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2021年5月11日

理化学研究所

高密度な中性子物質の硬さの測定に初めて成功

-中性子星内の状態を実験室で再現-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターRI物理研究室の磯部忠昭専任研究員、西村美月特別研究員(研究当時)、櫻井博儀室長らの国際共同研究グループは、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」において、新たに開発した3次元時間射影型飛跡検出システム「SPiRIT[3]」を用いて、RIビームの衝突によって生成した中性子過剰な高密度核物質(原子核密度[4]の1.5倍)の硬さの測定に世界で初めて成功しました。

本研究成果は、中性子過剰な高密度物質からなる「中性子星[5]」の内部構造を明らかにする上で重要な知見であり、中性子星合体や超新星爆発[6]による元素合成のメカニズムの解明に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、RIBFにおいてスズ(Sn)の同位体同士を衝突させることで、中性子の多い高密度核物質と中性子の少ない高密度核物質を生成し、それぞれの系から放出された「荷電パイ中間子[7]」をSPiRITにより系統的に測定しました。そして、二つの系における荷電パイ中間子のエネルギー生成分布比の違いを輸送理論モデル[8]と比べ、1.5倍原子核密度の中性子過剰な高密度核物質の硬さ(圧力)が(2±1.5)×1029気圧であることを導き出しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(4月15日付)に掲載されました。

スズ原子核同士の衝突により高密度物質が生成され、荷電パイ中間子が放出されるの図

スズ原子核同士の衝突により高密度物質が生成され、荷電パイ中間子が放出される
(Credit: Erin O'Donnell, 米国FRIB)

背景

「中性子星」は宇宙に存在する最も高密度な天体であり、太陽質量の約8倍以上の大質量星の進化の最終段階で起こる超新星爆発により生まれると考えられています。中性子星は、太陽と同程度の質量を持ちながら半径は約10kmしかないため、その中心部は1cm3あたり1兆kg(原子核密度の5~7倍)にも達する超高密度状態となっています。

中性子星の表面は原子核や電子からなり、内部に進むにつれて原子核が融けて中性子を主とする一様な高密度物質になると考えられていますが、詳しい内部構造についてはよく分かっていません。一方で、昨今の重力波[9]観測による研究により、中性子星同士の合体の際には金やプラチナなどの重元素が合成されることが分かってきています。

中性子星の内部構造を表すのは「状態方程式」です。状態方程式とは、物質を押した際にどのくらい硬いか、柔らかいかを示す式です。同様に物質の状態も表し、例えば水の状態方程式は、温度と密度の違いによる氷・水・水蒸気といった状態の違いを示します。

これまで、中性子星内部の状態方程式(物質の硬さ)はさまざまな観測や実験を通して調べられてきました。しかし、中性子星内部に存在するような高密度物質を実験室で安定して作り出すことは不可能です。そのため、加速した原子核を別の原子核に衝突させることで高密度状態を作り出す方法があります。しかし、このとき生成される高密度核物質は一瞬で崩れてしまうため、衝突でどんな物質ができたかを調べることは困難でした。

そこで、国際共同研究グループは、加速器を使って中性子数を人工的に増やしたり減らしたりした質量数の異なる原子核同士を衝突させ、生成された高密度核物質の情報を持って放出される「荷電パイ中間子」を系統的に測定し、その結果を理論モデルと比較することで、中性子星内部の硬さを導き出すことにしました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」において、安定同位体が多く存在するスズ(Sn)のRIビームを用いて、中性子が通常よりも多い高密度核物質と中性子が通常よりも少ない高密度核物質の2種類を生成させました。前者の生成には、スズ-132原子核(132Sn、陽子数50、中性子数82)をスズ-124原子核(132Sn、中性子数74)に衝突させ、後者の生成には、スズ-108原子核(108Sn、中性子数58)をスズ-112原子核(112Sn、中性子数62)に衝突させました。衝突させるスズ原子核のエネルギーは核子当たり270MeV程度で、このエネルギーでは衝突中心部分の密度は原子核密度の1.5~2倍程度に達します。

