要旨
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー研究グループの尹忠銖研究員、本山高幸専任研究員、長田裕之グループディレクターの研究チームは、かび毒[1]の一つテヌアゾン酸[2]の生産制御因子の遺伝子を2個同定し、テヌアゾン酸の生産制御メカニズムを明らかにしました。
テヌアゾン酸はかび毒として知られる化合物(二次代謝産物[3])で、植物病原糸状菌[4]のAlternaria(アルタナリア)[5]から発見され、1957年に報告されています。その後、テヌアゾン酸はAlternariaだけでなく、イネいもち病菌[6]など多くの植物病原糸状菌が生産することが分かっています。テヌアゾン酸はタンパク質の合成を阻害し、植物に対する毒として作用します。テヌアゾン酸などのかび毒を制御するには、その生産メカニズムを明らかにすることが重要です。研究チームは、テヌアゾン酸を特定の条件でのみ生産するイネいもち病菌を用いて、生産メカニズム解明のための研究を行ってきました。これまでに、二種類のテヌアゾン酸生産誘導条件を見いだし、生合成遺伝子TAS1を同定し、生合成メカニズムを明らかにすることに成功しています注1)。
今回、研究チームは、これらの生産誘導条件及び生合成遺伝子を利用した解析により、テヌアゾン酸の生産制御に関与するタンパク質を見いだし、生産制御メカニズムを明らかにすることに成功しました。まず、テヌアゾン酸生産誘導条件で解析することにより、テヌアゾン酸の生合成遺伝子TAS1の近傍にあるTAS2の産物TAS2がテヌアゾン酸生産を正に制御する転写因子であることを明らかにしました。また、糸状菌の二次代謝の制御因子として知られるLaeA[7]のホモログ(相同体)であるPoLAE1の遺伝子を操作することにより、PoLAE1もテヌアゾン酸生産を正に制御する転写因子であることを見いだしました。さらに、遺伝子操作株を用いた解析により、PoLAE1の下流でTAS2が働いていることを見いだしました。
今回の成果により、テヌアゾン酸の効率よい生産制御を可能にすることが期待できます。また、テヌアゾン酸の生産を適切に制御することで、植物病害を制御できる可能性があります。
本研究成果は、米国化学会雑誌『ACS Chemical Biology』(9月15日付け)に掲載されました。
本研究は、農林水産省「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」の研究課題「植物保護を目指した天然物ケミカルバイオロジー研究(研究統括:長田裕之)」などの支援を受けて行われました。
注1)2015年10月27日プレスリリース「かび毒テヌアゾン酸の生合成遺伝子を同定」
背景
テヌアゾン酸はかび毒として知られる化合物(二次代謝産物)で、植物病原糸状菌Alternaria(アルタナリア)から単離・同定され、1957年に初めて報告されました。Alternariaは世界中に広く分布しており、さまざまな穀物や果物などに被害を及ぼしています。テヌアゾン酸はAlternariaが感染した植物から検出されてきましたが、その後、イネいもち病菌などの多くの植物病原糸状菌がテヌアゾン酸を生産することが分かっています。テヌアゾン酸はタンパク質の合成を阻害し、植物に対する毒として作用します。テヌアゾン酸などのかび毒を制御するには、その生産メカニズムを明らかにすることが重要です。
研究チームは、テヌアゾン酸を特定の条件でのみ生産するイネいもち病菌を用いて、生産メカニズム解明のための研究を行ってきました(図1)。これまでに、生産誘導条件を見いだすため、化合物ライブラリーからテヌアゾン酸の生産誘導を引き起こす化合物を探索する過程で、化合物を溶解させている溶媒であるジメチルスルホキシドがテヌアゾン酸の生産誘導を引き起こすことを偶然見いだしました。また、環境変化への適応に関与する情報伝達系因子の一つOSM1[8]の遺伝子を欠損させることでも生産誘導が可能なことを見いだしました。そして2015年、これら二種類の生産誘導条件を用いた解析により、生合成遺伝子TAS1を同定し、生合成メカニズムを明らかにすることに成功しました注1)。
今回、これらの生産誘導条件および生合成遺伝子を利用した解析により、テヌアゾン酸の生産制御メカニズムの解明を試みました。
研究手法と成果
イネいもち病菌のような糸状菌の二次代謝産物の生合成遺伝子はほとんどの場合、二次代謝産物ごとに生合成遺伝子クラスター[9]を形成しています。このような二次代謝遺伝子クラスターを一括して制御する発現制御因子として、Zn(II)2-Cys6型転写因子[10]が知られています。Zn(II)2-Cys6型転写因子の遺伝子は通常、制御する遺伝子クラスターの中に存在します。テヌアゾン酸の場合は一つの遺伝子TAS1のみで生合成に十分であるため、このような制御因子は存在しないと予想されました。ところが、TAS1の周辺のDNA配列を解析したところ、近傍にZn(II)2-Cys6型転写因子の遺伝子(MGG_07800)が存在することが明らかになりました。この遺伝子を欠損させた株を作製し、ジメチルスルホキシド処理によるテヌアゾン酸生産誘導条件で解析することにより、この遺伝子の産物がテヌアゾン酸生産を正に制御する転写因子であることを見いだしました。この結果から、MGG_07800をTAS2と名付けました。
