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2013年1月1日

理化学研究所

体の成長を制御するホルモンの新受容体を発見

-正規の受容体への結合を阻害する“おとり受容体”が成長を調節する-

ポイント

  • おとり受容体は血中で内分泌ホルモンと結合し、体の成長を抑制する
  • おとり受容体は栄養状態の変化に対して成長と栄養貯蔵のバランスを調節する
  • 糖尿病や成長疾患、がんなどの治療への応用に期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、ショウジョウバエにおいて体の成長を制御するホルモンの機能を血中で調節する“おとり受容体”を発見し、そのメカニズムを明らかにしました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)成長シグナル研究チームの西村隆史チームリーダー、岡本直樹基礎科学特別研究員らの成果です。

生物の体は、それぞれの種によって、体細胞の数や体積を増加させながらほぼ定められた大きさにまで成長し、それ以上大きくならないように制御されています。近年、ショウジョウバエを生物モデルとした遺伝学的解析が進み、どのような遺伝子や細胞間シグナル伝達経路が関与して体の成長が制御されているのかについて精力的に研究が行われています。特にインスリン様ペプチド[1]は、細胞膜上のインスリン様ペプチド受容体[1]を介して体の成長を制御する重要な内分泌ホルモンとして知られており、昆虫を始めとする無脊椎動物だけではなくヒトを含む脊椎動物にも広く存在しています。しかし、血中に分泌されたインスリン様ペプチドの機能を調節するメカニズムに関しては不明な点が多く残されていました。

研究チームは、このメカニズムを解明するため、ショウジョウバエを用いて機能調節に関連する因子を探索しました。その結果、血中のインスリン様ペプチドの機能を調節する新規因子「分泌型おとりインスリン様受容体(SDR;Secreted Decoy of InR)」を発見しました。血中に分泌されたSDRは、“おとり受容体”としてインスリン様ペプチドに直接結合して、細胞膜上の正規のインスリン様ペプチド受容体への結合を阻害し、体の成長を抑制していました。SDRは、栄養状態の変化に対して体全体の成長と栄養貯蔵のバランスを保つのに必要な因子であると考えられます。

脊椎動物を含むさまざまな生物種では、インスリンやインスリン様成長因子(IGF)[2]をはじめとするインスリン様ペプチドの“おとり受容体”の存在は示唆されていましたが、ショウジョウバエを用いて、その機能と重要性を実験で明らかにしたのは初めてです。今後、哺乳類においても同様なおとり受容体に関する知見を得ることができれば、インスリンやIGFが関与する糖尿病や成長疾患、がんなどの治療への応用が期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Genes & Development』(1月1日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(1月9日付け:日本時間1月10日)に掲載されます。

背景

全ての多細胞生物はたった1つの受精卵から発生を経て、それぞれの種によって、体細胞の数や体積を増加させながらほぼ定められた体の大きさにまで成長し、それ以上大きくならないように制御されています。近年、ショウジョウバエを生物モデルとした遺伝学的解析が進み、どのような遺伝子や細胞間シグナル伝達経路が関与して体全体や組織の成長を制御し、体の大きさが決定されるかについての研究が精力的に行われています。

体全体の成長を制御する分泌性因子として最も良く知られているのがインスリン様ペプチドです。これは、昆虫を始めとする無脊椎動物だけでなくヒトを含む脊椎動物にも広く存在している内分泌ホルモンの1つで、成長以外にも代謝や生殖など多岐にわたる生命現象を制御している重要な因子です。ショウジョウバエのインスリン様ペプチドは、脳内の神経内分泌細胞から血中に分泌された後、細胞膜上のインスリン様ペプチド受容体を介して体や組織の成長を制御します。しかし、血中に分泌されたインスリン様ペプチドの機能を調節するメカニズムに関しては不明な点が多く残されていました。

研究手法と成果

研究チームは、特定の遺伝子の機能を低下させるRNAi法[3]を用いて、ショウジョウバエのゲノム中に存在する分泌性因子をコードする遺伝子の機能をそれぞれ低下させ、その表現型を網羅的に観察しました。すると、ある遺伝子Xの機能を低下させると、体のサイズが顕著に大きくなることを発見しました。

