理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの内海好規研究員、関原明チームリーダーらの国際共同研究グループは、東南アジアのキャッサバ[1]重要品種を用いた「形質転換植物作出技術[2]」の開発に成功しました。
本研究成果は、東南アジアのキャッサバ分子育種[3]を推進する上で重要であり、今後の基礎研究や有用な植物の開発に貢献すると期待できます。
植物分子育種を迅速に進める上で、植物に目的とする遺伝子を導入し、その植物に新しい性質を付与する形質転換植物作出技術は有効な手法の一つです。しかし、これまでアフリカ由来のキャッサバ品種では形質転換植物作出技術が確立されていたものの、東南アジアのキャッサバ品種では確立されていませんでした。
今回、国際共同研究グループは、カルス[4]誘導培地により、東南アジアで最も多く作付けされているキャッサバ品種KU50の小粒状の胚形成カルス(Friable Embryogenic Callus;FEC)[5]を効率よく誘導し、FECに外来遺伝子を導入する形質転換植物作出技術を世界で初めて開発しました。
本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』オンライン版(11月26日付:日本時間11月26日)に掲載されます。
GFP遺伝子を導入した東南アジアキャッサバの形質転換体(左)と非形質転換体
背景
熱帯植物のキャッサバは主要な作物であるにもかかわらず、その研究や育種は他の主要作物と比較していまだ発展途上です。植物に有用形質を付与するにはさまざまな技術があります。なかでも、植物に目的とする遺伝子を導入し、その植物に新しい性質を付与する「形質転換植物作出技術」は、分子育種の迅速化を図る上で重要な技術の一つです。
キャッサバの形質転換植物作出技術で最も効率が良いのは、小粒状の胚形成カルス(Friable Embryogenic Callus;FEC)を介する方法です。しかし、この方法ではカルス(分化していない状態の植物細胞の塊)の培養が必要な上、キャッサバ組織からカルスへの脱分化[6]、カルスから植物体への再分化[6]を効率よく誘導できる品種に対象が限定されます。そのため、これまで報告された形質転換植物作出技術はアフリカ由来のキャッサバ品種を使ったものだけで、東南アジアの有用キャッサバ品種を用いた形質転換植物作出技術は開発されていませんでした。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、カルス誘導培地(培地中の窒素・リン酸・カリウムの量を制限して、ビタミンB1を過剰に加えた培地)を用いて、東南アジアで最も多く栽培されている有用キャッサバ品種KU50の腋芽(えきが:葉の付け根から出る芽)からFECを効率よく誘導することに成功しました(下図a)。
FECはキャッサバの形質転換に最適な組織材料です。FECと緑色蛍光タンパク質(GFP)[7]の遺伝子、土壌細菌のアグロバクテリウム[8]を共存培養後、FECから植物個体を再分化させて、GFP遺伝子が発現したKU50の形質転換植物を作出しました(下図b-f)。
図 キャッサバKU50のFECとGFP遺伝子を導入した形質転換植物
aは、東南アジアのキャッサバ品種KU50から誘導した小粒状の胚形成カルス(FEC)。スケールバーは5mm。bの#7と#18は、GFP遺伝子を導入した形質転換植物。形質転換植物の葉(c)と根(e)には緑色のGFP蛍光が見られるが、非形質転換植物の葉(d)と根(f)にはGFP蛍光は観察されない。
今後の期待
本研究では、東南アジアで最も多く栽培されているキャッサバ品種KU50の形質転換植物作出技術を開発しました。本技術とゲノム編集技術[9]などを組み合わせることで、高収量や高付加価値(悪環境下でも栽培可能、耐病性、デンプン形質)なキャッサバの迅速な分子育種に貢献できる可能性があります。
従って今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[10]」のうち「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献が期待できます。
補足説明
- 1.キャッサバ
学名:Manihot esculenta、英語名:cassava。熱帯・亜熱帯地域で栽培されている。挿し木で増殖し、根には塊根が形成される。塊根中で合成されるデンプンは、全世界で5~10億人の重要な食糧源・エネルギー源となっており、食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置付けられている。 - 2.形質転換植物作出技術
植物に目的とする遺伝子を導入し、その植物に新しい性質を付与する技術のこと。植物への遺伝子導入法には、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などの方法があるが、再現性の良い方法としてアグロバクテリウム法が広く使用されている。 - 3.植物分子育種
