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2022年10月13日

理化学研究所

植物脂質合成の鍵となる酵素の機能を解明

-代謝改変技術による「バイオものづくり」への応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物脂質研究チームの中村友輝チームリーダーらの研究チームは、植物の酵素LPAT2[1]が脂質(油)の合成量と植物体の成長に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

本研究成果は、植物が脂質を合成する代謝経路の理解を深めるとともに、代謝改変技術[2]により環境中の二酸化炭素を植物体内で有用な油に変換して活用する「バイオものづくり[3]」に貢献すると期待できます。

モデル植物のシロイヌナズナ[4]において、LPAT2は脂質を合成する代謝経路の初期段階を触媒する、脂質合成の鍵であると長らく考えられてきました。しかし、LPAT2の機能を欠損すると植物が死んでしまうため、植物体での機能解析ができず、LPAT2がどのように脂質合成に関わるかは不明でした。

今回、研究チームは、植物が死に至らない程度にLPAT2の機能を一部破壊した形質転換植物体を作製し、その影響を調べました。その結果、形質転換植物体では植物体を構成する主要な脂質の量が減少すること、また発芽はできるものの、野生株と比べて重篤な成長阻害を示すことが分かりました。

本研究は、科学雑誌『The Plant Journal』オンライン版(10月13日付:日本時間10月13日)に掲載されました。

野生型(左)と酵素LPAT2の機能を一部破壊した植物体(右)の成長比較の図

野生型(左)と酵素LPAT2の機能を一部破壊した植物体(右)の成長比較

背景

脂質(油)は生物を構成する主要な分子の一つで、エネルギー源として蓄えられるだけでなく、細胞膜の主要成分や細胞機能の維持など広範な機能が知られています。さまざまな脂質を合成する代謝経路の初期段階は共通しており、特に酵素LPATは重要な役割を果たすと考えられています。

LPATは動植物に共通して存在する酵素群ですが、モデル植物のシロイヌナズナが持つ五つのLPATのうち、LPAT2は脂質合成に主たる役割を果たすと長らく考えられてきました。しかし、LPAT2の機能を欠損した植物体は死んでしまうため、LPAT2がどのように脂質合成に関わり、植物の成長に影響を及ぼすかは不明でした。

研究手法と成果

研究チームは人工マイクロRNA技術[5]を用いて、シロイヌナズナのLPAT2の機能を一部欠損させて形質転換植物体を作製し、その脂質組成を分析しました。その結果、植物体を構成する主要な膜脂質の量が最大で半分程度まで減少することが分かりました。また、この形質転換植物体は発芽できるものの、野生株と比べて重篤な成長阻害を示しました(図)。

このことから、LPAT2は脂質の合成量を保つ鍵となる酵素で、その機能は植物の成長にも重要であることが明らかになりました。

本研究で明らかになった植物のLPAT2の機能の図

図 本研究で明らかになった植物のLPAT2の機能

LPAT2は脂質合成経路において、前駆物質から貯蔵脂質および細胞膜を構成する膜脂質の合成に重要な役割を果たす。LPAT2の機能を一部破壊した植物体(写真右)は野生型(写真左)に比べて、成長が遅滞し矮性(わいせい:大きくならない)になる。

今後の期待

本研究成果により、LPAT2が植物脂質合成の鍵となる働きをし、しかもその機能が植物の成長に重要であることが明らかになりました。これにより、LPAT2の機能を制御することで脂質代謝を人工的に改変し、植物の成長に伴い有用な脂質を植物体内に蓄積させる技術の開発に重要な知見を提供します。

特に、主たる貯蔵脂質であるトリアシルグリセロール[6]は種子などに蓄積され、植物の成長に重要であるばかりでなく、バイオ燃料や植物油の原料としてさまざまな産業で活用されています。脂質に豊富に含まれる炭素は、植物の光合成で二酸化炭素より作られる糖分に由来します。したがって、脂質を植物体内に蓄積させる技術開発は、低炭素社会の実現に向けて環境中の二酸化炭素を植物体内で有用な油に変換して活用する「バイオものづくり」に貢献すると期待できます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち、「2.飢餓をゼロに」、「3.すべての人に健康と福祉を」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

  • 1.酵素LPAT2
    正式名称はlysophosphatidic acid acyltransferase2。脂質合成の初発段階で生成するリゾフォスファチジン酸に長鎖脂肪酸残基を転移する反応を触媒する。これにより、脂質の基本骨格が構築されるため、脂質合成経路において重要な酵素の一つと考えられている。
  • 2.代謝改変技術
    代謝エンジニアリングとも呼ばれる。遺伝子組換え技術を用いて生物の代謝の流れを任意に改変し、有用な化合物を作り出す技術。生物の持つ能力を存分に活用した「ものづくり」の一つといえる。
  • 3.バイオものづくり
    生物の持つ機能を活用し、必要に応じてその機能をさらに改変することで、工業的に難しい物質生産を可能にする取り組み。従来の化学合成に比べて省エネで、環境に優しい。工学的技術によって生物の持つ潜在的な機能を引き出すことができ、さまざまな事業活動で注目されている。
  • 4.シロイヌナズナ
    アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培が容易であること、遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。
  • 5.人工マイクロRNA技術
    ある特定の遺伝子の部分配列を標的とするように人工的に設計された21~23塩基鎖長の機能性RNAを植物体内で発現させることにより、標的遺伝子のメッセンジャーRNA(タンパク質をコードするRNA)の翻訳(タンパク質合成)を制御し、遺伝子の発現を抑制する技術。
  • 6.トリアシルグリセロール
    トリグリセリドとも呼ばれる。グリセロール骨格に三つの長鎖脂肪酸がエステル結合した脂質化合物であり、種子の油の主成分であるほか、動物細胞の油滴などにも豊富に存在する。極性がないため生体膜の構成成分にはならないが、エネルギー貯蔵物質としての役割などを持つことからバイオ燃料の原料としても注目されている。
  • 7.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所環境資源科学研究センター植物脂質研究チーム
チームリーダー中村友輝(ナカムラ・ユウキ)
(台湾中央研究院植物及微生物学研究所研究員/教授、国立中興大学(台湾)バイオテクノロジーセンター教授)
国際プログラム・アソシエイト ニーニャ・アリサ・マバロット・バロガ(Niña Alyssa Mabalot Barroga)
(国立中興大学大学院生物工学系台湾国際大学院プログラム博士候補生、台湾中央研究院植物及微生物学研究所、台湾国際大学院プログラム博士候補生)

研究支援

本研究は、台湾中央研究院「Career Development Award(受領者:中村友輝)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Niña Alyssa Barroga and Yuki Nakamura, "LYSOPHOSPHATIDIC ACID ACYLTRANSFERASE 2 (LPAT2) is required for de novo glycerolipid biosynthesis, growth, and development in vegetative and reproductive tissues of Arabidopsis", The Plant Journal, 10.1111/tpj.15974

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター植物脂質研究チーム
チームリーダー中村友輝(ナカムラ・ユウキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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