2020年5月28日
理化学研究所
東京大学大学院理学系研究科
1個の陽子が引き起こす大きな核構造変化の発見
-中性子過剰核の存在限界の謎に迫る-
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センタースピン・アイソスピン研究室のツ・リュン・タン特別研究員(研究当時)と上坂友洋室長、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターの川瀬頌一郎大学院生(研究当時)、大田晋輔助教、下浦享教授らが参画する国際共同研究グループは、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」の高分解能磁気分析装置SHARAQ(シャラク)[3]を用いて、中性子過剰な「二重魔法数核[4]」である酸素-24(24O、陽子数8、中性子数16)原子核に陽子を1個加えたフッ素-25(25F、陽子数9、中性子数16)原子核内で、24O核の構造が大きく変化している証拠を得ました。
本研究成果は、24O核の大きな構造変化に未知のメカニズムが存在する可能性を示しており、「酸素存在限界異常[5]」と呼ばれる未解決問題の解明につながると期待できます。
24Oは一つでも中性子を加えるとそれ以上中性子を束縛しなくなる「原子核の存在限界[5]」に位置し、その構造は原子核物理学分野における酸素存在限界異常という問題を解く鍵になると考えられています。
今回、国際共同研究グループは、25F核からノックアウト反応[6]により陽子を1個取り除く実験を行い、残る24O核が存在する確率は、最も安定な基底状態よりも、励起状態の方が高いことを明らかにしました。原子核構造をよく説明する理論計算でも再現できないこの結果は、二重魔法数核が閉殻構造[7]を持ち、安定であるというこれまでの常識を覆すものです。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(5月26日付)に掲載されました。
25F核からノックアウト反応で陽子を1個取り除くと、残る24O核は励起状態に多く存在する
背景
原子核は陽子と中性子から構成され、原子核研究では「陽子と中性子のどういう組み合わせが原子核を作り得るのか」という基本問題に取り組んでいます。陽子の数が決まっているときに、中性子の数を増やしていくと、やがて原子核はそれ以上の中性子を束縛することはできなくなります。この存在限界は「中性子ドリップライン」と呼ばれ、その境界の決定が大きな研究テーマとなっています。
また、中性子を増やしていく過程で、ところどころで周囲の原子核に比べて特に安定する原子核が存在します。このときの中性子の数は「魔法数」と呼ばれ、原子核物理学が始まった当初より2、8、20、28、50、82、126が知られています。最近の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を中心とした研究により、中性子数が陽子数に比べて極端に多くなる中性子過剰な環境では、16、32、34なども魔法数となることが明らかになってきました。その一方で、従来の魔法数が消えてしまうことも分かっています。「魔法数」や「原子核の存在限界」の位置は、原子核内での陽子と中性子の間に働く力や運動様式を反映するため、これらを特定することは、原子核の理論モデルを評価する際に重要な判定基準となります。
酸素(O、原子番号8)は、陽子数が魔法数8の元素です。特に、自然界に存在する酸素-16(16O)は、中性子数も魔法数8を持つ「二重魔法数核」であり、際立った安定性を持っています。この安定性が、地球上に多くの酸素が自然に存在する要因の一つとなっており、このことが地球上の多くの自然現象や生命活動に多大なる影響を与えていることはいうまでもありません。酸素には、酸素-13(13O、中性子数5)から酸素-24(24O、中性子数16)の12種の同位体が存在しており、その中で24Oは中性子魔法数を持つ二重魔法数であるとともに、一つでも中性子を加えると束縛しなくなる「原子核の存在限界境界」に位置しているため、原子核物理学分野では大きな注目を集めています。
この領域の原子核では、「酸素存在限界異常」として知られている未解決問題が存在します。酸素同位体では中性子数16を持つ24Oが存在限界境界線上に位置する一方、陽子を一つ加えたフッ素(F、陽子数9)では、中性子数22を持つフッ素―31(31F)が存在限界にあり、原子番号が一つ増えただけで存在限界の境界線が中性子6個分増える現象が、酸素存在限界異常です(図1)。存在限界の境界が知られている他の領域では、原子番号(陽子数)が1個変化するごとに2個もしくは4個増えるのが最大であり、6個変化する例は知られていません。特に、陽子魔法数を持つ酸素同位体が中性子数を増やしていくなかで、どうしてそれほど早く存在限界に達するのかについては多くの議論がなされてきました。
図1 核図表の酸素同位体周辺
