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2011年12月28日

独立行政法人 理化学研究所

nanoCAGE法でマウスの嗅覚受容体遺伝子のプロモーター領域を解析

-多様な嗅覚受容体が選択的にできるメカニズム解明に貢献-

ポイント

  • 独自に開発したnanoCAGE法で微量のサンプルでも遺伝子発現解析が可能に
  • マウス嗅覚受容体遺伝子の87.5%について転写開始点の同定に成功
  • 嗅覚受容体遺伝子はアンチセンスRNAを含む新規ノンコーディングRNAを発現

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独自に開発したnanoCAGE法※1をマウスに適用し、サンプル量が微量なためRNA発現解析が困難だった嗅覚受容体遺伝子のプロモーター※2領域を網羅的に解析しました。その結果、ゲノム上の全ての臭覚受容体遺伝子の87.5%について、転写開始点の位置を同定することに成功しました。これは、理研オミックス※3基盤研究領域(OSC、林崎良英領域長)ゲノム機能研究チームのピエロ カルニンチ(Piero Carninci)チームリーダーと、イタリアのSISSA神経生物学部門をはじめとする、ノルウェー、アメリカ、イギリス、ドイツなどの研究者らとの共同研究による成果です。

匂いは、鼻の奥の嗅覚受容器ニューロンが発現する嗅覚受容体と匂い分子が結合して感知され、ヒトで約350種類、マウスで約1,100種類存在します。それぞれの嗅覚受容器ニューロンは、たった1種類の嗅覚受容体遺伝子を発現するため、特定の匂い分子を捉えることができます。これまで、個々の嗅覚受容器ニューロンがどの嗅覚受容体遺伝子を発現するか、という選択的発現メカニズムを解明するには、同じ種類の受容体を発現する細胞数が少なく、解析用試料が十分得られないことが問題でした。

2010年に研究グループは、たった数ナノグラムのサンプルから転写開始点を正確に同定し、その発現量を解析できるnanoCAGE法を開発しました。今回、この方法をマウス嗅覚受容体遺伝子に適用したところ、全ての嗅覚受容体遺伝子(1,092個)の87.5%に相当する955個について、転写開始点や転写因子結合部位などを含むプロモーター領域の構造を同定することに成功しました。その中には、タンパク質をコードするRNAだけでなく、アンチセンスRNA※4など、タンパク質をコードしないRNA(ノンコーディングRNA:ncRNA※5)が含まれていることも発見しました。この結果より、ncRNAが嗅覚受容体の選択的発現を制御している可能性も十分に予想できます。

nanoCAGE法は、神経細胞のように解析対象となる細胞量が少ない場合に大変有効な解析手法です。今回の嗅覚受容器ニューロンを対象とした実績により、今後、他の神経系の遺伝子発現ネットワーク解析の進展に貢献することが期待できます。

今回の成果は、米国の科学雑誌「Genome Research」オンライン版(12月22日号)に掲載されました。

背景

鼻の奥にある嗅覚上皮という組織には、多種多様な嗅覚受容器ニューロンが存在し、個々の嗅覚受容器ニューロンはたった1種類の嗅覚受容体だけを発現しています。この選択的な発現は、分化の過程で多層的に起こる転写制御によるものと考えられます。しかし、そのメカニズムは明確ではありません。最近、マウスの嗅覚受容体遺伝子のうち、タンパク質に翻訳される領域のほぼ全ては同定されましたが、その転写開始領域については分かっていませんでした。嗅覚受容体遺伝子のプロモーターに結合する転写因子※6も同定されたものは数少なく、また、ノンコーディングRNA(ncRNA)の発現についての報告もありませんでした。嗅覚受容体遺伝子の選択的発現メカニズムを理解するためには、これらを明らかにし、転写制御ネットワークを解明する必要があります。

研究手法と成果

研究グループは、顕微鏡下でマウスの嗅覚上皮をレーザーで切り出し、独自に開発したnanoCAGE法により(2010年6月14日プレスリリース)転写開始領域の解析を網羅的に実施、ゲノム上のプロモーターの位置を同定することに成功しました。この解析で発見したプロモーター領域は、RACE法※7で再確認しました。その結果、1,092個ある嗅覚受容体遺伝子のうち、87.5%に相当する955個の遺伝子について転写開始点を同定し、さらに、通常アミノ酸翻訳に用いられないアンチセンスRNAを含む新規ncRNAが発現していることを確認しました(図1)

さらに研究グループは、バイオインフォマティックス※8により、同定したプロモーター領域の転写因子結合部位(図2)と、嗅覚受容体遺伝子を発現させる転写因子を予測しました。中でも3つの転写因子(EBF、TBP、MEF2A)について、クロマチン免疫沈降法※9を用い、プロモーター部位に結合することを確認しました。また、同定したプロモーター領域の下流にレポーター遺伝子※10を組み込んだトランスジェニックマウスを解析して、このプロモーターが正常に機能することを確認し、nanoCAGE法による解析結果が正しいことを実証しました。

