理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チームの福田 憲二郎 専任研究員、染谷 隆夫 チームリーダーらの国際共同研究グループは、超薄型有機太陽電池[1]の耐水性を改善し、水中でも駆動可能な素子の開発に成功しました。
本研究成果は、日常的なウェアラブルデバイス[2]やe-テキスタイル[2]に向けた長期安定電源応用の未来に大きく貢献すると期待できます。
超薄型有機太陽電池は、その柔軟性と軽量な性質により、ウェアラブルデバイスの潜在的な電源として期待されています。しかし、従来の超薄型有機太陽電池は水に弱いという問題がありました。
今回、国際共同研究グループは、陽極を構成する銀と発電層との界面に酸化銀を備えることで、陽極と発電層との間の界面接着を強化する技術を開発し、耐水性と超柔軟性を兼ね備えた有機太陽電池の実現に成功しました。作製された厚さ3マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の超薄型有機太陽電池は、水に4時間浸漬した後もエネルギー変換効率の保持率が89%であり、水中で30%の圧縮歪(ひず)みと復元を繰り返す機械的な変形を300回加えた後も、エネルギー変換効率の保持率が96%という高い安定性を示しました。さらに、この超薄型有機太陽電池を水中で浸漬した状態で光を入射させて発電させる試験を行ったところ、60分以上の連続駆動を達成しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』(2月1日付:日本時間2月1日)に掲載されました。
水中でも長時間駆動する超薄型有機太陽電池
背景
近年、環境からエネルギーを取得するエナジーハーベスト技術[3]とセンサーを組み合わせることで、外部からのエネルギー供給が不要なセンサーを実現する研究が盛んに行われています。特にウェアラブルなセンサーとエナジーハーベスト技術を組み合わせることができれば、血圧・体温などの生体情報の継続的なモニタリングが可能となり、脳梗塞や風邪といった疾患の早期発見につながります。
エナジーハーベスト技術の中でも、ミリワット(mW)オーダーの高い電力を供給でき、かつ柔軟性にも優れた有機太陽電池は、ウェアラブルセンサー用電源の有力な候補として注目を集めています。
有機太陽電池をウェアラブルセンサーとして用いる場合には、雨天時の外出、結露、手洗い、洗濯など、日常生活で衣服や肌に水分が付着することを完全に排除することはできないため、耐水性が必須です。
国際共同研究グループでもこれまで超薄型有機太陽電池の耐水性を向上させるため、封止膜を利用した有機太陽電池の新たな構造などを研究開発してきました注1)。しかし、水分の影響により有機太陽電池の材料や界面が不可逆的に劣化するにもかかわらず、超薄型有機太陽電池の柔軟性を保持したまま完全に防水できる封止膜技術はまだなく、有機太陽電池の構造を根本的に改善する必要がありました。
- 注1)2017年9月19日プレスリリース「洗濯可能な超薄型有機太陽電池」
研究手法と成果
従来の有機太陽電池は、陽極と発電層の間に、発電層から陽極に効率的に正孔を輸送するための正孔輸送層[4]を設けていました(図1左)。しかし、従来の正孔輸送層は水に弱く、有機太陽電池の耐水性を損なっていました。
国際共同研究グループは、陽極を構成する銀を酸化させると通常の銀よりも仕事関数[5]が増加することに着目しました。陽極/発電層界面において銀を酸化させて、陽極と発電層との界面に酸化銀を備える構成とすることで、発電層から陽極に正孔を効率的に輸送できる「正孔輸送層フリー」の有機太陽電池の作製に成功しました(図1)。