また、糸状菌の二次代謝の制御因子として知られるLaeAのホモログ(相同体)の遺伝子(MGG_01233)を、イネいもち病菌のゲノム中に見いだしました。LaeAもまた、二次代謝遺伝子クラスターを一括制御する因子として知られています。MGG_01233を欠損させた株を作製し、ジメチルスルホキシド処理によるテヌアゾン酸生産誘導条件で培養しましたが、テヌアゾン酸の生産は確認できませんでした。また、テヌアゾン酸生産が誘導されるOSM1の遺伝子を欠損させた株でMGG_01233遺伝子を欠損させたところ、生産誘導が認められなくなりました。さらに、MGG_01233遺伝子を大量発現させたところ、生産誘導条件下以外でもテヌアゾン酸を生産するようになりました。これらの結果より、MGG_01233遺伝子の産物もテヌアゾン酸生産を正に制御する転写因子であることが明らかになり、MGG_01233をPoLAE1と名付けました。前述のように、テヌアゾン酸の場合は一つの遺伝子TAS1のみで生合成に十分であるため、PoLAE1が生産制御に関与しているのは予想外でした。
さらに、TAS2とPoLAE1がテヌアゾン酸生産を正に制御する転写因子であることが明らかになったので、これら二つの因子の関係を解析しました。PoLAE1の大量発現株では生産誘導条件下以外でもテヌアゾン酸を生産しますが、PoLAE1の大量発現株においてTAS2を欠損させるとテヌアゾン酸を生産しなくなりました。この結果から、PoLAE1の下流でTAS2が働いていることが示されました。
以上の結果をまとめると、テヌアゾン酸の生産制御メカニズムは図2のようになっていることが明らかになりました。
今後の期待
本研究の成果により、かび毒であるテヌアゾン酸の効率的な生産制御が可能になることが期待できます。例えば、二種類の制御タンパク質に対する阻害剤を開発することにより、テヌアゾン酸の生産を抑制することが可能になります。また、テヌアゾン酸は植物に対して病害抵抗性誘導を引き起こす活性も報告されており、生産を適切に制御することにより、植物病害制御を行うことができる可能性もあります。
原論文情報
- Choong-Soo Yun, Takayuki Motoyama, and Hiroyuki Osada, "Regulatory mechanism of mycotoxin tenuazonic acid production in Pyricularia oryzae", ACS Chemical Biology, doi: 10.1021/acschembio.7b00353
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー研究グループ
研究員 尹 忠銖(ユン・チュンス)
専任研究員 本山 高幸(もとやま たかゆき)
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.かび毒
マイコトキシンとも呼ばれ、糸状菌の二次代謝産物として生産される毒の総称。アフラトキシン、トリコテセンなどが知られ、農産物の汚染による健康被害や植物病害を引き起こすため経済的損失が大きく問題となっている。 - 2.テヌアゾン酸
かび毒として知られる二次代謝産物で、植物病原糸状菌 Alternaria(アルタナリア)から単離・同定され、1957年に初めて報告された。 Alternaria以外のさまざまな植物病原糸状菌もテヌアゾン酸を生産する。欧州食品安全機関(EFSA)はテヌアゾン酸に対する毒性学的懸念の閾値として一日あたり1,500 ng/kgという値を示している。1 ngは、10億分の1 g。 - 3.二次代謝産物
生物体を構成、維持する上で重要な物質を一次代謝産物と呼ぶ。一方、生育そのものには必要とされない代謝産物を二次代謝産物と呼び、抗生物質などが含まれる。 - 4.植物病原糸状菌
植物に対して病気を引き起こす糸状菌(かび)。 - 5.Alternaria(アルタナリア)
世界中に広く分布する植物病原糸状菌で、さまざまな穀物や果物などに被害を及ぼす。テヌアゾン酸以外にもさまざまなかび毒を生産する。 - 6.イネいもち病菌
イネにいもち病を引き起こす病原性の糸状菌(かび)。 - 7.LaeA
糸状菌(かび)の二次代謝の制御因子であり、多くの二次代謝産物の生合成遺伝子クラスターを一括制御する。 - 8.OSM1
細胞内情報伝達系因子の一つであり、高浸透圧環境応答などに関与する。酵母のHog1と相同性が高い酵素であり、MAPキナーゼ(リン酸化酵素)の1種である。 - 9.生合成遺伝子クラスター
ある二次代謝産物の生合成に関与する遺伝子群が染色体上に塊(クラスター)を形成したもの。二次代謝遺伝子クラスターとも呼ばれる。 - 10.Zn(II)2-Cys6型転写因子
菌類(糸状菌と酵母)に特異的な転写因子。二次代謝などを制御する。
図1 イネいもち病菌とテヌアゾン酸
イネいもち病菌Pyricularia oryzae(Magnaporthe oryzae)は植物病原糸状菌の1種であり、イネに感染してイネいもち病を引き起こす。イネいもち病菌は他のいくつかの植物病原糸状菌と同様にかび毒であるテヌアゾン酸を生産する。研究チームは、ジメチルスルホキシド処理あるいはOSM1の遺伝子欠損によりテヌアゾン酸の生産誘導が引き起こされることを見いだしていた。
図2 テヌアゾン酸の生産制御メカニズム
イネいもち病菌において、OSM1の遺伝子欠損あるいはジメチルスルホキシド処理によりテヌアゾン酸の生産誘導を引き起こすことができる。生産誘導は二つの転写因子PoLAE1とTAS2を介しており、最終的にテヌアゾン酸生合成酵素遺伝子TAS1の発現誘導が引き起こされ、テヌアゾン酸の生産誘導が起こることを明らかにした。