黒塗りで示したものは自然界に存在する安定同位体、赤丸で示したものが今回研究を行った25F(陽子数9,中性子数16)と24O(陽子数8、中性子数16)の原子核。オレンジで示した線が原子核の存在限界を示している。フッ素では、31F(中性子数22)が存在限界であり、酸素から陽子が一つ増えただけで存在限界の境界線が中性子6個分増える。これを酸素存在限界異常と呼ぶ。
研究手法と成果
本研究では、RIBFの加速器群を用いてカルシウム-48(48Ca)ビームを光速の約70%に相当する核子当たり3.45億電子ボルトまで加速し、それをベリリウム製の生成標的に照射することにより、25Fの二次ビームを生成しました。超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[8]を用いて、25Fビームを分離・輸送し、二次標的である水素標的に照射しました。
図2に示すように、水素標的とのノックアウト反応により25F核中の陽子を取り除き、残った原子核を高分解能磁気分析装置SHARAQ(シャラク)で分析することにより識別を行いました。
図2 本研究で用いた実験装置の概略図
RIビームファクトリー(RIBF)で生成された25Fビームから、ノックアウト反応で陽子を取り除き、残った原子核を高分解能磁気分析装置SHARAQ(シャラク)で分析した。
その結果、25F核から陽子を取り除いた後の原子核が、24O核の最も安定な基底状態である確率は36%しかなく、残りの60%以上は励起状態にあることが分かりました。24O核の励起状態は、中性子を一つ以上放出して酸素-23(23O、中性子数15)や酸素-22(22O、中性子数14)などに崩壊するため、今回行った実験では容易に基底状態と励起状態を判別することができます。
今回得られた基底状態の存在確率36%という小さい値は、これまでの二重魔法数核に対する常識を覆す結果です。実際、二重魔法数核に陽子を一つ加えた原子核は他にも17F(陽子数9、中性子数8)、スカンジウム-41(41Sc、陽子数21、中性子数20)、49Sc(陽子数21、中性子数28)、ビスマス-209(209Bi、陽子数83、中性子数126)などが知られています。しかし、従来の研究では、これらの原子核から陽子を取り除くと70%以上の確率で、基底状態に二重魔法数核16O(陽子数8、中性子数8)、カルシウム-40(40Ca、陽子数20、中性子数20)、48Ca(陽子数20、中性子数28)、鉛-208(208Pb、陽子数82、中性子数126)が残ることが知られています。
次に、陽子・中性子数の広い領域で原子核構造をよく再現する、殻模型理論[9]による理論計算を行ったところ、多くの研究で採用されている相互作用を用いた場合には90%以上が基底状態の24Oになるという結果となり、実験データを再現しないことが分かりました。日本の理論研究者によって予言され、現在多くの理論研究が行われているパイ中間子交換相互作用[10]の効果を加えても、まだ実験データを説明できないことが分かりました。
図3上に示した25F核の一粒子準位[9]で見ると、陽子と中性子の間に働くパイ中間子交換相互作用は、中性子の0d3/2軌道のエネルギーを下げる効果を持ちます。標準的なパイ中間子交換相互作用では、0d3/2軌道は約200万電子ボルトの位置にありますが、この値では実験データを全く再現しません。実験データを再現するには、マイナス150万電子ボルトまで大きく変化させる必要があることが分かりました(図3下)。このような大きな効果は現在まで知られておらず、今回の研究で初めて発見されました。
図3 25F核内 24O核の基底状態と励起状態の存在確率の比較
- (上)陽子と中性子の間に働くパイ中間子交換相互作用は、中性子の0d3/2軌道のエネルギーを下げる効果がある。
- (下)黒破線は、24O核の基底状態と励起状態の実験データ、青線は理論計算による基底状態、オレンジ線は理論計算による励起状態状の存在確率を示す。今回の実験データを再現するには、赤矢印で示すように、0d3/2軌道のエネルギーを標準的な値である200万電子ボルトからマイナス150万電子ボルトまで変化させる必要があることが分かった。
今後の期待
今回の研究により、24Oに付加されたたった一つの陽子が24O核の構造を大きく変えることが明らかになりました。これは、二重魔法数を持つ原子核は閉殻構造を持ち不活性であるというこれまでの常識を覆します。また、このような一つの陽子が与える予想外に大きな影響は、酸素同位体とフッ素同位体の存在限界の大きな変化である「酸素存在限界異常」を説明する鍵を与えると考えられます。今後の理論研究により、この陽子付加効果の起源が解明され、「酸素存在限界異常」のメカニズムが明らかになると期待できます。
補足説明
- 1.重イオン
原子が電子を失う、または得ることにより電荷を持ったものをイオンといい、このうち、リチウムもしくは炭素より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剥ぎ取ると原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つことにより、加速器で電気的に加速することが可能となる。 - 2.RIビームファクトリー(RIBF)
