理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発現象観測技術研究チームの原田研上級研究員、大阪府立大学大学院工学研究科の森茂生教授らの共同研究チームは、磁性材料中の磁区[1]と磁壁[1]を同時に、かつ焦点の合った高い空間分解能で観察できる新しいローレンツ電子顕微鏡法[2]を開発しました。
本研究成果は、磁性材料の持つ磁化情報を余すところなく観察可能にするもので、今後、磁性体試料や磁性素子などの開発に貢献すると期待できます。
従来、磁性体試料中のナノスケール(1ナノは10億分の1メートル)の磁区構造を観察するには、ローレンツ顕微鏡法が用いられてきました。ローレンツ顕微鏡法には、焦点を外して磁壁を観察する「フレネル法[3]」と、磁化により進行方向に変化(偏向)を受けた電子線を選別して磁区を観察する「フーコー法[4]」があります。しかし、フレネル法では空間分解能が劣る、フーコー法では全方位の磁化情報を得られないといった欠点があります。
今回、共同研究チームは透過電子顕微鏡を用いて、磁性体試料に「ホロコーン照明[5]」を行うとともに、フーコー法による磁区観察技術を合わせて、焦点が合った状態で、光軸を中心に試料からの全方位にわたる磁化情報を結像できる「ホロコーン・フーコー法」を開発しました。この手法により、磁区と磁壁を同時に、かつ焦点のあった高い分解能で観察することに成功しました。 本研究成果は、応用物理学会の速報雑誌『Applied Physics Express』のアクセプト版(2月7日付)、オンライン版(3月13日付)に掲載されました。
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(B)「単一電子による電子波干渉の遡及計測(研究代表者:原田研)」による支援を受けて行われました。
背景
汎用型の透過電子顕微鏡において、磁性体材料の磁化分布や誘電体の分極構造などは、電子線にとっては弱散乱体であり、観察の難しい対象です。そこで、電子線ホログラフィーや位相板を用いる位相差顕微鏡法、走査型透過顕微鏡を用いる微分位相コントラスト法など、複数の手法が開発されています。しかし、それぞれに特別な付加装置を用いる必要があり、広く普及するには至っていません。
このような状況において、透過電子顕微鏡を用いて磁性材料の磁化分布を観察する手法としてローレンツ電子顕微鏡法が開発されており、なかでも焦点を外して磁化分布の境界(磁壁)にコントラストを得る「フレネル法」が、最も広く利用されています。このローレンツ顕微鏡法にはフレネル法のほかに、進行方向に変化(偏向)を受けた電子線の一部を光学系の絞りによって除去し、結像に寄与させないことで磁区構造のコントラストを得る「フーコー法」があります。
しかしフレネル法では、焦点を外すために高い空間分解能が得られず、またフーコー法では、光学系の絞り孔の位置により光軸に対して非対称な結像となり、コントラストを得られる方位が限定されるといった欠点があります。また、従来のローレンツ顕微鏡法では空間の電磁場にはコントラストがつかないので、その観察は不可能でした。
研究手法と成果
共同研究チームは、光軸に対して傾斜した入射電子線を、光軸を中心とした全方位にわたって周回照明する「ホロコーン照明」を用いて、ローレンツ顕微鏡法におけるフーコー法観察を実現する「ホロコーン・フーコー法」を開発しました。
図1にホロコーン・フーコー法の光学系の概要を示します。電子線は、偏向器→コンデンサレンズ(集光レンズ)→試料→(対物レンズ)→拡大レンズ→制限視野絞り→像面の順に入射されます。まず、偏向器により、コンデンサレンズ下側にできるクロスオーバー(光源の点像)が、X-Y平面上で周回するようにします。このとき、クロスオーバー下側の試料面上に照射する電子線は、その位置が移動しないように調整することで、試料の定まった領域を照射し続けます。すなわち、照射位置は変化しませんが、試料への入射角度はクロスオーバーの周回(1秒間に0.1~10回程度)に伴い、全方位にわたって変化することになります。これがホロコーン照明です。
コンデンサレンズにより、試料よりも下側の絞り孔の位置に試料を透過した電子線を収束させることで、ホロコーン電子線の傾斜角度を制御し、この傾斜角度の制御により、観察像の種類を選択・制御できます。すなわち、①試料を直接透過した波が制限視野絞り孔を通過する「明視野条件[6]」、②透過波が絞りで遮蔽される「暗視野条件[6]」、③両条件の境界として透過波のちょうど半分が遮蔽される「シュリーレン条件[7]」を観察できます。なお、磁性体観察の際には、電子レンズの発生する磁場が試料に影響を与えないように、対物レンズを使用しないこととしました。
