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  3. 研究成果(プレスリリース)2012

2012年9月11日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人岡山大学

植物の耐病性を向上させる新規化合物を5個発見

-持続的で環境負荷が少ない病害防除法開発への手がかり-

ポイント

  • 植物特有の免疫メカニズムを活かした薬剤探索手法を新たに開発
  • 薬剤がサリチル酸の代謝を阻害することで耐病性が向上
  • 植物に持続的な耐病性を付与する新技術の開発に期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)と岡山大学(森田潔学長)は、病原体に感染したときだけ植物の免疫力を高め、耐病性を向上させる化合物(薬剤)「プラントアクティベーター※1」を新たに5個発見し、その作用メカニズムを解明しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須賢グループディレクター、生長制御研究グループの神谷勇治グループディレクター、軸丸裕介研究員、花田篤志技術員、岡山大学異分野融合先端研究コア(宍戸昌彦コア長)の能年義輝助教(特任)、岡﨑正晃研究員、仁科勇太助教(特任)、喜田拓也研究員、(財)かずさDNA研究所(山本正幸所長)産業基盤開発研究部産業応用技術研究室の柴田大輔室長、鈴木秀幸主任研究員、森下宜彦技術員、小川拓水研究員らによる共同研究グループの成果です。

プラントアクティベーターは、植物が本来持っている免疫力を高めることで耐病性を向上させる薬剤です。病原体を標的とする殺菌性農薬とは異なり、薬剤耐性菌が出現しないことによる効果の持続性と、さまざまな病原体に対する広範な防除作用を持つため、低環境負荷型農業の実現に向けた利用拡大が期待されています。

共同研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの懸濁培養細胞※2を利用した薬剤探索手法を新たに開発し、この手法を用いてプラントアクティベーターを5個発見しました。詳細に調べたところ、これらの薬剤がサリチル酸※3の代謝を阻害することで不活性化を抑え、その結果、免疫応答を制御するサリチル酸が増加し、植物の耐病性が向上することを突き止めました。

今回、プラントアクティベーターの作用メカニズムの解明により、標的を絞って新薬剤を開発する道が拓かれました。また、植物免疫におけるサリチル酸代謝の重要性も実証しました。今後、サリチル酸代謝を薬剤や分子育種などで制御して作物に持続的な耐病性を付与する新技術の開発が期待できます。

本研究成果は、米国科学誌『The Plant Cell』オンライン版に近日掲載されます。

背景

プラントアクティベーターと呼ばれる一群の化合物は、日本が誇るものづくり技術であり、植物の持つ免疫力を高め、その耐病性を向上させる薬剤です。この薬剤は、特に東アジアの水稲栽培において広く利用されています。複数の病害に対する広範な防除効果と薬剤耐性菌による効果の減衰もありません。また、プラントアクティベーターの利用によって殺菌性農薬の使用回数や量を低減できることから、持続的で環境負荷の少ない農業の実現に向けた利用拡大が期待されています(図1)。プラントアクティベーターは、これまでは偶然発見された薬剤を基に、主にイネ栽培に特化した開発が進められてきました。しかし、さまざまな作物種に適用可能なプラントアクティベーターを開発するには、既存の薬剤とは異なる多くのリード化合物※4が必要となります。また、プラントアクティベーターは30年以上も実用されている薬剤ですが、その詳細な作用メカニズムは分かっていませんでした。

植物は、病原体に感染した細胞が即座に自発的なプログラム細胞死を引き起こし、病原体を感染部位周辺に封じ込めて感染拡大を防ぐという免疫メカニズムを持っています。共同研究グループは、この免疫メカニズムを利用した新たなプラントアクティベーターを探索する方法の開発に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの懸濁培養細胞に薬剤と病原体を混合し、感染時に引き起こされるプログラム細胞死を、多検体プレート上で定量検定することで植物免疫応答を増強する薬剤を探索する方法を新たに開発しました(図2)。この方法は、病原体の感染に関係なく単に細胞死を引き起こす薬剤「植物免疫誘導型プラントアクティベーター」と、感染時に発動される免疫応答を強める、もしくは早める薬剤「植物免疫プライミング型プラントアクティベーター」とを区別できます。植物免疫誘導型は継続的な免疫誘導による生長阻害を引き起こしますが、植物免疫プライミング型はそうした副作用はなく、実用性の高いプラントアクティベーター開発のためのリード化合物として期待できます。

