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2015年1月15日

理化学研究所

植物ミトコンドリアへ選択的に遺伝子導入する手法を開発

-複数機能を有するペプチドとDNAを組み合わせる新手法-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター酵素研究チームのジョアン・チュア特別研究員、沼田圭司チームリーダーらの共同研究グループは、複数の機能を有するペプチド[1]DNA[2]と組み合わせることで、植物ミトコンドリア[3]へ選択的に目的の遺伝子を導入する手法を考案しました。

化石燃料に依存した物質生産からの脱却と二酸化炭素の資源化を同時に実現するには、光合成を行う植物を利活用して、二酸化炭素から有用な物質を生産するシステムの構築が必要です。植物内でプラスチックなどの化成品や炭化水素などの化成品原料の生産を行うには、物質やエネルギーの生産を行う葉緑体やミトコンドリアの改変が必要なため、目的の遺伝子を選択的かつ高効率に導入することが望まれています。しかし、サイズが小さく動きの速い植物ミトコンドリアに有効な遺伝子導入法は存在しませんでした。

共同研究グループは、DNAと相互作用する配列やミトコンドリアへの輸送を可能にするミトコンドリア移行配列[4]を組み合わせたペプチドを用いることで、遺伝子を植物ミトコンドリアに導入しようと試みました。その結果、ミトコンドリア移行配列に加えて、細胞膜を透過する性質を持つ細胞膜透過配列[5]を添加して用いることで、目的の遺伝子を植物ミトコンドリアへ選択的に導入できることを示しました。

今回の成果により、改変が困難であった植物ミトコンドリアを利用した、植物バイオテクノロジーやミトコンドリア工学の進展が期待できます。本研究は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)先導的産業技術創出事業(若手研究グラント)「選択的オルガネラ形質転換法の開発によるバイオ物質の大量生産」(研究代表者:沼田圭司)などの支援を受けて実施されました。成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(1月13日付け:日本時間1月13日)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 酵素研究チーム
特別研究員 ジョアン・チュア(Jo-Ann Chuah
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター
准教授 児玉 豊(こだま ゆたか)

慶應義塾大学 政策・メディア研究科
研究員 吉積 毅(よしづみ たけし)

背景

化石燃料に依存した物質生産からの脱却と二酸化炭素の資源化を同時に実現するには、光合成を行う植物を利活用して、二酸化炭素から有用な物質を生産するシステムの構築が必要です。石油由来の物質として知られるプラスチックなどの化成品や炭化水素などの化成品原料の生産を植物内で行うには、物質やエネルギーの生産を行う葉緑体やミトコンドリアの機能を改変する必要があることから、選択的かつ高効率に目的の遺伝子を導入することが望まれています。しかし、植物のミトコンドリアは、サイズが小さく動きが速いため、物理的な手法による遺伝子導入は困難だと考えられていました。

これまで理研酵素研究チームでは、DNAとイオン性複合体[6]を形成するポリカチオン[7]と細胞膜透過配列から成るフュージョン(融合)ペプチドを利用することで、植物細胞へプラスミドDNA[2]二重鎖DNA[2]二重鎖RNA[2]を導入することに成功しています注)。本研究では、これらの融合ペプチドに加えて、ミトコンドリアへの移行配列を有する融合ペプチドを利用することで、植物ミトコンドリアへ選択的に目的の遺伝子を導入することを目指しました。

注)Biomacromolecules, Volume 14, Issue 1, pp10-16, 2013, Plant Biotechnology Journal, Volume 12, Issue 8, pp1027-1034, 2014

研究手法と成果

共同研究グループはまず、酵母Cytochrome c oxidase subunit IV由来のミトコンドリア移行配列(Cytcox)とDNAと相互作用することが期待されるポリカチオン配列(KH)から成るペプチド(Cytcox-KH)を合成しました。次に、ミトコンドリアでのみ機能するプロモーター(転写開始に関わる遺伝子の上流領域)であるcox2プロモーター[8]を持つレポーター遺伝子が挿入されたプラスミドDNAと組み合わせることで、Cytcox-KH-DNA複合体を調製しました。さらに、得られた複合体の表面電荷が負となるように調製することで、静電的な相互作用を利用し、複合体の最表面に正の電荷を有する細胞膜透過配列(BP100)を付与した複合体をシロイヌナズナの葉へ導入しました。その後、内部に存在する植物ミトコンドリアへの遺伝子導入の有無を確認するため、レポーター遺伝子であるルシフェラーゼ[9]および緑色蛍光蛋白質(GFP)の発現を、共焦点レーザー顕微鏡[10]観察およびウェスタンブロット[11]等により評価しました。

細胞膜透過配列を添加する前の複合体では、有効な植物ミトコンドリアへの遺伝子導入は確認されませんでしたが、ミトコンドリア移行配列に加えて細胞膜透過配列を添加した複合体は、植物ミトコンドリアへの選択的な遺伝子導入が確認されました。また、ミトコンドリアにおいて機能するcox2プロモーターの代りとして核で機能する35Sプロモーター[8]を用いた場合や、cox2プロモーターを用いてミトコンドリア移行配列を含まない複合体を利用した場合には、ミトコンドリアへの有効な遺伝子導入は認められませんでした。以上の結果から、ミトコンドリア移行配列、細胞膜透過配列、およびポリカチオン配列をDNAと段階的に複合化することで、植物ミトコンドリアへ選択的な遺伝子導入が可能となることが示されました()。