生成した中性子の多い高密度核物質と少ない高密度核物質の硬さの違いを比べるには、衝突によって放出される荷電パイ中間子を始めとする多くの粒子の同時測定が必要です。そのために、あらかじめ米国のミシガン州立大学と共同で3次元時間射影型飛跡検出システム「SPiRIT」を開発しました(図1)。このシステムは、1m3程度の体積を持つ荷電粒子検出器を多粒子測定装置「SAMURAIスペクトロメータ[11]」にインストールしたもので、RIビーム衝突によって発生する多くの粒子を一度に測定できます。実際に、この「SPiRIT」を用いて、中性子数を制御した二つの高密度核物質の系から生成される荷電パイ中間子を系統的に測定することに成功しました。

3次元時間射影型飛跡検出システム「SPiRIT」の図

図1 3次元時間射影型飛跡検出システム「SPiRIT」

  • 左:多粒子測定装置「SAMURAIスペクトロメータ」にインストールされたSPiRIT。
  • 右:インストール時の様子。矢印部分がSPiRIT。

これまで、高密度核物質の状態方程式を決定する有力な方法として、原子核同士の衝突を数値的に記述する「輸送理論モデル」を用いた理論計算により、荷電パイ中間子の測定が提案されていました。今回測定した荷電パイ中間子は、原子核密度の1.5倍の高密度核物質の情報を持っていると考えることができます。二つのそれぞれの系から放出された荷電パイ中間子のエネルギー分布比の違いを輸送理論モデルと比べた結果、1.5倍原子核密度における中性子核物質の硬さ(圧力)は、13±10MeV/fm3[(2±1.5)×1029気圧]であることが分かりました(図2)。

SPiRITで測定された荷電パイ中間子のエネルギー分布比の図

図2 SPiRITで測定された荷電パイ中間子のエネルギー分布比

左は中性子が多い高密度核物質、右は中性子が少ない高密度核物質から放出された荷電パイ中間子のエネルギー分布比。赤線と青線は理論モデルによる状態方程式(物質の硬さ)の大小の違いを示す。実験値(黒丸)からどの硬さがもっともらしいかを推定した結果、青線と赤線の中間値の硬さがもっともらしいことが分かった。実線と破線は、計算における不確定要素の一つである質量パラメータの違いを示す。二つの系において、硬さの違いを理論モデルと比較することで、1.5倍原子核密度における中性子核物質の硬さを導出した。

今後の期待

今回、1.5倍原子核密度の中性子過剰な核物質における状態方程式(硬さ)を求めることができました。この状態方程式は従来よりも高精度であり、中性子星の内部構造の理解にとどまらず、中性子星合体や超新星爆発における元素合成過程を数値計算する上で必須の情報です。今後、より高密度かつ中性子のより多い原子核物質を測定することで、元素合成過程の詳細が解明されるものと期待できます。

