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2020年11月23日

理化学研究所
東京大学
科学技術振興機構

伝導電子に浮かび上がる磁気構造

-ナノスケールの磁気渦構造をなす新機構への手がかり-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームの安井勇気特別研究員、クリストファー・バトラー基礎科学特別研究員、花栗哲郎チームリーダー、強相関量子構造研究チームのヌイェン・ドゥイ・カーン特別研究員(研究当時)、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の速水賢講師、関真一郎准教授らの共同研究グループは、ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの磁気渦構造[1]伝導電子[2]に現れることを発見しました。

本研究成果は、空間反転対称性のある[3]物質における磁気渦構造の新たな機構の解明に貢献すると期待できます。

磁気渦構造を実現させるには空間反転対称性の破れ[3]が必要であると考えられてきましたが、2019年にこの常識が覆され、空間反転対称性のある物質において磁気渦構造が観測されました。

今回、共同研究グループは、走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)[4]を用いて、空間反転対称性のある希土類合金GdRu2Si2(Gd:ガドリニウム、Ru:ルテニウム、Si:ケイ素)において、局在電子[5]が生み出す磁気渦構造が伝導電子に影響を与えていることを明らかにしました。これは、空間反転対称のある物質における磁気渦構造の実現に伝導電子が寄与していることに、初めて実験的な知見を与えるものです。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(11月23日付:日本時間11月23日)に掲載されます。

磁気渦(青矢印)に集まる伝導電子(黄色の球)の図

磁気渦(青矢印)に集まる伝導電子(黄色の球)

背景

磁気スキルミオン[1]」と呼ばれる渦状の磁気構造が2009年に発見されて以降、盛んに研究されています。磁気スキルミオンの特徴の一つは、渦状の磁気構造が連続的にほどくことができない結び目のように振る舞うことです。この構造は、「トポロジカルに保護された」と表現され、近年多く使われるようになったキーワードの一つです。このような結び目構造の保護は、ハードディスクなどの磁気情報記録媒体のさらなる高密度化につながると期待されています。

二つ目の特徴は、渦のような複雑な構造を作るには、それだけ複雑な力が働く必要があることです。例えば、単にスピンの上向き・下向きの構造であれば、"皆と同じ方向に前へならえ"であったり、"隣の人と反対の方向を向く"であったり、比較的簡単な指令で実現させることができます。しかし、渦構造をとるためには、より複雑な指令が必要となることから、どのような機構で磁気渦構造が実現しているのかにも関心が集まっています。

以前の研究では、磁気スキルミオンを実現させる複雑な力には「空間反転対称性の破れ[3]」が必要であると考えられてきました。しかし、2019年に空間反転対称性のある物質において磁気渦構造が観測されることでこの常識が覆されました注1)。これには、これまでに考えられていたのとは違う力、つまり新たな機構が必要です。

この新機構の候補として考えられるのが、物質中を自由に動き回る「伝導電子を媒介とした力」です。伝導電子をキャッチボールのようにやり取りすることで、磁気構造を担う物質中で動かない局在電子が間接的な力を感じることが可能になります。このような機構が働いている場合は、力を媒介している伝導電子も磁気構造の情報を持っていると考えられます。したがって、この新機構を確かめるには伝導電子の状態を調べる必要がありました。

研究手法と成果

共同研究グループは、伝導電子の空間分布に磁気構造が反映されるか否かを調べることで、伝導電子と磁気構造の関係の有無を確かめることにしました。試料として、磁気スキルミオンが1.9ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)間隔で格子状に整列する希土類合金GdRu2Si2(Gd:ガドリニウム、Ru:ルテニウム、Si:ケイ素)を用い、走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)により伝導電子の状態を調べた結果、磁気スキルミオン格子に対応する構造を捉えることに成功しました(図1左)。

次に、外部から磁場を加えると磁気構造が変化することから、外部磁場を変化させながら同じ実験をしたところ、磁気構造の変化に伴って、伝導電子の状態も明瞭に変化し、その分布は磁気構造の空間分布をよく表していることが分かりました(図2)。磁気スキルミオンやその他の磁気構造は局在電子からくる静的なものであるにもかかわらず、動的な伝導電子にその影響が表れることは、両者が互いに影響し合っている証拠といえます。

さらに、伝導電子と局在電子の相互作用を理論的にモデル化し、磁気構造(図1中)、電荷密度分布(図1右)を計算したところ、電荷密度分布はSTM/STSで得られたパターンと非常によく似た構造になることが分かりました。このことは、空間反転対称性のあるGdRu2Si2における磁気スキルミオンが、伝導電子を媒介とする新機構によって実現していることを示しています。

磁気スキルミオンがもたらすパターンの図

図1 磁気スキルミオンがもたらすパターン

  • 左:STM/STSにより得られた伝導電子の状態分布。磁気スキルミオンに対応するパターンが伝導電子にも現れている。
  • 中:伝導電子と局在電子の相互作用をもとに計算された格子状に並んだ磁気スキルミオンの磁化分布。
  • 右:同様に計算された電荷密度分布。STM/STSのパターンと非常によく似た構造が見られる。中図の矢印一つが1ピクセルに対応しており、黒線の枠内は14×14ピクセルである。
外部磁場による磁気構造の変化に伴う伝導電子の変化の図