今後の期待

ミトコンドリアに代表されるオルガネラ(細胞小器官)[12]を利活用した化成品などの植物生産は、植物を物質生産工場と位置付けると、究極的な目標になります。植物内部にエネルギー物質である炭化水素を蓄積すれば、植物自体を可燃性の燃料として利用できます。バイオプラスチックや炭化水素、界面活性剤、シルクのような構造タンパク質、エラストマー(ゴム素材)など、多くの化成品および化成品原料の生産も研究対象であり、幅広い分野において本技術を活かした二酸化炭素の資源化を目指します。将来的には、次世代型の農業や林業と組み合わせ、バイオベースの化成品を大量生産する仕組みの構築が期待できます。さらには、バイオマスの増産および高性能化を目指した植物工場や、自然環境問題の解決を目指した耐乾燥性・耐塩性を有した新規植物の開発など、さまざまな応用展開が見込まれます。これによって低炭素社会の実現や、二酸化炭素の資源化という緊急性の高い環境分野への貢献も期待できます。

一方で、ミトコンドリアへの汎用的かつ選択的遺伝子導入法の構築は、植物科学における基盤技術の開発という側面もあり、植物ミトコンドリアの基礎研究や、ミトコンドリア工学の進展に寄与すると考えられます。これまでミトコンドリアへの遺伝子導入が困難なために研究対象とならなかった様々な植物科学の分野において、物質生産に関する研究が進展することが期待されます。

原論文情報

  • Jo-Ann Chuah, Takeshi Yoshizumi, Yutaka Kodama, Keiji Numata, "Gene introduction into the mitochondria of Arabidopsis thaliana via peptide-based carriers", Scientific Reports, 10.1038/srep07751

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学連携部門 酵素研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ペプチド
    複数のアミノ酸がアミド結合によりつながった分子。アミノ酸の種類により、ペプチドの特徴も大きく変化する。
  • 2.DNA、プラスミドDNA、二重鎖DNA、二重鎖RNA
    DNAはデオキシリボースとリン酸、塩基から構成される核酸であり、遺伝情報の継承と発現を担う生体高分子である。その形状により、呼び方を分けており、環状の構造を有するDNAをプラスミドDNA、直鎖状の構造を有するDNAを二重鎖DNAとしている。二重鎖RNAは、二重鎖構造を有するリボ核酸であり、参照した論文(注)ではRNA干渉を目的として利用されている。
  • 3.植物ミトコンドリア
    植物の細胞内に存在する小器官。運動性が非常に高く、細胞のさまざまな活動に必要なエネルギーの大部分の供給に関係している。
  • 4.ミトコンドリア移行配列
    細胞内において、ミトコンドリアへの輸送や移行を可能にする比較的短いペプチド配列。ミトコンドリアに局在するタンパク質に存在する。
  • 5.細胞膜透過配列
    細胞膜を透過、あるいは不安定化するペプチド配列。タンパク質に細胞膜透過配列を加えることで、細胞内にタンパク質を導入できるなどの報告がある。
  • 6.イオン性複合体
    正に帯電したカチオン性のペプチドと、負に帯電したDNAのような核酸が、静電的な相互作用によって溶液中で形成された複合体。本研究では、カチオン性のペプチドとプラスミドDNAを用いることで、イオン性の複合体を調製した。
  • 7.ポリカチオン
    正に帯電したアミノ酸配列。
  • 8.cox2、35Sプロモーター
    cox2プロモーターは、ミトコンドリアでのみ機能することが知られている。一方、カリフラワーモザイクウィルス由来の35Sプロモーターは、核でのみ機能すると考えられている。
  • 9.ルシフェラーゼ
    ルシフェラーゼ遺伝子は、遺伝子の発現を確認するために使われるレポーター遺伝子の代表例。ルシフェラーゼという酵素を発現し、ルシフェリンという基質を加えることで発光反応を生じる。発光を用いて遺伝子発現を定量的に評価できる。
  • 10.共焦点レーザー顕微鏡
    GFPのような蛍光タンパク質や蛍光ラベルを高感度で観察できる顕微鏡。
  • 11.ウェスタンプロット
    標的のタンパク質の抗体を用いて、高感度で標的タンパク質の存在を検出できる解析手法。
  • 12.オルガネラ(細胞小器官)
    細胞内部において分化した形態や機能を持つ構造の総称。代表的なオルガネラとして葉緑体やミトコンドリアが挙げられる。
植物ミトコンドリアへの選択的な遺伝子導入の模式図の画像

図 植物ミトコンドリアへの選択的な遺伝子導入の模式図

ミトコンドリア移行配列(Cytcox)とポリカチオン配列(KH)から成るペプチド(Cytcox-KH)とプラスミドDNAの複合体である「Cytcox-KH-DNA複合体」に細胞膜透過配列(BP100)を付与する。その結果得られる「BP100-Cytcox-KH-DNA複合体」を植物に導入したところ、植物ミトコンドリアにおいてGFPの発現が確認された。選択的な遺伝子導入が可能であることを示した。

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