ポイント
- 植物と土壌から酵母を183種分類し、その約半数は新種と推定
- 共通種はわずか15種で、日本国内の生息酵母は統計上多様と判明
- 新たな酵母の産業利用への貢献と地球規模の微生物の多様性の理解に期待
要旨
理化学研究所(野依良治理事長)と明治薬科大学(石井啓太郎学長)は、沖縄県の西表島と北海道の利尻島を対象に生息する酵母の多様性調査を行い、両島に生息する種が現在確認されている種全体の14%を占め、それぞれに異なる多様性を有していることを明らかにしました。これは、理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)微生物材料開発室の大熊盛也室長、高島昌子ユニットリーダー、遠藤力也協力研究員、明治薬科大学微生物学教室の杉田隆准教授らの共同研究グループによる成果です。
日本では、日本酒やビールといった発酵食品の生産が盛んで、この発酵は微生物によることが分かってきています。また、日本は南北に長く、亜寒帯から亜熱帯までを含み、地域ごとに植生も異なるため、多様な種の微生物が生息するとされ、酵母などの微生物資源が豊富と考えられています。しかし、これまでそれらを包括的に調査したデータがなく、認識できている酵母は全体の5%程度といわれているため、産業利用のためにも、日本の微生物の種の多様性や分布の特性の把握が求められています。
共同研究グループは、西表島と利尻島の植物と土壌から酵母を1,021株分離し、リボソームRNA※1をコードする遺伝子の部分塩基配列に基づく分類を行いました。その結果、これらは183種に分類でき、この約半数は新種と推定できました。分類した183種中には、バイオディーゼルの原料などに期待されている脂肪酸を蓄積する既知の酵母も含まれていました。一方で、西表島と利尻島で共通に分離された種はわずか15種で、塩基配列を基に地域間の有為差検定※2を行ったところ、西表島と利尻島の酵母の群集構造(数、種類)は明らかに異なり、日本国内でも地域により生息する酵母種は全く異なることも分かり、地域における酵母の多様性を示しました。
今回の成果は、日本の微生物資源の豊かさと可能性を示し、今後新たな酵母を産業利用する際に貢献すると期待できます。また、本研究で行った塩基配列の類似度を指標に、世界各地の酵母のデータを蓄積させることで、地球規模の微生物多様性の理解につながると期待できます。
本研究は、(財)発酵研究所第一回特定研究「我が国における微生物の多様性解析とインベントリーデータベースの構築-亜熱帯域と冷温帯域の比較から」に基づくもので、米国のオンライン版科学雑誌『PLOS ONE』(11月30日付け)に掲載されました。
背景
酵母とは、自然界の植物、土壌など色々な所に生息する微生物です。酵母といえば、パンや日本酒など代表的な発酵食品を思い浮かべるくらい生活に密着しています。また微生物資源として重要で、その年間生産額は日本で8兆円といわれています。一方、自然界に生息する酵母種のうち、認識されているのは全体の5%程度といわれており、環境中での酵母の役割の研究などもまだ始まったばかりです。この理由は、これまでは、形態などの限られた指標に基づく同定だけで、酵母の集団のサイズや多様性の推定を行っていたからです。
近年、DNAの塩基配列に基づく種の同定が広く行われるようになり、さまざまな環境に生息する酵母種の把握が正確かつ容易に行えるようになりました。生物の多様性の保全や資源としての持続的利用のためには、分類学上で種よりも大きいまとまりを指す「属」レベルでの指標の確立も必要となってきます。しかし、同じ属名を持つ種が複数の系統枝に他の属名の種と混じって存在するなどの問題が多く、塩基配列に基づく決定的な分類指標の確立が求められていました。
研究手法と成果
共同研究グループは、西表島と利尻島の植物と土壌からそれぞれ2回ずつサンプリングを行い、酵母を1,021株分離しました。生物の系統関係の推定に利用されるリボソームRNAをコードする遺伝子の部分塩基配列を酵母ごとに解析した結果、これらは183種に分類できました。さらに、そのうち約半数が新種であると推定できました。この183という種の数は、現在の酵母分類学の標準の参考書である「The Yeasts, A Taxonomic Study」第5版(2011年)に収載されている種の数(1,312種)の14%に相当し、日本の酵母が多種多様であることを示しています。また、両島で共通する種は15種だけで、地域間の有為差検定により日本国内でも地域により生息する酵母種は全く異なるということが分かりました。また、同定した酵母には、バイオディーゼルの原料などに期待されている脂肪酸を蓄積するものも含まれており、産業利用できる酵母の存在も地域により特色があることを示しました。
