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2020年8月11日

理化学研究所
科学技術振興機構
東京大学

量子位相が駆動する散乱に強い光電流

-高性能太陽電池や光検出器の実現に道-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター(CEMS)強相関界面研究グループの中村優男上級研究員(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、畑田大輝研修生(東京大学大学院生(ともに研究当時))、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)らの共同研究グループは、強誘電体[1]を含む空間反転対称性[2]の破れた物質に光を照射したときに発生する光電流が、結晶中の格子欠陥や格子振動による散乱を受けにくい「トポロジカル電流[3]」としての性質を持つことを実証しました。

本研究成果は、エネルギー散逸の少ない光電流の発生機構を利用する、高効率の太陽電池や高感度の光検出器の開拓に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、強誘電性と半導体特性を併せ持つ硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)において、結晶中の格子欠陥と光電流の関係を調べました。その結果、試料に電場を加えて発生する通常の電流は欠陥密度の大きさに強く依存するのに対し、光を照射してゼロ電場で発生する電流は欠陥密度の違いの影響をほとんど受けないことを明らかにしました。この欠陥に対する高い耐性は、発生している光電流が量子位相[4]に駆動されるトポロジカル電流であることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of AmericaPNAS)』オンライン版(8月10日付:日本時間8月11日)に掲載されます。

強誘電半導体の硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)におけるトポロジカル光電流発生の概念図の画像

強誘電半導体の硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)におけるトポロジカル光電流発生の概念図

背景

「オームの法則」として知られているように、物質に電場をかけると電気抵抗の大きさに反比例する電流が流れます。この電流は、電場によって加速された電荷が、物質中の格子欠陥、不純物、格子振動などのさまざまな要因で散乱されて、抵抗を受けながら一方向に移動することで生じるものです。散乱によって電子はエネルギーを失うため、通常の電流は輸送過程で大きなエネルギー散逸を伴います。一方、エネルギー散逸のない電流として、超伝導体中を流れる電流が知られています。この電流は、多数の電子が一体の波として位相をそろえて動くことによって生じる電流です。超伝導は、一般的に非常に低温でしか起こらない現象であるため、超伝導電流を利用する室温動作デバイスの実現は困難とされています。

このエネルギー散逸を伴わない別の電流として、「トポロジカル電流」と呼ばれる電流の存在が近年明らかになってきました。トポロジカル電流は、電子の波動関数の持つ量子力学的な位相因子(ベリー位相とも呼ばれる)によって生じる電流です。波の位相が変化すると一方向に波が進行するように、量子力学的な位相の変化によって電子の波が一方向に進行して生じる電流がトポロジカル電流です。トポロジカル電流は超伝導電流と異なり、原理的には室温以上でも観測が可能であるとされています。

トポロジカル電流の一つと考えられているのが、強誘電体を含む空間反転対称性の破れた物質に光を照射したときに、外部電圧なしに発生する光電流です。空間反転対称性が破れた物質では、価電子帯と伝導帯[5]で電子の波動関数が異なる量子力学的な位相を持つため、光によって価電子帯から伝導帯へと電子の遷移を起こすと、両者の位相差に応じて電子雲が空間的に変位(シフト)を起こし、外部電場なしに電流が発生します。このような機構で生じる光電流は「シフト電流」と呼ばれ、近年急速に理論的研究が進みました。しかし、強誘電体で発生する光電流の起源には諸説あり、シフト電流であることを明確に実証した例はこれまでありませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、大きな分極を持つ代表的な強誘電体で、かつ可視光を強く吸収する半導体的な性質も併せ持つ、硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)という物質を用いて、結晶中の格子欠陥が光電流に及ぼす影響を調べました(図1a)。単結晶試料合成の際のわずかな条件の違いで、試料中の欠陥密度が大きく変化することを利用して、欠陥密度の異なるSbSIの単結晶試料を多数用意しました。これらの試料に疑似太陽光を照射し、発生する光電流を測定しました。すると最も欠陥密度の高い試料と低い試料では、光を照射しない状態での電気伝導度は5桁以上もの違いがあるにもかかわらず、光照射下で電圧なしに生じるゼロバイアス光電流は、両者でほぼ同じ値であることが分かりました(図1b)。

強誘電半導体の硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)における光起電力効果の図

図1 強誘電半導体の硫化ヨウ化アンチモン(SbSI)における光起電力効果

  • (a)SbSIの結晶構造と分極発生方向。
  • (b)SbSIの分極軸方向での光照射下と照射しない状態での電流電圧特性。試料Aは欠陥密度が高く、試料Fは欠陥密度が低い。紫線は光を照射しない場合の、青線と赤線は光を照射した場合(青・赤は試料の分極の方向を反転)の電流電圧の関係を示す。AとFでは、光を照射しない状態での電気伝導度は5桁以上もの違いがあるにもかかわらず、光照射下で電圧なしに(V=0)生じるゼロバイアス光電流は、ほぼ同じ値だった。

光電流に対する散乱の影響をより詳しく調べるため、欠陥密度の異なる六つの試料(試料A-F)に対して、さまざまな温度で電気伝導度とゼロバイアス光電流を測定しました(図2)。横軸の電気伝導度は、試料や測定温度の違いで8桁以上にもわたって分布しており、電場を加えて発生する通常の電流に影響する散乱が、欠陥密度や温度によって大きく変化していることが分かります。それにもかかわらず、縦軸のゼロバイアス光電流はほぼ一定の値になっており、光電流が欠陥や格子振動などによる散乱に対して非常に堅牢であることを明確に示しています。この結果は、観測したゼロバイアス光電流が量子位相に駆動されるシフト電流であることの強い証拠となります。