実際に、さまざまな低分子有機化合物10,000個から成る化合物ライブラリーをこの手法で選抜し、得られた候補薬剤の類縁体群を解析した結果、5つの植物免疫プライミング型プラントアクティベーターを発見しました(図3)。共同研究グループは、発見した薬剤を構造分子の違いから2群に分類し、それぞれ「インプリマチンA(ImprimatinA)」、「インプリマチンB(ImprimatinB)」と名付けました。次に、これらの薬剤をシロイヌナズナに添加すると、病原細菌に対する耐病性が向上しました(図4左)。この時、免疫応答を制御する植物ホルモン※5の1つであるサリチル酸の内生量が上昇し、一方でサリチル酸の代謝物の1つであるサリチル酸配糖体※3が減少していました(図4右)。また、発見した植物免疫プライミング型プラントアクティベーターが、サリチル酸の配糖体化をすすめる既知、および新規の2種類のサリチル酸配糖化酵素の働きを阻害することを見いだしました(図5)。さらに、遺伝子操作によりこの2つのサリチル酸配糖化酵素を欠損させた変異体を調べたところ、耐病性が向上し薬剤の作用が発揮した状態を再現しました。つまり、植物の耐病性を向上させる1つの方法として、サリチル酸配糖化酵素を阻害することが有効だということが分かりました。

サリチル酸は、植物細胞内において非感染状態では少量ですが、病原体感染に伴って大幅に増加して免疫応答を誘導するとともに、サリチル酸配糖体へと速やかに代謝されます。従って、サリチル酸配糖化の阻害によって病害感染時のサリチル酸量が増加し、より迅速で強力な免疫応答が誘導されることが分かりました。

今後の期待

開発した薬剤探索法を利用すると、今回発見した薬剤以外にも副作用の少ないプラントアクティベーターの開発に向けたリード化合物の獲得が期待できます。また、サリチル酸配糖化酵素を阻害する薬剤を集中的に探索することで、さらに有望な薬剤が得られる可能性も期待できます。今後、サリチル酸代謝を感染時だけ抑制するような分子遺伝学的・生物工学的改変ができれば、病害耐性能を強化した作物の開発が期待できます。

原論文情報

  • Yoshiteru Noutoshi, Masateru Okazaki, Tatsuya Kida, Yuta Nishina, Yoshihiko Morishita, Takumi Ogawa, Hideyuki Suzuki, Daisuke Shibata, Yusuke Jikumaru, Atsushi Hanada, Yuji Kamiya and Ken Shirasu. “Novel plant immune-priming compounds identified via high-throughput chemical screening target salicylic-acid glucosyltransferases in Arabidopsis”. The Plant Cell (2012). doi:10.1105/tpc.112.098343

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 植物免疫研究グループ
グループディレクター 白須 賢(しらす けん)

国立大学法人岡山大学
異分野融合先端研究コア
助教(特任) 能年 義輝(のうとし よしてる)

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

国立大学法人岡山大学 総務・企画部 企画・広報課
Tel: 086-251-7292 / Fax: 086-251-7294

補足説明

  • 1.プラントアクティベーター
    プラントディフェンスアクティベーター、または抵抗性誘導剤とも呼ばれ、植物自身の免疫機能を利用して作物の病害を防除する薬剤。国内ではMeiji Seika ファルマ(株)のプロベナゾール、日本農薬(株)のチアジニル、住友化学(株)のイソチアニルが、主にイネいもち病を対象とした防除剤として市販されているが、これらの作用メカニズムは分かっていない。海外ではシンジェンタのアシベンゾラルSメチルが利用されており、これはサリチル酸の働きを模倣する薬剤である。
  • 2.懸濁培養細胞
    植物体から分離された細胞で、液体培地中で浸透して増殖・維持させたもの。
  • 3.サリチル酸、サリチル酸配糖体
    サリチル酸は、古くは鎮痛剤としても使われていた植物ホルモンの一種。病原菌感染によって生合成が誘導され、病害抵抗性反応を引き起こす。グルコースが結合したサリチル酸配糖体に代謝されることで活性を失う。
  • 4.リード化合物
    医薬品や農薬といった化学製品を導き出すための出発物質。生物の抽出物の解析や多様な構造を含む化合物のセット(ライブラリー)を使った大規模探索(スクリーニング)から見いだされる。農薬の場合、リード化合物から派生させた多数の類縁体の構造活性相関解析から有効性、持続性、安全性に優れた物質が選抜され、さらに大量合成法の確立、および粒形や施用法の検討を経て製品化に至る。
  • 5.植物ホルモン
    オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、アブシシン酸、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、サリチル酸、ストリゴラクトンの9種が知られている。これらの働きは、合成、輸送、代謝の調節によって厳密に制御されている。ペプチド性の生理活性物質は「ペプチドホルモン」として区別される。
さまざまな植物防除法とその標的の図

