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2014年4月18日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

成体の脳を透明化し1細胞解像度で観察する新技術を開発

-アミノアルコールを含む化合物カクテルと画像解析に基づく「CUBIC」技術を実現-

ポイント

  • 新規スクリーニング法を用いてアミノアルコールが成体脳の透明化を促進することを発見
  • 1細胞解像度での全脳蛍光イメージング法を実現し、立体的な免疫染色像取得法も確立
  • 全脳の遺伝子発現を比較する情報科学的解析手法を開発し、サル脳の透明化にも成功

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、脳全体の遺伝子の働きやネットワーク構造を3次元データとして取得し、サンプル間で定量的に比較するための基盤技術「CUBIC(キュービック)」を開発しました。これにより、成体のマウスと小型のサルの脳(マウス脳の約10倍の大きさ)を透明化し、1細胞解像度で観察することに成功しました。これは、理研生命システム研究センター(柳田敏雄センター長)合成生物学研究グループおよび理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究プロジェクトの上田泰己グループディレクター(兼プロジェクトリーダー)、洲崎悦生基礎科学特別研究員(当時)、田井中一貴研究員(当時)、Dimitri Perrin(ペリン ディミトリ ジェラード)国際特別研究員らの研究グループの成果です。

脳は神経細胞の複雑なネットワークにより構成され、さまざまな生体機能をコントロールしています。研究グループは、脳内の遺伝子発現や神経ネットワークを網羅的かつ定量的に取り扱うことによって、脳をシステム論的に理解するためのイメージング技術の開発を目指しました。

研究グループは、新たに開発した化合物スクリーニング法によって40種類の化合物を探索し、アミノアルコールが成体脳の尿素処理による透明化を促進することを発見しました。これにより、これまで難易度の高かった成体マウスの全脳をより高度に透明化する試薬の作製に成功しました。さらに、脳内の構造や遺伝子発現の様子を1細胞解像度で3次元イメージとして取得し、情報科学的な方法を応用した定量的な比較解析が可能となりました。研究グループは、これら一連の技術をCUBIC[1]と名付けました。CUBICはマウス脳だけでなく小型のサルの脳にも適用可能で、遺伝学的に組み込んだ蛍光タンパク質を検出するだけではなく、免疫組織化学的な解析にも適応できます。CUBICを用いて光を当てたマウスと当てていないマウスの脳の全脳イメージング像を取得し、光に反応して活性化する脳領域を全脳レベルで定量的に同定することができました。この成果は、生物学だけでなく、医学分野においても大きく貢献すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell』(4月24日号)に掲載されます。

背景

脳は神経細胞が複雑なネットワークを構成し、体全体をコントロールするための演算や入出力を行う器官です。このような器官の機能を理解するには、一つひとつの部品(細胞)を調べるだけではなく、それらの有機的なつながり(システム)として解析する研究の枠組みが必要です。上田泰己グループディレクターらは、このような「システム生物学」的アプローチにより生命を理解する研究を進めてきました。近年では、医学・生物学分野へのより広い貢献を視野に、脳を含めた「細胞や組織」内の生命システムを理解し、個体レベルの生命現象(例えば、睡眠・覚醒など)の原理を解明するための技術開発を進めています。

脳をシステムとして解析するために、研究グループでは脳全体の神経ネットワークや遺伝子の働きを1細胞解像度で3次元画像として取得するためのイメージング技術の開発に取り組みました。過去の研究から、大きな組織全体の3次元画像を高速に取得できる特殊な顕微鏡(シート照明顕微鏡[2]図1)が適していることが分かっていました。しかし、この顕微鏡を使うためにはサンプルがほぼ完全に透明である必要があります。これまで、動物の成体の脳を透明化して3次元イメージングする手法は複数開発されていましたが、蛍光シグナルの保存性の問題、複数のサンプルを同等に透明化できる再現性の問題、試薬・手法の安全性や簡便さの問題、最終的な透明度の問題などを全て同時に解決する透明化手法はありませんでした。

研究手法と成果

本研究では、脳内の遺伝子機能や神経ネットワークの網羅的な解析を行うための一連の基盤技術として、「CUBIC(キュービック)」を開発しました。この技術は、脳全体を顕微鏡で観察し解析するために、①脳全体のより高度な透明化、②高速な3次元イメージング用顕微鏡(シート照明顕微鏡)を用いた1細胞解像度の全脳イメージング、③異なるサンプル間の3次元イメージを重ね合わせて定量的なシグナル比較を行うための情報科学的解析、の3つのステップで構成されます。

