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2020年1月7日

理化学研究所

タンパク質の3Dプリンティング

-純粋なタンパク質からなる微小3次元構造体の造形に成功-

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター先端レーザー加工研究チームの杉岡幸次チームリーダーとゼリーン・ダニエラ基礎科学特別研究員の研究チームは、フェムト秒レーザー[1]を用いて、純粋なタンパク質からなる微小3次元構造体を造形する技術を開発しました。

本研究成果は、再生医療[2]などの細胞培養用の足場[3]バイオセンサー[4]マイクロアクチュエーター[5]などへの応用が期待できます。

今回、研究チームは、タンパク質分子を純水で溶解した前駆体[6]に、超短パルス・超高強度のフェムト秒レーザーを照射することで、タンパク質の3次元の微小構造体を造形する技術を開発しました。まず、タンパク質分子を純水で溶かした液をガラス基板上に滴下後、スピンコーターにより回転・乾燥し、薄膜状にしました。この薄膜内部に、可視域のフェムト秒レーザーを集光照射し、集光点でのみ「多光子吸収[7]」を起こすことでタンパク質分子同士を化学的に結合させました。そしてレーザー光の集光点を3次元に走査し、レーザー光の軌道に沿って化学結合を進展させました。レーザー走査終了後、薄膜を純水で洗い流すと、レーザー光が照射されていない箇所は溶解され、照射領域だけが残り、設計どおりの形状の構造体が得られ、さらに、この構造体は他の分子が混入していない純粋なタンパク質であることを確認しました。

本研究は、米国の科学雑誌『ACS Biomaterials Science & Engineering』に近日掲載予定です。

フェムト秒レーザーによるタンパク質の3次元プリンティングの図

図 フェムト秒レーザーによるタンパク質の3次元プリンティング

背景

3Dプリンティングは付加製造技術[8]ともいわれ、従来の除去製造技術[8]では難しかった複雑な形状の3次元構造体を造形できることから、近年大きな注目を集めています。

特に、フェムト秒レーザーの「多光子吸収」を利用した3Dプリンティングは「多光子造形[9]」とも呼ばれ、100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の極めて高い加工解像度で、ポリマーの3次元マイクロ・ナノ構造を造形できるため、広く研究開発されています。最近、多光子造形はポリマーだけでなく、金属注1)やタンパク質注2)を造形できることが示されました。特に、タンパク質の微小な3次元構造体は、再生医療などの細胞培養用の足場、バイオセンサー、マイクロアクチュエーターなどへの応用が期待されています。

タンパク質の多光子造形では、前駆体となるタンパク質分子に反応を促進するための光活性剤[10]を混合したものが用いられます。しかし、光活性剤には毒性を持つものもあり、その光活性剤分子が造形した構造体中に混入する可能性があるという問題があります。そこで研究チームは、前駆体中のタンパク質濃度を上げ、かつレーザー光の照射強度を高くすることで、光活性剤を使用しない純粋なタンパク質の3Dプリンティング技術の開発を試みました。

  • 注1)A. Ishikawa, T. Tanaka, and S. Kawata, Improvement in the reduction of silver ions in aqueous solution using two-photon sensitive dye. Appl. Phys. Lett. 89, 113102(2006).
  • 注2)Serien D, Takeuchi S., Fabrication of submicron proteinaceous structures by direct laser writing. Appl. Phys. Lett. 107, 013702 (2015).

研究手法と成果

研究チームは、まずタンパク質の3Dプリンティングを行う前駆体として、純水を用いてウシ血清アルブミン(BSA)[11]分子を溶解した3mM溶液、光活性剤MBSの100mM溶液とBSA1.5mM溶液の混合液の二つを調整しました。そして、用意したそれぞれの前駆体溶液をガラス基板上に滴下した後、スピンコーターで回転させ乾燥し、薄膜状にしました。次に、この薄膜状前駆体の内部に、緑色の超短パルス・超高強度フェムト秒レーザー光(波長525nm)を対物レンズで集光し照射しました(図1)。

フェムト秒レーザーを用いたタンパク質の3Dプリンティング装置の概略図の画像

図1 フェムト秒レーザーを用いたタンパク質の3Dプリンティング装置の概略図

波長1050 nmのフェムト秒レーザー光を、非線形結晶BBOで2倍波の525 nmに変換した後、対物レンズにより集光してx-y-zステージ上に保持した試料に照射する。x-y-zステージをPC制御により3次元に走査することで、設計どおりのタンパク質3次元構造体を造形する。

前駆体のタンパク質分子は緑色の光に対して透明ですが、フェムト秒レーザー光の高強度性により、集光点でのみ多光子吸収が起こり、タンパク質分子が励起されます。励起されたタンパク質分子は他のタンパク質分子と相互作用し、他のタンパク質分子も励起されます。そして、それらが反応することで最終的にタンパク質分子同士は化学的に結合します。化学結合は、レーザー光の集光点を3次元に走査することで、レーザー光の軌道に沿って進展していきます(図2)。

