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2016年2月4日

理化学研究所

シルク材料での水の影響を解明

-水分子とシルクの結晶化・物性との関係を定量的に評価-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 酵素研究チームの沼田圭司チームリーダーらの共同研究グループは、空気中に存在する水分子が、シルクの繊維状およびフィルム状における結晶構造と物性に与える影響を明らかにしました。

カイコ糸やクモ糸に代表されるシルクは、軽量性、強靭性、低細胞毒性などの特性があり、医療用縫合糸として既に実用化されています。また、再生医療[1]などの分野への応用も検討されています。その一方で、軽量で強靭だというシルク本来の特徴に対する注目度は低く、構造材料としての利用は進んでいませんでした。その原因に、シルクが水の影響を受けやすいことが挙げられます。そのため、シルクの物性に水が与える影響を定量的に評価できれば、水の状態を制御したシルク由来材料の創製へつながると考えられます。

共同研究グループは、含水量が異なる3種類のシルク材料を調製し、熱分析と、放射光を用いたX線散乱法[2]、さらに引張試験[3]によって、水分子がシルク材料の結晶構造と物性に与える影響を定量的に評価しました。具体的には、水分子が「可塑剤」として機能することで、シルク分子の運動性を向上させ、ベータシート[4]結晶構造を誘起することが分かりました。従来法でシルクのベータシート結晶構造を誘起させるためには、メタノールをはじめとする有機溶媒が必要でした。それに比べて、水分子がシルクの結晶構造を誘起するという今回の発見は、グリーンケミストリー[5]に貢献すると考えられます。さらに、シルクの熱的安定性について、繊維状の方がフィルム状よりも向上することを示し、シルクの形状を制御することで熱的安定性を制御できることを示しました。

シルクは石油材料の代替品として注目されていますが、本研究で水分子とシルクの結晶化と物性の関係を定量的に評価したことで、シルクの構造材料としての利用に大きく寄与すると期待できます。

本研究は革新的研究開発推進プログラム「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」(研究開発責任者:沼田圭司)の支援を受けて実施されました。

本研究は、米国の科学雑誌『Biomacromolecules』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月2日付け:日本時間2月3日)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門
酵素研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)
特別研究員 矢澤 健二郎(やざわ けんじろう)
客員研究員 石田 花菜(いしだ かな)(Spiber株式会社 研究員)

放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門
ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニット
研究員 引間 孝明(ひきま たかあき)

高輝度光科学研究センター
研究員 増永 啓康(ますなが ひろやす)

背景

カイコ糸やクモ糸に代表されるシルクには、軽量性、強靭性、形状加工性、生分解性、低細胞毒性という特性があります。シルクは医療用縫合糸として既に実用化され、また、再生医療などの分野への応用も検討されています。

その一方、軽量で強靭であるというシルク本来の特徴に対する注目度は低く、構造材料としての利用は進んでいません。その原因の1つに、シルクが水の影響を受けやすいことが挙げられます。そのため、シルクの物性に水が与える影響を定量的に評価できれば、水の状態を制御したシルク由来材料の創製へとつながると考えられます。

研究手法と成果

共同研究グループは、異なる含水量を持つ3種類のシルク材料(まゆ、精練糸、フィルム)を調製し、熱重量分析[6]示差走査熱量分析[7]、X線散乱法、引張試験によって、水分子がシルク材料の結晶構造と物性に与える影響を定量的に評価しました。その結果、水分子が「可塑剤」として機能することで、シルク分子の運動性を向上させ、ベータシート結晶構造を誘起することが分かりました(図1)。

従来法でシルクにベータシート結晶構造を誘起させるには、メタノールをはじめとする有機溶媒を使用し、約200℃に加熱することが必要でした。それに比べて、水分子がシルクの結晶化を誘起するという発見は、グリーンケミストリーに貢献すると考えられます。

次に、含水量を変化させたシルク材料の熱的安定性を評価しました。その結果、熱分解温度は含水量に依存しないことが分かりました(図2B)。さらに、形状がフィルム状の場合よりも繊維状(まゆ、精練糸)の方が、熱的安定性が向上することが分かりました。これは、シルク材料の形状を制御することが熱的安定性の制御につながると考えられます。

