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2015年4月28日

理化学研究所

太陽光エネルギーを水素へ高効率に変換

-安価で簡便なシステムにより実現-

要旨

理化学研究所(理研)社会知創成事業イノベーション推進センター中村特別研究室の中村振一郎特別招聘研究員と藤井克司客員研究員(東京大学特任教授)らの研究チームは、太陽光エネルギーを水素として貯蔵する安価で簡便なシステムを構築し、エネルギー変換効率15.3%を達成しました。

これからの低環境負荷社会に求められるのは、温室効果ガスであるCO2(二酸化炭素)を排出しない風力や太陽光などのクリーンな自然エネルギーを活用しつつ、安定的な供給を実現するエネルギー源です。近年、太陽光エネルギーを電気エネルギーへ転換する太陽電池の分野では、エネルギー変換効率に優れた機器・装置の開発が進み、各地で太陽光発電設備の導入が進んでいます。しかし、現在の自然エネルギーを用いた電力インフラでは天候などによる発電量変動を十分に制御することが難しく、タイムリーかつ安定的なエネルギーが供給できません。このため、自然エネルギーへの転換を図る上で重要な鍵となるのが、必要な時に必要な量のエネルギーを供給可能にするためのエネルギーの貯蔵方法です。

研究チームは水素をエネルギー貯蔵源と捉えました。自然エネルギーで発電した電力を利用し、電気化学的な手法を用いて水素を得て、それを貯蔵するシステムの開発に取り組みました。植物は葉の中でアンテナ機構という精妙なナノ構造を用いて光合成を行い、炭水化物を貯蔵します。研究チームは、光合成と同じように光エネルギーを利用してエネルギー源を貯蔵するシステムを開発し、フレネルレンズ[1]を用いて集光するタンデム型太陽電池[2]を電源とする水分解電気化学セルで水素を発生させ貯蔵することに成功しました。また、太陽電池の直列接続によって水の電気分解可能な電圧まで電圧を高めるとともに、もっともエネルギーロスの少ない接続方法を検討した結果、太陽光エネルギーから水素への変換効率を15.3%まで高めることに成功しました。

本研究成果は「Jounal of the Japan Institute of Energy」2015年94巻27頁に掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 社会知創成事業 イノベーション推進センター 中村特別研究室
特別招聘研究員 中村 振一郎(なかむらしんいちろう)
客員研究員 藤井 克司(ふじい かつし)
(東京大学・総括寄付講座GS+I(代表者:中野義昭教授、茂木源人教授)「太陽光を機軸とした持続可能グローバルエネルギーシステム」特任教授)

背景

これからの低環境負荷社会に求められているのは、温室効果ガスであるCO2(二酸化炭素)を排出しない風力や太陽光などの自然エネルギーを活用しつつ、安定的な供給を実現するエネルギー源です。

近年、太陽光エネルギーを電気エネルギーへ変換する太陽電池の分野では、エネルギー変換効率に優れた機器・装置の開発が進み、各地で太陽光発電設備の導入が進んでいます。しかし、現在の電力インフラでは、天候などによる発電量の変動を十分に制御できない状況に陥ることもあり、タイムリーかつ安定的なエネルギーが供給できません。このため、自然エネルギーへの転換を図る上で重要な鍵となるのが、必要な時に必要な量のエネルギーを供給可能にするためのエネルギーの貯蔵方法です。

例えば、植物は、太陽の光エネルギーを効率よく集光し、光合成によりデンプンを作り、エネルギーをデンプン(炭化水素)という形で貯蔵することができます。しかし、現在の科学を駆使しても、植物が日々行っている太陽エネルギーからデンプンへの変換を人工的に行うことはできていません。また、NaS電池、リチウムイオン電池など電気エネルギーを貯蔵できる二次電池を導入する試みもありますが、一般に高価であり、貯蔵量も少なく本格的な実用化にほど遠いため、急速な普及は難しいというのが実情です。

研究手法と成果

研究チームは、太陽電池と水分解電気化学セルを用いた水の電気分解の技術を組み合わせて、太陽光エネルギーを水素として貯蔵するシステムの開発に取り組みました。水素による貯蔵が可能になれば、将来的には自然エネルギーを使った自立型のエネルギーシステムの構築が可能になります(図1)。