第1のステップの実現のため、研究グループは、理研が2011年に開発した透明化試薬「Scale(スケール)」[3]をもとに、新しく構築した化合物スクリーニング系(図2)を用いて、40種類の化合物から透明化試薬として最適な組成を検討しました。その結果、Scaleで透明化に重要とされた尿素に加えて、アミノアルコールを含む試薬組成が脳を透明化する活性が高いことを発見し、成体のマウス脳全体をほぼ完全に透明化できる手法の開発に成功しました(図3)。この手法は、透明化試薬にサンプルを浸すだけで透明化できるので非常に効率的です。また、再現性も良く、複数のサンプルをほぼ同等な条件で比較できます。

高度な透明化の実現により、第2のステップで高速な3次元イメージングを行うために必要なシート照明顕微鏡の利用が可能となりました。全脳イメージング用に最適化したシート照明顕微鏡を用いることで、1細胞解像度のマウス全脳イメージを1時間程で取得できました(図4)。

さらに第3のステップの実現に向け、研究グループは脳全体の解剖学的な構造を取得するための染色方法(全脳の細胞核を対比染色する方法)を新たに開発しました。この解剖学的な構造情報を利用して、取得した3次元全脳イメージを「標準化」し、異なる脳サンプル同士を重ね合わせて比較することが可能となりました(図5)。

CUBICを応用して、研究グループは異なる条件における脳の活動状態を比較できるかどうかをテストしました。例として、暗闇の中で2日間飼育したあと、急に光を当てたマウスと当てていないマウスを準備し、脳全体の神経活動が光刺激によってどのように変化しているかを比較しました。その結果、光によって活動する脳領域を全脳レベルで網羅的に同定することに成功しました(図5)。また、CUBICは、3次元的な免疫染色(図6)や、神経細胞の微細な構造の観察にも利用できることを示しました。さらに、小型のサル(マーモセット)の脳などの大きなサンプルも、透明化して3次元イメージを取得できることも示しました(図7)。

今後の期待

CUBICは全脳、あるいは全身の細胞の働きを、1細胞解像度で網羅的に観察できる技術です。本技術の利用と発展により、個体レベルの生命現象とその動作原理を対象とする「個体レベルのシステム生物学」の実現に1歩近づき、生物学のみならず、医学分野においても大きく貢献すると期待できます。

なお、本研究は、理化学研究所・宮脇敦史チームリーダー、横田秀夫チームリーダー、俵丈展研究員、渡邉朋信チームリーダー、尾上浩隆グループディレクター、横山ちひろ副チームリーダー、清成寛ユニットリーダー、阿部高也研究員、清水義宏ユニットリーダー、東京大学・岸野文昭氏、岐阜大学・山口瞬教授、江口恵技術員の各グループとの共同研究です。また、革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)事業、科学研究費補助金 基盤研究S、科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、日本応用酵素協会 成人病の病因・病態の解明に関する研究助成などの支援を得て行われました。

原論文情報

  • Etsuo A. Susaki, Kazuki Tainaka, Dimitri Perrin, Fumiaki Kishino, Takehiro Tawara, Tomonobu M. Watanabe, Chihiro Yokoyama, Hirotaka Onoe, Megumi Eguchi, Shun Yamaguchi, Takaya Abe, Hiroshi Kiyonari, Yoshihiro Shimizu, Atsushi Miyawaki, Hideo Yokota and Hiroki R. Ueda.
    "Whole-brain imaging with single-cell resolution using chemical cocktails and computational analysis,"
    Cell, 2014.doi: org/10.1016/j.cell.2014.03.042

発表者

理化学研究所
生命システム研究センター 細胞デザインコア 合成生物学研究グループ
グループディレクター 上田 泰己(うえだ ひろき)

お問い合わせ先

生命システム研究センター
広報担当 川野 武弘(かわの たけひろ)
Tel: 06-6155-0113 / Fax: 06-6155-0112

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

独立行政法人科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432

JSTの事業に関すること

独立行政法人科学技術振興機構 戦略研究推進部
川口 貴史(かわぐち たかふみ)
Tel: 03-3512-3524 / Fax: 03-3222-2064

補足説明

  • 1.CUBIC
    Clear, Unobstructed Brain Imaging Cocktails and Computational analysis。脳透明化と全脳イメージングのための化合物の混合溶液とコンピュータを用いた画像解析。CUBICの実現のために、研究グループは理研が2011年に開発した透明化試薬「Sca le(スケール)」をもとに、新しく構築した化合物スクリーニング系を用いて、40種類の化合物から最適な組成を検討した。その結果、サンプルを試薬に浸すだけの効率的で再現性の良い方法で、複数のサンプルを同等な条件で透明化することが可能となり、1細胞解像度の全脳蛍光イメージングと情報科学的解析によるサンプル間のシグナル比較法が実現した。
  • 2.シート照明顕微鏡
    レーザー光をシート上に広げてサンプルの横から照射し上から撮影することで、サンプル内のある平面を1回で撮影することができる顕微鏡。シートまたはサンプルを、Z方向に動かして平面を重ねることで、高速に3次元画像を取得することができる。ただし、サンプルが高度に透明でなければ使用できない。このため、マウス脳のようなセンチメートルサイズの大きなサンプルは、これまで撮影が困難であった。
  • 3.透明化試薬「Sca le(スケール)」

