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2018年5月29日

理化学研究所
東京大学

スキルミオン結晶の崩壊と再結晶化を直接観察

-次世代スピントロニクス応用への一歩-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームの于秀珍(ウ・シュウシン)チームリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科の横内智行博士課程3年生(研究当時)らの共同研究グループは、直径約1万分の1ミリサイズの磁気渦「スキルミオン[1]」の熱力学的非平衡状態[2]を、ローレンツ電子顕微鏡[3]を用いて直接観察することに成功しました。

本研究成果は、次世代スピントロニクス[4]の一つ、スキルミオンを用いた低消費電力の磁気メモリ素子などの実現に寄与すると期待できます。

今回、共同研究グループはまず、らせん磁性体[5]である鉄ゲルマニウム(FeGe)の薄片に外部磁場を加えながら、室温(27℃)から極低温(-267℃)まで急冷することで、スキルミオン結晶[1](六方晶系)を凍結させ、非平衡状態にしました。凍結されたスキルミオン結晶は非常に安定で、外部磁場をゼロにしても六方晶系の形を保ちました。この結晶に外部磁場を加えたところ、一部のスキルミオンが蒸発し、結晶中にランダムな欠陥ができました。さらに、磁場を強めるとやがてスキミルオンはばらばらになり、結晶は崩壊しました。また、磁場を弱めると、ばらばらだった孤立スキルミオンは再結晶化され、スキルミオン結晶とコニカル磁気構造[6]の混在構造に変化することが分かりました。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Physics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月28日付け:日本時間5月29日)に掲載されます。

1個のスキルミオン(左)、孤立スキルミオン(中)、スキルミオン結晶(右)の模式図の画像

図 1個のスキルミオン(左)、孤立スキルミオン(中)、スキルミオン結晶(右)の模式図

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
電子状態マイクロスコピー研究チーム
チームリーダー 于 秀珍(ウ・シュウシン)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
強相関量子構造研究チーム
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学 新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
特別研究員(研究当時) 森川 大輔(もりかわ だいすけ)
基礎科学特別研究員 柴田 基洋(しばた きよう)
統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわふ みたか)
(東京大学大学院 工学系研究科 准教授)

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻
助教 金澤 直也(かなざわ なおや)
博士課程3年生(研究当時) 横内 智行(よこうち ともゆき)
(現創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム 基礎科学特別研究員)

※研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究S「磁性体における創発電磁気学の創成(研究代表者:永長直人)」による支援を受けて行われました。

背景

次世代の低消費電力・高密度・不揮発性メモリ[7]素子の担体の一つとして期待されているのが、ナノスケールの電子スピンの渦である「スキルミオン」です。スキルミオンは、直径100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下と非常に小さく、トポロジカル粒子[8]として特徴づけられるため、一度生成すると準安定状態[9]のナノ粒子として、長い寿命を持つなど優れた特性を備えています。

近年、スキルミオンの研究は基礎物性から応用まで急速に進展しています。これまでの研究から、六方晶系の「スキルミオン結晶(SkX)」はらせん磁気秩序[10]温度(TC;5℃)直下の狭い温度範囲内において、外部磁場を加えることで形成されることが分かっています。このSkXは熱力学的平衡状態にあり、非常に安定しています。一方、TCより低い温度領域では、無磁場の場合は安定したらせん磁気構造となりますが、外部磁場を加えると、コニカル(円錐)磁気構造が安定するため、SkXが生成することは困難です。

磁気メモリ素子としての応用に向けては、広い温度・磁場範囲内におけるSkXの生成が望まれます。十倉グループディレクターらは2016年に、バルク状らせん磁性体内で熱力学的平衡状態にあるSkXを、磁場中で室温から極低温2K(-271℃)まで急冷し凍結させることに成功しています注1)。しかし、凍結されたSkXの安定性やさまざまな熱力学的非平衡現象については、よく分かっていませんでした。

そこで共同研究グループは、この非平衡状態のSkXの特性を調べるために、らせん磁性体である鉄ゲルマニウム(FeGe)中に「準安定スキルミオン結晶(準安定SkX)[11]」を形成し、その非平衡現象をローレンツ電子顕微鏡で直接観察することを試みました。

注1)2016年9月20日プレスリリース「室温スキルミオン格子の構造転移

研究手法と成果

共同研究グループはまず、集束イオンビーム[12]を用いて、らせん磁性体である鉄ゲルマニウム(FeGe)のバルク試料を薄く削り、厚さ約150nmの薄片を作製しました。次に、無磁場と磁場中において、FeGe薄片を室温300K(27℃)から6K(-267℃)まで、3度/秒の速度で薄片を急冷しました。その後、各温度において、外部磁場を変えながらローレンツ電子顕微鏡で薄片中のスピンテクスチャーを系統的に調べ、その相図を得ました(図1)。

