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2016年7月9日

理化学研究所
東京大学

酸化物界面を用いたスキルミオン制御

-界面作製技術による低消費電力エレクトロニクスに向けて-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループの松野丈夫専任研究員、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)らの共同研究グループは、原子レベルで制御可能な酸化物界面において磁気スキルミオン[1](スキルミオン)を生成することに初めて成功し、スキルミオン設計の新たな指針を見出しました。

スキルミオンは、数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)~数百nmの大きさの渦状の磁気構造体です。スキルミオンは固体中で安定な粒子として振る舞い、低い電流密度で駆動できるなど、磁気メモリ[2]としての応用に適した特性を多く持つことが分かってきました。スキルミオンの生成には、強磁性体のスピン[3]に“ひねり”を加える必要があります。そのために有望だと考えられている機構の一つがジャロシンスキー・守谷相互作用[4]で、数nm~100nmと小さいスキルミオンを生成することができるからです。しかし、薄膜などではないバルク物質(塊の状態)でジャロシンスキー・守谷相互作用を実現するには、特殊な対称性を持つ結晶構造が必要とされるため、スキルミオンを用いたデバイスをバルク物質で設計するのは難しいという問題がありました。

今回、本共同研究グループは、バルク物質を使わず、多くの磁性体で普遍的にスキルミオンを生成する原理の開拓を目指し、二種類の酸化物SrRuO3とSrIrO3からなる高品質な積層界面構造を作製しました。界面では空間反転対称性[5]の破れから、ジャロシンスキー・守谷相互作用が期待されるためです。本研究では、強磁性体SrRuO3の膜の厚さ(膜厚)を変化させながらホール抵抗[6]を測定したところ、強磁性体が極めて薄いときにのみトポロジカルホール効果[7]を観測しました。この観測は、単純な強磁性から変調された磁気構造、すなわちスキルミオンが実現していることを意味します。また、界面を考慮したモデルを用いて磁気構造の安定性を計算したところ、膜厚依存性を含めた実験結果とよく一致し、界面由来のジャロシンスキー・守谷相互作用がスキルミオン生成に有効な設計指針となることを明らかにしました。

本成果は、今後、スキルミオンを用いた低消費電力デバイスである磁気メモリへの応用が期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Science Advances』(7月8日付け:日本時間7月9日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関界面研究グループ
専任研究員 松野 丈夫(まつの じょうぶ)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科教授)

強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科教授)
研修生 安田 憲司(やすだ けんじ)(東京大学大学院工学系研究科博士課程1年)

創発光物性研究ユニット
ユニットリーダー 小川 直毅(おがわ なおき)

動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

強相関理論研究グループ
上級研究員 小椎八重 航(こしばえ わたる)
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)(東京大学大学院工学系研究科教授)

背景

電子のスピンと伝導との絡み合いを理解することは、近年の固体物理学の大きな課題であると同時に、スピンを活かしたデバイス応用にも必須と考えられてきました。中でも、トポロジカルホール効果と呼ばれる電子輸送現象は磁気スキルミオン(スキルミオン)を検出する手法として最近発見され、威力を発揮してきました。スキルミオンを形成するための有望な機構として、ジャロシンスキー・守谷相互作用が知られていますが、特殊な対称性を持つ結晶構造など限られた物質中でしかみられないという問題がありました。

このような問題を解決するために、界面構造とスピン-軌道相互作用[8]を組み込むことによって、人工的にジャロシンスキー・守谷相互作用、さらにはスキルミオンを生成できる可能性が提案され、金属磁性体を用いて実証されてきました。しかし、その際の電子伝導をトポロジカルホール効果によって検証することは行われてきませんでした。この検証には、原子レベルで平坦かつ結晶の方位が揃った界面構造が必要となるためです。

研究手法と成果

本共同研究グループは、原子レベルで薄膜を積み重ねることができるパルスレーザー堆積法技術[9]を用いて、ペロブスカイト構造[10]を持つイリジウム酸化物(SrIrO3)とルテニウム酸化物(SrRuO3)の二種類の薄膜を積み重ねた高品質な積層界面構造を作製しました(図1)。強いスピン-軌道相互作用を持つSrIrO3の層数を2層に固定し、強磁性体であるSrRuO3の層数(m)を4から7まで1層ずつ変化させることにより、界面の影響を詳細に調べることができます。

