理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター天然物生合成研究ユニットの高橋俊二ユニットリーダー、ケミカルバイオロジー研究グループの野川俊彦研究員、長田裕之グループディレクターらの共同研究グループは、放線菌[1] Streptomyces spiroverticillatus JC-8444の二次代謝産物[2]である「verticilactam(ヴァーティシラクタム)[3]」の生合成遺伝子群の全てを異種放線菌に導入・発現させ、ヴァーティシラクタムおよびその新規類縁体を生産させることに成功しました。
本研究成果は、生産が不安定な微生物の二次代謝産物をより安定的に生産させるとともに、新しい天然化合物の創出につながると期待できます。
放線菌が生産する二次代謝産物には、医薬品や農薬として開発されているものが多くあります。しかし、生産菌の継代に伴い生産量が低下するものや、生産そのものが行われなくなるものがあります。そのような二次代謝産物を生産能の高い異種放線菌に生産させる手法は、有用化合物を安定的に供給するために重要です。
今回、共同研究グループは、ヴァーティシラクタムの生合成遺伝子を同定し、それを異種放線菌Streptomyces avermitilis SUKA17株に導入することで形質転換株を作出し、ヴァーティシラクタムを生産させることに成功しました。ヴァーティシラクタムの新規類縁体も生産されていることを確認したことから、それらを単離し構造を決定しました。また、これまで未決定であったヴァーティシラクタムの絶対立体配置を、計算化学の手法を用いて決定しました。さらに、ヴァーティシラクタムに抗マラリア活性があることも示しました。
本成果は、米国の科学雑誌『Journal of Natural Products』(11月20日付)に掲載されました。
ヴァーティシラクタムおよびその新規類縁体ヴァーティシラクタムB、Cの構造
背景
放線菌は、多様な構造と生物活性を持つ二次代謝産物を生産することで知られています。それらの中には医薬品や農薬などに利用されているものもあります。しかし、二次代謝産物の中には、菌体の継代や保存などにより生産量が低下するものや、生産されなくなってしまうものがあります。そのような二次代謝産物を、生産菌の状態に関係なく安定的に生産することが求められています。
2010年に野川俊彦研究員らは、放線菌Streptomyces spiroverticillatus JC-8444から構造に着目したスクリーニングを行い、二次代謝産物のverticilactam(ヴァーティシラクタム)を単離し、その構造を報告しています注1)。ヴァーティシラクタムは、ポリケチド化合物の一種で、16員環マクロラクタム[4]にオクタリン[5]が縮合した非常に珍しい構造を持ち、その生物活性や生合成経路に興味が持たれます。しかし、単離した際のヴァーティシラクタム生産量は低く、これまで安定した生産が困難でした。そのため、生物活性や立体構造などを十分に検討できませんでした。
本研究では、ヴァーティシラクタムの生合成遺伝子を同定し、それを二次代謝生合成遺伝子群が除去された放線菌Streptomyces avermitilis SUKA17に導入し、異種発現させることにより、ヴァーティシラクタムを安定的に生産させることを試みました。
- 注1)Nogawa T, et.al. Verticilactam, a new macrolactam isolated from microbial metabolite fraction library, Org. Lett. 12, 4564-4567 (2010)
研究手法と成果
共同研究グループはまず、S. spiroverticillatus JC-8444のゲノム解読情報をもとに、6個のポリケチド合成酵素(PKS)遺伝子(vtlP1~vtlP6)をヴァーティシラクタムの生合成遺伝子として同定しました(図1)。
図1 verticilactam(ヴァーティシラクタム)生合成遺伝子と推定生合成経路
S. spiroverticillatus JC-8444のゲノム解読情報をもとに、太い黒矢印で示す6個のポリケチド合成酵素(PKS)遺伝子(vtlP1~vtlP6)をヴァーティシラクタムの生合成遺伝子として同定した。
次に、この生合成遺伝子群の全長を持つ染色体組込型のBACベクター[6]を構築し、S. avermitilis SUKA17に導入しました。LC/MS[7]による解析の結果、この形質転換株がヴァーティシラクタムを生産することを確認しました(図2)。