シルク分子からの水の脱離は紡糸過程において重要であることから、水の脱離温度と含水量の関係を評価しました。その結果、シルクの含水量が大きくなるにつれて、水の脱離は低温側で起きやすくなることが分かりました(図2C)。これは、含水量が大きくなるにつれて、水分子とシルクとの相互作用力は弱まることを示しています。

さらに、シルクの機械的強度に水分子が与える影響について評価しました。その結果、相対湿度97%で処理したフィルムは結晶化度が増加し、強靱性と延性が向上することが分かりました(図2D)。一般に、高分子材料は結晶化度の増加に伴い、延性は低下します。したがって、水分子がシルクフィルムに結晶化と延性の両方を与えることは、新たな発見です。

カイコやクモの紡糸過程は複雑かつ精巧であり、そのメカニズムはいまだに明らかにされていません。共同研究グループは、水分子がシルクに与える延性と結晶化誘起作用が紡糸過程に関わっていると考えており、そのメカニズムのさらなる解明を試みています。

今後の期待

今回の研究成果は、水分子がシルクの結晶化と物性に与える影響を定量的に評価したものであり、シルクの構造材料としての利用に貢献すると考えられます。軽量で強靭、さらに環境に優しいシルク分子を構造材料として使用できれば、例えば、自動車の車体、水素貯蔵タンクなどに使用されると予想されます。そのような構造材料としてのシルクの利用は、石油由来材料の代替となると期待できます。

原論文情報

  • Kenjiro Yazawa, Kana Ishida, Hiroyasu Masunaga, Takaaki Hikima, and Keiji Numata, "Influence of water content on the β-sheet formation, thermal stability, water removal, and mechanical properties of silk materials", Biomacromolecules, doi: 10.1021/acs.biomac.5b01685

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 酵素研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.再生医療
    怪我や病気で組織や臓器が欠損した際、自身の幹細胞を用いて機能を回復させる医療。
  • 2.X線散乱法
    高強度のX線を試料に照射し、試料中の規則的な結晶構造に伴う干渉縞を検出し、試料の結晶構造を解析する手法。
  • 3.引張試験
    試験片に一定の伸びを与えたときの抵抗力の大きさを調べる試験。
  • 4.ベータシート
    タンパク質の立体構造を構成する基本構造の1つ。いくつかの隣り合ったペプチド鎖が、水素結合により平行に連なることで形成する平面構造。タンパク質のアミノ酸鎖がとる堅固な構造の1つで、同じ向きや逆方向に伸びた構造のポリペプチド鎖が、2本以上並んで作られる平面状の構造。
  • 5.グリーンケミストリー
    環境への影響を最小限にすることを優先とした化学技術。
  • 6.熱重量分析
    加熱に伴う、試料の質量変化を経時観察する分析法。共同研究グループは水の脱離に伴う質量減少と、シルク材料の熱分解に伴う質量減少の2段階について、含水量の異なるシルク材料を対象として測定した。
  • 7.示差走査熱量分析
    高分子のガラス転移、結晶化、融解現象を熱流変化として検出する分析法。共同研究グループは、含水量の異なるシルク材料を示差走査熱量分析することで、ガラス状態からゴム状態への転移するガラス転移、およびベータシート結晶構造が生じる結晶化の2つの現象について、それぞれベースラインシフトおよび発熱ピークとして検出した。
水分子の可塑化効果に由来するシルクフィルムの結晶化誘起の図

図1 水分子の可塑化効果に由来するシルクフィルムの結晶化誘起

シルクフィルムに結合した水分子が「可塑剤」として機能し、シルクの分子鎖の運動性を向上させてベータシート結晶構造を誘起する。

水分子の可塑化効果に由来するシルクフィルムの物性の変化の図。A 結晶化度、B 熱的安定性、C 水の脱離温度、 D 強靭性。

図2 水分子の可塑化効果に由来するシルクフィルムの物性の変化

相対湿度の高い条件では、シルクフィルムの結晶化度、強靱性が向上した(A、D)。水の脱離温度は低温側にシフトした(C)。その一方で、熱的安定性は湿度条件に依存しなかった(B)。

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