無磁場で、FeGe薄片を室温から6K(-267℃)まで急冷した場合は、220K(-53℃)以下の低温において、低磁場ではらせん磁気構造、高磁場ではコニカル磁気構造が安定しましたが、SkXは現れませんでした。その薄片を220K(-53℃)以上に加熱すると、スキルミオンが磁場中に徐々に現れ、278K(5℃)のTC直下の50℃ぐらい温度範囲内に熱力学的平衡状態のSkXがかろうじて生成されました(図1の赤の領域)。

一方、FeGe薄片に垂直に100mTの磁場を加えて、室温から6K(-267℃)まで急冷した場合は、準安定SkXが広い温度・磁場範囲内(図1の薄いピンクの領域)で広がることが観察されました。さらに、外部磁場をこの範囲よりも強めると、スキルミオンのもう一つ形態のアモルファススキルミオン[13]が誘起されることが分かりました。

生成された準安定SkXはあたかも凍結されたように非常に安定で、100mTの外部磁場を取り除いても六方晶系の構造を保ちました(図2左)。この準安定SkXに420mT以上の強い磁場を加えると、SkX中にランダムな欠陥が誘起され、やがてスキルミオンはばらばらになり(孤立スキルミオン)、SkXが崩壊しました(図2中・右)。

また、外部磁場を弱めると(150mT)、一度ばらばらになった孤立スキルミオンは、自己組織化[14]により再結晶化すると同時に、スキルミオンの三角格子状構造とコニカル磁気構造の相分離現象が現れました(図3)。

今後の期待

スキルミオンは、従来の磁気メモリ素子として使われているナノ磁性体の「磁壁[15]」よりも数桁低い電流密度で駆動しうる、低消費電力の次世代高速演算素子や磁気メモリ素子として期待されています。熱力学的平衡状態のSkXよりも、非平衡状態のSkX(準安定SkX)は広い温度・磁場範囲で生成できることから応用展開が期待できます。

また、孤立スキルミオン相からSkX相の相転移を制御できれば、スキルミオンの相転移メモリ効果[16]も期待できます。本研究で得られた成果は、トポロジカル物性の原理・機構の解明やスキルミオンの応用に大きな役割を果たすと考えられます。

原論文情報

  • Xiuzhen Yu, Daisuke Morikawa, Tomoyuki Yokouchi, Kiyou Shibata, Naoya Kanazawa, Fumitaka Kagawa, Takahisa Arima and Yoshinori Tokura, "Aggregation and collapse dynamics of skyrmions in a non-equilibrium state", Nature Physics, 10.1038/s41567-018-0155-3

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チーム
チームリーダー 于 秀珍(ウ・シュウシン)