    2011年に理研脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、濱裕研究員らが開発した生物試料を透明にする水溶性試薬。脳の透明化に尿素が重要であるということを発見した。試料を傷つけることなく表面から数ミリの深部を高精細に観察することができる。

    (参考)2011年8月30日プレスリリース
    生体をゼリーのように透明化する水溶性試薬「Scale」を開発

シート照明顕微鏡の図

図1 シート照明顕微鏡

  • A.全脳イメージングの模式図。サンプルの横からシート上のレーザー光を当てて観察面を照射し、上から顕微鏡で観察することで、平面の画像を1回で撮影できる。Z方向を重ねて撮影することにより、3次元イメージを高速に取得できる。
  • B.実際に使用したシート照明顕微鏡。
より高度な脳透明化のための化合物スクリーニングの図

図2 より高度な脳透明化のための化合物スクリーニング

40種類の化合物の中から透明化試薬として最適な組成を検討するために、細分化したマウス脳を固定した「固定脳懸濁液」を作製した。この懸濁液に候補化合物を加え、液の濁り具合(濁度)を測定することで、「固定した脳組織をどれだけ透明にできるか」という活性を化合物ごとにスクリーニングできる。透明化の活性が高い化合物を組み合わせた試薬を使用することで、マウス脳を高度に透明化できる。スクリーニングにより、アミノアルコール群(矢印)が透明化活性の高い化合物であることが分かった。

グラフは候補化合物を加えたあとの固定脳懸濁液の濁度の値。透明化活性がないバッファー溶液中の濁度を100とした。番号はそれぞれの化合物につけたスクリーニング用番号。途中抜けている番号の化合物があるが、それらは溶解性が低くスクリーニングに使用しなかった。

成体マウス全脳の透明化の図

図3 成体マウス全脳の透明化

改良した透明化手法を使用し、固定したマウス脳をより高度に透明化できる。

シート照明顕微鏡を用いた成体マウス脳の3次元イメージングの画像

図4 シート照明顕微鏡を用いた成体マウス脳の3次元イメージング

神経細胞に黄色の蛍光タンパク質(YFP)が発現している成体マウス脳を、細胞核が染まる赤い蛍光色素(Propidium iodide)で染色し、2色の全脳イメージングを行った。透明化手法とシート照明顕微鏡の併用により、観察したい遺伝子発現と脳の構造を複数の色で高速にイメージングし、全脳・1細胞解像度での観察が可能になった。ここに示したサンプルの例では、1色・1方向あたり30-60分程度でイメージングを完了できた。

情報科学による全脳イメージの比較解析の図

図5 情報科学による全脳イメージの比較解析

  • A.画像解析の方法
    異なる2つのサンプルを比較するため、研究グループは光刺激を与えたマウスと与えていないマウスからそれぞれ脳を取り出し、CUBICによる全脳イメージングを行った。その際、脳全体の構造情報を得るために全脳の核染色を行い、神経活動を記録するために神経活動に応じて黄色の蛍光タンパク質(Venus)を発現するマウスを使用した。構造情報の3次元イメージを、標準化のための脳画像(標準脳)に投射することで、異なるサンプル間の形や位置を合わせる計算式を算出する。その計算式を蛍光タンパク質の3次元イメージに適応することで、同じく形や位置を合わせることができる。
    蛍光タンパク質のイメージだけの場合は、情報が足りず形や位置を合わせることができない。
  • B.光刺激ありのマウス脳となしのマウス脳の比較
    それぞれのマウス脳を3次元再構成した後、輪切り(冠状断)した再構成像。光刺激ありのマウス脳では、光刺激に反応する領域(大脳皮質視覚野:矢印)で、蛍光タンパク質のシグナルが上昇している。(A)の計算方法を用いて、光刺激ありとなしの蛍光タンパク質シグナルの差分を計算し、全脳レベルで光刺激に反応する領域を探索することができた。
免疫組織化学への応用の図

図6 免疫組織化学への応用

視交叉上核(時計中枢)、室傍核(摂食中枢)を含む脳視床下部領域を、2種類の神経ペプチド(黄-VIP、赤-Copeptin)に対する抗体で免疫染色し、透明化した後に脳底部からコンフォーカル顕微鏡を用いて撮影した。CUBICと免疫染色を組み合わせることで、約0.8mmの厚さの3Dイメージングに成功した。
透明化しなければ0.1mm程度までしか観察できない。

小型のサル(マーモセット)脳の3次元イメージングの図

図7 小型のサル(マーモセット)脳の3次元イメージング

マーモセットの脳(半脳)を透明化すると同時に核染色試薬で染色し、3次元イメージングを行った。(半脳の切断面側、斜め下から見た像。)

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