2016年9月30日
理化学研究所
高エネルギー加速器研究機構
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)
イオン用超伝導加速空洞の高加速電圧試験に成功
-大強度イオンビームのより効率的な加速を可能に-
要旨
理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター高効率加速空洞開発チームの坂本 成彦 チームリーダーらの共同研究グループ※は、純ニオブ材料[1]を用いた低速イオン用の超伝導[2]加速空洞を開発・建設し、従来の常伝導[2]加速空洞に比べて1/100以下の電力で、最大1.6メガボルト(MV)もの高電圧を発生させることに成功しました。この研究は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の藤田 玲子プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として行われました。
大強度のイオンビームを加速する場合、イオン間の電気的な反発力の影響をできるだけ少なくし、ビームを短時間で加速できるように、高い電圧を発生する加速空洞が必要になります。
しかし、従来の銅を材料にした常伝導加速空洞は、電気抵抗が大きいため、高い電圧を発生させると発熱が大きくなりすぎるという課題がありました。このため、電気抵抗の極めて低い、ニオブなどの超伝導材料が長らく注目されていましたが、純ニオブを使って低速イオン用の加速空洞を作ろうとすると形状が複雑になるため、国内での実現例はありませんでした。
そこで共同研究グループは、高度なプレス加工技術や電子ビーム溶接技術、さらに表面処理技術を駆使して、純ニオブ材料を用いた低速イオン用の超伝導加速空洞の作製に挑戦しました。ニオブは液体ヘリウムにより直接冷やされることで超伝導状態になり、電気抵抗が極めて小さくなって、空洞表面での電流による発熱が非常に小さくなります。
今回作製した超伝導加速空洞を高エネルギー加速器研究機構(KEK)内の試験設備に設置し、高電圧試験を行いました。その結果、わずか24ワット(W)で1.6MVの高電圧を発生させることができました。これは、液体ヘリウム冷凍機の冷却効率を考慮に入れても、従来の銅を用いた常伝導加速空洞に比べて1/100以下の電力で非常に高い電圧を発生できたことを意味します。
今回の超伝導加速空洞の開発によって、大強度イオンビームの効率的な加速に大きく寄与する技術が得られました。この技術は人工核変換[3]による放射性廃棄物の低減を実現する上で重要です。また、医療用ラジオアイソトープ(RI)[4]製造や、粒子線治療に用いる加速器の小型化にもつながります。
本成果は、2016年9月29日に米国ミシガン州で開催される第28回線形加速器国際会議(LINAC2016)において発表されます。
※共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器研究センター
高効率加速空洞開発チーム
チームリーダー 坂本 成彦(さかもと なるひこ)
専任技師 山田 一成(やまだ かずなり)
専任技師 渡邉 裕(わたなべ ゆたか)
仁科センター研究員 須田 健嗣(すだ けんじ)
技師 大関 和貴(おおぜき かずたか)
大強度加速技術開発グループ
グループディレクター 上垣外 修一(かみがいと おさむ)
高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設
准教授 梅森 健成(うめもり けんせい)
教授 仲井 浩孝(なかい ひろたか)
教授 加古 永治(かこ えいじ)
背景
加速器技術の進展に伴い、陽子や重陽子などの大強度イオンビームを用いて原子核の変換を行い、高レベル放射性廃棄物[5]の低減化・資源化につなげる研究開発が行われています。加速器をこの目的に使うためには、100ミリアンペア(mA)を超える大強度のイオンビームを加速する必要があります。
このような大強度のイオンビームを加速する場合(図1)、光速の10%以下の低速領域ではイオン間の電気的な反発力の影響が大きくなるため、できるだけ短時間で加速する必要があります。それには、1MV程度の高い電圧を発生させる加速空洞が必要になります。しかしながら、銅を使用する従来の常伝導空洞で高い電圧を発生させようとすると、電気抵抗が大きいため、空洞内面を流れる電流による発熱が大きすぎ、400キロボルト(kV)程度の電圧が実用上の上限でした。そのため、電気抵抗の極めて低い、ニオブなどの超伝導材料を使う加速空洞が注目されていました。