次に、塩基配列の類似度を基に、サンプリングの場所と分離源に分けてレアファクション(rarefaction)解析※3を行うと、各グループはそれぞれ独自のパターンを示しました。これにより、多様性は種レベルはもちろんのこと、属レベルやもう少し大きい範囲を想定し比較しても異なっていることが分かりました。
今後の期待
今回、サンプリング地域内で多くの新種を得られたことは、日本の微生物資源の豊かさを改めて認識させるものであり、資源探索の可能性をさらに広げるものです。本研究で用いた分離源は、西表島と利尻島の土と一部の植物葉に過ぎません。日本の豊かな自然環境が育む多様な昆虫・土壌動物などにも分離対象を広げれば、さらに多くの酵母が発見できることでしょう。より包括的な酵母の多様性評価が今後の課題です。
本研究で西表島から得られた種の中には、例えば、屋久島や小笠原諸島で分離された種や、熱帯地域で分離された種もありました。また、利尻島からは日本国内の別の地域や欧米で分離された種や、南米のパタゴニア地域で分離された種もありました。
今回得た塩基配列データは、全て国際塩基配列データベース「INSD」に登録しており、今後、地球上の別の地域から、西表島や利尻島に生息する種と同種のものが得られる可能性もあります。世界各地からのデータが蓄積され、地球規模の生物多様性の議論も可能となったとき、本研究で行った塩基配列の類似度が指標になると期待できます。
原論文情報
- Takashima, M, Sugita, T, Van, BH, Nakamura, M, Endoh, R, et al. “Taxonomic Richness of Yeasts in Japan within Subtropical and Cool Temperate Areas” PLoS ONE,2012 doi: 10.1371/journal.pone.0050784
発表者
理化学研究所
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
ユニットリーダー 高島 昌子(たかしま まさこ)
明治薬科大学 微生物学研究室
准教授 杉田 隆(すぎた たかし)
お問い合わせ先
筑波研究所研究推進部企画課
Tel: 029-836-9058 / Fax: 029-836-9100
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
明治薬科大学 広報課
Tel: 042-495-8615(直通) / Fax: 042-495-8612
補足説明
- 1.リボソームRNA
リボソームは細胞の中でタンパク質合成を担い、RNAとタンパク質から構成されている。そのRNAをリボソームRNAという。リボソームRNAをコードする遺伝子は、どの生物種にも共通に保存されているため、生物の系統関係を推定する際によく利用されている。酵母では、リボソームの大サブユニットのリボソームRNA遺伝子の塩基配列の一部(D1/D2領域)を用い、既知の種の網羅的な調査に基づき、種同定のためのガイドラインが作られている。 - 2.有為差検定
2つの集団の間に差があるかどうかを確認する統計学的方法。 - 3.レアファクション(rarefaction)解析
生態学において、サンプリングの結果をもとに生物多様性の度合いを求める方法。生態学の調査においては、サンプル数が十分な状態になるまでサンプリングを行うことが難しい。これを解決するために、統計的な数式を用いて限られたサンプル数から、多様性を推定する解析方法。
図 本研究の流れ
西表島と利尻島で2回サンプリングを行い、研究室にて培養・純化したところ1021株を分離した。その1,021株をリボソームRNAをコードする遺伝子の部分塩基配列に基づき分類した結果、183種を同定し、その約半数は新種と推定された。両島における共通種はわずか15種のみで、日本国内でも地域により生息する種が異なることを明らかにした。