1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2020

2020年3月9日

理化学研究所

がんを指紋認証のように認識・標識化する技術

-生体内のがん組織を識別する新たな診断法へ-

理化学研究所(理研)開拓研究本部田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員、野村昌吾特別研究員らの研究チームは、人工糖ペプチドを細胞上で合成することにより、指紋認証のようにがん細胞をパターンで認識し、そのパターンを利用してマウス体内で特定のがん組織を標識化することに成功しました。

本研究成果は、生体内のがん組織や疾患部位を選択的に識別できる新たな診断方法の開発につながると期待できます。

2017年に田中主任研究員らは、細胞表面上でRGDyKペプチド[1]と細胞表面の接着分子インテグリン[2]の「強い」相互作用と、糖鎖[3]受容体[4]レクチン[5]の「弱い」相互作用を利用した細胞認識技術を開発しました。

今回、研究チームは、この技術を一般化するために、4種類のRGDyKペプチドと5種類の糖鎖の組み合わせ、クリック反応[6]により人工糖ペプチドを細胞上で合成することで、5種類のがん細胞と1種類の非がん細胞をパターン認識できることを見いだしました。さらに、得られたパターンをマウス体内でのがん組織の識別に応用したところ、特定のがん組織を高感度で選択的に見分けることに成功しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Chemistry』 (2月26日付)に掲載されました。

2種類の分子を組み合わせて標的細胞を認識するの図

2種類の分子を組み合わせて標的細胞を認識する

背景

ヒトや動物などの生体内分子イメージングは、抗がん剤の体内動態や特定の細胞を選択的に見分ける診断方法として注目されています。従来の分子イメージングは、見分けたい細胞(標的細胞)の表面に発現する1種類の受容体に対して「強く」相互作用する低分子化合物や抗体、ペプチドなどのリガンド分子[7]が広く用いられてきました。

しかし、「強く」相互作用するリガンド分子を用いると、標的細胞以外の細胞に発現している受容体にも「強く」相互作用するため、数多くの細胞から標的細胞のみを選択的に認識するには限界があります。例えば、「強く」相互作用するリガンド分子を用いて、同じ種類の受容体が発現している細胞A、Bから細胞Aのみを選択的に認識しようとしても、リガンド分子が細胞A、B両方の受容体と相互作用してしまうため、二つの細胞を区別することは困難です(図1a)。また、「弱く」相互作用するリガンド分子を用いた場合は、受容体に相互作用してもすぐ離れてしまうため、感度良く検出することができません(図1b)。

2017年に田中克典主任研究員らは、正常細胞のHUVEC(ヒト臍帯上皮細胞)をHeLa細胞(ヒト子宮頸がん細胞)から感度良く見分ける細胞認識技術を開発しました(図1c)注1)。ある反応性官能基[8]を持つ「強く」相互作用するリガンド分子(ペプチドリガンド)を細胞表面上の受容体と一次的に相互作用させた後(プレターゲティング[9])、「弱く」相互作用するリガンド分子(糖鎖リガンド)を別の受容体と二次的に相互作用させます。この糖鎖リガンドには、プレターゲティングした官能基と選択的に結合する反応性官能基、および標識基が結合しています。二次的相互作用の際、ペプチドリガンドと糖鎖リガンドがそれぞれ相互作用する2種類の受容体が存在する細胞Aの表面のみで、両リガンド同士が結合する化学反応(クリック反応)が進行します。すると、人工糖ペプチドが生成され、糖鎖リガンドの標識基により細胞Aを選択的に検出できます。

元素周期表の図

図1 従来の標的細胞を見分ける方法と本研究で開発した手法

  • a:「強く」相互作用するリガンド分子を用いた場合、たとえ細胞Aに相互作用する受容体がより多く発現していても、細胞A、B両方の受容体を認識してしまうため、見分けることが困難である。
  • b:「弱く」相互作用するリガンド分子を用いた場合、受容体に相互作用してもすぐ離れてしまうため、感度良く検出できない。
  • c:「強い」相互作用と「弱い」相互作用を順番に用い、さらにこれらのリガンド分子を標的細胞の表面で化学反応(クリック反応)によってつなぐことで、標的細胞を選択的に見分けることができる。

