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2021年10月21日

理化学研究所

マイクロ波と光のアンサンブル

-マイクロ波・光協働化学とカーボンニュートラルへ期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターグリーンナノ触媒研究チームの山田陽一チームリーダー、松川裕太特別研究員、分子構造解析ユニットの村中厚哉専任研究員らの共同研究グループは、光とマイクロ波[1]の協働的な触媒的化学合成反応系の開発に成功しました。

本研究成果は、省エネルギーな合成法として注目されているマイクロ波化学反応の機構解明や、新たなカーボンニュートラル合成法の開発に貢献すると期待できます。

マイクロ波照射によって起こる化学反応や反応速度の向上のうち、加熱効果とは異なる原理によるものは「(非熱的)マイクロ波効果」と呼ばれ、マイクロ波化学という新たな研究分野において研究されています。しかし、マイクロ波化学では主に固体表面上の反応を扱うため、有機単分子におけるマイクロ波効果についてはほとんど知られていません。

今回、共同研究グループは、有機分子であるフェニルアセチレン[2]光触媒[3]とするジメチルスルホキシド[4]の酸素酸化系を構築し、ここにマイクロ波を照射することで、有機分子におけるマイクロ波効果の観測に成功しました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』の掲載に先立ち、オンライン版(10月21日付:日本時間10月21日)に掲載されます。

背景

マイクロ波といえば、電子レンジに応用されているような局所的および効率的な加熱効果が一般的に知られていますが、近年、マイクロ波を照射したときにだけ観測される化学反応や、既知の反応におけるマイクロ波による加速効果が数多く報告されており、特に加熱効果とは異なる原理によるものは「非熱的マイクロ波効果(以下、マイクロ波効果)」と呼ばれています。マイクロ波効果についての機構解明や応用研究を行う「マイクロ波化学」という新しい研究分野も確立されています。しかし、マイクロ波化学では主に固体表面上の反応について研究されていることから、固体反応に関する機構は解明されつつあるのに対し、有機単分子におけるマイクロ波効果についてはほとんど知られていません。

そこで、共同研究グループはマイクロ波のエネルギーに着目し、次のようなアプローチで「光・マイクロ波協働系」として有機分子におけるマイクロ波効果の研究を着想しました。図1に、有機分子が光に応答して酸素を活性化する仕組みを示します。

まず、有機分子(フェニルアセチレン)の基底状態(S0)にある電子が光によって励起され、一つ上の準位(S1)へ移ります。そして、S1準位の電子は速やかに隣のT1準位へ移動しますが、このT1準位の電子は酸素分子(三重項酸素[5]3O2)を活性化し、活性酸素の一種である一重項酸素[5]1O2)に変換する働きをします。これを踏まえて、この一重項酸素の生成効率を考えると、S1準位からT1準位への移動は非常に速く、全体の速度や効率には影響しないため、T1状態に活性化された触媒と酸素分子とが出合うための猶予、すなわちT1準位の寿命が重要であるといえます。

このT1準位は、細かく見ると三つの副準位に分かれており、真ん中の副準位のT1(2)が比較的短寿命、そして上下の副準位T1(1)とT1(3)が長寿命であると考えられています。しかし通常は、ほとんどの電子が短寿命のT1(2)に入っていることから、この電子を長寿命のT1(1)やT1(3)に移すことができれば、T1準位の長寿命化がかないます。

そこで共同研究グループは、T1(1)~T1(3)副準位間のエネルギー差の約10マイクロ電子ボルト(μeV、1μeVは100万分の1電子ボルト)に相当するエネルギーを外部から与えれば、T1(2)準位の電子を上下の副準位へ移動させ、T1状態を長寿命化できると考えました。ここで、電子レンジなど一般的に用いられる2.45ギガヘルツ(GHz、1GHzは10億ヘルツ)のマイクロ波のエネルギーも、およそ10μeVであることから、外部エネルギー源として2.45GHzのマイクロ波を用いることで、光化学反応系中にマイクロ波効果を見いだせると期待しました。

こうした戦略により、マイクロ波化学の中でも未開拓である、有機単分子におけるマイクロ波効果の観測、機構解明、ならびに合成反応への応用を目指し、本研究に着手しました。

フェニルアセチレンによる光・マイクロ波協働酸化系の概念図の画像

図1 フェニルアセチレンによる光・マイクロ波協働酸化系の概念図

フェニルアセチレン分子に光を当てると、元々S0にある電子がS1へ励起され、直ちにT1へ移る(項間交差)。このT1電子が酸素分子を活性化して一重項酸素(1O2)を生じ、スルホキシドの酸化へと至る。このときマイクロ波を照射すると、短寿命のT1(2)準位にある電子が上下のT1(1)、T1(3)準位へ移動し、長寿命化が期待できる。

研究手法と成果

共同研究グループは光触媒として、T1準位からS1準位へ電子が戻りにくいことが知られ、かつ比較的安価で入手できるフェニルアセチレンを選びました。また光源には、水銀不使用のキセノンランプを用いました。そして、原料のジメチルスルホキシドに対して1/20モル当量のフェニルアセチレンを触媒として用い、ジメチルスルホン[6]へと酸化する実験を行いました(図2)。

