要旨
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオマス研究基盤チームの雪真弘特別研究員とバイオリソースセンター微生物材料開発室の大熊盛也室長らの共同研究チーム※は、シロアリ腸内の原生生物の細胞表面に共生する細菌[1]がさまざまなリグノセルロース[2]分解酵素を持つことを発見し、シロアリの効率的なリグノセルロース分解に役立っていることを明らかにしました。
シロアリ腸内に共生する原生生物は、植物の木質部を構成する成分であるリグノセルロースを細胞内に取り込み、分解します。しかし、原生生物と細菌は複雑な微生物群集をつくり、そのほとんどは培養が難しいことから、これまでの解析は主に微生物群集全体を対象に培養を介さない手法によって行われていました。さらに、原生生物の細胞内や細胞表面にも細菌が共生しているため、個々の微生物の役割を明らかにすることが難しく、シロアリの効率的なリグノセルロース分解プロセスの詳細は分かっていませんでした。
共同研究チームは、1細胞の細菌からゲノム解読するシングルセルゲノム解析[3]を用いることで、シロアリ腸内に共生する個々の微生物の役割を明らかにすることを目指しました。今回解析した細菌は、セルロースを分解する原生生物の細胞表面に共生することは知られていましたが、シロアリ腸内でどのような役割を担っているかは分かっていませんでした。解析の結果、その細菌は、セルロースやヘミセルロースを分解するさまざまな分解酵素を持つことが分かり、原生生物が取り込む前のリグノセルロースを効率的に分解できるように、前処理をする役割を担っている可能性が示唆されました。
シロアリ腸内で行われる効率的なリグノセルロース分解には、これまで主に原生生物が働くとされてきました。しかし、今回の研究により原生生物の細胞表面に共生する細菌も分解のプロセスに関与している可能性が示されました。今後、原生生物と原生生物に共生する細菌が協調した分解システムの理解が進めば、効率的なリグノセルロースの分解システムに応用できると考えられます。また、シングルセルゲノム解析をさらに進めることにより、これまで埋もれてしまっていた個々の微生物の役割が明らかになることが期待できます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(萌芽研究、基盤研究、新学術領域研究)などの支援を受けて行いました。成果は、欧州の科学雑誌『Environmental Microbiology』オンライン版(6月16付け:日本時間6月17日)に掲載されました。
※共同研究チーム
理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス研究基盤チーム
特別研究員 雪 真弘(ゆき まさひろ)
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)
客員研究員 新谷 政己(しんたに まさき)(静岡大学工学研究科 准教授)
研修生(研究当時) 佐藤 朋之(さとう ともゆき)
国際プログラム・アソシエイト David Starns(デービット・スターンズ)(リバプール大学 統合生物学研究所 大学院生)客員研究員 本郷 裕一(ほんごう ゆういち)(東京工業大学生命理工学研究科 教授)
東京工業大学 生命理工学研究科
研究員 桑原 宏和(くわはら ひろかず)
大学院生 伊澤 和輝(いざわ かずき)
背景
シロアリは、木材を食い荒らす害虫として扱われていますが、森林では枯れ木を分解する重要な役割を担っています。木材を効率的に分解することができる能力は、食料と競合しないバイオマスであるリグノセルロースの利活用への応用に期待されています。
シロアリ自身もリグノセルロースの主成分であるセルロースを分解する酵素を持っていますが、腸内に共生する微生物群がセルロース分解の大半を担っています。この微生物群は10数種の単細胞の真核生物である原生生物と数百種の細菌から構成されています。ほとんどの微生物は培養が難しいため、培養を介さない解析手法を用いて微生物群全体からセルロース分解活性や分解に関わる酵素の遺伝子、代謝産物の解析が行われてきました。これまでの解析では、原生生物がセルロースを細胞内に取り込んで分解することから、分解プロセスで主に働いているのは原生生物であると考えられてきました。
しかし、微生物群集全体を対象にした解析では、個々の微生物がリグノセルロースの分解で、どのような役割を担っているのかを明らかにすることが難しく、シロアリ腸内の効率的なリグノセルロース分解プロセスの詳細については分かっていませんでした。
研究手法と成果
共同研究チームは、ヤマトシロアリ(図1上左)の腸内に共生する細菌を細胞自動分離装置により、1細胞ずつに分離後、ゲノムDNAを増幅しました。この中から、Dinenympha属の原生生物の細胞表面に共生している細菌(図1上右、下左)の全ゲノム増幅産物を用いて、シングルセルゲノム解析を行いました。
シングルセルゲノム解析により、全ゲノム配列の約80%に当たる総塩基数が約3.5Mb(メガベース)のドラフトゲノム配列を得ることができました。ゲノム配列にコードされている遺伝子の機能を推定した結果、58個の遺伝子がさまざまなリグノセルロースを分解する酵素の機能を持つ事が分かりました。これらの酵素には、セルロースやヘミセルロースを分解する酵素が含まれていることから、細胞表面共生細菌が原生生物に取り込まれる前のリグノセルロースを部分的に分解することにより、原生生物のリグノセルロース分解を助けている可能性が考えられます(図2)。また、細胞表面共生細菌はリグノセルロースの分解産物である糖をエネルギー源として利用し、代謝産物としてシロアリのエネルギー源となる酢酸を生成することが分かりました。これらの発見により、細胞表面共生細菌が腸内でのリグノセルロース分解に関与していることを初めて明らかにしました。