発電層に陽極となる銀を直接積層して、発電層と陽極との間に正孔輸送層を含まない有機太陽電池は、発電層の正孔がうまく陽極に抽出されないため、発電効率は著しく低くなります。この有機太陽電池を大気中で24時間加熱処理することにより、陽極と発電層との界面において銀を酸化させました(図1右)。陽極と発電層との間の酸化銀が正孔輸送層の役割を果たして効率的に正孔を抽出するため、有機太陽電池のエネルギー変換効率は格段に向上しました。本研究で作製した超薄型有機太陽電池に疑似太陽光(出力100mW/cm2)を照射すると、短絡電流密度(JSC)[6]は15.8mA/cm2から26.5mA/cm2に、開放電圧(VOC)[7]は0.05Vから0.77Vに、フィルファクター[8]は27%から71%にそれぞれ改善し、エネルギー変換効率は0.2%から14.3%に改善されました(図2)。陽極/発電層界面において銀を酸化させる技術は、国際共同研究グループが超薄型太陽電池の耐熱性を向上させるために長年培ってきた技術を用いることで初めて実現できたものです。
図1 従来の有機太陽電池の構造と本研究で作製した有機太陽電池の構造の断面模式図
- (左)従来の有機太陽電池の断面模式図。従来構造では陽極となる銀と発電層の間に正孔輸送層を成膜していた。
- (右)本研究で作製した有機太陽電池の断面模式図。陽極となる銀を成膜した後、大気中加熱処理により銀電極と発電層との界面にその場成長させた酸化銀を含む構成とした。水に弱い正孔輸送層を使用しないため、高いエネルギー変換効率を持ちながら耐水性を向上させた。
図2 正孔輸送層のない有機太陽電池の大気中加熱処理による電流密度変化
図は有機太陽電池の電流電圧特性を示す。電圧0Vの時の電流密度を短絡電流密度と、電流値が0になる電圧値を開放電圧と呼び、それぞれ絶対値が大きいほど有機太陽電池の性能は良い。大気中で有機太陽電池を24時間加熱処理すると、加熱処理の前後でエネルギー変換効率は0.2%から14.3%に向上した。
陽極を構成する銀、発電層および陽極と発電層の界面中に含まれている酸素元素の強度をダイナミック二次イオン質量分析法(D-SIMS)[9]で評価したところ、加熱処理を行った有機太陽電池は陽極と発電層の界面付近で酸素シグナル強度が著しく上昇していることが明らかになりました(図3)。新たに生成された酸化銀は通常の銀に比べて仕事関数が大きく、発電層からの正孔の輸送に効果的に寄与します。
図3 D-SIMSによる酸素元素の分析結果
大気中加熱処理を行った有機太陽電池は陽極を構成する銀/発電層界面付近で酸素シグナル強度が上昇している。
典型的な正孔輸送層である酸化モリブデンと銀とを備えた有機太陽電池および酸化銀と銀とを備えた有機太陽電池のそれぞれについて、大気中で陽極と発電層との引っ張り剥離試験を行いました。酸化モリブデンの有機太陽電池では酸化モリブデン/発電層界面の接着力が最も小さく、0.7メガパスカル(MPa)であるのに対し、本研究で作製した酸化銀の有機太陽電池では酸化銀/発電層界面の接着力が1.5MPaと倍以上に強化されていました(図4)。通常の正孔輸送層材料である酸化モリブデンの有機太陽電池はその弱い接着力のために、水中に浸漬させることで酸化モリブデンと発電層とが容易に剥離してしまいます。一方、本研究で作製した酸化銀の有機太陽電池は水中に浸漬させても酸化銀と発電層との剥離が全く観察されませんでした。本研究で作製した酸化銀を用いた有機太陽電池は耐水性が圧倒的に改善されていることが明らかになりました。
図4 酸化モリブデン/発電層界面と酸化銀/発電層界面の接着力評価結果
- (左)MoOx/Ag(酸化モリブデン/銀)およびAgOx/Ag(酸化銀/銀)を使用した初期サンプルのフォースストロークカーブ。MoOx/AgよりもAgOx/Agの方が剥離するのに大きな力が必要になっていることが分かる。
- (右)発電層上のMoOx/Ag電極とAgOx/Ag電極の発電層との接着力の比較。接着力のプロットのエラーバーは標準偏差を示す(サンプル数:3)。
本研究で開発した有機太陽電池の構造によって、超薄型有機太陽電池の耐水性が格段に高まりました。作製された厚さ3μmの超薄型有機太陽電池は、水に4時間浸漬した後もエネルギー変換効率の保持率は89%(図5)、水中で30%の圧縮歪(ひず)みと復元を繰り返す機械的な変形を300回加えた後も、エネルギー変換効率の保持率は96%でした(図6)。さらに、この超薄型有機太陽電池は水中での60分以上の連続駆動を達成しました(図7)。これらの水中での試験結果は、従来の酸化モリブデンを正孔輸送層として使用した有機太陽電池と比較して、本研究で作製した超薄型有機太陽電池の安定性が飛躍的に向上していることを示します。