1気圧の酸素雰囲気下で、光量を450ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)において30mW/cm2と一定にし、50℃で48時間反応させたところ、マイクロ波ありの場合は収率77%、マイクロ波なしの場合は収率21%と、効率に著しい差が見られました。また、光なしの場合は収率0%、触媒なしの場合は収率4%と、反応がほとんど進行しなかったことから、この反応系では光と触媒が必須であり、かつマイクロ波が反応効率の向上に大きく影響していることが分かりました。いずれの実験においても副反応は観測されず、未反応原料はおおむね回収されました。

なお、同様の条件下でマイクロ波の電場のみを分離して照射すると、3時間でジメチルスルホンが収率11%で得られたのに対し、マイクロ波非照射では収率4%であったことから、マイクロ波の電場が反応に寄与していることが示されました。

ジメチルスルホキシドを原料とした光・マイクロ波協働的な酸素酸化反応の図

図2 ジメチルスルホキシドを原料とした光・マイクロ波協働的な酸素酸化反応

フェニルアセチレン触媒を原料に対して1/20モル用いて、8W程度のマイクロ波照射により反応温度を50℃に保ち、原料のジメチルスルホキシドを酸化することで、ジメチルスルホンを合成した。対照実験により、光、触媒、およびマイクロ波の重要性が示された。

次に、この現象がT1準位の寿命延長によるものであることを確認するために、対照実験として、フェニルアセチレンのベンゼン環のパラ位に塩素(Cl)、臭素(Br)、およびヨウ素(I)のハロゲン置換基を導入し、意図的にT1準位の寿命を短くしたものを触媒として用いてみました(図3)。なお、T1準位の寿命は、塩素、臭素、ヨウ素置換基の順に、約1桁ずつ短くなっていくことが知られています(図3中、緑で示した数字)。

上述の条件で20時間の反応時間で実験したところ、塩素(収率32%)、臭素(収率27%)、ヨウ素(収率3%)の順に収率が低下し、T1準位の寿命と対応する結果が得られました。これにより、この反応におけるT1準位の寿命の重要性を確認できました。

また、トルエン溶媒中でフェニルアセチレンによる一重項酸素の発生(量子収率21%)の観測にも成功し、この反応に一重項酸素が関与していることも示されました。この結果も、T1準位の寿命が重要であることを支持しています。

ハロゲン原子を持つフェニルアセチレンを用いた対照実験の図

図3 ハロゲン原子を持つフェニルアセチレンを用いた対照実験

塩素(Cl)、臭素(Br)、およびヨウ素(I)置換フェニルアセチレンを用いて、20時間反応させたところ、同順に収率が減少し、T1準位の寿命と対応する結果となった。

今後の期待

本研究により、光・マイクロ波協働効果による合成反応系が提示されました。この協働効果により、低出力のマイクロ波で効率的に光触媒反応を促進させ、必要エネルギーを大幅に低く抑えることができます。そのため、全体として省エネルギー下で合成可能な新たなカーボンニュートラル合成法の開発につながると期待できます。

また、本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち「12 .つくる責任 使う責任」と「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」に大きく貢献するものです。

補足説明

  • 1.マイクロ波
    光子の振動がなす電磁波の一種。光子の波長が400~700nmのものを可視光線、800nm付近を赤外線、そして数cmのものをマイクロ波と呼ぶ。電子レンジ(周波数 2.45GHz)の波長は約12cmである。
  • 2.フェニルアセチレン

    ベンゼンにアルキン(炭素-炭素三重結合をもつ化合物)が結合した化合物。

    フェニルアセチレンの図
  • 3.光触媒
    原料に対してごく少量で反応を進行させる媒体(触媒)の中でも、光エネルギーによって触媒作用を示すもの。
  • 4.ジメチルスルホキシド

    安価かつ低毒性の高極性溶媒として広く合成研究に用いられている。硫黄原子を含むため、硫黄原子特有の反応挙動にしばしば注目される。

    ジメチルスルホキシドの図
  • 5.三重項酸素、一重項酸素
    空気中の大多数の酸素分子は三重項酸素とよばれる安定な状態であり、これが紫外線などで活性化されると一重項酸素となる。しかし、一般的には紫外線のみによる一重項酸素の発生は極めて低効率であるため、光触媒を仲介させることで効率を向上させる。このような目的で用いる光触媒を増感剤と呼ぶ。
  • 6.ジメチルスルホン

    自然界においては広く牛乳や穀物などに含まれ、有機硫黄成分として健康食品などにも用いられている。

    ジメチルスルホンの図
  • 7.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(やまだ よういち)
特別研究員 松川 裕太(まつかわ ゆうた)
分子構造解析ユニット
専任研究員 村中 厚哉(むらなか あつや)

東京大学 大学院薬学系研究科
教授 内山 真伸(うちやま まさのぶ)
大学院生 村山 智崇(むらやま ともたか)

京都大学 化学研究所
准教授 髙谷 光(たかや ひかる)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(若手研究)「ナノ空間型シリコン-金属ナノ粒子での人工光合成による元素戦略的薬理活性物質合成(研究代表者:松川裕太)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuta MATSUKAWA, Atsuya MURANAKA, Tomotaka MURAYAMA, Masanobu UCHIYAMA, Hikaru TAKAYA, Yoichi M. A. YAMADA, "Microwave-assisted photooxidation of sulfoxides", Scientific Reports, 10.1038/s41598-021-99322-9

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(やまだ よういち)
特別研究員 松川 裕太(まつかわ ゆうた)
分子構造解析ユニット
専任研究員 村中 厚哉(むらなか あつや)

山田 陽一チームリーダーの写真 山田 陽一
松川 裕太特別研究員の写真 松川 裕太

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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