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  3. 研究成果(プレスリリース)2014

2014年3月29日

独立行政法人理化学研究所
株式会社カネカ

リグニン構成成分を原料としたバイオプラスチックの微生物生産

-未利用で非食料系の植物資源から作られるプラスチック-

ポイント

  • 産業利用することが困難であった植物バイオマスのリグニンを有効利用
  • 微生物の利用により、リグニン分解物から1段階でプラスチックを生合成
  • バイオリファイナリー技術と融合することで幅広い物質生産に利用できる可能性

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、植物を構成する成分であるリグニン[1]の分解物を微生物に与えることで、バイオプラスチックの一種であるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)[2]を合成することに成功しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)バイオマス工学連携部門 酵素研究チームの富澤哲特別研究員、沼田圭司チームリーダーらと、株式会社カネカ(菅原公一社長)のGP事業開発部(山田和彦GP事業開発部長)松本圭司将来技術グループリーダーらとの共同研究グループによる成果です。

石油資源からの脱却を目指し、植物バイオマスを利用した物質生産に関する研究が世界各国で進められています。これまで、植物バイオマスのなかでも、セルロースなどは分解による糖への変換が幅広く進められてきましたが、樹木に多く含まれるリグニンは分解性が低く、また分解後に得られるいくつかの分解物が微生物などへ毒性を示すなどの理由で、利用が困難であると考えられてきました。

共同研究グループは、リグニンを構成する芳香族化合物および類似する芳香族化合物を単一炭素源として、複数種の微生物に与えることで、PHAの合成を試みました。その結果、PHAの生産株として有名な真正細菌の一種「ラルストニア・ユートロファH16(Ralstonia eutropha H16)(Cupriavidus necator[3]が、リグニンの構成成分である4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)をはじめ複数の芳香族化合物から、PHAを合成することを確認しました。4-HBAを用いた場合、微生物の乾燥菌体重量の63wt%(質量パーセント濃度)程度までPHAを微生物内に蓄積でき、生産性が高いことも分かりました。精製後に得られたPHAは、糖や植物油を原料として合成したPHAに比べ、分子量がやや低いものの、フィルムなどのプラスチック製品として利用可能な物性を示しました。

今回の成果から、これまで利用が困難であったリグニンを用いた、微生物による物質生産を目指した基盤技術の構築が期待されます。また、リグニン分解物を含む製紙工場などの廃液利用へも応用が可能であり、幅広いバイオリファイナリー技術と融合することにより、新たなバイオマス産業の構築が期待できます。本研究成果は、米国化学会の科学雑誌『ACS Sustainable Chemistry & Engineering』に掲載されるに先立ち、オンライン版(3月28日付け:日本時間3月29日)に掲載されます。

背景

化石燃料に依存した社会から環境循環型社会へと転換するためには、化石資源を代替できる技術をあらゆる分野で早急に確立する必要があります。エネルギー分野では、太陽電池をはじめ、さまざまな代替エネルギー生産技術が研究され、実用化につながっています。一方で、材料分野では、石油から合成されるプラスチックの代替材料が未だ確立されていません。

こうした中、石油由来プラスチックの代替材料の1つとして有力な候補と注目されているのがバイオプラスチックです。既に製品として普及が進んでいるバイオプラスチックにはポリ乳酸があります。生物由来の資源(バイオマス)を主原料とするバイオプラスチックは、これまで、大気中の二酸化炭素の量を総体的には増加させない「カーボンニュートラル」という観点が強調されてきましたが、実用化に向けていくつかの課題がありました。その1つが、食料系バイオマスを原料としてバイオプラスチックを生産することによる食料問題の悪化です。これを回避するには、食料生産と競合しない非可食かつ未利用のバイオマスを原料としたプラスチックを合成することが望まれています。

未利用の植物性バイオマスとして知られるリグニンは、植物の細胞壁に多く存在し、芳香族化合物から成る高分子量化合物です。リグニンの構成成分であるp-クマル酸、カフェ酸、フェルラ酸、シナピン酸などのリグニン誘導体[4]はスフィンゴモナス(Shingomonas)属やシュードモナス(Pseudomonas)属の微生物細胞内で芳香族カルボン酸を経て、ピルビン酸やオキサロ酢酸、コハク酸に変換されることが知られています。さらに、ピルビン酸から誘導されるアセチル-コエンザイムA(Acetyl-CoA)は、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の前駆体の1つです。これは、微生物を利用してリグニン誘導体を原料としたPHAの生産が理論上可能であることを示唆しています。本研究では未利用バイオマスの代表格であるリグニンを原料とし、PHAというバイオプラスチックを微生物合成することを目指しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、まずPHAを効率よく合成する微生物を探すために、11種類の微生物をリグニン誘導体(p-クマル酸、カフェ酸、フェルラ酸、シナピン酸)と、芳香族カルボン酸[5][バニリン酸、4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-DHBA)、3,4-ジヒドロキシ安息香酸(3,4-DHBA)、シリンガ酸、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(3,4,5-THBA)]を単一炭素源として含む無機塩培地で培養し、それぞれの微生物の増殖を評価しました。その結果、芳香族カルボン酸の1つである4-HBAの存在下でPHAの生産株として有名な、ラルストニア・ユートロファH16(Ralstonia eutropha H16、以下R. eutrophaH16)が比較的良好な増殖を示しました。