遺伝子情報や形質転換植物作出技術を有効利用した育種方法。大きく分けて、ゲノム情報を利用して従来の交配育種を計画的に行うマーカー選抜育種と、形質転換植物作出技術を用いた組換え育種がある。 - 4.カルス
固形培地上などで培養されている分化していない状態の植物細胞の塊。植物細胞の分化は何種類かの植物ホルモンの濃度比によって制御される。このことを利用して、カルスの作製・維持、植物個体への再分化を操作できる。 - 5.小粒状の胚形成カルス(Friable Embryogenic Callus;FEC)
キャッサバ組織を、オーキシンを含む培地で培養した際に得られる脱分化した植物細胞の塊。キャッサバのカルスの場合、ぽろぽろとした細胞形態をとる。 - 6.脱分化、再分化
分化とは、全能性を持つ細胞(例えば、受精卵)の細胞・組織・器官の形態や機能が特殊化し、特異性が確立していくこと。脱分化とは、一度分化し特異性が確立した細胞がより分化状態の細胞に変化すること。再分化とは、脱分化した細胞が、それぞれの機能を担う細胞へと再び分化すること。 - 7.緑色蛍光タンパク質(GFP)
青色の光を吸収して緑色の蛍光を発する、分子量約29kDaのタンパク質。生命現象のイメージング(可視化)を可能にするレポータータンパク質として広く普及している。GFPはGreen Fluorescent Proteinの略。 - 8.アグロバクテリウム
グラム陰性菌に属する土壌細菌であるリゾビウム属(Rhizobium)のうち、植物に対する病原性を持つものの総称。外来DNAを植物体に送り込み、形質転換を生じさせる性質がある。外部から特定の遺伝子を組み込む形質転換植物の作出に利用される。 - 9.ゲノム編集技術
生物が持つ遺伝子の中の目的とする場所を高い精度で切断することなどにより、特定の遺伝子が担う形質を改良できる技術。これまでの育種法と比べ、品種改良のスピードを高められる。 - 10.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
国際共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)
テクニカルスタッフⅡ 内海 稚佳子(うつみ ちかこ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(たなか まほ)
パートタイマー 岡本 芳恵(おかもと よしえ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(たかはし さとし)
研究員 徳永 浩樹(とくなが ひろき)
ベトナム農業遺伝学研究所(Agricultural Genetics Institute, AGI)
テクニカルスタッフ ホン・チ・トン(Huong Thi Tong)
副室長 ブー・アン・ニャン(Vu Anh Nguyen)
室長 ドン・バン・ニャン(Dong Van Nguyen)
ドナルド・ダンフォース植物科学センター(米国)
主任研究員 ナイジェル・テイラー(Nigel Taylor)
研究支援
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協機構(JICA)の連携事業「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」の研究課題「ベトナム、カンボジア、タイにおけるキャッサバの侵入病害虫対策に基づく持続的生産システムの開発と普及」(JPMJSA1508)、JST 戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)の研究課題「持続的な作物生産のためのジャガイモとキャッサバの比較オミックス解析」(JPMJSC16C4)、日本学術振興会(JSPS)頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム「我が国を拠点とした実用作物の世界最先端ゲノム編集研究国際ネットワークの構築」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Yoshinori Utsumi, Chikako Utsumi, Maho Tanaka, Yoshie Okamoto, Satoshi Takahashi, Tong Thi Huong, Anh Vu Nguyen, Nguyen Van Dong, Hiroki Tokunaga, Nigel Taylor, Motoaki Seki, "Agrobacterium-mediated cassava transformation for the Asian elite variety KU50", Plant Molecular Biology, 10.1007/s11103-021-01212-1
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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