今後の期待

今回解析したマウスの嗅覚受容体遺伝子のプロモーター領域に関する知見は、今後の嗅覚受容器ニューロンにおける嗅覚受容体の選択的発現のメカニズム解明に役立つと期待できます。特にnanoCAGE法は、解析のターゲットとなるRNA量が微量であっても遺伝子発現解析を可能にし、今回のような神経系の細胞の解析や、がん細胞の解析への貢献が期待できます。

原論文情報

  • Plessy C, Pascarella G, Bertin N, Akalin A, Carrieri C, Vassalli A, Lazarevic D, Severin J, Vlachouli C, Simone R, Faulkner GJ, Kawai J, Daub CO, Succhelli S, Hayashizaki Y, Mombaerts P, Lenhard B, Gustincich S, Carninci P. “Promoter architecture of mouse olfactory receptor genes.” Genome Res. 2011 doi:10.1101/gr.126201.111

発表者

理化学研究所
オミックス基盤研究領域 ゲノム機能研究チーム
チームリーダー ピエロ カルニンチ
Tel: 045-503-9222 / Fax: 045-503-9216

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.nanoCAGE法
    CAGE法などの遺伝子発現解析法がマイクログラムレベル( μg:1 μgは10-6グラム)のRNAの量を必要とするのに対し、nanoCAGE法は、DNAの断片であるプライマー配列の工夫とcDNAの特異的な増幅法の導入により1,000倍以上の感度向上を実現している。その結果、ナノグラム(ng)レベルのRNAの量から、転写開始点の同定とそれぞれの発現の定量解析を、最先端のシーケンサーを使い大規模に解析できる。
  • 2.プロモーター
    遺伝子を発現させる機能を持つ塩基配列。プロモーターがないと遺伝子は発現しない。
  • 3.オミックス
    生体の持つあらゆる分子情報を解析・解明しようとする研究のこと。ゲノム(genome)は遺伝子(gene)の総体(gene+ome)であり、ゲノムの分子情報を解明しようとする研究を、語尾に-omicsを付けゲノミクス(genomics)と呼ぶ。同様に、遺伝子からの転写物の総体であるトランスクリプトーム(transcriptome)、タンパク質の総体のプロテオーム(proteome)、表現型の総体のフェノーム(phenome)までのすべてを網羅する学問をオミックス(Omics)研究と呼ぶ。
  • 4.アンチセンスRNA
    DNAより転写されるRNA(センスRNA)の塩基配列に対して、相補的で逆の方向性をもつRNA。特定の遺伝子に対するセンス/アンチセンスRNAペアがそろうとRNA二重鎖をつくり、本来の遺伝子の機能が抑制される。理研では、二重鎖DNAの双方の鎖が読まれるセンス/アンチセンスのRNAペアが、哺乳類において多く発現し、機能性を持つことを発見している(2005年9月2日プレスリリース)。
  • 5.ノンコーディングRNA(ncRNA)
    タンパク質をコードしないRNA。遺伝子発現制御など生物学的に重要な機能を持つncRNAも多く発見され、ほ乳動物の発生やほかの生物学的機能において重要な役割を担っている。
  • 6.転写因子
    DNA上のプロモーターと呼ぶ転写開始を促す活性を持つ特定の領域・塩基配列に特異的に結合し、RNAへの転写の過程を促進または抑制する一群のタンパク質。iPS細胞を作製する際に導入する遺伝子も転写因子である。
  • 7.RACE法
    Rapid Amplification of cDNA end法の略。部分的に塩基配列が分かっている相補的DNA(cDNA)の、既知の部分の塩基配列をもとに、未知の部分を含む末端までをクローニングする方法。
  • 8.バイオインフォマティックス
    応用数学、情報学、統計学、計算機科学などの技術応用によって生物学の問題を解こうとする学問。「生命情報学」、「生物情報学」などと訳される。近年、多くの生物を対象に実施されているゲノムプロジェクトや構造ゲノムプロジェクトによって、大量のバイオ関連情報が得られるようになり、それらの情報をタンパク質の系統解析、構造予測、相互作用予測など有用なバイオインフォマティクス技術につなげることが求められている。
  • 9.クロマチン免疫沈降法
    タンパク質とDNAが接合している部位を、タンパク質に対する抗体によって抽出し、同定する方法。
  • 10.レポーター遺伝子
    解析したい遺伝子が発現しているかどうか簡便に定量、検出および細胞レベルで可視化する目的で利用される遺伝子のこと。遺伝子組み換え技術により、目的の遺伝子のプロモーター下流に連結した融合遺伝子を作り、遺伝子発現を解析する。
同定した転写開始点の割合の図

図1 同定した転写開始点の割合

ゲノム上のさまざまな位置で同定した転写開始点の割合を示す。52%がタンパク質をコードする既知の遺伝子(RefSeq)の領域で、19%がncRNA領域で同定した。

転写因子結合部位の解析結果の図

図2 転写因子結合部位の解析結果

同定したプロモーター領域における、転写因子(SOX・FOX motifs、HOX motifs、MEF2A、TATA-box、EBF1、IKZF1)結合部位の位置。横軸上の0の位置が転写開始点で、下流(正)に嗅覚受容体遺伝子が存在する。

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