続いて、R. eutrophaH16のPHA合成能力を検討するために、その増殖、PHAの蓄積量、および合成されたPHAの化学構造を解析しました。R. eutrophaH16の培養方法は、最初から無機塩培地で培養する1段階培養、およびR. eutrophaH16を成長しやすい富栄養培地で増殖させた後に、無機塩培地へ培地を変え培養する2段階培養の2種類を行いました。

その結果、R. eutrophaH16の乾燥菌重量は0.69g/Lであり、PHAを63wt%蓄積することが明らかとなりました(図1)。2段階培養では、2,5-DHBAと3,4-DHBAを炭素源とした場合にPHAの蓄積が確認でき、PHA蓄積率は26wt%と13wt%でした。精製後に得られたPHAは、糖や植物油を原料として合成したPHAに比べ、分子量がやや低いものの、フィルムなどのプラスチック製品として利用可能な物性を示しました。得られた結果を代謝経路と併せて考察した結果(図2)、R. eutrophaH16では、リグニン誘導体から芳香族カルボン酸に変換する経路がリグニン誘導体をPHAへと変換する際のボトルネックであることが明らかとなり、代謝経路を改変することにより、PHAの生産性をさらに改善できることが示されました。

今後の期待

本研究はリグニンからのバイオプラスチック生産に関するものです。しかし、今後は、未利用バイオマスであるリグニンを、バイオプラスチックの生産という形だけでなく、幅広いバイオリファイナリー技術と融合することにより、幅広い物質生産へと利用することが求められます。また、リグニンは植物から得られるバイオマス資源の中で、唯一芳香族を有する化合物であり、有効利用が期待されています。本研究では、リグニンが有する芳香環を開環することで利用していますが、開環反応[6]を経由せず芳香族化合物として利用することが望まれます。一方で、リグニンの分解物を利用するのではなく、非常に高分子量のリグニンを分解すると共に物質生産を行う新しいタイプの微生物も必要になります。研究グループは今後、リグニン分解とバイオプラスチックの合成を同時に進める新たな微生物反応系の構築を目指します。

原論文情報

  • Tomizawa, Satoshi; Chuah, Jo-Ann; Matsumoto, Keiji; Doi, Yoshiharu; Numata, Keiji. "Understanding the limitations in the biosynthesis of polyhydroxyalkanoate (PHA) from lignin derivatives".ACS Sustainable Chemistry & Engineering, 2014, doi: 10.1021/sc500066f

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学連携部門 酵素研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

お問い合わせ先

社会知創成事業 横断プログラム推進室
Tel: 048-462-1481 / Fax: 048-462-1220

環境資源科学研究推進室
Tel: 045-503-9471 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.リグニン
    植物の中でも樹木の細胞壁に多く含まれる高分子量の芳香族化合物。
  • 2.ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)

    多くの微生物がエネルギー貯蔵物質として、体内に蓄えるポリエステル。微生物から抽出すると、プラスチックと同様の性質を示すことから、バイオプラスチックとして注目されている。

    ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の化学構造の図

    典型的なPHAの化学構造。本研究成果で得られたPHAは最も一般的なポリヒドロキシブタン酸(R部分がメチル基CH3)。

  • 3.ラルストニア・ユートロファH16( Ralstonia eutropha H16) ( Cupriavidus necator
    PHAを効率良く合成することが知られている水素酸化細菌の1つ。
  • 4.リグニン誘導体
    本研究では、高分子量体であるリグニンを構成する p-クマル酸、カフェ酸、フェルラ酸、およびシナピン酸を指している。多くのリグニン誘導体が連なり、ネットワークを形成することでリグニンが形成される。
  • 5.芳香族カルボン酸
    芳香環(ベンゼン環)とカルボン酸を有する化合物の総称。本研究では、低分子化合物である、バニリン酸、4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-DHBA)、3,4-DHBA、シリンガ酸、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(3,4,5-THBA)を用いた。
  • 6.開環反応
    環状化合物が有する環構造を切断し、直鎖状の化合物へと変換する反応。本研究では、芳香族カルボン酸やリグニン誘導体が有する芳香環が切断され、直鎖状化合物へと変換された反応を指す。
リグニン誘導体を炭素源とし、PHAを蓄積したRalstonia eutrophaの顕微鏡写真の画像

図1 リグニン誘導体を炭素源とし、PHAを蓄積したRalstonia eutrophaの顕微鏡写真。

  • 左: ナイルレッド染色により蓄積したPHAが赤く観察される。
  • 中: 形状像。
  • 右: 重ね合わせ像。微生物内にPHAが蓄積されていることが確認できる。
リグニンからリグニン誘導体を経てポリヒドロキシアルカン酸(PHA)が合成される際に予想される代謝経路の図

図2 リグニンからリグニン誘導体を経てポリヒドロキシアルカン酸(PHA)が合成される際に予想される代謝経路

R. eutrophaH16では、リグニン誘導体をPHAへと変換させる際、リグニン誘導体から芳香族カルボン酸に変換する経路(赤点線矢印)がボトルネックであることが示唆された。

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