu J-Y, Teo YY, Tai ES, Shu XO, Mohlke KL, Kato N, Han B-G, Seielstad M.
“Meta-analysis of genome-wide association studies identifies eight new loci for type 2 diabetes in east Asians” Nature Genetics, 2011 Doi: 10.1038/ng.1019
発表者
理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 内分泌・代謝疾患研究チーム
チームリーダー 前田 士郎(まえだ しろう)
Tel: 045-503-9595 / Fax: 045-503-9567
お問い合わせ先
横浜研究所 研究推進部
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.2型糖尿病
糖尿病とは、インスリン作用の不足により、慢性的に高血糖が持続する病気である。正しく治療されないと、さまざまな臓器が侵され合併症をきたす糖尿病に特有の糖尿病網膜症・腎症・神経障害といった細小血管症に加え全身の太い血管にも動脈硬化が進みやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。糖尿病患者では心筋梗塞や脳梗塞の危険が2~4倍増すとされている。
糖尿病には、大きく分けて①1型②2型③その他の特定の機序や疾患によるもの④妊娠糖尿病の4つがある。2型糖尿病は、インスリン分泌低下とインスリン抵抗性(インスリンの働きが悪くなること)が合わさることによって血糖値が上昇する結果、糖尿病になるタイプ。発症には、遺伝因子(家系)と環境因子(過食・肥満・運動不足などの生活習慣)の両者が深く関わっている。わが国の糖尿病患者数は、890万人で、そのうち90%は2型糖尿病であると考えられている。
現在我が国では約29万人(2009年末現在)が人工透析を受けており、そのうちの約3割は糖尿病が原因となっている。透析医療にかかる年間医療費は一人あたり約600万円、我が国全体でみると1兆円をこえる医療費の支出があると推計されている。さらに、糖尿病が原因で失明や視力障害、下肢切断に至る例も多数にのぼり、QOLの低下、あるいは健康寿命の短縮の大きな要因となっている。 - 2.2型糖尿病アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN-T2D)
韓国、シンガポール、中国、日本の東アジア民族を対象とした2型糖尿病の遺伝因子解明のための国際プロジェクト。 - 3.東アジア
ユーラシア大陸の東部にあたるアジア地域の一部を指す地理学的な名称であり、中国大陸、朝鮮半島、台湾列島、日本列島などを含む。 - 4.一塩基多型(SNP)
ヒトの染色体にある全DNA情報(ヒトゲノム)は、30億にもおよぶ文字の並び(塩基配列)で構成されている。この文字の並びは暗号(遺伝情報)となっており、その99.9%は全人類で共通だが0.1%程度に個人差(遺伝子多型)のあることが分かっている。多くの遺伝子多型は違っていても影響はないが、一部は病気のなりやすさなどに関係していると考えられている。一塩基多型(SNP=スニップ)とは、その文字の並びが1つだけ異なっているもので、30億塩基の並びの中におよそ1,000万カ所ある。 - 5.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
病気に罹患している集団と、一般対象集団との間で、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる手法。ゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome-Wide Association Study)では、ヒトゲノム全体を網羅するような数100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域・遺伝子を同定する。
図1. 研究概要
表1 新たに同定された8つの2型糖尿病関連遺伝子領域
2型糖尿病集団と対照集団とでSNPの遺伝子型頻度に差があるかどうかを統計学的に比較し、検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率、低いほど関連が強いと判定できる)がゲノムワイドレベルで有意となった領域(P < 5×10-8)が8つ同定された。