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2018年12月11日

理化学研究所

宇宙初期物質の小さなしずくを創成

-RHIC衝突型加速器で強い証拠を発見-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター理研BNL研究センター実験研究グループの秋葉康之グループリーダーが実験代表者を務めるPHENIX実験[1]国際共同研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の「RHIC衝突型加速器[2]」を用いて、陽子、重陽子、ヘリウム3(3He)の各原子核と金原子核(197Au)をそれぞれ衝突させた結果、「クォーク・グルーオン・プラズマ」と呼ばれる超高温・超高密度物質の“小さなしずく”が生成されたことを示す強い証拠を得ました。

本研究成果は、自然界に働く四つの基本的な力の一つである「強い相互作用[3]」や宇宙初期の状態の理解につながると期待できます。

金原子核のように大きな原子核同士を非常に高いエネルギーで衝突させると、原子核中の陽子や中性子が融合し、クォーク[4]グルーオン[5]からなるクォーク・グルーオン・プラズマが生成されます。

今回、PHENIX実験国際共同研究グループは、衝突エネルギー200GeV(ギガ電子ボルト、ギガは10億)で、陽子と金原子核、重陽子と金原子核、ヘリウム3と金原子核をそれぞれ衝突させる実験を行いました。その結果、全ての実験で「楕円フロー[6]」、「三角フロー[6]」と呼ばれるハドロン[7]の集団運動パターンが得られたことから、小さな原子核と大きな原子核の衝突においてもクォーク・グルーオン・プラズマが生成されることが強く示されました。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature Physics』のオンライン版(12月10日付け:日本時間12月11日)に掲載されます。

背景

原子の中心にある原子核は陽子と中性子で構成され、その陽子と中性子は、クォーク[4]グルーオン[5]と呼ばれる素粒子で構成されています。そして、それらの全ての粒子は、自然界に働く四つの基本的な力の一つである「強い相互作用[3]」によって強く結び付いています。しかし約2兆度という超高温下では、クォークやグルーオンがばらばらになった「クォーク・グルーオン・プラズマ」と呼ばれる超高密度のプラズマ状態が生成されます。

クォーク・グルーオン・プラズマは、約138億年前に起こった宇宙創成(ビッグバン)直後の数十万分の1秒の間、全宇宙を満たしていたと考えられています。その後、宇宙が冷えて、クォークやグルーオンは、陽子や中性子に凝縮し、今日の宇宙を作る物質(原子核や原子、それらの集まった星や惑星)ができ上がりました。

金原子核(197Au:陽子数79、中性子数118)のように大きな原子核同士を非常に高いエネルギーで衝突させると、原子核中の陽子や中性子が融合し、クォーク・グルーオン・プラズマが生成されます。これまで、「RHIC衝突型加速器」を用いた原子核衝突実験によりクォーク・グルーオン・プラズマが生成され、この物質は粘性が非常に低い「完全液体」であること注1)、温度が約4兆度の超高温物質であること注2)が分かっています(図1)。

今回、PHENIX実験国際共同研究グループは、クォーク・グルーオン・プラズマの性質や強い相互作用についての理解を深めるために、小さな原子核と大きな原子核を衝突させることでクォーク・グルーオン・プラズマが生成される条件を調べました。

研究手法と成果

原子核衝突実験で生成されたクォーク・グルーオン・プラズマは、一瞬のうちに消滅して多くのクォークとグルーオンからなる複合粒子(ハドロン)に分解してしまうため、直接観測することはできません。しかし、このハドロンの生成パターンを解析することにより、その源であるクォーク・グルーオン・プラズマの性質を調べることができます。特に重要なのは、「楕円フロー」および「三角フロー」と呼ばれる、ハドロンの集団運動パターンです。このパターンは、クォーク・グルーオン・プラズマの粘性が非常に低いために生み出されます(図2)。

PHENIX実験国際共同研究グループはRHIC衝突型加速器を用いて、2014年にヘリウム3原子核(3He:陽子数2、中性子数1)と金原子核(陽子数79、中性子数118)を衝突させる実験を、2015年に陽子と金原子核を衝突させる実験を、2016年には重陽子(陽子数2)と金原子核を衝突させる実験を、それぞれ衝突エネルギー200GeV(ギガ電子ボルト、ギガは10億)で行いました。

その結果、三つのどの衝突実験においても、ハドロン集団運動パターンの楕円フローと三角フローが観測されたことが分かりました(図3)。しかも、これらの楕円フローと三角フローの強度は、それぞれの衝突でクォーク・グルーオン・プラズマが生成されると仮定した場合の理論計算の値と極めて近いことが分かりました。これらの結果は、三つの衝突実験において確かにクォーク・グルーオン・プラズマが生成されたことを示す極めて強力な証拠です。

今後の期待

クォーク・グルーオン・プラズマは2兆度以上の超高温状態のため、溶鉱炉の中の溶けた鉄が輝くように光を放ちます。もしクォーク・グルーオン・プラズマが生成されていれば、高エネルギーの光が発生していると考えられます。実際に、2010年の金原子核同士の衝突実験や2015年の陽子と金原子核衝突実験では、まだ暫定的ではあるものの、高エネルギーの光が観測されています。今後、この光の観測結果が確実なものとなれば、陽子と金原子核の衝突によるクォーク・グルーオン・プラズマの生成が一層確固たるものとなります。