散乱の影響を受けないゼロバイアス光電流の図

図2 散乱の影響を受けないゼロバイアス光電流

さまざまな温度で測定した、欠陥密度の異なる6試料(A~F)における電気伝導度とゼロバイアス光電流の関係。それぞれの試料で、280K(7℃)から40K(-233℃)まで20Kおきに測定した結果を四角の点で示し、中が塗られた四角が、右から280K、160K(-113℃)、40Kの結果である。試料F(紫)は、低温で測定限界以下にまで電気伝導度が低くなるため、200K(-73℃)以下では、ゼロバイアス光電流の温度依存性を示している。

さらに、分光した光を試料Fに照射して、電気伝導度とゼロバイアス光電流の作用スペクトル[6]を測定しました(図3)。光伝導度(光照射による伝導度)は、SbSIの吸収が立ち上がる2.2eV付近にピークを持ち、それより高エネルギー側では急激にスペクトル強度が減少しています(図3a)。これは、高エネルギー側で吸収係数が大きくなると、大部分の光が試料の表面付近で吸収されるようになり、試料表面は内部に比べて一般的に多くの欠陥が存在するため、光電流が流れにくくなるからです。

一方、ゼロバイアス光電流は2.2eV付近で急峻に立ち上がり、高エネルギー側までスペクトル強度が減少していません(図3b)。この結果は、観測しているゼロバイアス光電流が表面欠陥にも阻害されにくい電流であることを示しています。以上から、作用スペクトルからもシフト電流の証拠が得られました。

光伝導度とシフト電流に対する表面散乱の影響の違いの図

図3 光伝導度とシフト電流に対する表面散乱の影響の違い

  • (a)電場を加えて測定した光電流(光伝導度)の作用スペクトル(縦軸左)および吸収スペクトル(縦軸右)。光伝導度スペクトルは、吸収スペクトルが立ち上がる2.2eV付近にピークを持ち、それより高エネルギー側では急激にスペクトル強度が減少している。
  • (b)電場を加えずに測定した光電流の作用スペクトル。2.2eV付近で急峻に立ち上がり、高エネルギー側までスペクトル強度が減少しない。
    いずれのスペクトルも、光の偏光方向が分極軸に平行方向と垂直方向の場合を示している。

今後の期待

本研究では、強誘電体に光を照射したときに発生するゼロバイアス光電流が、散乱によるエネルギー散逸のないトポロジカル電流としての性質を持つことを明らかにしました。

この結果は、エネルギー散逸の少ない光電流の発生機構を利用する、高効率の太陽電池や高感度の光検出器の開拓につながると期待できます。

補足説明

  • 1.強誘電体
    誘電体のうち、外部電場がゼロでも有限の分極を持ち、かつ分極方向を電場で反転することができる物質。強誘電体では空間反転対称性が必ず破れている。
  • 2.空間反転対称性
    各点の座標(x,y,z)を(-x,-y,-z)に変換する操作を空間反転操作と呼ぶ。空間反転操作の前後で構造が一致しない場合、空間反転対称性が破れているという。
  • 3.トポロジカル電流
    電子の波動関数の量子位相の発展によって生じる電流。
  • 4.量子位相
    量子系のパラメータを断熱的に変化させてふたたび元に戻したとき、波動関数に加わる位相。
  • 5.価電子帯と伝導帯
    価電子帯は、半導体や絶縁体において結合に寄与する電子によって満たされたエネルギーバンドのこと。伝導帯は、電子が存在できない禁制帯の直上にある空のエネルギーバンドのこと。
  • 6.作用スペクトル
    ある光依存現象について、単色光が引き起こす反応の効率を波長や光子エネルギーを横軸にして表したもの。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関界面研究グループ
上級研究員 中村 優男(なかむら まさお)
(JSTさきがけ研究者)
研修生(研究当時) 畑田 大輝(はただ ひろき)
(東京大学大学院生(研究当時))
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
創発光物性研究チーム
研究員 五月女 真人(そうとめ まさと)
チームリーダー 小川 直毅(おがわ なおき)
(JSTさきがけ研究者/東京大学 大学院工学系研究科 教授(委嘱))
強相関物性研究グループ
上級技師 金子 良夫(かねこ よしお)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所 東京カレッジ)

東京大学 大学院工学系研究科
物理工学専攻
准教授 森本 高裕(もりもと たかひろ)
(JSTさきがけ研究者)

研究支援

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(研究総括:谷口 研二、副研究総括:秋永 広幸)」の研究課題「バルク光起電力効果による光電変換プロセスの機構解明と高効率化に向けた新材料開拓(研究者:中村 優男)」(No. JPMJPR16R5)による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Hiroki Hatada, Masao Nakamura, Masato Sotome, Yoshio Kaneko, Naoki Ogawa, Takahiro Morimoto, Yoshinori Tokura, Masashi Kawasaki, "Defect tolerant zero-bias topological photocurrent in a ferroelectric semiconductor", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS), 10.1073/pnas.2007002117

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
上級研究員 中村 優男(なかむら まさお)
(JSTさきがけ研究者)
研修生(研究当時) 畑田 大輝(はただ ひろき)
(東京大学大学院生(研究当時))
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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