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2015年7月24日

理化学研究所
慶應義塾大学医学部

思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「BNC2」を発見

-AISの発症機構の解明、新たな治療法の開発へのブレークスルーに-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、小倉洋二研究生らと、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授ら側彎(そくわん)症臨床学術研究グループ[1]、及び京都大学再生医科学研究所、広島大学大学院医歯薬保健学研究院、南京大学などによる共同研究グループは、思春期特発性側彎症(AIS:Adolescent Idiopathic Scoliosis)の発症に関連する新たな遺伝子「BNC2(Basonuclin-2)」を発見しました。

背骨が曲がる疾患である側彎症は、神経や筋肉の病気、脊椎の奇形などが原因で起きるものもありますが、その多くは原因が特定できない特発性側彎症です。特発性側彎症の中で最も発症頻度が高いのが思春期に起きるAISで、日本人では約2%に見られます。AISの発症には遺伝的要因が関与すると考えられ、世界中で原因遺伝子の探索が行われてきました。理研 骨関節疾患研究チームは、ゲノムワイド相関解析(GWAS)[2]を行い、AISの発症し易さ(疾患感受性)を決定する遺伝子「LBX1」、「GPR126」をそれぞれ2011年、2013年に世界に先駆けて発見しています注1,2)。今回、共同研究グループは、側彎症における世界最大規模のGWASを行い、新たなAIS感受性遺伝子BNC2を発見しました。

共同研究グループは、日本人のAIS患者と非患者、13,249人の集団について、ヒトのゲノム全体をカバーする約400万個の一塩基多型(SNP)[3]を調べ、LBX1GPR126以外にもAISと強い相関を示す27個のSNPを見つけました。さらに、この結果を4,506人の別の日本人集団を用いた相関解析により確認したところ、AISの発症と非常に強い相関を示すSNPを見つけました。このSNPはBNC2という遺伝子内に存在し、このSNPを持つ患者に多い対立遺伝子[4]BNC2の発現を増加させました。このことから、BNC2の過剰発現が側弯症を引き起こすという仮説を立て、モデル動物であるゼブラフィッシュでBNC2を過剰発現させたところ、実際に側弯が起きることを確認しました。

本研究は、側彎症における世界最大規模のGWASにより、新たなAIS感受性遺伝子であるBNC2を発見し、分子レベルでその作用を明らかにしました。今後、BNC2の機能をさらに詳しく調べることで、新しいタイプのAIS治療薬の開発が期待できます。

成果は、アメリカ人類遺伝学会の機関誌『American Journal of Human Genetics』(8月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月23日付:日本時間7月24日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
研究生 小倉 洋二(おぐら ようじ)
上級研究員 稲葉 郁代(いなば いくよ)

統計解析研究チーム
チームリーダー 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)

統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明(くぼ みちあき)

慶應義塾大学 医学部
教授 松本 守雄(まつもと もりお)
特任講師 渡邉 航太(わたなべ こおた)

京都大学 再生医科学研究所 生体分子設計学分野
教授 開 祐司(ひらき ゆうじ)
研究生 三浦 重徳(みうら しげのり)

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門 生体分子機能学
教授 宿南 知佐(しゅくなみ ちさ)

南京大学 医学部鼓楼病院 脊椎外科
教授 邱 勇(チュウ・ヨン)

背景

側彎とは、背骨が横に曲がった状態を言います(図1)。ヒトの背骨は完全に真っ直ぐではありませんが、曲がりの角度が10度以上になると病的(側彎症)と考えられています。曲がりの角度が20度を超えると、装具の着用など何らかの治療をする必要が生じ、40度を超えると、多くの場合手術治療が必要となります。さらに重度になった場合は、肺機能が低下し、腰痛や背部痛の発症が増加するとされています。進行すると治療が困難になるので、早期発見が大切です。

側彎症を引き起こす原因はさまざまで、神経麻痺や筋ジストロフィーなどの疾患により引き起こされることもありますが、多くは原因が特定できない特発性側彎症です。特発性側彎症は、発症時期などによりいくつかのタイプに分けられます。そのうち、最も発症頻度が高いのが、10歳以降に発症・進行する思春期特発性側彎症(AIS:Adolescent Idiopathic Scoliosis)で、全世界で人口の約2%にみられる発症頻度の非常に高い疾患です。日本人でも約2%に見られ、学校保健法により側彎の学校検診が義務付けられているほど、社会的かつ医療上、重大な問題となっています。

