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2019年4月23日

理化学研究所

先天性側弯症と脊椎肋骨異形成症は一連の疾患群である

-難治性側弯症疾患の病態解明に貢献-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、大伴直央大学院生リサーチ・アソシエイト(慶應義塾大学医学部医学科博士課程)らの共同研究グループは、先天性側弯症(CS)[1]脊椎肋骨異形成症(SCDO)[2]におけるTBX6遺伝子[3]の機能喪失の主な機序を同定し、このニつの疾患が一連の疾患群を形成していることを明らかにしました。

本研究成果により、これら難治性疾患の病態の解明が進むと期待できます。

CS、SCDOは、ともに脊椎および肋骨に奇形を生じる疾患です。変形が重度な症例は、呼吸障害を来し、最悪の場合は生命の維持が危ぶまれます。そのため、CS、SCDOは厚生労働省の難治性疾患に登録されています。

今回、共同研究グループは、CS 196例、SCDO 4例の日本人患者において、TBX6遺伝子の変異の検索を行いました。新規および既知のミスセンス変異[4]in vitro(試験管内)の機能解析を行った結果、変異の大多数がTBX6タンパク質の細胞内局在の異常を引き起こすことを発見しました。また、機能喪失を引き起こす変異を両方の対立遺伝子座位(アレル)[5]に持つとSCDOが発症し、その表現型は変異の重症度に依存していることが分かりました。さらに、SCDO患者のiPS細胞[6]TBX6遺伝子が最も強く発現する体節形成期まで誘導したところ、TBX6とその下流の遺伝子の発現が低下していることが明らかになりました。

本研究は、英国の科学雑誌『Journal of Medical Genetics』の掲載に先立ち、オンライン版(4月23日付け)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 大伴 直央(おおとも なお)
(慶應義塾大学 医学部医学科 博士課程)
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

慶應義塾大学 医学部 整形外科
教授 松本 守雄(まつもと もりお)
教授 中村 雅也(なかむら まさや)
専任講師 渡邉 航太(わたなべ こおた)
助教 武田 和樹(たけだ かずき)

日本先天性側彎症研究グループ
名城病院 整形外科
脊椎脊髄センター長 川上 紀明(かわかみ のりあき)

聖隷佐倉市民病院 整形外科
名誉院長 南 昌平(みなみ しょうへい)
院長補佐 小谷 俊明(こたに としあき)

神戸医療センター 整形外科
院長 宇野 耕吉(うの こうき)
医長 鈴木 哲平(すずき てっぺい)

北海道大学大学院 医学研究院 整形外科学教室
特任准教授 須藤 英毅(すどう ひでき)

獨協医科大学 整形外科
主任教授 種市 洋(たねいち ひろし)
准教授 稲見 聡(いなみ さとし)

奈良県立医科大学 整形外科教室
講師 重松 英樹(しげまつ ひでき)

新潟大学大学院 医歯学総合研究科 整形外科学分野
講師 渡辺 慶(わたなべ けい)

順天堂大学医学部・大学院 医学研究科 整形外科学講座
教授 金子 和夫(かねこ かずお)
准教授 米澤 郁穂(よねざわ いくほ)

自治医科大学 整形外科
講師 菅原 亮(すがわら りょう)

東京大学 整形外科学教室
助教 谷口 優樹(たにぐち ゆうき)

京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
増殖分化機構研究部門
教授 戸口田 淳也(とぐちだ じゅんや)
助教 アレブ・ジャンタッシュ(Alev Cantas)
大学院生 川井 俊介(かわい しゅんすけ)
臨床応用研究部門
助教 大澤 光次郎(おおさわ みつじろう)

横浜市立大学大学院医学研究科 遺伝学
教授 松本 直通(まつもと なおみち)
准教授 三宅 紀子(みやけ のりこ)

背景

先天性側弯症(Congenital scoliosis: CS)は脊椎の椎体の形成異常に起因する脊柱側弯症です。非常に頻度の高い疾患で、全世界で500~1,000人に1人の頻度で発生します。一方、脊椎肋骨異形成症(Spondylo-costal dysostosis: SCDO)は極めて稀な骨系統疾患で、肋骨や脊柱にCSよりもはるかに重篤な形成異常を引き起こします(図1)。これらの疾患で重度の胸郭の奇形や側弯があると、呼吸障害を来し、最悪の場合は生命の維持が危ぶまれます。そのため、CS、SCDOは厚生労働省の難治性疾患に登録されています。しかし、これら疾患の原因および病態の多くはいまだによく分かっていません。

