2014年4月1日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東北大学
株式会社リコー
微小絶縁体粒子間の電位分布の解析に成功
-レーザープリンターの高精細・省エネルギー化に寄与-
ポイント
- 改良した分離照射電子線ホログラフィーによる高精度電位計測
- 試料を電子線から隠す技術で絶縁体帯電の解析に成功
- プリンター画像の高精細化に重要なトナー・キャリア粒子間の静電相互作用を解明
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東北大学(里見進総長)、リコー(三浦善司社長執行役員)は、微小な絶縁体試料が帯電する様子を詳細に解析できるよう「分離照射電子線ホログラフィー[1]」を改良し、高精細・省エネルギープリンター開発においてカギとなる、トナー粒子[2]とキャリア粒子[3]間の電位分布の解析に成功しました。これは、理研創発物性科学研究センター(十倉好紀センター長)創発現象観測技術研究チームの進藤大輔チームリーダー(東北大学多元物質科学研究所教授)と谷垣俊明研究員、赤瀬善太郎客員研究員(東北大学多元物質科学研究所助教)、村上恭和客員研究員(東北大学多元物質科学研究所准教授)、リコー研究開発本部の川瀬広光研究主担らの共同研究グループによる成果です。
静電気の力を利用して画像形成を行うレーザープリンターは、常に高画質化や省エネルギー化が求められています。そのためには、画像品質を大きく左右するトナー粒子とキャリア粒子間の静電相互作用[4]の解明が求められていました。その有効な手法の1つが、電磁場の可視化と同時に、局所箇所の電位を精度良く計測できる電子線ホログラフィーです。しかし、試料の内部だけでなく、外部にも無視できない強さの電磁場が存在する場合には、電子線ホログラフィーの実験で必要な「参照波」が大きく歪んでしまい高精度な計測ができません。また、トナー粒子とキャリア粒子は絶縁体のため、電子線が試料に照射されると試料自身が帯電し本来の電位分布解析を妨げる、という問題もありました。
共同研究グループは、電子線バイプリズム[5]で電子波を分け、一方が観察領域を、もう一方が試料から離れた参照領域を通過するようにした「分離照射電子線ホログラフィー」と、電子顕微鏡の照射部にマスクを設置して試料を電子波から隠す技術を開発しました。これを用いて、トナー・キャリア粒子間の電位分布の解析に成功しました。本研究で開発した技術は、電場を利用する様々なデバイスの動作原理の研究開発にも広く応用が期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Applied Physics Letters』オンライン版(3月31日付け:日本時間4月1日)に掲載されます。なお、本研究は、最先端研究支援プログラム(FIRST)課題名「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」(中心研究者:故外村彰日立製作所フェロー、中心研究者代行:長我部信行日立中央研究所所長、支援担当機関:(独)科学技術振興機構)の事業の一環として行われました。また、「物質・デバイス領域共同研究拠点、物質創製開発研究領域(東北大学)」の支援を受けました。
背景
近年、ナノテクノロジーの進化によって、微小領域の電磁場解析がますます必要となってきています。電子線ホログラフィーは、観察箇所を通過した電子波(物体波)と素性の分かっている領域を通過した電子波(参照波)を干渉させ、得られたホログラム(干渉縞)から、試料(空間も含む)のナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)領域の電磁場を物体波の波面の変位(位相像)として計測する方法です。しかし、電子源の大きさによって物体波と参照波の距離が制限されていました。2012年に、理研の進藤大輔チームリーダーらの研究グループはこの問題を解決する「分離照射電子線ホログラフィー」を開発しました。
一方、レーザープリンターは1937年に米国のカールソンによりその原理が発明され、現在幅広く利用されています。これまで、レーザープリンターはマクロ解析と経験的ノウハウにより、技術革新を進めてきました。しかし、印刷制御の根幹となるトナー粒子とキャリア粒子間の静電相互作用は未だ明らかになっておらず、高精細・省エネルギープリンター開発のため微小領域における電位分布の解明が求められていました。そこで共同研究グループは、最新の電子線ホログラフィー技術を開発しその解明に挑みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、トナー粒子とキャリア粒子間の静電相互作用を調べるため、球状のトナー粒子がキャリア粒子に静電付着したモデル試料(図1a)の電位分布を、改良した分離照射電子線ホログラフィーを用いて測定しました。
トナー粒子とキャリア粒子はどちらも絶縁体であり、電子線が照射されると帯電し本来の電位を調べることができません。そのため、ホログラフィー電子顕微鏡の電子源と試料の間に位置するレンズの上側にマスクを設置し、試料面上に試料形状と同じ形の影を作って試料を電子線から隠した、新しい分離照射電子線ホログラフィーを開発しました(図1b)。この時、レンズの働きで試料面上にフォーカスされたマスクの影が形成されるため、マスクのエッジで散乱された電子線が試料に照射される問題が生じません。