低速イオン用の超伝導加速空洞は、日本でも1990年代に開発が行われましたが、銅とニオブの複合材料を用いていました。より性能の良い純ニオブ材料で作ろうとすると、形状が複雑なので設計や加工が難しく、これまで国内では実現されてきませんでした。一方、より単純な形状の電子用加速空洞では、今世紀はじめから、国際リニアコライダー(ILC)計画[6]などの研究開発により、純ニオブ材料を用いた超伝導加速空洞の製作技術が蓄積されてきました。
研究手法と成果
共同研究グループは、緻密な計算と高度なプレス加工技術や電子ビーム溶接技術を駆使して、これまで困難だった純ニオブ材料を用いた低速イオン用の超伝導加速空洞の製作に挑戦しました。
図2に、今回設計した超伝導加速空洞の断面図を示します。ニオブ及びチタンで囲まれた空間(水色の部分)に液体ヘリウムを溜めてニオブを超伝導状態に保ちます。超伝導状態のニオブは抵抗が極めて小さくなるため、表面電流が流れても発熱が非常に小さくなります。設計では、75.5メガヘルツ(MHz)で800kVの電圧を発生させるために、約4Wという非常に小さい電力で済むことが分かりました。ヘリウム冷凍機の効率を考慮に入れても、銅(常伝導)で製作した場合の1/100以下の電力消費に相当します。
低速イオン用の超伝導加速空洞は電子用の加速空洞に比べて形状が複雑なため、製作方法には格段の注意を払う必要があります。共同研究グループは機械構造シミュレーションを繰り返した上で、プレス加工と電子ビーム溶接のしやすさを考慮に入れてパーツ分けをし、4ミリ(mm)の厚さの純ニオブ板をプレス成型したあと、電子ビーム溶接で接合して加速空洞を製作しました。
高電圧を発生させるためには、空洞内面を滑らか、かつ清浄にすることで、ニオブの超伝導状態を良好に保つとともに、放電を抑える必要があります。そのため、空洞には内面の不純物を取り除く化学研磨、化学研磨の際に発生しニオブ中に吸蔵した水素を取り除く高温熱処理、内面の超純水による高圧洗浄、クリーンルーム内での取り付け、及び組立後のニオブ表面の水分除去のための低温熱処理を施しました。表面処理を含む製作は三菱重工メカトロシステムズ(株)で行いました。図3に空洞の電極部品の一部と外観を示します。
このように製作された超伝導加速空洞について、KEK内の超伝導空洞試験設備を用いて、高電圧試験を行いました(図4)。
その結果を図5に示します。横軸はギャップに発生した電圧、縦軸は空洞の品質を表す量で、Q値[7]と呼ばれるものです。図からわかるように、設計通り4Wの電力でギャップに800kVもの高い電圧が発生しています。また、さらに高い電圧を発生させても空洞のQ値が大きく低下していません。これは、空洞の内部の表面が極めて清浄であり、局所的な発熱や放電が起こっていないことを意味しています。試験では、24Wの電力を投入して、ギャップに1.6MVの非常に高い電圧を発生させることができました。
今後の期待
今回製作した超伝導空洞には、今後チタン製ヘリウム容器を取り付け、別途製作中のクライオスタット[8]に組み込んで冷却試験を行う予定です。
今回の成果により、純ニオブ材を用いた低速イオン用の超伝導空洞の製作方法が確立されました。すなわち、高電圧を発生する超伝導加速空洞によりイオン源から供給される比較的低価数の大強度イオンビームの効率的な加速に大きく寄与する技術が得られたことになります。この技術は核変換による放射性廃棄物の低減を実現する上で重要です。また、医療用RI製造や、粒子線治療に用いる加速器の小型化にもつながると期待されます。
藤田玲子プログラム・マネージャーのコメント
ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を加速器により核変換する新しい経路を実現することで、廃棄物をリサイクルして資源化する方法を提案することを目指しています。この方法の実現には現在の一般的な加速器のビーム電流の約100倍の電流が必要であり、このような加速器は廃棄物だけでなく、核融合における重陽子を加速する加速器にも使用できるものです。今回開発に成功したニオブ製の加速空洞は大電圧に耐えられる画期的なものであることから、本成果は、大強度のビームが必要とされるLLFPの核変換用加速器の実現に向けた大きな1歩であると考えています。
原論文情報