遺伝子XのDNA配列を詳しく調べると、インスリン様ペプチドを細胞表面で受け止めるインスリン様ペプチド受容体と構造が非常に良く似ていましたが、細胞膜貫通領域や細胞内領域を持たないタンパク質でした(図1)。組織ごとの遺伝子発現や体液中のタンパク質を調べた結果、遺伝子Xは脳神経系のグリア細胞[4]から血中に分泌される分泌性タンパク質をコードしていました。次に、遺伝子Xを欠損させた変異体を作製し、体重や羽面積を経時的に測定した結果、遺伝子Xの欠損により体の成長速度が顕著に増加し、体が大きくなることが分かりました。逆に、遺伝子Xを過剰発現させた変異体は顕著に体が小さくなりました。これらの結果は、遺伝子Xが体の成長を抑制する因子であることを示します。

遺伝子Xがインスリン様ペプチド受容体に似ていることから、遺伝子Xからタンパク質を合成し、インスリン様ペプチドとの結合を生化学的に解析した結果、両因子は直接的に結合していることが分かりました(図2)。さらに、遺伝子Xを欠損させた変異体と過剰発現させた変異体を用いて、脂肪体[5]などの末梢組織におけるインスリン様ペプチド受容体が引き起こすインスリンシグナル伝達経路[6]の活性を解析した結果、遺伝子Xの欠損により活性化し、過剰発現により活性が低下していることが明らかになりました(図3)

これらの結果から、遺伝子Xがコードするタンパク質が血中に分泌されると、“おとり”として血中のインスリン様ペプチドに直接結合して、細胞膜上の正規のインスリン様受容体への結合を阻害し、体の成長を抑制していることが分かりました。研究チームは、この新しく発見した遺伝子Xを「分泌型おとりインスリン様受容体(Secreted Decoy of InR :SDR)」と命名しました。

ショウジョウバエの幼虫は、摂食に伴い栄養依存的に急激に成長し、幼虫期に溜め込んだ栄養をさなぎ期に使用して成虫に変態します。SDR欠損変異体の幼虫を通常の餌で飼育した場合、体が大きくなる以外に特に顕著な変化は見られません。しかし、栄養分が極端に少ない培地で飼育すると、体が大きくなるとともに、さなぎ期における致死率が顕著に上昇し、変態が完成した成虫の個体数が低下しました(図4)。これは、SDR遺伝子の欠損により、栄養枯渇状態にも関わらず成長が促進されてしまい、栄養を貯蔵できなかったためだと考えられます。つまり、SDRは、栄養状態の変化に対して成長と栄養貯蔵のバランスを保つために必要な因子であると考えられます。

今後の期待

正規の受容体の機能を抑制する“おとり受容体”の存在は、さまざまなシグナル伝達経路で知られていましたが、インスリン様ペプチドに対する“おとり受容体”の機能と重要性は、本研究において初めて示すことができました。

インスリンやインスリン様成長因子(IGF)などを含む哺乳類のインスリン様ペプチドにも“おとり受容体”が存在する可能性が示唆されています。インスリンの異常は糖尿病を引き起こす主な原因の1つとして知られており、また、IGFの異常は、巨人症や末端肥大症などの成長疾患やさまざまながんを引き起こすことが知られています。今後、哺乳類のインスリン様ペプチドに対する“おとり受容体”に関する研究が進むことによって、将来的に糖尿病や成長疾患、がんなどの治療への手法開発の一助になることが期待できます。

原論文情報

  • Naoki Okamoto, Rinna Nakamori, Tomoka Murai, Yuki Yamauchi, Aya Masuda and Takashi Nishimura. "A secreted decoy of InR antagonizes insulin/IGF signaling to restrict body growth in Drosophila."
    Genes & Development, 2013,doi:10.1101/gad.204479.112.