補足説明

  • 1.重イオン
    原子が電子を失う、または得ることにより電荷を持ったものをイオンといい、このうち炭素より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剥ぎ取ると、原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つことにより、加速器で電気的に加速することが可能となる。
  • 2.RIビームファクトリー(RIBF)
    水素からウランまでの全元素のRI(放射性同位体)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったRIも含めて約4,000種類のRIを生成できると期待されている。
  • 3.SPiRIT検出器
    重イオン衝突において発生した多数の粒子を観測する、3次元で荷電粒子の飛跡を検出する検出器群。SAMURAIスペクトロ―メータと組み合わせることで、粒子の種類とエネルギーを測定し、原子核衝突の様子を研究する。
  • 4.原子核密度
    原子核内部の密度である2.5×1014g/cm3を指す。この密度は原子核の質量数によらず一定である。
  • 5.中性子星
    太陽と同程度の質量を持ちながら、その半径が10km程度しかない奇妙な天体であり、その主成分は中性子であると考えられている。中性子以外に、5%程度の陽子やそれ以外のハドロンが混合していると考えられているが、詳細についてはまだ未解明で、多くの実験・理論研究が行われている。2017年には、二つの中性子星が衝突し合体する事象が重力波により観測され、大きな波紋を呼んだ。この中性子合体現象が、宇宙における鉄より重い元素の合成の場だと考えられている。
  • 6.超新星爆発
    大質量の星(恒星)がその一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象。太陽の約8倍より重い星の場合、核融合反応により中心核の質量が増えると、やがて陽子の電子捕獲反応が起きて、中心核内部に中性子過剰な原子核が増える。これによって電子の縮退圧が弱まり、重力収縮が打ち勝って一気に崩壊する(重力崩壊型超新星爆発)。
  • 7.パイ中間子
    原子核内で陽子と中性子を強く結びつける力を仲介する粒子。質量は電子の約270倍で、電荷は荷電(正・負)、中性の3種がある。
  • 8.輸送理論モデル
    原子核同士の衝突を数値的に記述するための理論モデル。衝突によって生成される高温高密度状態を粒子(ここでは主に核子)レベルで記述し、その後各粒子が広がっていく様子を記述する。
  • 9.重力波
    質量を持った物体が空間を移動したときにできる微小な空間の歪みが伝播する波。
  • 10.状態方程式
    巨視的な物質を特徴付ける状態量(温度、体積、圧力、内部エネルギーなど)の間の関係式。気体の状態方程式(PV=nRT)はその一例である。
  • 11.SAMURAIスペクトロメータ
    大型超伝導双極電磁石と原子核反応を観測するための多様な検出器群から構成される。RIビームがターゲットと反応して発生した多種粒子の種類や運動量、軌跡を同時に測定することで、原子核の構造や反応を調べる。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
RI物理研究室
専任研究員 磯部 忠昭(いそべ ただあき)
特別研究員(研究当時) 西村 美月(にしむら みづき)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
多粒子測定装置開発チーム
チームリーダー 大津 秀暁(おおつ ひであき)
情報処理技術チーム
チームリーダー 馬場 秀忠(ばば ひでただ)

京都大学 理学部
講師(研究当時) 村上 哲也(むらかみ てつや)

アメリカ・ミシガン州立大学
教授 リンチ・ビル(Bill Lynch)
教授 ツァング・ベティ(Betty Tsang)

アメリカ・テキサスA&M大学
教授 ヤネロ・シェリー(Sherry Yenello)
研究員 マッキントッシュ・アラン(Alan McIntosh)

ルーマニア・物理学核工学研究所
上級研究員 コズマ・ダン(Mircea DanCozma)

本研究は、理化学研究所、京都大学、アメリカ・ミシガン州立大学、アメリカ・テキサスA&M大学、ポーランド・核物理学研究所、韓国・韓国大学、ドイツ・ダルムシュタット工科大学、ドイツ・重イオン研究所、ポーランド・ヤギェウォ大学、東京工業大学、東北大学、立教大学、オランダ・原子物理学研究所、クロアチア・ルダーボスコヴック研究所、韓国・基礎化学研究所、中国・精華大学、ルーマニア・物理学核工学研究所に所属する62名の研究者が参加する国際共同研究グループにより行われました。

研究支援

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質(領域代表者:田村裕和)」、アメリカエネルギー省補助金DE-SC0021235、DENA0003908、DE-FG02-93ER40773、DE-FG02-93ER40773、DE-SC0019209、DE-SC0015266、DE-AC02-05CH11231、アメリカ国立科学財団補助金、PHY-1565546、the Robert A. Welch 財団補助金(A-1266and A-1358)、大韓民国の国立研究財団補助金2016K1A3A7A09005578、2018R1A5A1025563、2013M7A1A1075764ポーランド国立科学センター補助金UMO- 2013/09/B/ST2/04064、UMO-2013/-10/M/ST2/00624による支援を受けて行われました。

原論文情報

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
専任研究員 磯部 忠昭(いそべ ただあき)
特別研究員(研究当時) 西村 美月(にしむら みづき)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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