水素で貯蔵するメリットとして、①気体であるため軽く、大量に貯めることができる②長期間保存しても電池のようにエネルギーが減ることがない③使用時に排出されるのは水だけのクリーンなエネルギー、であることが挙げられます。

水の電気分解は、電気エネルギーを用いて水を水素と酸素に分離することです。図2に水の電気分解を行う最も簡単な構造の模式図を示します。

しかし、工業的に水分解を行う場合には、図1のような原理的な動作を確認する方法とは異なり、エネルギー効率が良くなるような「電気化学セル」の構造を使います。電気化学セルの場合、電解質として溶液ではなく導電性ポリマー[3]を用います。導電性ポリマーを用いることで、酸化・還元反応で生成した物質が混ざらず、かつ元の物質に戻ることがなくなります。電気化学セルと、今回使用した太陽電池を組み合わせた構造の模式図を図3に示します。

水分解電気化学セルの「電流-電圧特性」を示します。理論的には、1.23Vの電圧を掛けることで、水の電気分解が起こり、電流が流れ始めるはずですが、実際には、1.48Vの電圧が必要となっています。これは、電気化学セル内にさまざまな電気抵抗があり、エネルギーロスが起きていることを表しています(図4)。

このように、水の電気分解には約1.5V以上の電圧が必要ですが、最も一般的なシリコン太陽電池は、電池1つの最大出力電圧が0.6~0.7Vです。したがって、1つの太陽電池で水の電気分解を行うには、エネルギーが不足してしまいます。そこで、研究チームは、太陽電池の直列接続を行い、水の電気分解可能な電圧まで電圧を高めるとともに、もっともエネルギーロスの少ない接続方法について検討しました。

まず初めに、研究チームは、シリコン太陽電池と電気化学セルを使った場合の光エネルギーから水素エネルギーへの変換効率を求めました。シリコン太陽電池を3個直列に接続した場合は2.0%、4個直列に接続した場合は、6.1%であり、いずれも変換効率が良くないことが分かりました。これは、シリコン太陽電池自体の光エネルギーから電気エネルギーへの変換効率が悪いことが大きく影響していると考えられました。

そこで、フレネルレンズを用いて太陽の位置に合わせて効率よく集光できるタンデム型太陽電池を使用し、エネルギー変換効率の向上を試みました。その結果、光エネルギーから水素エネルギーへの変換効率が12.2%と非常に高い変換効率を得ることができました(図5)。しかし、太陽電池の最大出力点(最大出力電圧2.12V、最大出力電流95.9mA)と電気化学セルの動作点(動作電圧1.55V、動作電流99.3mA)の間に大きな差が存在しています。そこで、タンデム型太陽電池を2個直列、電気化学セルを3個直列に並べることで太陽電池の最大出力電圧と電気化学セルの動作電圧が近づくようにすると、エネルギー変換効率が15.3%まで向上することが分かりました(図6)。

今後の期待

研究チームは、自然エネルギーである太陽光エネルギーを水素として貯蔵することが可能な、安価で簡便なシステムを開発しました。このシステムは構成要素の性能が向上すれば全体性能が直接向上する試作機です。今後、実用的なシステムとするには、太陽電池-電気化学セルというシステムの中核部分だけでなく、水素貯蔵法や、全体を流れるエネルギー、電流、水、排熱のロスといった周辺部分の最適化など、さまざまな試みが必須になります。

原論文情報

  • Katsushi Fujii, Masakazu Sugiyama, and Shinichiro Nakamura, "Hydrogen Generation Using Electrochemical Water Splitting via Electricity Generated by Nature Energy", Journal of the Japan Institute of Energy,vol94,No.1,2015