図1 さまざまな植物防除法とその標的

殺菌・殺虫性の農薬や病害抵抗性遺伝子を持つ耐病性品種は、特定の病原体を対象とする。一方、プラントアクティベーターは、植物を対象としその免疫力を活性化させることで、さまざまな病害に対する植物の持つ耐病性を向上させる。薬剤耐性病原体が出現しないので効果に持続性があり、既存の農薬と併用することによって薬剤散布量や回数を軽減し、環境負荷の低減に貢献する。

プラントアクティベーターの探索手法の図

図2 プラントアクティベーターの探索手法

植物は、病原体に感染した細胞が即座に自発的なプログラム細胞死を引き起こすことで病原体を感染部位に封じ込め、さらに周辺部位に抗菌物質を蓄積するという免疫応答によって耐病性を発揮する。本手法は、死んだ細胞を特異的に染める色素を使うことで、シロイヌナズナの培養細胞が病原体感染に伴って引き起こすプログラム細胞死を定量検定するもので、化合物(薬剤)が免疫応答に及ぼす効果を調べることができる。培養細胞と病原体を一晩混合すると細胞が死んで染色される。番号で示したように、同じ種類の薬剤を、病原体を添加した場合(病原体+化合物)とそうでない場合(化合物)とで同時に調べることで、病原体が無くても細胞死を引き起こすタイプ(植物免疫誘導型)と、病原体が感染した時に発動される免疫応答を増強するタイプ(植物免疫プライミング型)とを区別できる。また、免疫応答としての細胞死を阻害する薬剤も同時に探索できる。

発見した植物免疫プライミング型プラントアクティベーターの図

図3 発見した植物免疫プライミング型プラントアクティベーター

分子構造の類似性から2群に分類され、それぞれインプリマチンA(ImprimatinA)、およびインプリマチンB(ImprimatinB)と命名した。

Imprimatinの投与がシロイヌナズナに与える影響の図

図4 Imprimatinの投与がシロイヌナズナに与える影響

  • (a) ImprrimatinA、B(100μM:マイクロモーラー)をシロイヌナズナの根から吸収させると、吸収させていない個体(コントロール)に比べて、葉に接種した病原細菌の葉内での増殖が抑制された。対照となるサリチル酸(50μM)と同程度の効果が観察された。
  • (b) 通常であれば、病原体接種後の葉内では代謝によりサリチル酸量が減少し、サリチル酸配糖体が増加する(コントロール)。しかし、薬剤処理によってサリチル酸量が増加し、一方でサリチル酸配糖体の量が減少していた。このことから、ImprimatinA、Bは、サリチル酸の代謝を阻害してサリチル酸の蓄積量を上昇させ、免疫活性化能を発揮していると予想した。
植物免疫プライミング型プラントアクティベーターImprimatinA, Bの作用の図

図5 植物免疫プライミング型プラントアクティベーターImprimatinA, Bの作用

シロイヌナズナのサリチル酸配糖化を担う新規酵素(UGT76B1)を発見した。ImprimatinA、Bは、この新規酵素と既知酵素(UGT74F1)の両酵素の活性を阻害した。詳細な解析により、ImprimatinA、Bはサリチル酸の代わりに両酵素に取り込まれるため、サリチル酸配糖体が形成されないことが分かった。一方、遺伝子操作によりサリチル酸配糖化酵素を欠損させたシロイヌナズナ変異体は、耐病性の向上を示した。

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