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2019年2月11日

理化学研究所
科学技術振興機構
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

ジルコニウム奇数同位体の特異的イオン化法を開発

-放射性廃棄物の減量・資源化に向けてさらに前進-

理化学研究所(理研)光量子工学研究センターアト秒科学研究チームの藤原孝成研究員、小林徹専任研究員、緑川克美チームリーダーの研究チームは、ジルコニウム(Zr)に対して「レーザー偶奇分離法[1]」を適用し、従来提案されていた電子状態に比べて、奇数質量数の同位体[2]イオン化効率[3]を約30倍増大させる電子状態を発見しました。

本研究成果は、既に進展が報告されているパラジウム(Pd)のレーザー偶奇分離と合わせて、放射性廃棄物の減量・資源化の実現に向けたレーザー偶奇分離技術を大きく前進させるものと期待できます。

原子力発電所の使用済み核燃料を再処理した際に発生する「高レベル放射性廃棄物」には、核分裂生成物としてジルコニウムやパラジウムなどの有用元素が含まれています。このうちジルコニウムには、半減期の長い放射性同位体の93Zrと5種類の安定同位体(90Zr、91Zr、92Zr、94Zr、96Zr[4])が存在するため、ジルコニウムを資源化するには、93Zrを分離除去する必要があります。しかし、従来提案されている電子状態ではイオン化効率が低いという課題があり、それがジルコニウムへのレーザー偶奇分離法応用の障壁となっていました。

今回、研究チームは、ジルコニウムの高効率イオン化の実現を目標に、広範なエネルギー領域にわたる分光探査を行った結果、イオン化効率を従来法に比べて約30倍増大させる新しい電子状態を発見しました。

本研究は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』の掲載に先立ち、オンライン版(2月11日付け)に掲載されます。

※研究支援

本研究は、総合科学技術・イノベーション会議により制度設計された革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化(プログラム・マネージャー藤田玲子氏)」の支援を受けて行われました。

背景

「高レベル放射性廃棄物」とは、原子力発電所の使用済核燃料からウラン(U)とプルトニウム(Pu)を分離・回収した残余物のことで、核分裂生成物としてジルコニウム(Zr、原子番号40)やパラジウム(Pd、原子番号46)といった種々の有用元素が含まれています。その量は、高レベル放射性廃棄物1トン(1,000kg)当たり、ジルコニウムは3.6kg、パラジウムは1.3kgに達します。

資源化を目的にジルコニウムを化学的に分離回収しても、それには半減期の長い放射性同位体(長寿命核分裂生成物、LLPF[5])の93Zrが含まれています。したがって、ジルコニウム安定同位体(90Zr、91Zr、92Zr、94Zr、96Zr)を資源化するためには、93Zrを分離除去する必要があります。しかし、同位体は化学的性質に違いがないため、化学的手法で特定の同位体だけを分離抽出することは不可能です。また、イオン化によって特定の同位体だけを分離する方法として1970年代に開発された「レーザー同位体分離法[6]」は、ジルコニウムのように同位体シフト[7]の小さな元素には適用できません。

この問題を解決するため、1975年にロシアのレベデフ物理学研究所のゼルドヴィチとソーベルマンが、核スピン[8]を持つ同位体を選択的に光励起できることを提案しました。それをもとに開発された「レーザー偶奇分離法」では、照射するレーザーの偏光[9]を制御することで、核スピンを持たない偶数質量数の同位体は励起イオン化されないため、核スピンを持つ奇数質量数の同位体(91Zrと93Zr)を選択的に励起イオン化することができます。この場合、目的の93Zrと同時に91Zrもイオン化されますが、それ以外の偶数質量数の同位体は資源化が可能です。

実際に、レーザー偶奇分離法のジルコニウムへの適用は、1993年にカナダ電力公社のグリーンらによって初めて報告され、後に福井大学の仁木らによって新たな提案がなされました。しかし、いずれの報告においても、原理的にはレーザー偶奇分離法の有効性は実証されましたが、その複数の電子遷移過程におけるそれぞれの遷移強度が小さいため全体の励起イオン化効率が低くイオン収量が少ないという課題があり、まだ実用化には至っていません。