創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻
博士課程3年生(研究当時)横内 智行(よこうち ともゆき)
(現 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム
基礎科学特別研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.スキルミオン、スキルミオン結晶
    スキルミオンとは、渦状の模様を形成している電子スピンの集団構造(渦状スピン構造)のこと。スキルミオンの中心スピンと外周スピンは反平行であり、その間のスピンは少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。固体中の原子の周期的な配列と同じように、スキルミオンが固体中に格子状に規則的に配列している状態をスキルミオン結晶と呼ぶ。
  • 2.熱力学的非平衡状態
    エネルギー(熱)の変化に伴う相転移などの現象が現れ、系の状態を保つことができなくなる。この状態は熱力学的非平衡状態である。
  • 3.ローレンツ電子顕微鏡
    磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、ナノメートルオーダーの磁化状態の観察に適している。一般の電子顕微鏡では試料に約2テスラの磁場がかかる磁界型レンズが使われるため、強磁場中ではスキルミオンをはじめとする不安定なスピン構造を見ることはできない。これに対してローレンツ電子顕微鏡では、試料にかかる磁場をゼロから数百ミリテスラの間で制御できるため、スキルミオンの直接観察が可能となる。
  • 4.スピントロニクス
    エレクトロニクス(電子の電荷としての性質を利用した電子工学)の概念を拡張し、電子の持つスピンの性質を利用する電子工学。スピントロニクスとも呼ばれ、次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。
  • 5.らせん磁性体
    原子が作る一つの原子面内で一方向に配列した電子スピンが、原子面が変わるごとに少しずつ向きを変えてらせん状に配列しているスピン構造を持つ磁性体のこと。らせん回転の周期は数ナノメートルから数百ナノメートルまでさまざまである。らせん軸を含む投影面内のスピンの方向が、平行・反平行と交互に配列しているので、ローレンツ電子顕微鏡像はらせん周期と等しい縞模様となる。
  • 6.コニカル磁気構造
    らせん伝播ベクトルに垂直な外部磁場を加えると現れる、磁場方向に沿う非線形磁気構造のこと。コニカルは円錐を意味する。本研究で用いたローレンツ電子顕微鏡法でコニカル構造を観察する際、外部磁場方向と入射電子線方向は平行のため、像面上にコニカル磁気構造を反映するコントラストが現れない。
  • 7.不揮発性メモリ
    一度書き込まれた記憶情報が電源を切っても失われないメモリのこと。
  • 8.トポロジカル粒子
    連続変形しても特徴づけられている回転数(立体角)が変わらない性質を持つ位相体は、トポロジカル粒子と定義されている。本研究で取り扱っているスキルミオンが持っているトポロジカル量子数(電子スピンの回転数)はスキルミオンの形状に依存しない。すなわち、トポロジカルオブジェは連続不変と特徴づけられる。
  • 9.準安定状態
    外部刺激を与えず、長い寿命を持ち続けられる状態を安定状態という。準安定状態は本来に存在しない状態で、外部刺激(例えば、圧力、光、温度の変化とか)により励起された不安定の状態は準安定状態と呼ぶ。
  • 10.らせん磁気秩序
    結晶中の電子スピンが、特定の方向(伝搬ベクトル)に沿ってらせん状に配列している磁気構造をとった秩序状態はらせん磁気秩序と呼ぶ。
  • 11.準安定スキルミオン結晶(準安定SkX)
    熱力学的平衡状態で形成されたスキルミオン結晶(SkX)を急冷することより、従来らせん磁気構造やコニカル磁気構造が安定している温度領域でSkXを生成することができる。急冷したSkXは準安定状態であり、準安定SkXと呼ばれる。
  • 12.集束イオンビーム
    高いエネルギーを持つイオンビームは、電界レンズによりビーム径をサブマイクロメートル(1,000分の1mm以下)に絞ることができる。集束されたイオンビームを試料上に走査して、微細加工ができる。
  • 13.アモルファススキルミオン
    多くの無秩序なスキルミオンが物質中に散乱して状態のこと。
  • 14.自己組織化
    外部からちからを受けることなく、スキルミオン自身持っている内在的な特性を発揮して自発的に秩序的の状態を組み上げて行くこと。
  • 15.磁壁
    一般に磁性体の磁化状態は、磁化の向きが一様にそろった領域(磁区)が構成される。隣り合う磁区の境界は磁壁と呼ぶ。
  • 16.相転移メモリ効果
    一般的に電子構造や結晶構造の異なる状態は、電子相や結晶相と呼ばれる。相転移メモリ効果とは、異なる電子相や結晶相に誘起される異なる電磁性効果を制御することで、情報を書き込んだり読み取ったりするメモリ効果のこと。
無磁場と磁場中でFeGe薄片を急冷して観察されたスピンテクスチャーの相図の画像

図1 無磁場と磁場中でFeGe薄片を急冷して観察されたスピンテクスチャーの相図

  • 左: オレンジの点線は、らせん磁気構造とコニカル磁気構造の境界線、赤の領域は熱力学的平衡状態にあるSkX相を示す。無磁場で急冷した場合は、準安定SkX相は現れなかった。
  • 右: 磁場中(100mT)で薄片を急冷した場合は、広い範囲で薄ピンク色を示す準安定SkXが現れた。青の点線は強磁性相とアモルファススキルミオン(アモルファスSk)の境界を示す。熱力学的平衡状態にあるSkX相も、無磁場急冷の場合と同様に現れた。
ローレンツ電子顕微鏡法で観察された各磁場のSkXと孤立スキルミオンの図

図2 ローレンツ電子顕微鏡法で観察された各磁場のSkXと孤立スキルミオン

カラー粒子はスキルミオンを示し、右端のカラーホイルと矢印はスキルミオン中のスピンの方向を表している。黒色は薄片に垂直なスピンを示す。準安定SkXは非常に安定で、0mTでも六方晶状の構造を保っていたが、420mTの強い磁場をかけるとランダムな欠陥(黒の部分)が誘起され、さらに磁場を強めると(490mT)、スキルミオンはばらばらになり、結晶が崩壊した。

孤立スキルミオンの再結晶化の図

図3 孤立スキルミオンの再結晶化

左図の425mTの孤立スキルミオン(白いドット)の磁場を150mTまで弱めると、再結晶化(右図のスキルミオン三角格子)した。図中のSkXとCは、それぞれスキルミオン結晶とコニカル磁気構造を示している。

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