2015年に中国の研究グループにより、中国人のCSの約10%が、脊椎の発生に関与する転写因子[7]TBX6の遺伝子のリスクハプロタイプ[8]と、機能喪失を引き起こす遺伝子変異のヘテロ接合性[9]によって起こることが発見されました注1)。またこれとは別に、SCDOでもTBX6遺伝子の関与が報告されています注2)。これらのことから、これまで全く異なった疾患とされていた両疾患が、一連の疾患群を形成している可能性が示唆されています。また、これまでに報告されているTBX6遺伝子変異は、染色体の欠失やナンセンス変異[10]など、明らかに遺伝子の機能を喪失するものですが、病因性が不明なミスセンス変異がCSとSCDOでいくつか報告されています注1,3)

そこで共同研究グループは、200人の日本人患者で、TBX6遺伝子の変異を検索し、日本人での発生頻度、変異のレパートリーを確認するとともに、機能解析によるTBX6遺伝子のミスセンス変異の病因性の解析、変異と表現型の重症度との関連の検討を行いました。

  • 注1) Wu N, et al. TBX6 null variants and a common hypomorphic allele in congenital scoliosis. N Engl J Med 2015;372(4):341-50
  • 注2) Sparrow DB, et al. Autosomal dominant spondylocostal dysostosis is caused by mutation in TBX6. Hum Mol Genet 2013;22(8):1625-31
  • 注3) Lefebvre M, et al. Autosomal recessive variations of TBX6, from congenital scoliosis to spondylocostal dysostosis. Clin Genet 2017;91(6):908-12

研究手法と成果

共同研究グループは、CS 196例、SCDO 4例の日本人患者においてTBX6遺伝子の異常を調べました。まず、コピーナンバーアッセイ[11]を用いて、TBX6を含む16番染色体の16p11.2の欠失例を5例、同定しました。次に、サンガー法[12]エクソームシークエンス[13]で塩基レベルの遺伝子変異を検索し、スプライスサイト変異[14]を一つ、ミスセンス変異を五つ同定しました。いずれも新規、もしくは非常に稀な既報の変異でした。

先に中国の研究グループが提唱したTBX6遺伝子関連CSの発症モデルでは、変異アレルの反対アレルは、TBX6遺伝子の発現低下を引き起こすリスクハプロタイプを持っているとされていました。このモデルは、今回変異を発見した例に全て当てはまりました。さらに、欠失例、スプライスサイト変異だけでなく、ミスセンス変異例も全て、反対アレルにリスクハプロタイプを持っていました。また、今回の日本人コホートにおけるTBX6遺伝子関連CSの発生率は、全CSの約10%で、先の中国人での報告と同程度でした。

そこで、TBX6遺伝子のミスセンス変異が実際に転写因子TBX6の機能喪失を起こすのかを実験で確認しました。新規および既報のミスセンス変異、計12変異の機能を解析したところ、転写活性を低下させる変異を三つ、タンパク質の細胞内局在異常を起こす変異を八つ同定しました。これにより、CSには、TBX6遺伝子におけるミスセンス変異の機能喪失機序として、従来示されていた転写活性の低下だけでなく、TBX6タンパク質の細胞内局在異常(核外への移行)が存在し、かつそれが主な病因であることが分かりました(図2)。

次に、変異によるタンパク質の細胞内局在異常を患者の細胞で確認するために、両アレルにTBX6遺伝子のミスセンス変異を持つSCDO患者由来のiPS細胞をTBX6遺伝子が最も強く発現する体節形成期[15]まで誘導しました。その結果、誘導細胞においても、TBX6タンパク質の核への移行が障害されていることを確認できました。さらに、体節形成期のTBX6遺伝子、およびその下流の遺伝子の発現が低下していることも分かりました。

