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2019年1月15日

理化学研究所

性ホルモン産生酵素が個人の性格・気質に関連する

-脳内アロマターゼ量は攻撃性、協調性と相関する-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター健康・病態科学研究チームの渡辺恭良チームリーダー、高橋佳代上級研究員らの共同研究グループは、脳内で発現する女性ホルモン産生酵素「アロマターゼ[1]」の発現量がヒトの性格の個人差に関連することを、陽電子放射断層画像法(PET)[2]による脳画像解析で明らかにしました。

本研究成果は、ヒトの性格・気質を生み出す生物学的基盤の理解や、社会性に問題を抱える発達障害[3]の症状改善方法の探索に貢献すると期待できます。

今回、研究グループは、健常男性11名と健常女性10名を対象に、女性ホルモン産生酵素のアロマターゼに特異的に結合する化合物[11C]Cetrozole[4]を使用して、脳内アロマターゼの分布と量をPETで測定しました。またその際、質問紙を用いて個人の攻撃性と協調性などの性格・気質を測定しました。その結果、女性においては扁桃体[5]におけるアロマターゼ量が多いほど攻撃性が高く、男性・女性ともに視床[6]におけるアロマターゼ量が多いほど協調性が低いことが示されました。これにより、ヒトの性格と脳内のアロマターゼ量の関連性が示され、それには性差があるものと両性共通のものがあることが分かりました。

本研究は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』(11月15日号)に掲載されました。

男女ともに視床(黄の部分)での脳内アロマターゼ量が高い人は、協調性スコアが低いの図

図 男女ともに視床(黄の部分)での脳内アロマターゼ量が高い人は、協調性スコアが低い

※共同研究グループ

理化学研究所
生命機能科学研究センター
健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
副チームリーダー 和田 康弘(わだ やすひろ)
上級研究員 高橋 佳代(たかはし かよ)
技師 尾上 嘉代(おのえ かよ)
分子標的化学研究チーム
チームリーダー 細谷 孝充(ほそや たかみつ)
標識化学研究チーム
チームリーダー 土居 久志(どい ひさし)
ライフサイエンス技術基盤研究センター(研究当時)
高橋 和弘(たかはし かずひろ)
高島 忠之(たかしま ただゆき)
田沢 周作(たざわ しゅうさく)

大阪市立大学大学院 医学研究科 システム神経科学
講師 田中 雅彰(たなかま さあき)
病院講師 石井 聡(いしい あきら)
研究員 中富 康仁(なかとみ やすひと)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「脳内ステロイド系とヒトの感情の関連性についてのPET研究(研究代表者:高橋佳代)」、同基盤研究C「神経内分泌系とヒトの気質・性格の関連性についてのPET研究(研究代表者:高橋佳代)」による支援を受けて行われました。

背景

男性ホルモン(アンドロゲン)と女性ホルモン(エストロゲン)は、性差の決定に関わるホルモンです。これらは男性だけ、あるいは女性だけが持つのではなく、両方の性ホルモンは適切な時期に適量でそれぞれの性において産生されています。男性ホルモンを女性ホルモンに変換する酵素「アロマターゼ」は、体内のさまざまな部位で発現し、血流によって運ばれてくる男性ホルモンを基質として、局所的に女性ホルモンを産生しています。

アロマターゼは脳でも発現しており、アロマターゼ遺伝子を欠失させたマウスの実験から、アロマターゼが攻撃行動や抑うつ様行動に関わっていることが示されています注1)。また、ヒトの死後脳を調べた研究で、脳内のアロマターゼが、社会性に障害を持つ自閉症スペクトラム[3]などの発達障害に関わっていることも示されています注2)。しかし、攻撃性を含むヒトの性格・気質と脳内アロマターゼの関連性を、生きているヒトで調べた研究はこれまでありませんでした。

陽電子放射断層画像法(PET)は、生体内の分子の挙動を定量的に可視化・解析する方法です。アロマターゼに対するPETプローブ[2]はこれまでにも開発されていましたが、体内で分解された産物による非特異的なシグナルが生じるため詳細な観察が困難でした。そこで研究グループは、アロマターゼと特異的に結合する阻害剤を改変した新たなPETプローブ[11C]Cetrozoleを開発しました。2014年にサルを対象にした研究により、[11C]Cetrozoleは脳内のアロマターゼを解析するための十分な特異性を持っていることが確かめられました注3)。今回の研究では、[11C]Cetrozoleを用いた臨床研究を行い、ヒトの性格・気質と脳内アロマターゼの関連性について調べました。