また、多くの細胞内共生細菌は、共生することによりゲノムを縮小化していますが、本研究で解析した細胞表面共生細菌は、同じバクテロイデス門[4]に属する近縁の種のゲノムサイズと比較しても大差がないことが分かりました。今後、原生生物と細胞内、細胞表面の細菌の共生関係の成立過程を調べる上で、今回の解析結果は重要になると考えられます。
今後の期待
食料と競合しないことから、石油代替資源としてリグノセルロースの効率的な利活用が求められています。本研究で示唆された細胞表面共生細菌と原生生物の協調した分解システムを解明することにより、効率的なリグノセルロースの資源化が期待できます。
今後、シングルセルゲノム解析をさらに進めることで、これまで埋もれてしまっていた個々の微生物の役割を解明でき、より詳細な腸内の共生系を明らかにできると考えられます。また、このシングルセルゲノム解析はシロアリ腸内細菌だけではなく、様々な自然環境中のサンプルにも応用することが可能であるため、これまで未知であった微生物資源が発掘されることが期待できます。
原論文情報
- Masahiro Yuki, Hirokazu Kuwahara, Masaki Shintani, Kazuki Izawa, Tomoyuki Sato, David Starns, Yuichi Hongoh, Moriya Ohkuma, "Dominant ectosymbiotic bacteria of cellulolytic protists in the termite gut also have the potential to digest lignocellulose", Environmental microbiology, doi: 10.1111/1462-2920.12945
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 バイオマス研究基盤チーム
特別研究員 雪 真弘(ゆき まさひろ)
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.原生生物の細胞表面に共生する細菌
原生生物の細胞の中また表面に細菌が生育していることがある。いくつかの細胞内共生細菌はゲノム解析が行われ、窒素固定や還元的酢酸生成を担っていることが分かっている注1,2)。細胞表面共生細菌のなかには、原生生物の運動に関わっている細菌も存在する。しかし、細胞表面共細菌だけをゲノム解析することは難しく、その役割はほとんど分かっていなかった。
- 注1) 2008年11月14日プレス発表「 シロアリの強力な木質分解能を支える驚異の腸内共生機構を解明」
- 注2) 2015年5月12日プレス発表「 シロアリは腸内微生物によって高効率にエネルギーと栄養を獲得」
- 2.リグノセルロース
植物の木質部を構成する成分。セルロース、ヘミセルロース、リグニン等が主成分で強固に結合している。食料として利用することができないため、石油代替のバイオマス資源として注目を集めている。しかし、容易に分解することができないため、リグノセルロースを化学処理や物理的処理で前処理を行った後、セルロースとヘミセルロースを酵素によって単糖まで分解し、利用している。 - 3.シングルセルゲノム解析
自然界に生育する微生物の99%は培養することが困難であるといわれており、これらの微生物のゲノムを解読するためには、培養を介さない手法が必要である。1細胞の微生物からもゲノムを増幅することが可能となり、この増幅産物を用いてゲノム解析が行われている。近年、さまざまな環境中から微生物1細胞を単離し、シングルセルゲノム解析を行うことによって、未培養微生物のゲノム配列が報告され始めている。 - 4.バクテロイデス門
バクテロイデス門は細菌の分類階級である門の1つ。自然界の多くの場所に生育している。ヒトの腸内や牛などのルーメンにも生育しており、多糖等を分解しエネルギー源としている。シロアリ腸内にも共生しており、腸内微生物群集のなかで優占種のひとつである。分離培養された多くの株でゲノム解析がなされており、本研究で解析したシロアリ腸内原生生物の細胞表面共生細菌のゲノムと同程度のゲノムサイズを有している。
図1 ヤマトシロアリと腸内原生生物の細胞表面共生細菌
- 上左:体長約0.5cmのヤマトシロアリ
- 上右:Dinenympha属原生生物の細胞表面共生細菌の検出。緑の細菌がシングルセルゲノム解析した細菌。赤の細菌は、異なる種の細胞表面共生細菌。スケールは20µm
- 下左:細胞表面共生細菌の電子顕微鏡像。青矢印で示されているのが今回解析した細胞表面共生細菌。スケール0.5µm
図2 本研究で明らかになった細胞表面共生細菌の役割
腸内に入ってきたリグノセルロースは、細胞表面共生細菌が持つ分解酵素によって、部分的に分解され、セルロース部分が露出した状態になると考えられる。原生生物は、分解しやすくなったリグノセルロースを細胞内に取り込み、完全に分解する。細胞表面共生細菌は、リグノセルロースの分解産物である糖を取り込み、エネルギー源として使用して代謝産物として酢酸を生成することが推定された。この酢酸は、シロアリのエネルギー源として供給されると考えられる。