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2021年2月19日

理化学研究所

シアノバクテリアの普遍的内部構造を可視化

-X線自由電子レーザー・イメージングの新しい解析方法を開拓-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター生命系放射光利用システム開発チームの中迫雅由客員主管研究員、小林周基礎科学特別研究員、山本雅貴チームリーダー、生体機構研究グループの高山裕貴客員研究員らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」[1]で得られた多くのシアノバクテリア[2]細胞の投影像から再構成した三次元構造の中に、シアノバクテリア細胞に普遍的な構造を見いだすことに成功しました。

本研究成果は、破壊的実験であるXFELを用いたX線回折イメージング[3]の新たな構造解析法を開拓したといえます。

XFELを用いたX線回折イメージングでは、超高強度X線パルスによって、試料粒子が原子レベルで破壊されるため、一つの試料からは一つの回折パターンしか得られません。またその投影像は復元できますが、三次元構造までは復元できません。しかし、多数の粒子が類似構造を持つならば、電子顕微鏡分野で開発された単粒子解析法[4]を用いることで、X線パルスに対してさまざまに配向した粒子の投影像から、平均化された三次元構造を復元することが可能です。

今回、共同研究グループは、細胞周期[5]をそろえたシアノバクテリア細胞を多数散布凍結した試料に対して、開発した低温試料高速照射装置「高砂六号」[6]を用いたSACLAでのX線回折イメージング実験を複数回実施し、シアノバクテリア細胞の三次元構造の可視化に成功しました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(2月16日付)に掲載されました。

シアノバクテリアからのX線回折パターンと三次元再構成された電子密度図の画像

シアノバクテリアからのX線回折パターン(左)と三次元再構成された電子密度図(右)

背景

生命現象をもたらすマイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)サイズの細胞を構成する微小な要素の構造や分布を可視化することは、細胞生物学における大きな目標です。これまで、細胞の内部構造のイメージングには、「蛍光顕微鏡[7]」、「超解像顕微鏡[8]」、「透過型電子顕微鏡[9]」、「軟X線顕微鏡[10]」などの手法が用いられてきましたが、それぞれに長所・短所があります。

蛍光顕微鏡や超解像顕微鏡では、蛍光物質による修飾や励起レーザー光による試料損傷が問題となります。透過型電子顕微鏡では、電子と物質の相互作用の強さに起因して、厚さ100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以上の試料の場合は内部構造を観察できず、薬剤固定、染色、薄片化などを経て試料を作る必要があります。唯一、非侵襲的に(細胞を傷つけずに)細胞を観察できる軟X線顕微鏡では、物質のX線に対する吸収コントラストが見えるのみであり、直接物質分布を観察できるわけではありません。

一方で、X線の透過性を利用し、試料の放射線損傷を大幅に低減できる「低温X線回折イメージング・トモグラフィー法[11]」では、大きな細胞を数十nmの解像度で観察できるようになりました注1)。しかし、1個の細胞の測定に2日間程度を要するため、多数の細胞について測定を行い、共通構造を探る試みには適していません。

研究手法と成果

X線回折イメージング法では、非結晶試料粒子に波面のそろった(空間コヒーレンスの高い)X線[12]を照射して回折パターンを取得し、それに位相回復アルゴリズム[13]を用いて、粒子のX線入射方向に対する投影像(投影電子密度図)を得ます。試料の三次元電子密度を再構成するには、試料粒子にさまざまな方向からX線を入射し、各入射方向での回折パターンから投影像を得た後、それらに対して逆投影法[14]を用いて三次元電子密度を復元します。

X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」において、30Hzで供給される超高強度のXFELパルスを用いれば、照射後に試料が原子レベルで壊れるものの、短時間で多数の細胞のX線回折パターンを得られます。これまでに研究チームは、細胞周期をそろえた細胞を試料板に散布・水和凍結して、そこにXFELパルスをもれなく照射することを可能とした低温試料高速照射装置「高砂六号」注2)を開発し、SACLAでのX線回折イメージング実験に用いてきました(図1左)。凍結試料は液体窒素温度に保存され、温度上昇や着霜を防ぐ工夫を施したキャリヤーと搬送ロボットによって、装置の真空槽内の高速並進移動ステージに搭載された低温ポット[15]に運ばれます。