  • 注1) Honda, S., Harada, N., Ito, S., Takagi, Y. & Maeda, S. Disruption of sexual behavior in male aromatase-deficient mice lacking exons 1 and 2 of the cyp19 gene. Biochem. Biophys. Res. Commun. 252, 445–449 (1998).
  • 注2) Sarachana, T., Xu, M., Wu, R. C. & Hu, V. W. Sex hormones in autism: androgens and estrogens differentially and reciprocally regulate RORA, a novel candidate gene for autism. PlOS ONE 6, e17116, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0017116 (2011).
  • 注3) Takahashi, K. et al. 11C-Cetrozole: An Improved C-11C-Methylated PET Probe for Aromatase Imaging in the Brain. J. Nucl. Med. 55, 852–857 (2014),

研究手法と成果

臨床研究は、健常男性11名(平均年齢31.7 ± 8.1歳)と健常女性10名(同34.7 ± 6.4歳)を対象に行いました。まず被験者には、攻撃性を測定する質問紙「Buss-Perry攻撃性質問紙[7]」およびパーソナリティを構成する気質・性格を測定する質問紙「日本語版Temperament and Character Inventory[8]」に回答してもらい、個人の攻撃性および気質・性格をスコア化しました。次に、被験者に[11C]Cetrozoleを投与し、PETスキャナ内で脳内の[11C]Cetrozoleのシグナルと、頭部の形態画像を同時に撮像しました。

得られた画像を解析し、脳内のアロマターゼの分布と量を計算した結果、視床、視床下部[6]、扁桃体、延髄[9]の各部位で、高いアロマターゼ量を観察しました(図1)。全体的な傾向として、男性の脳内アロマターゼ量は女性に比べてやや高い数値を示しましたが、各部位における分布と量に性差はほとんど見られませんでした。

続いて、脳内アロマターゼ量と、攻撃性および性格・気質のスコアの関連性を調べました。その結果、女性においては左の扁桃体におけるアロマターゼ量と攻撃性に関連性が見られ、アロマターゼ量が多いほど攻撃性が高いことが示されました(図2)。扁桃体が攻撃性に関わることは動物実験で明らかにされており、ヒトの女性でも同様のメカニズムが働いていることが示されました。一方で、男性ではそのような結果は見られませんでした。

また、男性・女性ともに視床におけるアロマターゼ量と協調性に関連が見られ、男性・女性とも視床のアロマターゼ量が多いほど協調性が低いことが示されました(図3)。これらの結果から、ヒトの性格と脳内のアロマターゼ量の関連性には、性差があるものと両性共通のものがあることが分かりました。

今後の期待

脳内アロマターゼ量を含め、性ホルモン系には個人差があることが知られています。ヒトの個性に性ホルモン系が関わっていることを示した今回の結果は、ヒトの気質・性格の個人差を理解するための手がかりの一つとなります。また、社会性に問題を抱える自閉症スペクトラムとアロマターゼの関連について、PETを用いた今回の研究手法が、自閉症スペクトラムのメカニズムの解明や症状を改善する方法の探索に応用できる可能性があります。

脳の性差については形態的、機能的な面から古くから議論されていますが、現在も明確な結論は出ていません。今回の研究では、同じアロマターゼが関わる性格・気質の個人差でも、性差のあるメカニズムと性差のないメカニズムがあることを示しました。今後、脳内の性ホルモンと個人の特性、性差との詳細な関係が明らかになることが期待できます。

原論文情報

  • Kayo Takahashi, Takamitsu Hosoya, Kayo Onoe, Tadayuki Takashima, Masaaki Tanaka, Akira Ishii, Yasuhito Nakatomi, Shusaku Tazawa, Kazuhiro Takahashi, Hisashi Doi, Yasuhiro Wada, Yasuyoshi Watanabe, "Association between aromatase in human brains and personality traits.", Scientific Reports, 10.1038/s41598-018-35065-4