最後に、臨床症状と遺伝型の関係を検討したところ、両アレルに機能喪失変異を持つ症例では、片アレルが常に機能低下が弱いリスクハプロタイプであるCSに比べ、より重度のSCDOの表現型を示していました。このことから、TBX6遺伝子変異の重症度に応じて表現型も重度になることが推測されました(図3)。同様の臨床症状と遺伝型の関係が、脊椎の発生に関与するLFNG遺伝子の変異でも報告されています注4,5)。以上より、CSとSCDOは異なる疾患ではなく、変異の重症度に比例した一連の疾患群であることが明らかになりました。

本研究により、①転写活性低下を起こさないミスセンス変異でもTBX6タンパク質の細胞内局在異常により機能喪失を引き起こすこと、②ミスセンス変異の多くは細胞内局在の異常を起こすこと、③両アレルに機能喪失変異を持つと、重篤なSCDOを発症することが分かりました。体節形成期の患者細胞で、TBX6遺伝子の発現および下流の遺伝子の発現が低下していたことから、TBX6タンパク質の核内への移行障害によるTBX6機能の阻害がCS、SCDOの主な病態であると考えられます。

  • 注4) Takeda K, et al. Screening of known disease genes in congenital scoliosis. Mol Genet Genomic Med 2018;6(6):966-74
  • 注5) Otomo N, et al. I dentification of novel LFNG mutations in spondylocostal dysostosis. J Hum Genet 2019;64(3):261-64

今後の期待

今回、別々の病気だと考えられていたニつの疾患が、実は、変異の重症度に依存する一連の疾患であることが分かりました。また、分化誘導した患者のiPS細胞を用いた機能解析は、観察が困難であった人体の発生期に限局的に発現する遺伝子や、実際に起きている病態の観察に威力を発揮しました。今後、患者の誘導iPS細胞で、病態を観察、研究していくことで、CS、SCDOの理解、病態解明がより進展することが期待できます。

原論文情報

  • Nao Otomo, Kazuki Takeda, Shunsuke Kawai, Ikuyo Kou, Long Guo, Mitsujiro Osawa, Cantas Alev, Noriaki Kawakami, Noriko Miyake, Naomichi Matsumoto, Yukuto Yasuhiko, Toshiaki Kotani, Teppei Suzuki, Koki Uno, Hideki Sudo, Satoshi Inami, Hiroshi Taneichi, Hideki Shigematsu, Kei Watanabe, Ikuho Yonezawa, Ryo Sugawara, Yuki Taniguchi, Shohei Minami, Kazuo Kaneko, Masaya Nakamura, Morio Matsumoto, Junya Toguchida, Kota Watanabe and Shiro Ikegawa, "Bi-allelic Loss of Function Variants of TBX6 Causes a Spectrum of Malformation of Spine and Rib Including Congenital Scoliosis and Spondylocostal Dysostosis", Journal of Medical Genetics, 10.1136/jmedgenet-2018-105920

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
大学院リサーチ・アソシエイト 大伴 直央(おおとも なお)
(慶應義塾大学医学部医学科博士課程)
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