図2 外部磁場による磁気構造の変化に伴う伝導電子の変化

STM/STSにより得られた伝導電子の状態分布。2.3テスラ(T)のデータが磁気スキルミオン格子状態に対応し、外部から加える磁場の大きさを変えることで、さまざまな磁気状態での伝導電子の状態が観察された。

今後の期待

空間反転対称な結晶で生じる磁気スキルミオンは、これまでに報告されてきた空間反転対称性を破る物質での磁気スキルミオンより小さいという特徴があります。そのため、この磁気渦構造を「読み」「書き」するといった操作ができるようになれば、さらに高密度化された次世代磁気記録媒体につながると期待できます。

また、STM/STSを用いて局在電子の磁気構造を調べるという新しい手法は、他のさまざまな物質にも応用することが可能であり、伝導電子を介した複雑な磁気的相互作用の探索や解明に役立つと考えられます。

補足説明

  • 1.磁気渦構造、磁気スキルミオン
    電子はスピンと呼ばれる小さな磁石のような性質を持つ。この小さな磁石の作る渦状の模様を「磁気渦構造」と呼ぶ。図1中央のような矢印の分布図は、S極からN極の向きが矢印に置き換わったと読むと分かりやすい。磁気渦構造のうち、スピンが三次元の全ての方向を向くような特殊なものを「磁気スキルミオン」という。
  • 2.伝導電子
    物質中を動き回る電子。金属の電気を流すという性質を担っている。
  • 3.空間反転対称性のある、空間反転対称性の破れ
    空間座標(x, y, z)を(-x, -y, -z)に移したとき元の形に戻る場合は、空間反転対称性があるという。そうでない場合は、空間反転対称性が破れていると表現する。
  • 4.走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)
    先端の尖った金属の針と試料間を流れるトンネル電流を測定することで、試料表面の凹凸を調べる顕微鏡を走査型トンネル顕微鏡という。トンネル電流の電圧依存性を調べることで、試料中の電子のエネルギー分布を調べることが可能であり、走査型トンネル分光法と呼ばれる。STM はscanning tunneling microscope、STSはscanning tunneling spectroscopyの略。
  • 5.局在電子
    物質中で動かない電子。この研究対象物質の磁石としての性質を担っており、磁気渦構造はこの電子が作っている。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学センター
創発物性計測研究チーム
特別研究員 安井 勇気(やすい ゆうき)
基礎科学特別研究員 クリストファー・バトラー(Christopher J. Butler)
チームリーダー 花栗 哲郎(はなぐり てつお)
強相関量子構造研究チーム
特別研究員(研究当時) ヌイェン・ドゥイ・カーン(Nguyen Duy Khanh)
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
計算物質科学研究チーム
チームリーダー 有田 亮太郎(ありた りょうたろう)
(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 卓越教授、東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻
講師 速水 賢(はやみ さとる)
(北海道大学 大学院理学研究院 物理学部門 助教)
助教 野本 拓也(のもと たくや)
教授 求 幸年(もとめ ゆきとし)
准教授 関 真一郎(せき しんいちろう)
(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表者:笹川崇男)」、「トポロジカル機能界面の創出(研究代表者:塚崎敦)」、「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学(領域代表者:芝内孝禎)」、同若手研究「遍歴磁性体におけるカイラル磁気秩序相の起源解明と特異な磁気・非相反伝導の探求(研究代表者:速水賢)」、同基盤研究(A)「X線磁気トモグラフィー法を用いた3次元ナノ磁区構造観察による磁性機能の解明(研究代表者:鈴木基寛)」、同基盤研究(A)「磁気構造のトポロジー・対称性に由来した新しいマグノン・熱輸送現象の開拓(研究代表者:関真一郎)」、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「磁気構造と電子構造のトポロジーを利用した巨大創発電磁場の生成と制御(研究者:関真一郎)」、公益財団法人旭硝子財団による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuuki Yasui, Christopher J. Butler, Nguyen Duy Khanh, Satoru Hayami, Takuya Nomoto, Tetsuo Hanaguri, Yukitoshi Motome, Ryotaro Arita, Taka-hisa Arima, Yoshinori Tokura, Shinichiro Seki, "Imaging the coupling between itinerant electrons and localised moments in the centrosymmetric skyrmion magnet GdRu2Si2", Nature Communications, 10.1038/s41467-020-19751-4

発表者

理化学研究所
創発物性科学センター 創発物性計測研究チーム
特別研究員 安井 勇気(やすい ゆうき)
基礎科学特別研究員 クリストファー J. バトラー(Christopher J. Butler)
チームリーダー 花栗 哲郎 (はなぐり てつお)

強相関量子構造研究チーム
特別研究員(研究当時)ヌイェン ドゥイ カーン(Nguyen Duy Khanh)

安井 勇気特別研究員の写真 安井 勇気
クリストファー J. バトラー基礎科学特別研究員の写真 クリストファー J. バトラー
花栗 哲郎チームリーダーの写真 花栗 哲郎
ヌイェン ドゥイ カーン特別研究員(研究当時)の写真 ヌイェン ドゥイ カーン

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻
講師 速水 賢(はやみ さとる)
准教授 関 真一郎(せき しんいちろう)
(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者)

速水 賢講師の写真 速水 賢
関 真一郎准教授の写真 関 真一郎

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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Tel: 070-3121-5626 / Fax: 03-5841-0529
Email: kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp

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Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432
Email: jstkoho [at] jst.go.jp

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