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
上級研究員 高橋 佳代(たかはし かよ)

お問い合わせ先

理化学研究所 生命機能科学研究センター センター長室 報道担当
山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax:078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.アロマターゼ
    アロマテースとも呼ばれる。男性ホルモン(アンドロゲン)を女性ホルモン(エストロゲン)に変換する酵素。女性では特に、副腎で作られるアンドロゲンをエストロゲンに変換する作用があり、閉経後乳がんのホルモン療法としてアロマターゼ阻害剤が用いられる。
  • 2.陽電子放射断層画像法(PET)、PETプローブ
    陽電子を放出する陽電子放出核種(放射性同位体の一種)で標識した分子(PETプローブ)を体内に注入し、その集積を非侵襲的に(体を傷つけずに)3次元画像化し定量する分子イメージング法の一つ。PETはPositron Emission Tomographyの略。
  • 3.発達障害、自閉症スペクトラム
    発達障害は、脳の先天的な機能障害に起因して症状が現れる。自閉症スペクトラムは、対人コミュニケーションの障害と繰り返し行動、興味や関心のこだわりの強さを特徴とする発達障害の一つ。
  • 4.[11C]Cetrozole
    乳がん治療薬として開発されたアロマターゼ阻害剤YM511をもとに、理研がPETプローブ化したもの。炭素の放射性同位体11Cで標識されている。
  • 5.扁桃体
    情動(嫌だ、楽しい、報酬をもらって嬉しいなど)の記憶に関わる脳の領域。また、本能的な好き・嫌いの判断をすることも知られている。
  • 6.視床、視床下部
    視床は脳内の深部に位置し、視覚や聴覚、触覚、味覚など、嗅覚以外の外界からの感覚情報を大脳皮質へ送る中継地点となる。視床下部は、末梢性自律神経や内分泌活動、睡眠度など、さまざまな体内の活動を調節する最高中枢。
  • 7.Buss-Perry攻撃性質問紙
    感情表現に関する質問への回答から、個人の攻撃性を測定するためのもの。「意見が対立したときは、議論しないと気がすまない」など24項目の質問に、まったくあてはまらない(1点)から、非常によくあてはまる(5点)までの5段階の回答により評価する。
  • 8.日本語版Temperament and Character Inventory
    米国の心理学者・遺伝学者Cloningerによるヒトの気質と性格モデルに基づいて開発された質問紙。「自分の経験や感情を自分の中にしまいこむよりオープンに友達と話し合うことが好きだ」など125項目の質問に、全く違う(1点)から、よくあてはまる(4点)までの4段階の回答により評価する。
  • 9.延髄
    脳幹を構成する器官の一つ。生命の維持に関わる呼吸や体温調整、血液循環などの維持を担い、進化の過程において最も古くからある脳部位。
アロマターゼのヒト脳での分布の図

図1 アロマターゼのヒト脳での分布

[11C]CetrozoleによるPET撮像で得られた典型的な画像(女性)。アロマターゼの局所的な濃度を示す[11C]Cetrozoleの高い集積を暖色系の疑似カラーで表現し、MRI画像(モノクロ)と重ねた。視床、扁桃体などに高い集積が見られる。

脳内アロマターゼ量と攻撃性に関連がある脳部位の図

図2 脳内アロマターゼ量と攻撃性に関連がある脳部位

脳内アロマターゼ量と攻撃性スコアの相関を統計的な手法を用いて解析した結果、女性の左の扁桃体におけるアロマターゼ量が高いほど攻撃性が高いことが分かった。左グラフ上の赤点は、個々の女性被験者を示す。この相関が最も高い(T値が大きい)領域を、右図のMRI画像の上に示したのが白色の部分(左扁桃体)である。

脳内アロマターゼ量と協調性に関連がある脳部位の図

図3 脳内アロマターゼ量と協調性に関連がある脳部位

脳内アロマターゼ量と協調性スコアの相関を統計的な手法を用いて解析した結果、男女ともに視床におけるアロマターゼ量が高いほど協調性が低いことが分かった。左グラフ上の赤点は、女性被験者を、青点は男性被験者を示す。この相関が最も高い(T値が大きい)領域を、右図のMRI画像の上に示したのが黄色〜白色の部分(視床)である。

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