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 成長シグナル研究チーム
チームリーダー 西村 隆史(にしむら たかし)

お問い合わせ先

神戸研究所 広報・国際化室 泉 奈都子(いずみ なつこ)
Tel: 078-306-3310 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.インスリン様ペプチド、インスリン様ペプチド受容体
    脊椎動物から無脊椎動物まで広く存在し、構造・機能ともに高度に保存されているインスリン様のペプチドホルモンの総称。脊椎動物のインスリンやインスリン様成長因子を代表として、体の成長を制御するだけではなく、代謝や寿命、行動の制御にも関わる非常に重要なホルモン群として知られている。血液中に分泌されたインスリン様ペプチドは、さまざまな組織の細胞膜上にある受容体(インスリン様ペプチド受容体)に結合し、細胞内にシグナルを伝達する。
  • 2.インスリン、インスリン様成長因子(IGF)
    インスリンは膵臓のランゲルハンス島から分泌されるペプチドホルモンの1種。血糖値を調節する生理作用を持つ。インスリン様成長因子は、肝臓や骨格筋などで産生されるインスリンと類似したペプチドホルモン。脳下垂体から分泌される成長ホルモンの刺激により合成分泌される。体のほとんど全ての組織・細胞の成長を調節するホルモンで、胎児の発生などに重要な役割を果たす。ショウジョウバエのインスリン様ペプチドは、インスリンとIGF両方の生理機能を持ち、脳内の神経内分泌細胞から分泌される。
  • 3.RNAi法
    標的遺伝子に対する二本鎖RNAを人工的に導入することにより、相補的な塩基配列を持つmRNAが分解され、標的の遺伝子の発現を抑制する手法。ショウジョウバエでは、ほとんど全ゲノムの遺伝子について組織、時期特異的にRNAiを誘導できるシステムが確立されている。
  • 4.グリア細胞
    脳神経系を構成する細胞で、神経細胞ではない細胞の総称。神経細胞の位置固定、血液脳関門の形成、神経細胞に対して栄養因子を合成分泌するなど、さまざまな機能を果たす。
  • 5.脂肪体
    ショウジョウバエを含む昆虫に見られる主要な器官。哺乳類の肝臓と脂肪組織に相当し、栄養源の貯蔵や代謝調節、および内分泌器官としても機能する。
  • 6.インスリンシグナル伝達経路
    インスリン様ペプチドが細胞膜上にある受容体に結合して生じる細胞内の情報伝達経路。受容体から始まる一連のタンパク質リン酸化反応が起きて、細胞の増殖や分化、代謝機能などが調節される。この経路には、AktやPTENなどのがん遺伝子やがん抑制遺伝子産物が含まれ、細胞の増殖成長に重要な役割を果たす。
SDRとインスリン様受容体の構造図

図1 SDRとインスリン様受容体の構造

SDRには細胞膜貫通領域(TM)と細胞内チロシンリン酸基転移酵素領域(TK)は存在しないが、細胞外領域の構造はインスリン様受容体と非常に良く似ている。

SDRの作用機序の模式図とSDR変異体の表現型の図

図2 SDRの作用機序の模式図とSDR変異体の表現型

SDRは血中でインスリン様ペプチドに直接結合し、細胞膜上のインスリン様受容体への結合を阻害することにより、体の成長を抑制する。血中SDR量に応じて体の大きさが変化する。実際に、SDR欠損個体では体が大きくなり、SDR過剰発現個体では体が小さくなる。

脂肪体におけるインスリンシグナル伝達経路の活性化状態図

図3 脂肪体におけるインスリンシグナル伝達経路の活性化状態

インスリンシグナル伝達経路の一部にある転写因子Foxoの細胞内局在を示す。
インスリンシグナルが活性化しているとFoxoタンパク質は細胞質に存在し(野生型の通常飼育培地)、活性が下がると核内に移動する(野生型の低栄養培地)。SDR欠損変異体では、Foxoは核内へはあまり移動せずに細胞質に存在し、またSDR過剰発現変異体では野生型よりも核に移動する。これにより、SDRの機能欠損によりインスリンシグナル伝達経路は活性化し、SDRの過剰発現によりインスリンシグナル伝達経路の活性が低下していることが明らかになった。

SDR欠損変異体における生存率の図

図4 SDR欠損変異体における生存率

野生型とSDR欠損変異体を通常飼育培地または低栄養培地で飼育した時の生存率を示す。SDR欠損変異体は、通常飼育培地では野生型と同等の生存率を示すが、低栄養培地で飼育した時は、さなぎ期ににおける致死率が顕著に上昇し、変態が完成した成虫の個体数が野生型と比べて極端に低下する。これは、SDRの欠損によって栄養枯渇状態にも関わらず成長が促進されてしまい、栄養を貯蔵できなかったためと考えられる。つまり、SDRは、栄養状態の変化に対して成長と栄養貯蔵のバランスを保つために必要な因子であると考えられる。

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