回折パターンからは、位相回復アルゴリズムを用いて、X線パルス入射方向に投影された電子密度が得られます。各細胞がほぼ同じ構造を持つと仮定すると、単粒子解析のアルゴリズムを用いることで、X線入射方向に対して粒子がどの向きであったかを推定できます。X線パルスに対してさまざまな向きにある粒子の投影像を得た後、逆投影法によって、それらの投影像をもたらした三次元電子密度図が得られます(図1右)。

「SACLA」でのX線回折イメージング実験装置と構造解析の概要の図

図1 「SACLA」でのX線回折イメージング実験装置と構造解析の概要

  • (左)低温試料高速照射装置「高砂六号」の真空槽内ある低温ポットに低温凍結試料試料板を搬送し、高速並進移動ステージを用いて、XFELパルスに対して試料板をスキャンし、回折パターンを収集する。
  • (右)二台の検出器で記録した回折パターンを統合後、位相回復アルゴリズムによって投影電子密度を得た後、逆投影法によって三次元電子密度分布を得る。

これまでの実験において、数十nmの高分解能で回復できた多数の投影像から、シアノバクテリアは、個体ごとに全く異なる構造を持つのではなく、ある程度共通した細胞内部構造を持つことが予想されました。

25nm分解能までの回折パターンを記録できた約300個体の投影電子密度から、シアノバクテリアの平均三次元電子密度図を再構成したところ、高い電子密度を持つ領域と、中心および特定の細胞表面に伸びた低い電子密度の領域があることが判明しました(図2左の全体および断面)。もし、共通構造が無ければ、図2左のような分布に偏りのある電子密度は得られなかったと考えられます。それゆえ、得られた三次元電子密度図は、内部構造の配置にはある程度の自由度があるものの、シアノバクテリア内には、普遍的な構造のレイアウトが存在することを強く示唆しています。

蛍光顕微鏡観察からの低分解能物質マッピング結果を参照しながら、外縁部のC字型をした電子密度は、光合成を行う組織であるチラコイド膜[16]、最も高い電子密度領域はカルボキシソーム[17]の集合体であろうと推測しました(図2右)。低電子密度領域には、生体分子が少ないと考えられるため、近年、シアノバクテリアでその存在が示唆された、余剰あるいは不要物質を捨てるための経路ではないかと予想されます(図2右模式図のvoidとcorridor)。

再構成されたシアノバクテリア内部の三次元電子密度分布と予想される普遍的構造の図

図2 再構成されたシアノバクテリア内部の三次元電子密度分布と予想される普遍的構造

  • (左)シアノバクテリア内部の平均三次元電子密度図およびその断面。2,3を含むC字状の分布はチラコイド膜、4の高い電子密度領域はカルボキシソーム、1,5が低電子密度領域で、それぞれvoidとcorridorと名付けられ、細胞内の余剰物質を集積排出する経路と推察される。
  • (右)平均三次元電子密度図と蛍光顕微鏡での物質分布観察から推定された、シアノバクテリア内普遍的物質分布の模式図。

今後の期待

現在、大型放射光施設「SPring-8」[18]における低温X線回折イメージング・トモグラフィー実験では、2日間で水和凍結細胞1個の三次元構造解析データを収集でき、細胞周期の各段階での構造解析を実施することで、細胞個々の特性や細胞周期に応じた物質分布の変化が分かります。一方、XFELを用いるX線回折イメージング実験注1)では、大量の細胞試料の投影像を得ることや、細胞内部構造の普遍性と多様性を知ることができます。

今回の成果から、XFELとシンクロトロン放射光を用いるX線回折イメージングの相補的利用が、数十nmの解像度で細胞の個性と多様性の解明につながり、他のイメージング手法では成しえない非侵襲的イメージングの進展が期待できます。