過去の疫学研究などから、AISは遺伝的因子と環境的因子の相互作用により発症する多因子遺伝病であることが明らかになっています。これまで世界中の研究グループが連鎖解析や候補遺伝子アプローチによる相関解析など、さまざまな手法を用いてAISの原因遺伝子の探索を行ってきました。理研骨関節疾患研究チームは、2011年に世界に先駆けAISのゲノムワイド相関解析(GWAS)を行い、AIS発症に関連する遺伝子(疾患感受性遺伝子)LBX1を発見しました。更に、2013年には同じGWASのデータを更に詳しく解析して、2つめのAIS感受性遺伝子であるGPR126を発見しています。

しかし、多因子遺伝病であるAISの原因や病態を解明するためには、さらなる遺伝子の発見が必要です。そこで、共同研究グループは、慶應義塾大学医学部 整形外科学教室の松本守雄教授を中心とする側彎症の専門医集団で構成された側彎症臨床学術研究グループの持つ新たな患者サンプルとその臨床情報を、理研骨関節疾患研究チームが解析することで、LBX1、GPR126に続く新たなAISの疾患感受性遺伝子の発見に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、日本人のAIS患者2,109人と非患者11,140人からなる日本人集団のDNAサンプルを用いて、GWASを行いました。これは前回のGWASの5倍のサンプルを用いた研究で、AISでは世界最大規模のGWASです。非患者の日本人集団には、Biobank Japanのサンプルの情報を用いました。ヒトのゲノム全体をカバーする約400万個の一塩基多型(SNP)を調べたところ、先に報告したLBX1GPR126領域のSNP以外にも、AISと高い相関を示す27個のSNPが存在することを発見しました。

これら27個のSNPについて、AIS患者955人と非患者3,551人からなる別の日本人集団で再現解析を行ったところ、9番染色体上の1つのSNPでその相関が再現されました。これら2つの日本人集団の結果を統合すると、AISと最も強い相関を示すSNP(rs3904778)の「偶然にそのようなことが起こる確率(P値)」は5.08×1011になり、日本人ではrs3904778を持つと発症のリスクが1.21倍高まることが分かりました(表1)。さらにAIS患者1,268人と非患者1,173人からなる中国人集団についてもこのSNPについて調べたところ、AISとの相関が再現されました。したがって、このSNPは複数の人種においてAIS発症に関与することが分かりました。

ゲノム上のrs3904778の位置を調べてみると、BNC2(Basonuclin-2)という遺伝子内に存在していました。そこで、BNC2遺伝子領域内のSNPの相関を網羅的に解析したところ、rs3904778とほぼ同程度の強い相関を示すSNPが3個見つかりました。この4つのSNPの機能について詳細な解析を行ったところ、YY1(Yin yang 1)という転写因子が結合しやすくなっているため、BNC2遺伝子の発現が増加することがわかりました。また、AISの病変部であるヒトの軟骨や骨、脊髄、椎間板でのBNC2の発現パターンを調べたところ、子宮で最も発現が高く、次いで脊髄、軟骨、骨で高く発現していることが分かりました。このことから、脊髄、軟骨、骨などの組織でBNC2の発現が増加することが側弯症の発症に関わっているのではと考えられました。

共同研究グループは、この仮説を立証するため、ゼブラフィッシュにBNC2を過剰発現させ、観察しました。すると、このゼブラフィッシュでは約65%に側弯症が起こることを発見しました(図2)。よってBNC2の異常は、脊髄、骨、軟骨などの形成の障害を通じてAIS発症に関与すると考えられます。

今後の期待

今回、新たなAIS感受性遺伝子を発見したことでAISの原因や病態の解明が更に進展すると期待されます。小倉研究生らはAISのオーダーメイド医療に向けて、発症・進行のリスクをより簡便、正確、かつ確実に予測するためのゲノム情報と臨床情報を統合したAISの診断・予測モデルの作成に、既に着手しています。

また、今回の結果は、BNC2の異常が脊髄、骨、軟骨の形成障害を引き起こし、それによってAISが発症することを示唆しています。今後、BNC2の機能解析やAIS発症に関わる新たな経路をさらに詳しく調べることで、分子レベルにおいてAISの病態の理解が進み、新しいタイプのAIS治療薬の開発が可能になることが期待できます。