タンパク質の3Dプリンティングのメカニズムの図

図2 タンパク質の3Dプリンティングのメカニズム

  • (i)タンパク質分子の化学結合のメカニズム。フェムト秒レーザーの多光子吸収により、タンパク質分子が励起される。励起されたタンパク質分子は、他のタンパク質と相互作用しそれらを励起する。すると、励起されたタンパク質分子が反応し、タンパク質分子同士が化学的に結合する。
  • (ii)集光したフェムト秒レーザーをタンパク質分子からなる前駆体に照射すると、集光点でのみ多光子吸収が起こる。その結果、集光点にあるタンパク質分子が励起され、励起したタンパク質分子同士が化学結合する。
  • (iii)レーザー光を3次元に走査すると、レーザー光の軌道に沿って化学結合が進展し、タンパク質の3次元構造体が構築される。

レーザー走査終了後、薄膜を純水で洗い流したところ、レーザー光が照射されていない箇所は溶解され、照射領域だけが設計どおりの微小3次元構造体(二十面体格子構造の上半分)として得られました(図3)。

BSA分子を純水で溶解した前駆体を用いてフェムト秒レーザー3Dプリンティングにより造形した3次元マイクロ構造の図

図3 BSA分子を純水で溶解した前駆体を用いてフェムト秒レーザー3Dプリンティングにより造形した3次元マイクロ構造

ガラス基板状に造形された、二十面体格子構造(上半分)を持つBSAの走査型電子顕微鏡写真。構造の幅は約6マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)である。

次に、構造体への光活性剤分子の混入の有無を調べるために、前駆体と構造体のラマン分光測定[12]を行いました。BSAのみからなる前駆体からは、BSAに起因する四つのラマンピークが観察され、この前駆体から造形された構造体からも、前駆体と同じ位置のみにラマンピークが観察されました(図4a)。

一方、BSAに光活性剤MBSを混合した前駆体からは、BSAに起因する四つのラマンピークに加えて、MBSに起因する新たな三つのピークが観察され、この前駆体を用いて造形した構造体からも同じ位置にピークが現れ、光活性剤分子が構造体に混入していることが確認されました(図4b)。以上の結果より、BSAのみからなる前駆体を用いることにより、純粋なタンパク質の3次元構造体が造形できることが実証されました。

前駆体および構造体(造形物)のラマン分光測定結果の図

図4 前駆体および構造体(造形物)のラマン分光測定結果

  • (a)BSAのみからなる前駆体(i)と、それを用いて造形した構造体(ii)のラマンスペクトル。両方ともBSAに起因する500, 930, 997, 1654cm-1にピークが観察される。
  • (b)BSAに光活性剤MBSを混合した前駆体(i)と、それを用いて造形した構造体(ii)のラマンスペクトル。両方ともBSAに起因するピークに加えて、1125, 1171, 1590cm-1にMBSに起因するピークが観察される。

最後に、作製したタンパク質の3次元構造体において、タンパク質分子同士が化学結合していることを、加水分解実験によって確認しました。タンパク質のアミド結合[13]ペプチド結合[13]は、高温の酸触媒により加水分解しますが、常温の酸触媒や高温の純水ではほとんど加水分解しません。純粋なBSAの構造体を、110℃と25℃の塩酸溶液(6M)ならびに110℃の純水に、それぞれ40分間浸漬させたところ、110℃の塩酸溶液中では、タンパク質の構造体はほとんど溶解したのに対し、25℃の塩酸溶液および110℃の純水中では、構造体に変化が全く現れませんでした。この結果は、造形した構造体がタンパク質分子の化学結合によって形成されていることを示しています。また、造形した構造体は、分子修飾などタンパク質本来の性質を保持していることも確認しました。

今後の期待

今回開発した技術により、純粋なタンパク質の3次元微小構造体を造形することができます。さらに、造形した構造体は、タンパク質本来の性質を保持しています。

タンパク質には、異なった機能を持つ多種多様なものが存在しますが、本技術は数多くの違った種類のタンパク質の造形に適用することができます。ある種のタンパク質は、周囲の雰囲気のpHに依存してその体積が変化する機能があります。この機能を利用して3次元構造体を造形すれば、マイクロアクチュエーターや焦点可変の光学素子への応用が可能です。

また、特定の分子や細胞に対する結合親和性、あるいは酵素反応性[14]を持つタンパク質は、病理診断、バイオセンサー、再生医療などの細胞培養への応用が考えられます。特に後者は、純粋なタンパク質からなる構造体を用いることが重要であり、本技術が威力を発揮すると期待できます。

