要旨
理化学研究所(理研)計算科学研究機構量子系分子科学研究チームの中嶋隆人チームリーダーらの研究チーム※は、スーパーコンピュータ「京」[1]を利用し、高効率な材料スクリーニングに基づいた探索により、「ペロブスカイト太陽電池[2]」の新たな材料候補を発見しました。
近年、次世代太陽電池の有望な材料として、ペロブスカイト結晶構造[3]を持つ有機と無機のハイブリッド材料(ハイブリッド型ハライドペロブスカイト)が注目を集めています。その代表的なものに、メチルアンモニウム鉛ヨウ素やホルムアミジン鉛ヨウ素といった鉛化ハロゲン化合物があります。鉛化ペロブスカイトは低コストで容易に合成できますが、鉛による毒性の問題があります。そのため、非毒性元素を用いたペロブスカイト材料の開発が求められています。
今回、研究チームは「二重ペロブスカイト」と呼ばれる「A2BB'X6型」の化合物を対象として、A、B-B'、Xのそれぞれのサイトに各3種類、49種類、3種類の元素を当てはめることで、合計11,025個という膨大な数の組み合わせの化合物を選び出しました。そして「京」を用いることで、これらの化合物に対して第一原理計算[4]を実施し、元素戦略的な材料スクリーニングに基づいたマテリアルズ・インフォマティクス[5]手法により、ペロブスカイト太陽電池としてふさわしい適切な材料を効率よく探索しました。その結果、51個の低毒性元素だけからなる非鉛化材料の候補化合物を初めて発見しました。また、51個の候補化合物をB–B'の組合せに着目して周期表の族の組合せで分けたところ、規則性があることが分かりました。具体的には、①第14族-第14族、②第13族-第15族、③第11族-第11族、④第9族-第13族、⑤第11族-第13族、⑥第11族-第15族の6タイプに分類できました。
今後、本研究で構築した材料ライブラリをさらに拡充することで、より高効率な非鉛化ペロブスカイト太陽電池材料のシミュレーション設計につながるものと期待できます。
本研究は、米国の科学雑誌『The Journal of Physical Chemistry Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月19日付け)に掲載されました。
なお、本研究の計算は、文部科学省ポスト「京」重点課題5「エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発」における「新エネルギー源の創出・確保-太陽光エネルギー(課題番号:hp160202、hp170259)」と京調整高度化枠「超並列環境に資する分子科学計算ソフトウェアの研究開発(課題番号:ra000010)」として「京」の計算資源を用いて行われました。
※研究チーム
理化学研究所 計算科学研究機構 研究部門 量子系分子科学研究チーム
チームリーダー 中嶋 隆人(なかじま たかひと)
特別研究員 澤田 啓介(さわだ けいすけ)
背景
近年、次世代太陽電池の有望な材料として、ペロブスカイト結晶構造を持つ有機と無機のハイブリッド材料(ハイブリッド型ハライドペロブスカイト)が注目を集めています。そのエネルギー変換効率は、初めてペロブスカイト太陽電池が開発された2009年の3.8%から急激に上昇し、現在では22%を超えています。ハイブリッド型ハライドペロブスカイト太陽電池は、紫外可視領域での大きな吸収係数、高いキャリア[6]伝導、長い電子[6]-正孔[6]拡散長[7]、直接遷移ギャップ[8]といった優れた光学特性と電気特性を持っています。
代表的なハイブリッド型ハライドペロブスカイト太陽電池は、メチルアンモニウム鉛ヨウ素(MAPbI3、MA=CH3NH3)やホルムアミジン鉛ヨウ素(FAPbI3、FA=HC(NH2)2)といった鉛化ハロゲン化合物です。これらの化合物は低コストで容易に合成できますが、鉛による毒性の問題があります。そのため、非毒性元素を用いたペロブスカイト材料の開発が、環境や健康に優しい社会の実現に向けて求められています。
研究手法と成果
シミュレーションは実験と比べて、化合物中の元素置換を容易に実現します。そのため、既知の化合物中の元素を別の元素に置き換えて、新しい機能を持つ化合物を実験に先立って理論設計できます。そこで、研究チームはスーパーコンピュータ「京」を利用し、元素戦略的な材料スクリーニングに基づいたマテリアルズ・インフォマティクス手法により、非鉛化ペロブスカイト太陽電池の新しい材料の探索を試みました。
材料の探索には、元素戦略的な観点から「二重ペロブスカイト」と呼ばれる「A2BB'X6型」の化合物(図1)を対象としました。結晶構造中の中央部分に当たるAサイトには、有機分子のMA、FA、無機原子のセシウム(Cs)の3種類の陽イオンのどれか、正八面体の頂点にあたるXサイトにはヨウ素(I)、ホウ素(Br)、塩素(Cl)の3種類のハロゲン陰イオンのどれかが入るようにしました。そして正八面体の中心となるB/B'サイトには、図2の青色で示した第2族~第15族内の49種類の原子を網羅的に採用しました。すると、A2BB'X6型化合物の全組み合せ数は11,025個に上りました。