原論文情報

  • Yoji Ogura, Ikuyo Kou, Shigenori Miura, Atsushi Takahashi, Leilei Xu, Kazuki Takeda, Yohei Takahashi, Katsuki Kono, Noriaki Kawakami, Koki Uno, Manabu Ito, Shohei Minami, Ikuho Yonezawa, Haruhisa Yanagida, Hiroshi Taneichi, Zezhang Zhu, Taichi Tsuji, Teppei Suzuki, Hideki Sudo, Toshiaki Kotani, Kota Watanabe, Naobumi Hosogane, Eijiro Okada, Aritoshi Iida, Masahiro Nakajima, Akihiro Sudo, Kazuhiro Chiba, Yuji Hiraki, Yoshiaki Toyama, Yong Qiu, Chisa Shukunami, Yoichiro Kamatani, Michiaki Kubo, Morio Matsumoto, Shiro Ikegawa, "A functional SNP in BNC2 is associated with adolescent idiopathic scoliosis", American Journal of Human Genetics, doi: 10.1016/j.ajhg.2015.06.012.

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
研究生 小倉 洋二(おぐら ようじ)

慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室
教授 松本 守雄 (まつもと もりお)

小倉 洋二 研究生と池川 志郎 チームリーダーの写真 小倉 洋二(左)、池川 志郎

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課 吉岡、三舩
Tel: 03-5363-3611 / Fax: 03-5363-3612
med-koho [at] adst.keio.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.側彎症臨床学術研究グループ
    慶應義塾大学医学部整形外科学教室松本守雄教授を中心とする側彎症の専門医集団で構成された臨床学術研究グループ。主なメンバーは以下の通り。
    慶應義塾大学医学部(松本守雄教授、高橋洋平元助教、小倉洋二元助教、渡邉航太特任講師、武田和樹助教、戸山芳昭教授)、北海道大学病院(伊東学特任教授(現国立病院機構北海道医療センター脊椎脊髄病センター長)、須藤英毅准教授)、聖隷佐倉市民病院(南昌平名誉院長、小谷俊明院長補佐)、獨協医科大学病院(種市洋教授)、防衛医科大学校(千葉一裕教授、細金直文医師)、順天堂大学医学部附属順天堂医院(米澤郁穂教授)、済生会中央病院(岡田英次朗医師),永寿総合病院(河野克己医師)、名城病院(川上紀明院長補佐、辻太一医師)、神戸医療センター(宇野耕吉副院長、鈴木哲平医師)、福岡市立こども病院(柳田晴久部長)。
  • 2.ゲノムワイド相関解析(GWAS)
    疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトのゲノム全体をカバーする遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。思春期特発性側彎症検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
  • 3.一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが、個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列の違いがあると見られており、これを遺伝子多型という。遺伝子多型のうち1つの塩基が、他の塩基に変わるものを一塩基多型(SNP)と称する。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その多くはSNPである。そのタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる酵素などのタンパク質の働きが微妙に変化し、病気のかかりやすさや医薬品への反応に変化が生じる。SNPとはSingle Nucleotide Polymorphismの略。
  • 4.対立遺伝子
    ヒトはそれぞれの遺伝子座について、2個の遺伝子を持っている。このとき、同じ遺伝子座を占める個々の遺伝子を対立遺伝子と呼ぶ。
側彎症の外観とX線画像の写真

図1 側彎症の外観とX線画像

左:側彎症患者の外観。右:脊椎X線画像(背面図)。背骨が大きく弯曲していることが分かる。

AISの段階的相関解析で発見された9番染色体上のSNP(rs3904778)の相関の表

表1 AISの段階的相関解析で発見された9番染色体上のSNP(rs3904778)の相関

  • P値:相関の強さの指標。Cochran-Armitage trend testによる。P値が低いほど、相関が高いと判定できる。
  • オッズ比:相関の大きさ、リスク多型の影響力の指標。リスク多型を1つ持つごとにAIS発症リスクが約1.2倍高まる。
  • 統合:GWASと再現解析の結果をメタ解析で統合したもの。
BNC2の過剰発現とゼブラフィッシュでの側弯症の発生の図

図2 BNC2の過剰発現とゼブラフィッシュでの側弯症の発生

ゼブラフィッシュにおいて、BNC2を過剰発現させると側弯症を発症することを発見した。発現量とカーブの重症度には正の相関があった。スケールバーは500μm。

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