発表者

理化学研究所
イノベーション推進センター 中村特別研究室
特別招聘研究員 中村 振一郎(なかむら しんいちろう)
客員研究員 藤井 克司(ふじい かつし)
(東京大学・総括寄付講座GS+I(代表者:中野義昭教授、茂木源人教授)「太陽光を機軸とした持続可能グローバルエネルギーシステム」 特任教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.フレネルレンズ
    通常のレンズの同心円状の領域を、レンズの表面・裏面の曲線構造をそのままに分割して厚みを減らして配置したもので、結果としてのこぎり状の断面構造を持つレンズとなる。使用する材料を減らし、軽量・薄膜化できる特性を持つが、同心円状に段差が入るため、散乱が起きる関係で結像能力は落ちる。集光型太陽電池の場合、それほどの結合能力は要求されないため、よく用いられる。材料は価格を抑えるためにプラスチックが多く用いられており、アクリル樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂、ポリカーボネート樹脂などが代表である。
  • 2.タンデム型太陽電池
    タンデム型太陽電池は多接合型、スタック型、積層型太陽電池とも呼ばれる。通常の太陽電池は、単一の半導体材料でp-n構造をもつものとして作製される。この半導体は材料によって、それより短波長の光を吸収することが可能なバンドギャップの値が異なっている。そのため、この半導体の種類を太陽に対向する側から広いバンドギャップのp-n接合半導体から狭いバンドギャップのp-n接合半導体へと並べることで、光を効率的に利用することができるようになる。これをタンデム型対応電池という。この場合、積層されたp-n接合を持つ太陽電池は直列に接続されることになるため、各太陽電池での発電電流は最も発電電流が低いほうに合致する。すなわち、各太陽電池間の発電電流は同一にすることが望ましいため、バンドギャップの調整が難しくなる。さらに、種々の太陽電池を積層する関係上、単一材料、特にSi系の太陽電池と比べて材料だけでも非常に高価になるため、太陽光はフレネルレンズ等を用いて集光し、太陽電池が必ず太陽からの直達光を受けられるようにする、太陽の方向を常に追いかけるためのトラッキング装置とともに用いられることが多い。通常のタンデム型太陽電池はバンドギャップが広い材料を比較的多く用いるため、温度特性が良いとされている。
  • 3.導電性ポリマー
    導電性高分子とも呼ぶ。その名の通り、電気導電性を持つポリマーである。複素共役したポリエン系が電気導電性に関連しているといわれている。水分解等に用いる電気化学セルではこの導電性ポリマーをイオン透過膜(H+などの陽イオン、もしくは、OH-などの陰イオンのみを通すことが多い)として、電解液代わりに用いる。こうすることにより、電極間の距離を大幅に縮めることになり、この部分の電気抵抗が減り、反応性の向上や過電圧の低減に寄与している。
自然エネルギーを用いた自立型のエネルギーシステムの図

図1 自然エネルギーを用いた自立型のエネルギーシステム

簡単な水分解装置の図

図2 簡単な水分解装置

電解液に用いる塩や電極自身が酸化されないような物質を用いる必要があるため、電解質には炭酸ナトリウムなど、電極には黒鉛などが使用される。

電気化学セルの構造の模式図の画像

図3 電気化学セルの構造の模式図

最も特徴的なことは、電解質として溶液ではなく固体である導電性ポリマーを用いた点。この導電性ポリマーを用いることで、酸化・還元反応で生成した物質が混ざらず、酸化・還元で生成した物質が元の物質に戻ることがない。

水分解電気化学セルの電流-電圧特性の図

図4 水分解電気化学セルの電流-電圧特性

電極反応面積が4cm2である電気化学セルを使用。理論的に水が水素に変換されるのに必要な電圧(1.23V)と実際に化学反応が開始した電圧(1.48V)を示した。また、化学反応が起こり、電気化学セルに電流が1A流れるのに必要な電圧は、1.87Vであった。この実際に化学反応により電流が1A流れるのに必要な電圧1.87Vと理論的に水から水素に変換できるとされる電圧1.23Vの差を過電圧と呼ぶ。

タンデム型太陽電池、電気化学セルの電流-電圧特性の図

図5 タンデム型太陽電池、電気化学セルの電流-電圧特性

実際にタンデム型電池と電気化学セルを直列につなぎ、ソーラーシミュレーター光照射(10.12SUN)の元で動作させた場合の電流-電圧特性。太陽電池の最大出力点と電気化学セルの動作点との間に大きな差があることが分かる。

タンデム型電池2個、電気化学セルを3個直列に接続したときの電流-電圧特性の図

図6 タンデム型電池2個、電気化学セルを3個直列に接続したときの電流-電圧特性

タンデム型電池2個、電気化学セル3個を直列に接続し、ソーラーシミュレーター光照射(10.95SUN)の元で動作させた場合の電流-電圧特性。太陽電池の最大出力点と電気化学セルの動作点との間が小さくなり、エネルギーロスが小さくなっていることが分かる。

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