補足説明

  • 1.フェムト秒レーザー
    パルス幅が数十~数百フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)のレーザー。パルス幅が極めて短いため、非常に高いピークパワー(パルスエネルギーをパルス幅で割ったもの)を持ち、それを集光することで容易に数十ペタワット/cm2(ペタは1000兆)のピーク強度が得られる。その結果、透明材料に多光子吸収を誘起でき、透明材料内部の3次元加工が実現される。
  • 2.再生医療
    人体の臓器や組織に欠損や機能障害・不全が生じた場合、iPS細胞などの幹細胞などを用いて、それらの臓器や組織を再生し、元の人体に移植することにより、失われた人体機能を回復させる医療。
  • 3.細胞培養用の足場
    細胞の接着、増殖、分化を制御するための細胞培養基材で、スキャフォールドとも呼ばれる。再生医療では、臓器や組織を再生する基材として用いられる。
  • 4.バイオセンサー
    生体物質や生物が持つ優れた物質識別能力を利用した化学センサー。
  • 5.マイクロアクチュエーター
    アクチュエーターとは、入力したエネルギーあるいは信号に応じて、機械的に運動する駆動装置のこと。マイクロアクチュエーターは、マイクロサイズのアクチュエーターであり、細胞のハンドリングや半導体チップの取り扱いなどに用いられる。
  • 6.前駆体
    化学反応において、ある物質が生成される前の段階の物質。
  • 7.多光子吸収
    半導体や絶縁体のような材料では、その材料のバンドギャップ(電子に占有された最も高いエネルギーバンドの頂上から、最も低い空のバンドの底までの間のエネルギー準位)より小さい光子エネルギーの光を入射した場合、電子を励起できないため吸収は起きない。しかし、レーザー強度を大きくし単位時間あたりの光子密度を大きくていくと、束縛電子が複数の光子を同時に吸収してイオン化が起こる。このような非線形な吸収を多光子吸収と呼ぶ。フェムト秒レーザーは、ピーク強度が極めて高い(単位時間あたりの光子密度が極めて高い)ため、透明材料に対して効率よく多光子吸収を誘起できる。多光子吸収の起こりやすさはレーザー光の強度に強く依存するため、透明材料内部に集光してフェムト秒レーザーを集光すると、集光点でのみ多光子吸収を誘起できる。
  • 8.付加製造技術、除去製造技術
    「付加製造技術」は、分子、粒子、材料などを積み上げて接合し、物体を造形する加工技術であるのに対し、「除去製造技術」は物体を削って物体を造形する加工技術。切削加工は除去製造技術の一つである。
  • 9.多光子造形
    紫外線硬化樹脂あるいはネガ型レジストに、可視あるいは近赤外の波長のフェムト秒レーザー光を集光照射し、集光点を3次元に走査することで、3次元のポリマーマイクロ・ナノ構造を作製する付加製造技術。紫外線硬化樹脂あるいはネガ型レジストは、フェムト秒レーザー光に対して透明であるが、集光点でのみ多光子吸収が起こるため、固化させることができる。
  • 10.光活性剤
    光活性剤には、紫外線や電子線の照射でラジカルとなり、他の分子と相互作用することで、その分子の重合を促進する「光重合開始剤」や、自らが光を吸収して得たエネルギーを他の物質に与えることで、化学反応を促進する「光増感剤」がある。
  • 11.ウシ血清アルブミン(BSA)
    アルブミンは血漿タンパクの一つで、血漿タンパクの約60%がアルブミンである。ウシから得られる血清アルブミンのBSAは、タンパク質の標準物質として広く研究に用いられている。
  • 12.ラマン分光測定
    光を物質に照射すると、光が物質と相互作用することで入射光と異なる波長を持つ光(ラマン散乱光)が放射される。その波長差は、物質が持つ分子振動のエネルギー分に相当するため、分子構造の異なる物質間で、異なる波長を持ったラマン散乱光が得られる。それにより、物質の同定や相対的濃度の計算ができる。
  • 13.アミド結合、ペプチド結合
    アミド結合は、酸アミドのカルボニル基と窒素原子間の結合。ペプチド結合は、アミド結合の一種であり、アミノ酸同士が結合してできたものをいう。
  • 14.酵素反応性
    酵素は、生体で起こる化学反応において触媒として機能する分子。その酵素が触媒となって生じる化学反応を酵素反応という。

研究支援

本研究の一部は、天田財団重点研究開発助成A「複合超短パルスレーザ3次元微細加工技術の開発と高機能デバイス作製への応用(研究代表者:杉岡幸次)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「Light-Actuated Proteinaceous Microrobot for Microfluidic Devices(研究代表者:Serien Daniela)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Daniela Serien, Koji Sugioka, "Three-dimensional printing of pure proteinaceous microstructures by by femtosecond laser multiphoton cross-linking", ACS Biomaterials Science & Engineering, 10.1021/acsbiomaterials.9b01619

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チーム
チームリーダー 杉岡 幸次(すぎおか こうじ)
基礎科学特別研究員 Serien Daniela(ゼリーン・ダニエラ)

杉岡 幸次チームリーダーの写真 杉岡 幸次
ゼリーン・ダニエラ基礎科学特別研究員の写真 ゼリーン・ダニエラ

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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