材料スクリーニングにあたって、まず11,025個の化合物に対し密度汎関数法[9]による第一原理計算を行い、得られた計算結果を材料データベースとしてライブラリ化しました。このデータベースには、(ア)結晶構造、(イ)全エネルギー、(ウ)直接遷移ギャップの値、(エ)間接遷移ギャップ[8]の値、(オ)最低遷移が直接型であるか間接型であるか[10]、(カ)価電子帯上端と伝導帯下端の位置[11]、(キ)電子・正孔有効質量[12]、(ク)毒性元素を含むか、(ケ)ペロブスカイト型を保持するかの情報が含まれます。
次に、構築したデータベースから非鉛化ペロブスカイト太陽電池の候補材料を探索するため、いくつかの基準に基づいて材料スクリーニングを実施しました。まず、光を効率よく吸収するペロブスカイトを選びました。高効率の光吸収半導体は1.3eVから1.7eVの間のバンドギャップ[13]を持つことが知られています。そこで、安定なペロブスカイト構造が得られた化合物のうち、第一原理計算によるバンドギャップが0.8eV(=1.3-0.5)から2.2eV(=1.7+0.5)の間のものを選び出しました。このとき、計算手法の精度から出る誤差を考慮して、実際のバンドギャップに対して0.5eVの幅を持たせました。また、直接遷移ギャップを持つ半導体は効率よく光を吸収し、薄い膜厚のセルを低コストで作製できることから、直接遷移ギャップを持つペロブスカイトを採用しました。
さらに、ペロブスカイト太陽電池ではエキシトン(励起子)[14]ではなく、自由電子と自由正孔としてキャリア伝導することが最近の研究から分かってきました。そこで、電子と正孔の伝導性が高いペロブスカイトを電子・正孔有効質量の値を使って絞り込みました(有効質量が小さいほど伝導性が高い)。また、図3のように半導体の電子と正孔は、電子輸送層と正孔輸送層を通って、それぞれ負極と正極に流れますが、半導体と輸送層の材料のバンドの位置が合致している方が流れやすくなります。そこで、伝導帯下端と価電子帯上端のバンドの位置が、電子輸送層の伝導帯下端と正孔輸送層の価電子帯上端にそれぞれ合うようなペロブスカイトを選び出しました。
最後に、毒性元素である鉛(Pb)、水銀(Hg)、カドミウム(Cd)、ヒ素(As)、タリウム(Tl)を含むペロブスカイトを除外しました。
以上のスクリーニングにより、11,025個の化合物の中から最終的に51個の低毒性非鉛化ペロブスカイト太陽電池の候補化合物を見つけました。これらの二重ペロブスカイト候補化合物はすべて、本研究により初めて発見されました。太陽電池として適切な51個の候補化合物を、B–B'の組合せに着目して周期表の族の組合せで分けると、規則性があることが分かりました。具体的には、①第14族-第14族、②第13族-第15族、③第11族-第11族、④第9族-第13族、⑤第11族-第13族、⑥第11族-第15族の6タイプに分類できました(図4)。
今後の期待
本研究の特徴は、スーパーコンピュータ「京」を用いたハイスループット・コンピューティングにより、11,025個という膨大な数の化合物の中から太陽電池として適切な材料の探索を実施した点にあります。
非鉛化ハライドペロブスカイト太陽電池の研究は最近始まったばかりです。本研究で提案した非鉛化ペロブスカイト太陽電池材料を作製するには、従来用いられている溶液塗布法や蒸着法に代わる新しい製造技術が必要になるかもしれません。また、いくつかの候補化合物に対しては、封入技術や化学的安定化技術によって酸化の問題も解決する必要があります。
51個の候補ペロブスカイトが実際に合成されて、太陽電池としての性能が評価されることを期待します。また、今回のスクリーニングで除外された二重ペロブスカイトの中にも、AサイトやXサイトを今回用いた原子や分子以外に置き換えることで高効率な太陽電池材料となる可能性を持った化合物もあります。
今後、本研究で構築した材料ライブラリを拡充することで、より高効率な非鉛化ペロブスカイト太陽電池材料のシミュレーション設計につながるものと期待できます。
原論文情報
- Takahito Nakajima, Keisuke Sawada, "Discovery of Pb-Free Perovskite Solar Cells via High-Throughput Simulation on the K Computer", The Journal of Physical Chemistry Letters, doi: 10.1021/acs.jpclett.7b02203
発表者
理化学研究所
計算科学研究機構 研究部門 量子系分子科学研究チーム
チームリーダー 中嶋 隆人(なかじま たかひと)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.スーパーコンピュータ「京」
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。 - 2.ペロブスカイト太陽電池
2009年に桐蔭横浜大学宮坂力教授のグループによって報告されたペロブスカイト結晶構造を持つ太陽電池。高いエネルギー変換効率を持ち、生産コストも低いため、次世代太陽電池として期待されている。 - 3.ペロブスカイト結晶構造