また、本研究は、低温X線回折イメージング法の有用性をさらに高めたものであり、今後、同手法が細胞イメージングの重要な柱の一つとなるだけでなく、非結晶金属ナノ材料試料注3)の構造研究にも裾野を広げていくと期待できます。

補足説明

  • 1.X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。XFELは、X線領域におけるレーザーであり、従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とする。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルス光である。SACLAでは、2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が行われている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にもかかわらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。
  • 2.シアノバクテリア
    酸素発生型光合成を行う原核生物で、30~25億年前に地球上に出現し、現在のように地球大気を酸素を豊富に含む環境に変えていったと考えられる。また、共生によって真核細胞に取り込まれ、植物の葉緑体の祖先となったと考えられており、進化を考える上で非常に重要な生物である。
  • 3.X線回折イメージング
    干渉性の優れたX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のこと。
  • 4.単粒子解析法
    ほぼ同一の構造を持つ粒子をさまざまな角度からランダムに撮影した多数の二次元画像から、信号/雑音比を向上させ、その三次元構造を再構成する方法。透過型電子顕微鏡における生体分子の構造解析において発展してきた。
  • 5.細胞周期
    細胞は、分裂を繰り返して増殖するが、この細胞分裂のサイクルを細胞周期と呼ぶ。細胞周期は、間期とM期に分けられる。分裂が起こるM(Mitosis)期と、間期は、DNAの複製が起こるS(Synthesis)期、それぞれの間をつなぐG1(Gap1)期、G2(Gap2)期からなり、サイクルはG1→S→G2→M→G1→…の順に進む。
  • 6.低温試料高速照射装置「高砂六号」
    SACLAでの低温X線回折イメージング実験のために慶應義塾大学と理化学研究所が共同で開発した回折装置。たかさごろくごうと読む。30Hzで供給されるX線自由電子レーザーパルスをもれなく利用するために、高速で試料の並進を行うステージ上に低温ポットを備えて、66~70K(-207~-200℃)の低温で回折実験を行うことができる。低温凍結試料の搬送のために、ロードロック・チャンバーと搬送ロボットを搭載している。
  • 7.蛍光顕微鏡
    試料の観察対象とする組織を蛍光を発する物質で染め上げ、その蛍光・燐光の形や動態を光学顕微鏡で観察する手法。組織ごとに蛍光物質を変えれば複数の組織の位置関係を同時に観察することが可能だが、全ての組織を染め上げることは極めて難しい。
  • 8.超解像顕微鏡
    光は波としての性質を示し回折現象を起こすため、光学顕微鏡で観察できる空間分解能は回折によって制限され(回折限界)、観察に用いる光の波長の半分程度であることが理論的に示されていた。近年、蛍光分子の特徴を巧みに利用することで、回折限界を超えた高い空間分解能を達成する手法が開発され、これを超解像蛍光顕微鏡法と呼ぶ。
  • 9.透過型電子顕微鏡
    通常の光学顕微鏡では可視光を試料に当てて観察するのに対し、電子顕微鏡では電子線を当てて観察する。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1nm程度の分解能が得られ、生体分子やその複合体の構造解析に用いられる。ただし、電子と物質の相互作用が強いことがあだとなって、厚みのある試料を観察できない。
  • 10.軟X線顕微鏡
    「水の窓」と呼ばれる波長領域(2.28~4.36nm)のX線と、レンズに相当するゾーンプレートを用いるイメージング手法であり、細胞内物質のX線吸収の違いを可視化できる。
  • 11.低温X線回折イメージング・トモグラフィー
    トモグラフィーは、回転ステージによってX線入射方向に対する試料の配向を調整し、配向ごとの回折パターンを記録して三次元構造を可視化する手法であり、これとX線回折イメージング法を組み合わせることで、透過型電子顕微鏡では可視化できない厚みのある非結晶試料粒子の内部構造を可視化できる。水和環境が必須な細胞試料を、-196℃の液体窒素温度程度の低温に冷やすことによって、X線と相互作用した分子が壊れる放射線損傷を低減させることが可能である。
  • 12.波面のそろった(空間コヒーレンスの高い)X線
    ある空間内に複数の光波が存在するとき、波同士の山と山もしくは谷と谷が重なれば、それぞれ山もしくは谷は大きくなる。逆に、山と谷が重なる場合には打ち消される。このような光波の干渉の具合を空間コヒーレンスという。
  • 13.位相回復アルゴリズム
    回折パターンは、試料で回折されたX線の振幅情報のみを反映したもので、正しい像を再生するためには位相情報が必要になる。振幅情報から位相情報を取得する手順のこと。
  • 14.逆投影法
    単粒子解析において、三次元電子密度を再構成するアルゴリズム。さまざまな角度で得られた粒子の投影像から、元の立体像を再現する。
  • 15.低温ポット
    低温物理学で開発されたデバイスの一つ。液体窒素や液体ヘリウム用貯留槽を内部に持ち、それら冷媒は細管から供給される。貯留槽を負圧(圧力が低い状態)にすることで、蒸発冷却効果が生じ、常圧下の冷媒沸点よりも低い温度に到達できる。振動が生じないので、微小試料へのX線照射が不可欠なX線回折イメージングに適している。
  • 16.チラコイド膜
    光合成色素タンパク質群が埋め込まれ、光合成が行われる扁平な膜が積層した細胞内小器官。
  • 17.カルボキシソーム
    シアノバクテリアの中央部で観察される細胞内顆粒であり、二酸化炭素固定酵素、その活性化酵素と炭酸脱水酵素からなり、二酸化炭素固定が行われる細胞内小器官。
  • 18.大型放射光施設「SPring-8」
    理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
生物系ビームライン基盤グループ 生命系放射光利用システム開発チーム
基礎科学特別研究員 小林 周(こばやし あまね)
客員研究員(研究当時) 岡島 公司(おかじま こうじ)
(慶應義塾大学 理工学部 特任助教)
研修生(研究当時) 大出 真央(おおいで まお)
(慶應義塾大学 理工学研究科)
客員研究員 苙口 友隆(おろぐち ともたか)
(慶應義塾大学 理工学部 専任講師)
客員主管研究員 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
(慶應義塾大学 理工学部 教授)
チームリーダー 山本 雅貴(やまもと まさき)
利用技術開拓研究部門
生体機構研究グループ
客員研究員 高山 裕貴(たかやま ゆうき)
(兵庫県立大学 物質理学研究科 助教)