研究手法と成果

研究チームは、これまでに開発した細胞認識技術を一般化するために、「強く」相互作用するペプチドリガンドを4種類、「弱く」相互作用する糖鎖リガンドを5種類準備しました。そして、5種類のがん細胞(HeLaS3:ヒト子宮頸がん細胞、A549:ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞、BxPC3:ヒト膵臓線がん細胞、PC3:ヒト前立腺がん細胞、SW620:ヒト結腸がん細胞)および1種類の非がん細胞(TIG3:ヒト二倍体線維芽細胞)に応用しました(図2)。

「強い」相互作用のペプチドリガンドと「弱い」相互作用の糖鎖リガンドのデザインの図

図2 「強い」相互作用のペプチドリガンドと「弱い」相互作用の糖鎖リガンドのデザイン

αvβzインテグリン受容体のリガンド分子であるRGDyKペプチドユニット(1a~1d)と、レクチン受容体のリガンド分子であるN型糖鎖ユニット(2a~2e)、標識基の構造。

用いた6種類の細胞には、RGDyKペプチドリガンドと「強く」相互作用するαvβ3インテグリン受容体が発現しています。従来の「強い」相互作用のみで細胞認識した場合は、全ての細胞で強い蛍光シグナルを検出してしまい、これらの細胞を識別できませんでした(図3右上枠内)。

一方、今回開発した手法では、「強く」そして「弱く」相互作用する2種類のリガンドを組み合わせることで、がん細胞と非がん細胞をパターン認識することに成功しました(図3)。例えば、HeLaS3細胞では末端にN-アセチルグルコサミンもしくはマンノースを持つ糖鎖リガンド(2d、2e)を、A549細胞では末端にα(2、3)シアル酸を持つ糖鎖リガンド(2b)を、BxPC3細胞では末端にガラクトース、N-アセチルグルコサミン、もしくはマンノースを持つ糖鎖リガンド(2c、2d、2e)を用いることで、それぞれの細胞を標識化できました。

RGDyKペプチドリガンドとN型糖鎖リガンドを用いた選択的細胞標識化の図

図3 RGDyKペプチドリガンドとN型糖鎖リガンドを用いた選択的細胞標識化

a~fのそれぞれの細胞の右上枠内に示してあるように、従来の「強い」相互作用を持つリガンドだけでは細胞を見分けることはできない。一方で、プレターゲティングを用いた場合、特定のリガンドを組み合わせて得られる蛍光シグナルのパターンによって、細胞を識別することができる。

さらに、本手法を生体内でのがん組織認識に展開しました。HeLaS3細胞(ヒト子宮頸がん細胞)またはA549細胞(ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞)を播種したマウスに、まず「強く」相互作用するRGDyKペプチドリガンド(1d)を投与してプレターゲティングし、その30分後に「弱く」相互作用する糖鎖リガンド(3bまたは3d)を投与してがん組織を標識化しました(図4a)。この際、標識基は近赤外線[10]で標識できるCy7.5を使用しました。その結果、HeLaS3細胞由来のがん組織では糖鎖リガンド(3d)で、A549細胞由来のがん組織では糖鎖リガンド(3b)で強い蛍光シグナルが検出され、がん組織を選択的に見分けることに成功しました(図4b、c)。

生体内でプレターゲティング法を用いたがん組織標識化の図

図4 生体内でプレターゲティング法を用いたがん組織標識化

  • a:生体内認識の概要。ヒトがん細胞を播種したマウスに、RGDyKリガンド(1d)を投与してプレターゲティングした後、30分後に糖鎖リガンド(3bまたは3d)を投与した。
  • b:HeLaS3細胞(ヒト子宮頸がん細胞)では、1dと3dの組み合わせで選択的にがん組織を見分けることができた。
  • c:A549細胞(ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞)では、1dと3bの組み合わせで選択的にがん組織を見分けることができた。