- K. Yamada, O. Kamigaito, K. Ozeki, N. Sakamoto, K. Suda, Y. Watanabe, E. Kako, H. Nakai, K. Umemori, A. Miyamoto, K. Sennyu, T. Yanagisawa, "First Vertical Test of Superconducting QWR Prototype at RIKEN", 28th LINEAR ACCELERATOR CONFERENCE にて発表
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 大強度加速技術開発グループ 高効率加速空洞開発チーム
チームリーダー 坂本 成彦(さかもと なるひこ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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高エネルギー加速器研究機構 広報室
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ImPACT の事業に関すること
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ImPACTプログラム内容及びPMに関すること
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impact [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)
補足説明
- 1.ニオブ
原子番号41番の元素で、遷移金属の一種。絶対温度9.2K(-263.95℃)以下で超伝導状態になる。 - 2.超伝導、常伝導
ある種の金属では、液体ヘリウム温度(-269℃)近くまで下げると電気抵抗が極めて低い状態(ほとんどゼロ)に転移する。これを超伝導状態という。抵抗が極めて低いため、大きな電流を流すことができるのが利点である。逆に、超伝導状態になっていない普通の金属は常伝導状態にあるという。 - 3.人工核変換
加速器などを使って原子核反応を起こし、ある原子核を別の原子核に変えること。 - 4.医療用ラジオアイソトープ(RI)
医療診断や治療に用いられる放射性同位元素のこと。フッ素(F、原子番号9、質量数18)やヨウ素(I、原子番号53、質量数131)など、加速器を用いて作られるものも多い。 - 5.高レベル放射性廃棄物
使用済み核燃料の再処理過程で作られる放射線量の高い廃棄物。核分裂生成物など、半減期の長い放射性同位体が含まれている。 - 6.国際リニアコライダー(ILC)計画
電子と陽電子を直線状に非常に高いエネルギーまで加速して衝突させ、高エネルギー物理学の実験を行う加速器の計画。最新の設計では、約30キロメートルの加速器に、約16,000台の超伝導加速空洞が使われることになっている。日本を含む国際チームによって研究開発が進められている。 - 7.Q値
加速空洞内で共振している電磁場のエネルギーが、発熱などによって失われていく割合を示す量。Q値が大きいほど損失が少ないことを意味し、空洞の品質を示す量になる。 - 8.クライオスタット
液体ヘリウムなどで冷却された物体を低温に保つ容器のこと。超伝導加速空洞の場合には、大型の断熱真空容器であり、空洞本体は断熱支持材によって容器の中に固定される。
図1 加速空洞によってイオンが加速される様子
高周波空洞の中で高周波電流と高周波電界が交互に発生するタイミングに合わせてビームが加速される
(1)高周波電流最大。このときギャップに発生する電圧はゼロ。
(2)入り側ギャップに加速電圧が発生して、イオンが加速される。
(3)高周波電流最大。ただし、(1)とは逆の向き。
(4)(2)とは逆の加速電圧がギャップに発生し、再度イオンが加速される。
図2 今回設計した超伝導加速空洞の断面図
空洞を純ニオブで製作し、その外側をチタン製ヘリウム容器で覆う。ニオブとチタンの間(水色の部分)を液体ヘリウムで満たす。空洞内側の直径は30cm、高さは約1m。
図3 製作した超伝導加速空洞の写真
(a)内部の電極の一部、(b)空洞内部を下側から見たところ、(c)空洞の外観。
図4 高エネルギー加速器研究機構内で行った超伝導加速空洞の試験
空洞がクライオスタットに組み込まれようとしている。
図5 超伝導加速空洞の試験結果
横軸は空洞のギャップに発生した電圧、縦軸は空洞の品質を示すQ値と呼ばれる量。4Wの電力で約800kVの電圧を発生させることができた。高電圧試験で達成した最高電圧は1.6MV。