CaTiO3(灰チタン石)に代表される結晶構造。発見者のLev Perovskiの名前にちなんで名付けられている。典型的なペロブスカイト結晶構造ABX3は、図のような立方体構造を取り、Aサイトは立方体の各頂点、Bサイトは立方体の中心、Xサイトは各面心に位置している。
- 4.第一原理計算
物質を構成する原子や分子の電子の振る舞い(電子状態)を経験的な情報を使わずに求める計算。ミクロな世界を支配する量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を解くことにより、電子の振る舞いが明らかになる。 - 5.マテリアルズ・インフォマティクス
第一原理計算や大規模実験データなどの材料科学の手法と機械学習、人工知能、ビッグデータ解析などの情報科学の手法を融合することで、新規材料設計を従来よりも大幅に効率よく実現する手法。 - 6.キャリア、電子、正孔
半導体中ではキャリアと呼ばれる荷電粒子が動くことで電流が流れる。キャリアには、マイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ正孔の2種類がある。 - 7.電子-正孔拡散長
電子と正孔が再結合して消滅するまでの移動距離。 - 8.直接遷移ギャップ、間接遷移ギャップ
直接遷移ギャップは、価電子帯の頂上と伝導帯の底が同一の波数ベクトルの点に存在する半導体のバンドギャップ。間接遷移ギャップは、価電子帯の頂上と伝導帯の底が同じ波数ベクトルの点に存在しない半導体のバンドギャップ。直接遷移ギャップを持つ半導体は光を吸収しやすい。 - 9.密度汎関数法
量子力学の原理に基づいて、基底状態の分子や固体の電子状態を決定するための計算法の一つ。密度汎関数法では、電子密度から多体電子系の物理量が決定される。現在、計算化学や計算物理の分野で最も用いられている電子状態計算法である。 - 10.最低遷移が直接型であるか間接型であるか
最低遷移は、半導体中の電子の詰まったエネルギー準位のうち一番高い準位から一番低い空のエネルギー準位に電子が励起すること。最低遷移が直接遷移型であるか間接遷移型であるか分かれば、半導体が直接遷移ギャップ半導体であるか、間接遷移ギャップ半導体であるか判断できる。 - 11.価電子帯上端と伝導帯下端の位置
半導体の価電子帯の頂上のことを価電子帯上端、伝導帯の底のことを伝導帯下端と呼び、それらのエネルギー準位の値を指す。 - 12.電子・正孔有効質量
固体中の電子は見かけ上、真空中の自由電子の質量と異なる質量を持っているように観測される。この質量のことを電子有効質量と呼ぶ。正孔にも電子と同じように有効質量が存在する。有効質量が小さいほど、電子と正孔は高速に半導体中を伝導する。 - 13.バンドギャップ
原子が多数集まった物質では、電子の存在できるエネルギー準位は離散的なエネルギー帯(エネルギーバンド)となる。このエネルギー帯の間の電子が存在できない領域をバンドギャップと呼ぶ。一般的には、半導体や絶縁体において、電子の詰まった最も高いエネルギー帯(価電子帯)の頂上と、その上の空いているエネルギー帯(伝導帯)の底のエネルギー差のことを指す。 - 14.エキシトン(励起子)
電子と正孔がクーロン引力で弱く結合してペアを形成した状態の粒子。
図1 二重ペロブスカイト
A2BB'X6型の化合物は二重ペロブスカイトと呼ばれる。図中央のAサイト(水色と茶色の球)には有機分子のCH3NH3、HC(NH2)2、Cs原子の陽イオンのどれか、紫の球で表されるXサイトにはI、Br、Clのハロゲン陰イオンのどれかが入る。また、各正八面体の中心のB/B'サイト(紫/灰色)には、2種類の原子の陽イオンが入る。
図2 二重ペロブスカイトA2BB'X6型化合物の対象とした元素
A2BB'X6型の化合物において、周期表の青で網掛けした49元素をB/B'サイトとして採用したところ、全組合せ数は11,025個に上った。なお、緑のCsはAサイト、赤のCl、Br、Iのハロゲン原子はXサイトに入る。
図3 ペロブスカイト太陽電池のバンド準位ダイアグラム
ペロブスカイト半導体が光を吸収して発生した電子(e-)と正孔(h+)は、電子輸送層と正孔輸送層を通って、それぞれ負極と正極に流れる。その際、半導体と輸送層の材料のバンドの位置が合致している方が流れやすい。
図4 太陽電池にふさわしい51個の新たな候補ペロブスカイトとそのバンド端の位置
51個の候補化合物をB–B'の組合せに着目して周期表の族の組合せで分類すると規則性があり、次のような6タイプに分類できることが分かった。①第14族-第14族(16個)、②第13族-第15族(16個)、③第11族-第11族(7個)、④第9族-第13族(6個)、⑤第11族-第13族(4個)、⑥第11族-第15族(2個)。ちなみに左上図は、典型的な鉛を使用したハイブリッド型ハライドペロブスカイトであるメチルアンモニウム鉛ヨウ素MAPbI3。なお、グラフの各化合物の縦線の長さは、バンドギャップの大きさ(0.8~2.2eV)を表している。また、縦線の色は右下に示すように、AサイトとXサイトの組合せを表している。