クォーク・グルーオン・プラズマは、自然界に存在する四つの基本的な力である「重力」「電磁気力」「弱い相互作用」「強い相互作用」のうち、「強い相互作用」を理解する上で欠かせない存在です。さらに、宇宙創世期には、全宇宙がこの超高温・超低粘度の物質で満たされていたと考えられています。クォーク・グルーオン・プラズマの“小さなしずく”が作られたことを強く裏付ける今回の研究成果は、「強い相互作用」の理解と、宇宙初期の状態の理解に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • C. Aidala, Y. Akiba他PHENIX実験国際共同研究グループ, "Creation of quark-gluon plasma droplets with three distinct geometry", Nature Physics, 10.1038/s41567-018-0360-0

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 理研BNL研究センター 実験研究グループ
グループリーダー 秋葉 康之(あきば やすゆき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.PHENIX実験
    RHIC衝突型加速器に設置された同名の装置(PHENIX Detector)を用いて実施されている実験。世界14カ国から78研究機関、約500名が参加する国際共同研究グループ(PHENIX Collaboration)によって運営されている。重イオン衝突で生み出される超高温・高密度クォーク・グルーオン・プラズマの研究や、偏極陽子衝突反応による陽子の内部構造の研究が行われており、日本からは理研、東京工業大学、京都大学、立教大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、筑波大学、広島大学、高エネルギー加速器研究機構、長崎総合科学大学、奈良女子大学の11機関が参加している。PHENIXはthe Pioneering High Energy Nuclear Interaction eXperimentの略。
  • 2.RHIC衝突型加速器
    米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある衝突型加速器で、二つの独立な超電導加速リングを持ち、陽子から金原子核までの原子核のさまざまな粒子をほぼ光速まで加速し、衝突させることができる。全周は約3,800m。2000年からさまざまな粒子の組み合わせの衝突実験を行っている。RHICはRelativistic Heavy Ion Colliderの略。
  • 3.強い相互作用
    自然界に働く力(相互作用)には重力、電磁気力、強い力、弱い力の4種類があり、それぞれ力を伝える粒子の種類が異なる。強い相互作用は、非常に短距離(数100兆分の1メートル)でしかその作用は及ばないものの、4種類の中で最も強い力である。この力はエネルギーによって異なった表れ方をする。低エネルギー領域では核力(原子核を束縛させている力)と呼ばれ、力を伝える主役はπ中間子であるのに対し、高エネルギー領域では量子色力学(QCD)で記述され、力を伝える主役はグルーオンである。
  • 4.クォーク
    物質を構成する最も基本的な構成要素。アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)の6種類がある。
  • 5.グルーオン
    物質を構成する最も基本的な構成要素。クォーク、反クォーク間の強い相互作用を媒介する粒子。クォークとグルーオンの相互作用を決めている法則を量子色力学(QCD)という。
  • 6.楕円フロー、三角フロー
    高エネルギーの原子核衝突では、生成する粒子のビーム軸の周りの方位角分布が一様ではない。この方位角分布のパターンのうち、楕円状のものを楕円フロー、三角形状のものを三角フローと呼ぶ。こうしたフローパターンは、クォーク・グルーオン・プラズマの粘性が非常に低いために生じる。
  • 7.ハドロン
    クォークとグルーオンからなる複合粒子をハドロンと呼ぶ。陽子や中性子はハドロンの一種で、三つのクォークとそれを結びつけるグルーオンからなる。
RHIC衝突型加速器の図

図1 RHIC衝突型加速器

世界初の重イオン衝突型加速器で、世界唯一の偏極陽子衝突型加速器。米国ニューヨーク州、ブルックヘブン国立研究所(BNL)内にある。写真提供:BNL

ヘリウム3原子核と金原子核の衝突の理論計算シミュレーションの図

図2 ヘリウム3原子核と金原子核の衝突の理論計算シミュレーション

左から衝突の1fm/c後、1.7fm/c後、3.2fm/c後の粒子の方位角分布を示す。1fm(フェムトメートル)は1000兆分の1メートル。1fm/cは光が1fmを通過する時間で、1兆分の1の3000億分の1秒。色は温度を表し、暗い赤色ほど高温で高密度である。クォーク・グルーオン・プラズマの粘性がほぼゼロのため、衝突直後の三角形状の分布が、右図のような三角形状の集団運動パターンである三角フローを生み出す。

PHENIX実験で観測されたハドロンの楕円フロー強度(左)と三角フロー強度(右)の図

図3 PHENIX実験で観測されたハドロンの楕円フロー強度(左)と三角フロー強度(右)

二つのグラフは、陽子と金原子核、重陽子と金原子核、ヘリウム3原子核と金原子核の各衝突実験において、それぞれハドロンの楕円フローと三角フローが生成されたことを示している。左の縦軸V2は楕円フロー強度、右の縦軸V3は三角フロー強度を表す。

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