図2 生合成遺伝子の導入によるヴァーティシラクタムの異種生産
BACベクターを用いて生合成遺伝子全長を放線菌S. avermitilis SUKA17に導入することで、ヴァーティシラクタムの生産に成功した。グラフはLC/MSの結果。
また、この形質転換株に対して、ヴァーティシラクタム生合成遺伝子クラスターに存在するLuxRファミリー転写制御遺伝子(vtlR)[8]を追加導入したところ、生産量がさらに向上することが分かりました。加えて、未知の化合物の生産も確認でき、これらをヴァーティシラクタムとともに単離しました。
単離した化合物の構造を核磁気共鳴(NMR)法[9]や質量分析(MS)法[10]を用いて確認し、ヴァーティシラクタムとともに2種の新規ヴァーティシラクタム類縁体であることを明らかにしました。2種の新規類縁体は、マクロラクタム骨格内の二重結合の幾何異性体[11]であり、それぞれヴァーティシラクタム BおよびCと命名しました。
加えて、従来未検討であったヴァーティシラクタムの絶対立体配置について、計算科学の手法を用いて検討しました。オクタリンについてはECDスペクトル[12]、C-23位のメチル基についてはNMRケミカルシフト[9]の計算値と比較することによって、ぞれぞれの絶対配置を決定しました。この結果は、生合成経路から推定される立体配置とも相関していました(図3)。
図3 NMRケミカルシフトおよびECDスペクトルの計算による絶対立体配置の決定
- 左:NMRケミカルシフトの計算値と実験値との比較。赤字は絶対配置のRS表示でC-23位がS、青字はRであることを示す。
- 右:ECDスペクトルの計算スペクトルと実験データとの比較。スペクトルの赤線はRS表示でC-6位がS、青線はRであることを示す。
最後に、単離したヴァーティシラクタムを用いて、がん細胞に対する細胞増殖阻害効果、微生物に対する抗菌効果およびマラリア原虫に対する増殖抑制効果を評価しました。その結果、ヴァーティシラクタムは、著しい細胞増殖阻害効果および抗菌効果は示しませんでしたが、12マイクロモーラー(μM、1μMは100万分の1モーラー)の50%阻害効果(IC50)値[13]で抗マラリア活性を示しました。
今後の期待
本研究では、放線菌において生産量が低い二次代謝産物や生産の不安定な二次代謝産物の生合成遺伝子を、異種の放線菌に導入することにより安定的に生産させることに成功しました。また、単離した化合物を利用し、これまで困難だった各種生物活性の評価や絶対立体配置の検討が可能になりました。このような放線菌異種発現は、生産量や生産安定性の問題から供給が困難な二次代謝産物の安定的な供給方法の一つとして重要なものです。さらに、本手法により新規類縁体が創出されることが期待できます。
本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[14]」のうち「3.すべての人に健康と福祉を」に大きく貢献するものです。
補足説明
- 1.放線菌
土壌中など自然界に広く存在するグラム陽性の真正細菌であり、複雑な構造を持つ二次代謝産物を生産する。人類は、それらの中から、医薬、農薬、動物薬などの生理活性を持つ物質を利用してきた。医薬探索源として重要視されている。 - 2.二次代謝産物
生物体を構成、維持する上で重要な物質を一次代謝産物、生育に必ずしも必須ではない物質を二次代謝産物と呼ぶ。微生物において、二次代謝産物の生合成に関わる酵素の遺伝子は、ゲノム中の特定の領域に並んで存在している。 - 3.verticilactam(ヴァーティシラクタム)
放線菌Streptomyces spiroverticillatus JC-8444から単離されたポリケチド化合物。16員環マクロラクタムにオクタリンが縮合した特徴的な構造を持っている。 - 4.マクロラクタム
分子内のカルボキシル基とアミノ基が脱水縮合して形成された環状構造のことで、その中でも構成する炭素数の多い大環状構造を持つもの。 - 5.オクタリン
一つの二重結合を含む二環性の炭化水素化合物。 - 6.BACベクター
大腸菌人工染色体であり、100kb以上の遺伝子群をクローニングできるベクター。巨大な二次代謝生合成遺伝子クラスター全長のクローニングや異種発現生産などに活用される。BACはBacterial Artificial Chromosomeの略。 - 7.LC/MS