大伴研修生(左)と池川チームリーダー(右)の写真 大伴研修生(左)と池川チームリーダー(右)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.先天性側弯症(CS)
    先天的または発育段階に生じた脊椎の形成異常によって発症する側弯症。CSはCongenital scoliosisの略。
  • 2.脊椎肋骨異形成症(SCDO)
    脊椎の形成異常と肋骨の癒合および欠損を特徴とする骨系統疾患(骨格の成長・発達の障害)。SCDOはSpondylo-costal dysostosisの略。
  • 3.TBX6遺伝子
    T-box 6遺伝子。系統学的に保存されているT-boxファミリーの遺伝子の一つ。この遺伝子は、発生過程を調整する転写因子で、脊椎の発生や体軸方向の決定などに重要な役割を果たす。
  • 4.ミスセンス変異
    アミノ酸のコードが変化し、本来のアミノ酸ではないアミノ酸で置き換わったタンパク質が生成される変異。遺伝子機能の喪失の程度は、置き換わったアミノ酸による。
  • 5.対立遺伝子座位(アレル)
    哺乳類は母親と父親から同じ遺伝子セットを持つ染色体を1組ずつ受け継ぐ。この両親から受け継いだ1対の遺伝子セットを、対立遺伝子座位またはアレルと呼ぶ。
  • 6.iPS細胞
    人工多能性幹細胞のこと。体細胞に特定因子(初期化因子)を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞。iPSは、induced pluripotent stemの略。
  • 7.転写因子
    遺伝子の転写に関係するタンパク質。ゲノム上にあるプロモーターやエンハンサーといった遺伝子の転写を制御する領域に結合し、RNAポリメラーゼによる遺伝子の転写を活性化あるいは不活性化する。
  • 8.リスクハプロタイプ
    ヒトは、父親と母親からそれぞれ一つずつ染色体を受け継いでいる。一つの染色体上における、複数の遺伝子多型の組み合わせのことをハプロタイプという。リスクハハプロタイプとは、疾患発症のリスクを上昇させるハプロタイプのこと。
  • 9.ヘテロ接合性
    (ある遺伝子の)二つの対立遺伝子にそれぞれに異なる変異を持つ個体のこと。
  • 10.ナンセンス変異
    突然変異のうち、アミノ酸に対応するコドンをストップコドンに変化させる変異。その結果、そこで分断されたタンパク質を生成するか、mRNAが分解されてしまう変異のこと。結果、かなり重大な遺伝子機能の喪失をもたらす。
  • 11.コピーナンバーアッセイ
    遺伝子の数の異常(重複、欠失など)を調べる検査法。
  • 12.サンガー法
    DNAの塩基配列を決定する方法。
  • 13.エクソームシークエンス
    ゲノム科学の手法。ゲノムの中のタンパク質に関する情報を含むエキソン部分(ゲノム全体の約3%)とその周辺のイントロン部分を、次世代シーケンサーを使って、包括的にシーケンスして解析する。
  • 14.スプライスサイト変異
    遺伝子のmRNAに転写される部分をエキソン(exon)、エキソンとエキソンの間にあり、mRNAに転写されない部分をイントロン(intron)と呼ぶ。エキソン領域の前後の配列はコンセンサスが得られており、この部分の変異をスプライスサイト変異と呼ぶ。この部分の変異は、mRNAのスプライシングに異常を起こすものが多い。
  • 15.体節形成期
    中胚葉とは、動物の発生初期に区別される細胞群の名称である。外胚葉と内胚葉の間を埋めるように発達し、体節制のある動物では、体節もここから作られる。体節形成期は、発生初期に中胚葉から体節が形成される期間のこと。
先天性側弯症(CS)と脊椎肋骨異形成症(SCDO)のX線像と3次元CT像の図

図1 先天性側弯症(CS)と脊椎肋骨異形成症(SCDO)のX線像と3次元CT像

左側2枚がCS、右側2枚がSCDOで、各々の左がX線像、右が3次元CT像である。CSは、脊椎の椎体(椎骨の主要部で円柱状の部分)の形成異常に起因する脊柱側弯症である。SCDOは、極めて稀な骨系統疾患で、肋骨や脊柱にCSよりもはるかに重篤な形成異常が見られる。

TBX6遺伝子のミスセンス変異によるTBX6タンパク質の細胞内局在異常の図

図2 TBX6遺伝子のミスセンス変異によるTBX6タンパク質の細胞内局在異常

TBX6タンパク質は緑色、DAPI(青色)は核の染色を示している。WT(野性型)のTBX6タンパク質は核内に存在しているが、ミスセンス変異(p.R119H、p.H221R)のTBX6タンパク質は核外に存在していることが分かる。

TBX6遺伝子の遺伝型と表現型の関係の図

図3 TBX6遺伝子の遺伝型と表現型の関係

横軸の遺伝型は、ここでは両アレルの組み合わせを示す。例えば、一番左は、リスクハプロタイプ(Hp)と正常アレルを持つことを、一番右は、16p11.2の染色体欠失(De)を両方のアレルに持つことを示す。遺伝形式は、片方のアレルが正常であれば(片方のアレルのみが変異アレルならば)、常染色体優性と、両方のアレルが変異アレルならば、常染色体劣性となる。中国モデルは、常染色体劣性遺伝の特殊型で、片方のアレルが弱い変異であるリスクハプロタイプ、反対アレルは、ナンセンス・フレームシフト・スプライスサイト変異(N)または16p11.2欠失などの強い変異の場合に起きる。TBX6遺伝子の変異による機能喪失の重症度(黒の棒線)に依存して、表現型(脊椎と助骨の形成異常)がCS、SCDO、致死と重症になることがわかる。

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