実際に、トナー粒子からキャリア粒子に電子を受け渡す正帯電型の試料(電場を有する領域)から離れた領域を参照波とする分離照射法(図2a)と、試料直近を参照波とした分離照射を行わない従来法(図2b)で得られたそれぞれの位相像を比較しました。その結果、従来法では試料からの電場で歪んでしまった参照波の影響によって、トナー粒子とキャリア粒子間の位相像が正しく得られていないことが分かりました。
電荷を帯びた試料には、トナー粒子が正の電荷を帯びた正帯電型と負の電荷を帯びた負帯電型の2つがあります。そこで、2つのモデル試料を、分離照射法で比較解析したところ、どちらの試料も局所的な電位分布を持つことが分かりました(図3)。また、トナー粒子とキャリア粒子の接触箇所での電荷のやり取りによる電位分布と、その電場により誘発される分極を示す電位分布の解析に初めて成功しました。
今後の期待
今回開発した電子線ホログラフィー技術を用いた解析により、トナー粒子とキャリア粒子間の引き合うメカニズムが明らかになりました。今後、この成果を応用した高精細・省エネルギーレーザープリンターの開発が期待できます。また、他の材料や電子デバイスにおける高精度電磁場計測にも活用が期待できます。
原論文情報
- Toshiaki Tanigaki, Kuniaki Sato, Zentaro Akase, Shinji Aizawa, Hyun Soon Park, Tsuyoshi Matsuda, Yasukazu Murakami, Daisuke Shindo, and Hiromitsu Kawase
"Split-illumination electron holography for improved evaluation of electrostatic potential associated with electrophotography",
Applied Physics Letters,2014, doi:10.1063/1.4869830
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 創発現象観測技術研究チーム
研究員 谷垣 俊明(たにがき としあき)
チームリーダー 進藤 大輔(しんどう だいすけ)
(国立大学法人東北大学 多元物質科学研究所 教授)
お問い合わせ先
創発物性科学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-465-8048
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
国立大学法人東北大学 多元物質科学研究所 総務課総務係
Tel: 022-217-5204 / Fax: 022-217-5211
株式会社リコー 広報室
Tel: 03-6278-5228 / Fax: 03-3543-8126
koho [at] ricoh.co.jp([at]は@に置き換えてください。)
補足説明
- 1.分離照射電子線ホログラフィー
電子線ホログラフィーは、観察箇所を通過した電子波である物体波と、素性の分かっている真空などの領域を通過した電子波(参照波)を干渉させ、得られたホログラム(干渉縞)から、試料(空間も含む)の電磁場を物体波の波面の変位(位相像)として計測する方法。電子源の大きさによって物体波と参照波の距離(最大距離を可干渉距離と呼ぶ)は制限されていたが、2012年に共同研究グループは、試料の上側で電子波を分けることでこの制限を解消できる分離照射電子線ホログラフィーを開発した。 - 2.トナー粒子
プリンターに使用されるミクロンサイズの粒子。 - 3.キャリア粒子
トナーを保持するソフト磁性粒子で、トナーを運ぶ役割を持つ。 - 4.静電相互作用
荷電粒子間に働く相互作用のこと。その力は「クーロンの法則」で記述される。 - 5.電子線バイプリズム
平行平板の間に設置された細線(直径数百ナノメートル)に電圧を印加し、細線の左右を通過する電子線を偏向するプリズム。
図1 試料の走査電子顕微鏡(SEM)像と分離照射電子線ホログラフィーの模式図
- (a) カラー表示したトナー粒子(黄色)とキャリア粒子(水色)のSEM像
- (b) ホログラフィー電子顕微鏡の電子源とレンズの間のバイプリズムにより電子波を分離し、試料からの電場の影響の少ない参照波を用いて計測することが可能。レンズの作用によりマスクのフォーカスされた影を試料面に形成することで、任意形状の試料を電子線から隠すことができる。
図2 分離照射法と従来法で得た位相像の比較
分離照射法で得た位相像(a)に比べ、試料からの電場が参照波に影響する従来法で得た位相像(b)は大きく歪んでおり、高精度位相計測が困難だった。
図3 分離照射法で得た位相像を解析し得た電位分布
正帯電型(a)と負帯電型(b)のどちらのタイプの試料でも局所的な電位分布を持つことが分かった。トナーとキャリアを引き寄せているメカニズムの根幹となるトナー粒子とキャリア粒子接合界面での移動電荷と、それによるトナー粒子の分極電荷が形成する電位分布を解析することに成功した。図中矢印Pは分極方向を示す。