そこで、研究チームは、広い範囲にわたるエネルギー領域で分光探査を行い、ジルコニウムの奇数質量数の同位体の選択的イオン化効率を上げることを試みました。

研究手法と成果

レーザー偶奇分離法では複数のレーザーにおいて励起させる必要があるため一般的な分光測定器では解析することができません。また、ジルコニウムの多くの電子準位について、その電子配置が分光学的に解析されていないのが現状です。このような状況で、従来のレーザー偶奇分離法による励起イオン化スキームは、図1に示すような電子状態を経由する4段階のレーザー励起によって実現されるものでした。

そこで、研究チームは、

という2つの分光学的考察に基づき、イオン化エネルギー(53,506.0cm-1)の上下にわたる広いエネルギー領域で、イオン化効率と奇数質量数同位体(91Zr)イオンの分離係数[13]の両者を判定基準とした4レーザー分光探査の実験系を構築し解析を行いました。

その結果、第3電子励起状態の有力候補として、エネルギー49,551cm-1と51,848cm-1に新たな電子状態(J=0)を発見しました。両者ともにイオン化エネルギーよりも低いため、自動イオン化準位ではありませんが、高い分離係数(β)を与える前者(β=2.46×10391Zr=99.7%)のイオン化効率は従来比17倍で、後者(β=575、91Zr=98.6%)のイオン化効率は約30倍にのぼることが分かりました(図2)。従来の励起イオン化スキームに比べて高いイオン化効率と分離係数を与えることから、ジルコニウムの効率良いレーザー偶奇分離法適用の第1候補となります。

図3は、新しい励起イオン化スキームによって生成された91Zrイオンの質量スペクトル[14]を、全てのジルコニウム同位体を非選択的にイオン化した場合と比較したものです。放射性同位体93Zrは、本研究で用いた試料中には含まれないため、天然に存在する奇数質量数の同位体91Zrイオンだけがスペクトル中に現れていますが、原理的にはジルコニウムを資源化するために分離除去しなければならない放射性同位体93Zrに対しても本法は適用できます。

今後の期待

本研究により、従来のレーザー偶奇分離法を改良することで、ジルコニウムの奇数質量数同位体の選択的イオン化効率を大幅に向上できることが実証されました。レーザー偶奇分離技術の実用化に向けて、今後、単位時間当たりの処理量のさらなる増大が求められます。そのためには、より多くの試料原子にレーザー光を照射するための技術の開発、特に照射レーザー出力の向上が望まれます。

研究チームでは、セレン(Se)など他の長寿命放射性同位元素についても、効率良いレーザー励起イオン化方法の検討を行っています。

藤田玲子プログラム・マネージャーのコメント

藤田 玲子プログラム・マネージャーの写真

ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を分離回収し、核変換を行うことにより、廃棄物をリサイクルして資源化する日本独自の方法を提示することを目指しています。

既にパラジウムのレーザー偶奇分離法の開発成果を報告していましたが、今回、リサイクルのできるジルコニウムについてもイオン化効率を上げる電子状態を発見したことにより、偶奇分離技術の実用化の可能性が高まりました。ジルコニウムもパラジウムと同様に、核変換せずに放射性核種を除くことができると期待できます。これは、医療用材料の加速器による製造の前処理プロセスに応用できるとともに、放射性廃棄物の資源化に向けて大きな一歩となる成果です。

原論文情報

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター アト秒科学研究チーム
チームリーダー 緑川 克美(みどりかわ かつみ)
専任研究員 小林 徹(こばやし とおる)
研究員 藤原 孝成(ふじわら たかしげ)