作製した構造のホール抵抗を測定したところ、mが小さいとき(m ≤ 6)にトポロジカルホール効果が観測されました(図2左上)。これは、SrRuO3の持つ強磁性が変調を受けて、特殊なスピン構造となったことを示します。このことは、mが大きくなるとホール抵抗率が全て異常ホール効果[6]だけで説明できることと対照的です(図2右上)。このトポロジカルホール効果は、非常に広い範囲の温度および磁場に対して観測されることから、特殊なスピン構造が二次元性の高いスキルミオンである可能性が強く示唆されます(図2下)。強磁性体が極めて薄いときにのみこの効果が観測されることは、これが界面由来の現象であることの証明です(図3)。すなわち、界面での空間反転対称性の破れとSrIrO3の強いスピン-軌道相互作用の結合により生まれるジャロシンスキー・守谷相互作用が鍵となっています。

実際に、このような特殊な界面効果を取り込んだ理論モデルでシミュレーションを行った結果、強磁性体が薄いときにのみスキルミオンが安定化するという、実験を再現する結果が得られました。また、トポロジカルホール効果の大きさから見積もったスキルミオンの大きさは、およそ10nmでした。

今後の期待

非常に高い精度で制御できる酸化物の界面が、スキルミオンの舞台となることが明らかになりました。このことは特殊な結晶構造を持たない普通の強磁性体に界面を通してスキルミオンを生成できることを示しており、今後のスキルミオンの設計と制御に対する指針となる結果です。

また、酸化物を用いることで、電界効果[11]によりスキルミオンを制御するという新しい自由度を付け加えることが可能になります。原子レベルで制御可能な酸化物界面が持つこれらの特徴が、将来的なトポロジカル・エレクトロニクスに向けた足掛かりとなることが期待できます。

原論文情報

  • J. Matsuno, N. Ogawa, K. Yasuda, F. Kagawa, W. Koshibae, N. Nagaosa, Y. Tokura, M. Kawasaki, "Interface-driven topological Hall effect in SrRuO3-SrIrO3 bilayer", Science Advances

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
専任研究員 松野 丈夫(まつの じょうぶ)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