東京理科大学 理工学部
大学院生(研究当時) 平川 健(ひらかわ たけし)
教授(研究当時) 松永 幸大(まつなが さちひろ)
特任助教(研究当時) 乾 弥生(いぬい やよい)

研究支援

本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー施設重点戦略課題推進事業「SACLAにおける低温X線回折イメージング実験の展開と標準化(研究代表者:中迫雅由)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「コヒーレントX線回折による酵母核内の核酸分布イメージング(研究代表者:中迫雅由)」および、特別研究員奨励費「コヒーレントX線回折イメージングによるソフトマター空間階層構造可視化技術の開発(研究代表者:小林周)」の支援を受けて実施されました。

原論文情報

  • Amane Kobayashi, Yuki Takayama, Takeshi Hirakawa, Koji Okajima, Mao Oide, Tomotaka Oroguchi, Yayoi Inui, Masaki Yamamoto, Sachihiro Matsunaga, and Masayoshi Nakasako, "Common architectures in cyanobacteria Prochlorococcus cells visualized by X-ray diffraction imaging using X-ray free-electron laser", Scientific Reports, 10.1038/s41598-021-83401-y

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 生物系ビームライン基盤グループ 生命系放射光利用システム開発チーム
客員主管研究員 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
(慶應義塾大学 理工学部 教授)
基礎科学特別研究員 小林 周(こばやし あまね)
チームリーダー 山本 雅貴(やまもと まさき)
利用技術開拓研究部門 生体機構研究グループ
客員研究員 高山 裕貴(たかやま ゆうき)
(兵庫県立大学 物質理学研究科 助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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