緑川 克美チームリーダーの写真 緑川 克美
小林 徹専任研究員の写真 小林 徹
藤原 成研究員の写真 藤原 孝成

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※上記の[at]は@に置き換えてください。

補足説明

  • 1.レーザー偶奇分離法
    照射するレーザーの偏光を制御することで、核スピンを持たない偶数質量数の同位体と核スピンを持つ奇数質量数の同位体を分離する方法。
  • 2.同位体
    同じ原子番号(=陽子の数)を持つ元素の原子で、原子の質量数(陽子の数+中性子の数)が異なるもの。同位体同士は電子の数も等しく、互いの化学的性質はほとんど同じであり、化学的手法で分離することは困難である。
  • 3.イオン化効率
    複数のレーザー光によるジルコニウムのイオン化効率は、各励起ステップの光吸収強度に依存する。光吸収強度の大きな電子状態の探査が、今回の研究の大きな目標であった。
  • 4.96Z
    天然に存在する放射性同位体だが、その半減期は極端に長いため安定同位体と同様に安全であると考えられている。
  • 5.長寿命核分裂生成物(LLFP)
    半減期が長い放射性同位体のこと。原子力発電所の使用済核燃料を再処理した残りの高レベル放射性廃棄物には、79Se(半減期:29.5万年)、93Zr(153万年)、99Tc(21.1万年)、107Pd(650万年)、126Sn(10万年)、129Ⅰ(1,570万年)、135Cs(230万年)などが含まれている。
  • 6.レーザー同位体分離法
    同位体の吸収波長の違いを利用して、特定の同位体だけをレーザー光で励起・イオン化して分離抽出する方法。
  • 7.同位体シフト
    同位体ごとの吸収波長の違いのこと。ジルコニウムやパラジウムの同位体シフトは小さいため、スペクトル線幅の大きな市販のレーザーを使用した同位体分離は困難である。
  • 8.核スピン
    原子核の全角運動量のことで、原子核を構成している核子(陽子と中性子)の角運動量の合計となる。
  • 9.偏光
    光などの電磁波は、互いに直交する電界と磁界の振動によって伝播するが、電界や磁界の振動方向に規則性を持つ状態を偏光と呼び、振動方向が一定の場合を「直線偏光」と呼ぶ。
  • 10.電子遷移強度
    電子が電子状態間を遷移する確率に相当し、光吸収強度に対応するもの。
  • 11.連続イオン化状態
    イオン化エネルギー以上の高エネルギー電子状態のうち、特定の電子準位として帰属されず連続分布する電子状態のこと。
  • 12.自動イオン化準位
    イオン化エネルギー以上の高エネルギー電子状態のうち、離散的な電子準位のこと。この状態に励起された原子は、自発的に電子を放出してイオン化する。
  • 13.分離係数
    処理前の組成に対して処理後の組成がどの程度変化しているかを表す数字。この数字が大きいほど、着目している成分が濃縮されていることになる。本文中で示されている分離係数(β)は、ヘッド分離係数とも呼称される。分離係数は電子状態の「純粋さ」を示すもので、必ずしも遷移確率(遷移強度)の大きさと一致しない。
  • 14.質量スペクトル
    レーザー照射によって生成したイオンについて、質量数に対するイオン強度を図示したもの。本研究では、同位体イオンの質量の違いが検出器への到達時間の違いとして検出される飛行時間型質量分析器を使用した。
ジルコニウムの奇数質量数同位体(91Zr)の励起イオン化スキームの図

図1 ジルコニウムの奇数質量数同位体(91Zr)の励起イオン化スキーム

ジルコニウムのレーザー偶奇分離法は、ω1、ω2、ω3、IRの4段階のレーザー励起によるイオン化スキームで実現される。従来報告されていた第3電子状態(J=0)のエネルギーは52604.5cm-1(A)であったが、今回エネルギー51848.2cm-1(B)に発見した第3電子状態(J=0)への遷移強度は(A)に比べて約30倍である。左側の電子配置のうち[Kr]は、Zrの閉殻部分であるクリプトン(Kr)の電子配置を示している。

91Zrの選択的励起イオン化の探査で測定されたレーザーイオン化スペクトルの一部の図

図2 91Zrの選択的励起イオン化の探査で測定されたレーザーイオン化スペクトルの一部

赤線は、91Zrだけがイオン化されているスペクトル線である。49551cm-1のピークは分離係数β=2460(91Zr>99.7%)で、イオン化効率は従来比17倍であるのに対し、51848cm-1のピークはβ=575(91Zr>98.6%)で従来比30倍を実現した。

非選択励起と選択的励起によるジルコニウム同位体イオンの質量スペクトルの図

図3 非選択励起と選択的励起によるジルコニウム同位体イオンの質量スペクトル

赤線は非選択的イオン化の場合、青線は奇数同位体の選択的イオン化の場合に生成するイオンの質量スペクトルを示す。選択的イオン化の場合、天然に存在する91Zrのみがイオン化されたことがはっきりと見てとれる。

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