水素からウランまでの全元素のRIを世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったRIも含めて約4,000種類のRIを生成できると期待されている。 - 3.高分解能磁気分析装置SHARAQ(シャラク)
東京大学と理化学研究所がRIビームファクトリー内に共同建設した、RIビームを用いた原子核を高分解能で分析する装置。四重極電磁石3台(うち2台は超伝導)、双極電磁石2台で構成される。 - 4.二重魔法数核
原子核は、原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数の時に閉殻構造となり、安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、28、50、82、126が古くから知られている。RIビームファクトリーを中心とした最近の研究で新たに16、32、34の魔法数の発見が報告されている。陽子数と中性子数がともに魔法数である原子核を二重魔法数核と呼ぶ。 - 5.原子核の存在限界、酸素存在限界異常
ある同位体に対して、一定数以上の中性子もしくは陽子を加えると束縛しなくなる、その境界を「原子核の存在限界」と呼ぶ。原子核物理学分野では、ドリップラインとも呼ばれる。「酸素存在限界異常」とは、酸素同位体で中性子数16を持つ24Oが存在限界境界線上に位置する一方、陽子を一つ加えたフッ素(F、陽子数9)では、中性子数22を持つ31Fが存在限界にあり、原子番号が一つ増えただけで存在限界の境界線が中性子6個分増える現象をいう。 - 6.ノックアウト反応
高エネルギーで粒子と原子核を衝突させ、原子核から陽子や中性子などをたたき出す反応をノックアウト反応と呼ぶ。反応粒子としては、陽子や電子が用いられることが多い。 - 7.閉殻構造
原子核内の陽子や中性子は、エネルギーがとびとびの量子軌道にあり、量子軌道内の陽子、中性子の数は量子軌道ごとに異なっている。エネルギーの低い軌道から高い軌道へと陽子、中性子を順番に詰めていったときに、軌道間のエネルギー差が急に大きくなる軌道があらわれる。エネルギー差が大きくなる前の軌道まで、陽子、中性子が完全に詰まっている状態を閉殻構造という。 - 8.超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。 - 9.殻模型理論、一粒子準位
原子核中での陽子と中性子は、原子中での電子と同様に量子力学的効果によりとびとびのエネルギーを持った軌道を占有する。これを「一粒子準位」と呼ぶ。各一粒子準位に入った陽子や中性子間の相互作用を用いてシュレディンガー方程式を解き、原子核の持つ性質を予言する理論を「殻模型理論」と呼ぶ。 - 10.パイ中間子交換相互作用
陽子や中性子の間に働く相互作用で、電子の約280倍の質量を持つパイ中間子の交換により生じる。湯川秀樹博士は、パイ中間子相互作用を理論的に予言し、日本初のノーベル物理学賞を受賞した。
国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
特別研究員(研究当時) ツ・リュン・タン(Tsz Leung Tang)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)
東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センター
大学院生(研究当時) 川瀬 頌一郎(かわせ しょういちろう)
助教 大田 晋輔(おおた しんすけ)
教授 下浦 享(しもうら すすむ)
本研究は上記のほか、九州大学、大阪大学、慶北大学(韓国)、サクレー研究所(フランス)、オークリッヂ国立研究所(アメリカ)などに所属する計47人の研究者で構成する国際共同研究グループによって行われました。
原論文情報
- T. L. Tang, T. Uesaka, S. Kawase et al., "How different is the core of 25F from 24Og.s.?", Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.124.212502
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
特別研究員(研究当時) ツ・リュン・タン(Tsz Leung Tang)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)
東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センター
大学院生(研究当時) 川瀬 頌一郎(かわせ しょういちろう)
助教 大田 晋輔(おおた しんすけ)
教授 下浦 享(しもうら すすむ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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東京大学大学院理学系研究科 広報室
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