図2に、磁性材料であるFeGa(Fe:鉄、Ga:ガリウム)単結晶を試料として観察したホロコーン・フーコー像を示します。図2aの明視野像では真空中の背景が白くなっており、透過波が制限視野絞り孔を通過したこと、反対に図2bの暗視野像では背景が黒く、透過波が制限視野絞り孔を通過しなかったことが分かります。両像ともに、磁区も磁壁も焦点が合った状態で観察できていますが、そのコントラストは互いに反転しています。
また、従来のローレンツ顕微鏡像との比較のために、図3に同一試料(FeGa単結晶)を観察したフレネル像とフーコー像を示します。フレネル像では、磁区/磁壁による電子線の散乱は非常に弱いため、図3bの焦点の合った状態では磁壁は観察されていませんが、図3a、cの焦点を外した状態では、明線あるいは暗線として観察されています。この線のコントラストの明暗は、隣り合う磁区の磁化の方向と観察時の焦点の過不足に依存して反転します。
一方、フーコー像では、図3dの挿入図である小角電子回折(SmAED)[8]パターン上のスポット(I、II、III)に応じて、観察される磁区が変化しています。図3d、e、fは、どれも磁区構造そのものは明瞭に観察されていますが、試料全体の情報を得たことにはなりません。なぜなら、回折波を遮蔽したために、黒く観察できない磁区ができてしまうからです。
これらの観点から、今回開発したホロコーン・フーコー法は、ローレンツ顕微鏡法が抱えていたほとんど全ての欠点を回避し、磁性体試料の磁化状態を焦点の合った状態かつ高い分解能で、さらに方位依存のない観察を可能とする手法であると言えます。
さらに、ホロコーン・フーコー法は、ホロコーン電子線の傾斜角度を制御するだけで、さまざまな種類の電子顕微鏡像を観察できます。例えば、図4に示すシュリーレン像では、試料から漏れ出た磁場が空間に分布している様子が分かります。
今後の期待
今回開発したホロコーン・フーコー法は、ホロコーン照明機構の導入と小角回折(SmAED)とフーコー法観察技術の両立という、電子顕微鏡にとっては比較的簡単な技術構成で実現したことから、第3のローレンツ電子顕微鏡法として広く普及すると期待できます。今後、本手法の定量性の検証やスキルミオン[9]などの動的な観察への応用、誘電体など電場観察技術への展開などを進めていきます。
原論文情報
- Ken Harada, Atsushi Kawaguchi, Atsuhiro Kotani, Yukihiro Fujibayashi, Keiko Shimada, Shigeo Mori, "Hollow-cone Foucault imaging method", Applied Physics Express, 10.7567/1882-0786/ab0523
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チーム
上級研究員 原田 研(はらだ けん)
大阪府立大学大学院 工学研究科 物質・化学系マテリアル専攻
教授 森 茂生(もり しげお)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明
- 1.磁区、磁壁
磁石などの強磁性体では、磁気モーメントが平行に並んでいる領域を「磁区」と呼び、磁区と磁区との境界を「磁壁」と呼ぶ。磁区の大きさや形状、磁壁の状態は磁性体や磁性体素子の磁場性能を決めるため、個々の磁区や磁壁の直接観察は重要である。 - 2.ローレンツ電子顕微鏡法
磁性体試料中を透過する電子線の進行方向が、試料の磁化からのローレンツ力を受けて偏向される様子を観察する電子顕微鏡技術。磁性体試料中の磁化分布、すなわち磁壁や磁区を観察することができる。電子線が受ける磁気偏向角度は0.1mrad(ミリラジアン≒0.01°)程度で、電子線が試料の結晶構造から受けるブラッグ回折角(10mrad≒1°)と比べて2桁ほど小さい。磁化分布を観察するためには試料直近の電磁レンズ(対物レンズ)はオフにしなければならず、ローレンツ電子顕微鏡では、上記小さな偏向角度を電磁レンズオフの状態で検出して像とするためにいろいろな工夫が施されている。 - 3.フレネル法
電子顕微鏡像の焦点を外して、磁性体試料中の磁壁を観察する手法。電子顕微鏡のレンズの焦点を外すだけで実施できること、焦点を大きく外すほど弱い磁区の作る磁壁を観察できることから、ローレンツ顕微鏡法ではフレネル法が広く用いられている。実験的には焦点を外すだけの簡単な方法であるが、焦点外れ像の分解能は高くできないという欠点もある。 - 4.フーコー法