松野丈夫専任研究員の写真 松野 丈夫
川﨑雅司グループディレクターの写真 川﨑 雅司
十倉好紀グループディレクターの写真 十倉 好紀

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.磁気スキルミオン
    近年、磁性体中で観測されたナノメートルサイズの渦状の磁気スピンの配列。通常の強磁性状態からは連続的に変形することができないため、トポロジーによって守られた安定な粒子として振る舞う。
  • 2.磁気メモリ
    汎用の磁気メモリは、強磁性体の磁化方向を0、1に対応させ、記憶素子としている。同様に、スキルミオンがあるときを1、スキルミオンがないときを0とすることで、スキルミオンをメモリとして使用できる。
  • 3.スピン
    電子の持つ自由度の一つで、微小な磁石として働く。電子の自転として理解できる。
  • 4.ジャロシンスキー・守谷相互作用
    物質中の磁気スピン同士に働く相互作用の一つ。隣接するスピンが平行ではなく、角度を持って配列するように働く。これは、隣接スピン間の中点が、空間反転対称性([5]参照)の中心でない場合に生じる。
  • 5.空間反転対称性
    各点の座標(x, y, z)を(-x, -y, -z)に変換する操作を、空間反転操作と呼ぶ。空間反転操作によって構造が一致しない場合、空間反転対称性が破れているという。例えば積層構造の場合には、空間反転操作によって積層の順番が逆になるため、空間反転対称性が破れている。
  • 6.ホール抵抗、異常ホール効果
    磁場下で電子が運動すると、電子はローレンツ力(荷電粒子が磁場の中で動くときに磁場により受ける力)を受けて、本来の運動方向に対して横方向に曲がる。したがって、電流を流すと、磁場の大きさに比例した電圧が電流の向きに対して垂直な方向に生じる。これは(正常)ホール効果と呼ばれ、垂直方向に生じる電圧を電流で割ったものをホール抵抗と呼ぶ。また、強磁性体中では磁化に比例した異常ホール効果が生じる。さらに、スキルミオンが形成されているとき、これらに加えトポロジカルホール効果([7]参照)が現れる。
  • 7.トポロジカルホール効果
    スキルミオンは電子に対し、巨大な仮想磁場の源として働き、電子の運動を横方向に曲げる。そのため、スキルミオンの構造が形成されているとき、正常ホール効果と異常ホール効果に加えて、トポロジカルホール効果が生じる。トポロジカルホール効果は、スキルミオン密度に比例したホール抵抗を与える効果である。
  • 8.スピン‐軌道相互作用
    電子の自転運動によって生じる「スピン角運動量」と電子が原子核の周りを周回運動すること(軌道運動)によって生じる「軌道角運動量」との間に働く相対論的相互作用。原子番号が大きい(重い)元素ではより大きくなる。
  • 9.パルスレーザー堆積法技術
    原料となる多結晶ターゲットに、高出力パルスレーザーを照射することでプラズマ化し、基板上に固体として堆積させることにより薄膜を作る方法。
  • 10.ペロブスカイト構造
    遷移金属酸化物の代表的な結晶構造の1つ。酸化物の場合、ATO3やA2TO4(Aはランタノイドあるいはアルカリ土類金属、Tは遷移金属)の組成式で表される。電子機器に用いるチップコンデンサではTにチタンが入った酸化物が用いられ、高温超伝導はTに銅が入った酸化物で出現する。
  • 11.電界効果
    電場(電界)によって材料の表面や接合界面に電荷が集まる効果。絶縁体を2つの電極で挟んで電圧をかけると、正の電圧がかかった電極にはプラスの電荷が、負の電圧がかかった電極にはマイナスの電荷が蓄積する。この電極の片方を半導体で置き換えると蓄積した電荷は半導体の中を自由に動き回る伝導キャリアとして振る舞う。このように電界によって伝導キャリアを集める手法を電界効果と呼び、電圧によって半導体中の電流の流れを制御するトランジスタに広く使われている(電界効果トランジスタ)。
作製した界面構造と走査透過電子顕微鏡像の図

図1 作製した界面構造と走査透過電子顕微鏡像

左:本研究で作製した界面構造の模式図。基板のSrTiO3の上に強磁性体酸化物SrRuO3の層、その上に強いスピン-軌道相互作用を持つSrIrO3の層が重なった構造をしている。SrRuO3mは層の数を表す。SrIrO3は2層で固定している。

右:SrlrO3が4層のときの走査透過電子顕微鏡像。基板の暗い層(チタン)の上に中間の層(ルテニウム)と明るい層(イリジウム)が、原子レベルで平坦に積層していることが分かる。明るい層のさらに上には電子線から試料を保護するための暗い層(チタン)がある。

ホール抵抗率の磁場および温度依存性の図

図2 ホール抵抗率の磁場および温度依存性

左上:SrRuO3が5層、80K(-193℃)におけるホール抵抗率(赤)、磁化に比例する異常ホール抵抗率(橙)およびトポロジカルホール抵抗率(青)。ホール抵抗率にみられるピークが異常ホール項以外の寄与、すなわちトポロジカルホール項の存在を示す。

右上:SrRuO3が7層、80K(-193℃)におけるホール抵抗率(赤)。5層の場合と異なり、ホール抵抗率にはピークがみられず、全て通常の強磁性体における異常ホール効果と解釈できる。

下:トポロジカルホール抵抗率の外部磁場および温度依存性を示すグラフ。幅広い範囲で、トポロジカルホール抵抗率のプラスの信号が観測されている。

界面に由来するスキルミオン生成の概念図の画像

図3 界面に由来するスキルミオン生成の概念図

左:橙色の層がSrRuO3、水色の層がSrIrO3。強磁性体の層(橙色)が厚いときは、界面の効果が強磁性に勝てないためスピンをひねることができない。

右:強磁性体の層(橙色)が薄くなると、界面のジャロシンスキー・守谷相互作用によりスピンにひねりが生まれ、スキルミオンが生成される。

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