高速液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析計(MS)を組み合わせた化合物分析装置。LC部では科学的特性の違いを、MS部では質量の違いをもとに化合物を分離できる。そのため、複雑な混合物の中から、目的の化合物を定性的かつ定量的に分析することが可能である。LCはLiquid Chromatography、MSはMass Spectrometryの略。 - 8.LuxRファミリー転写制御遺伝子(vtlR)
ヘリックス・ターン・ヘリックス構造を持ち、DNAに結合して遺伝子発現を活性化する転写因子ファミリーの遺伝子。 - 9.核磁気共鳴(NMR)法、NMRケミカルシフト
核磁気共鳴法は、静磁場におかれた原子の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる方法。NMRケミカルシフトは、NMRにおいて原子の共鳴位置をδで表したもの。原子の置かれている環境に応じて異なる。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。 - 10.質量分析(MS)法
分子の分子量を測定する分析方法。分子をイオン化して高真空の装置内部に導入し、そのイオン化分子の質量を計測する。また、質量分析装置内で分子を断片化させることで化学構造の推定も可能である。MSはMass Spectrometryの略。 - 11.幾何異性体
有機化合物の二重結合や環式化合物における回転制限による異性体。シス-トランス異性体とも呼ばれる。 - 12.ECDスペクトル
光学活性物質が円偏光の左右で異なる吸収を示す円二色性(circular dichroism)をスペクトルとして表したもの。電子円二色性(electronic circular dichroism:ECD)スペクトルまたはCDスペクトルという。 - 13.50%阻害濃度(IC50)
細胞などの成育を50%阻害する薬物の濃度。この値が小さいほど効果が強い。 - 14.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17のゴールおよび169のターゲットで構成されており、国連加盟193か国が、2016年から2030年の15年間でこれらを達成することを目標としている。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
天然物生合成研究ユニット
ユニットリーダー 高橋 俊二(たかはし しゅんじ)
客員研究員 天貝 啓太(あまがい けいた)
研修生(研究当時) 寺井 淳高(てらい あつたか)
ケミカルバイオロジー研究グループ
研究員 野川 俊彦(のがわ としひこ)
研究員 二村 友史(ふたむら ゆうし)
テクニカルスタッフⅠ 岡野 亜紀子(おかの あきこ)
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)
北里大学 大村智記念研究所
教授 池田 治生(いけだ はるお)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費基盤研究A「天然化合物の多様性拡張を志向した生合成分子基盤の解明(研究代表:高橋俊二)」および基盤研究C「多様性指向型フラクションライブラリーの構築と新規活性化合物探索への応用(研究代表:野川俊彦)」の支援を受けて行われました。
原論文情報
- Toshihiko Nogawa, Atsutaka Terai, Keita Amagai, Junko Hashimoto, Yushi Futamura, Akiko Okano, Manabu Fujie, Noriyuki Satoh, Haruo Ikeda, Kazuo Shin-ya, Hiroyuki Osada, Shunji Takahashi, "Heterologous expression of the biosynthetic gene cluster for Verticilactam and identification of analogues", Journal of Natural Products, 10.1021/acs.jnatprod.Oc00755
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 天然物生合成研究ユニット
ユニットリーダー 高橋 俊二(たかはし しゅんじ)
ケミカルバイオロジー研究グループ
研究員 野川 俊彦(のがわ としひこ)
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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