今後の期待

本研究では、標的細胞上で合成した人工糖ペプチドによる細胞のパターン認識に成功し、そのパターンを生体内イメージングに応用することで、特定のがん組織を識別できることを実証しました。この2種類のリガンド分子を組み合わせて標的細胞上の複数の受容体を認識する技術を応用することで、生体内のがん組織や疾患部位を選択的に識別することができる新たな診断方法の開発が期待できます。

補足説明

  • 1.RGDyKペプチド
    インテグリンに相互作用する分子として、フィブロネクチンが知られているが、この相互作用する部分構造がArg-Gly-Asp(RGD配列)である。このために、このRGD配列のさまざまな誘導体が、インテグリンリガンドとして多用されている。本研究で用いた環状RGDyKペプチド誘導体はその代表例である。
  • 2.αvβ3インテグリン
    インテグリンは細胞表面にある接着分子。αVβ3インテグリンは代表的な膜タンパク質で、数あるインテグリン・スーパーファミリーの一つである。がん細胞に多く発現していることから、がんの分子イメージングの標的受容体としてよく利用される。
  • 3.糖鎖
    糖構造が鎖状に連なった分子のこと。タンパク質・脂質上の糖鎖は多様な組成・構造を持ち、さまざまな生理機能に直接的あるいは間接的に関与する。
  • 4.受容体
    タンパク質や低分子に相互作用するタンパク質。「レセプター」とも呼ばれる。
  • 5.レクチン
    糖鎖と選択的に相互作用する受容体である。糖鎖のシアル酸を認識するシグレック、ガラクトースを認識するガレクチン、Ca2+依存的に糖鎖を認識するC型レクチンなどの数多くのファミリーがある。
  • 6.クリック反応

    シートベルトをカチッとつなげるように、狙い通りに、2分子を連結させるための合成反応の総称。RGDyKリガンドに組み込まれているアジド基(-N3)は、糖鎖リガンドに組み込まれた8員環内のアセチレン基(-C≡C-)と温和な条件下で速やかに反応し、1,2,3-トリアゾール付加体を与える。アジド基と歪んだアセチレン基は、他のさまざまな官能基存在下においてほぼ選択的に反応するため、生物学や材料科学の分野で盛んに用いられている。

    クリック反応の図
  • 7.リガンド分子
    受容体に相互作用する低分子化合物や抗体、ペプチドなどを指す。
  • 8.官能基
    ここでは、ある特定の有機反応を起こすことのできる反応性置換基を指す。
  • 9.プレターゲティング
    標的細胞に対して、ある受容体のリガンドをあらかじめ(プレ)相互作用(ターゲティング)させておくこと。抗体を用いた分子イメージングなどでよく使用される手法である。
  • 10.近赤外線
    可視光の赤色よりも波長の長い電磁波のこと。組織透過性が高いため、分子イメージングの分野でよく使用される。

研究チーム

理化学研究所
開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)
(科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム 糖鎖ターゲティング研究チーム 副チームリーダー)
特別研究員 野村 昌吾(のむら しょうご)
研究補助パートタイマー 江河 泰子(えがわ やすこ)
テクニカルスタッフⅡ 浦野 清香(うらの さやか)

生体機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム
研究員 田原 強(たはら つよし)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)

原論文情報

  • Shogo Nomura, Yasuko Egawa, Sayaka Urano, Tsuyoshi Tahara, Yasuyoshi Watanabe, and Katsunori Tanaka, "Cancer discrimination by on-cell N-glycan ligation", Communications Chemistry, 10.1038/s42004-020-0270-9

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
特別研究員 野村 昌吾(のむら しょうご)

田中克典主任研究員、野村昌吾特別研究員の写真 左から田中克典主任研究員、野村昌吾特別研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top