磁性体試料中の磁区で、ある方向・方位に偏向を受けた電子線のみを、後段の絞り孔により選択して、磁区構造を観察する手法。電子線を同じ方向・方位に偏向する磁区だけが明るく観察される。試料後段の適切な位置(回折空間)に絞りを必要とするため、電子顕微鏡の光学系構築や調整は難しくなる。そのため、広く普及するには至っていない。 - 5.ホロコーン照明
環状傾斜照明、あるいは中空円錐照明とも呼ばれる。試料に対して全方位角にわたって、光軸に対して実施する傾斜照明のこと。光学顕微鏡では、大きな照射角が得られるように工夫したコンデンサレンズに環状輪帯絞りを用いて、斜め角度の照射が行われる。一方、電子顕微鏡では環状輪帯絞りの実現が難しいため、多くの場合、照射光学系の偏向器を利用して、光軸に対する周回偏向照明が行われる。 - 6.明視野条件、暗視野条件
電子顕微鏡だけでなく光学顕微鏡でも用いられる主な観察方法。試料を透過した光(透過波)は、試料によりさまざまな方向・角度に散乱や回折を受けているが、このうち、ほとんど散乱・回折を受けなかった光を、絞り孔を通過させて観察に用いる実験条件が明視野条件であり、散乱・回折を受けなかった光を絞りで遮蔽して観察する条件が暗視野条件である。簡単には、観察像の背景が明るいものを明視野像、背景が暗いものを暗視野像と区別している。暗視野像は試料中の構造を高いコントラストで観察できるが、露光時間を長くする必要があり、動的観察には適さない。 - 7.シュリーレン条件
明視野条件と暗視野条件のちょうど中間の観察条件で、試料により散乱や回折を受けなかった光の半分を絞りで遮蔽する。ホロコーン照明の場合、照明光の角度が、絞り孔の縁に沿って周回するように調整する。明視野像の明るさと暗視野像の良いコントラストの条件を兼ね備え、明るく弱い散乱体を観察することができる。例えば、光では弾丸などの衝撃波の様子やろうそくの炎による対流などが観察されている。 - 8.小角電子回折(SmAED)
透過電子顕微鏡の対物レンズの後ろ焦点面に形成されている試料のブラッグ回折パターンを観察する方法が電子回折であるが、結晶の長周期構造や磁性体試料の磁気偏向など、ブラッグ角よりも2桁から4桁小さな回折角(偏向角)を観察する手法のこと。電子顕微鏡を特別な光学系にして観察することが多く、そのため、小角電子回折(SmAED)と別に名称が与えられている。SmAEDはSmall Angle Electron Diffractionの略。 - 9.スキルミオン
固体中の個々の電子の持つ磁気モーメント(磁力の大きさとその向きを表すベクトル量)が一方向にそろった物質が通常の磁石(強磁性体)である。一方、磁気モーメントが渦を巻くように整列した磁気構造体をスキルミオンと呼ぶ。渦の直径は、数nm~数百nm程度で材料や条件によって異なる。
図1 ホロコーン・フーコー法の光学系の概要
コンデンサレンズ(集光レンズ)の上側偏向器にて、コンデンサレンズの作るクロスオーバー(光源の点像)を周回運動させる。一方、試料面上の電子線の照射領域を固定する。そして、拡大レンズ下側の制限視野絞りによって、フーコー像を得る観察法がホロコーン・フーコー法である。対物レンズは、試料への磁場印加を防ぐため、オフとしている。
図2 FeGa単結晶を観察したホロコーン・フーコー像
aは明視野像で、透過波が制限視野絞り孔を通過したため、背景が白くなっている。bは暗視野像で、透過波が制限視野絞り孔を通過しなかったため、背景は黒い。a,bともに、磁区も磁壁も焦点が合った状態で観察できているが、そのコントラストは互いに反転している。cは磁区構造の模式図(矢印は磁化の方向を示す)。
図3 FeGa単結晶を観察した従来のフレネル像(上段)とフーコー像(下段)
- 上段: aはアンダーフォーカス(不足焦点)、bはインフォーカス(正焦点)、cはオーバーフォーカス(過焦点)の像。磁壁のみが、白または黒の線状のコントラストで可視化されている。磁壁のコントラストは、隣り合う磁区の磁化の方向と焦点の過不足により反転することが分かる。
- 下段: dはスポットI、eはスポットII、fはスポットIIIによるそれぞれのフーコー像。制限視野絞りを通過した電子線のみによる観察像である。それぞれのスポットによる磁区が明瞭に観察されている。挿入図は小角電子回折(SmAED)パターン。
図4 ホロコーン照明によるシュリーレン像
ちょうど視野像と暗視野像の境界を成す傾斜角度に合わせたときに観察される。試料外側の真空部分に磁場分布の定性的コントラストが得られており、磁場は試料外部の広範囲に分布していることが分かる。