図5 超薄型有機太陽電池の水中浸漬後の特性変化
- (左)超薄型有機太陽電池の水中浸漬の様子。
- (右)水中浸漬時間とエネルギー変換効率の保持率の関係。通常のMoOx/Agを用いた素子では60分後にエネルギー変換効率の保持率が20%以下と大幅に減少している。一方、AgOx/Agを用いた素子では240分後でもエネルギー変換効率の保持率は89%と高い。
図6 水中で圧縮歪みと復元を繰り返す機械的変形を加える試験
- (左)超薄型有機太陽電池の水中で圧縮歪みと復元を繰り返す機械的な変形を繰り返し加える試験の様子。
- (右)水中での圧縮歪み回数に対するエネルギー変換効率の保持率の変化。通常のMoOx/Agを用いた素子では100回の歪みサイクル後に素子が完全に破壊されている。一方、AgOx/Agを用いた素子では300回の歪みサイクル後でも96%以上の高いエネルギー変換効率を保持している。
図7 超薄型有機太陽電池の水中での駆動試験
- (左)実際の水中浸漬駆動試験の様子。水中に超薄型有機太陽電池素子を浸漬させた状態で側面より疑似太陽光を当て、その際の短絡電流値を測定している。
- (右)短絡電流密度(JSC)の水中での駆動時間による変化。通常のMoOx/Agを用いた素子では電流密度が20分で25mA/cm2から15mA/cm2と急速に減少している。一方、AgOx/Agを用いた素子では電流密度が60分後でも27mA/cm2から25mA/cm2と高く保持し続けている。
今後の期待
本研究では、陽極を構成する銀と発電層の界面に耐水性の高い酸化銀を備えることで、発電層と陽極の機械的な密着性を高めて界面接着を強化する技術を開発し、超薄型有機太陽電池の耐水性を格段に高めることに成功しました。今後、高いエネルギー変換効率と耐水性を両立する発電層材料の開発が進み、本技術と組み合わせることにより、さらに耐水性が改善された高効率の超薄型有機太陽電池が実現可能となります。
本研究で作製した耐水性と柔軟性を備えた超薄型有機太陽電池は、衣服に貼り付けることができる環境エネルギー電源として、ウェアラブルデバイスやe-テキスタイルに向けた長期安定電源応用の未来に大きく貢献すると期待できます。
補足説明
- 1.有機太陽電池
有機半導体を発電層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスを適用して大量生産できるとともに、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。 - 2.ウェアラブルデバイス、e-テキスタイル
ウェアラブルデバイスとは、手首や腕、頭などに装着するコンピュータデバイスのこと。e-テキスタイルとは、センサーやマイクロチップなど、電子機器を衣料や布地(テキスタイル)に埋め込み、情報収集や遠隔管理など、一般の繊維素材では得られない新しい機能を備えたテキスタイル素材のこと。より広義の同様の語句として「スマートテキスタイル」がある。 - 3.エナジーハーベスト技術
光、振動、熱などとして環境中に存在し、使われずに捨てられているわずかなエネルギーを採取して、電力を得る技術のこと。電池の購入や交換が不要な無線センサー技術を実現するための、電力供給技術として注目されている。 - 4.正孔輸送層
発電層で発生した正孔を電極へ抽出させ、電子の流入をブロックする役割を持つ。陽極と発電層界面に正孔輸送層、陰極と発電層界面に電子輸送層を備える構成によって、発電層で発生した励起子(電子と正孔が束縛されている状態)が効率よく上下の電極に分離され、エネルギー変換効率が向上する。 - 5.仕事関数
物質表面において、1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小エネルギーのこと。有機太陽電池においては、発電層の最高被占軌道(電子が存在する軌道のうち最もエネルギーの高い軌道)や最低空軌道(電子が空の軌道で最もエネルギーの低い軌道)と金属の仕事関数との差が電子や正孔の取り出し効率に影響を与えるため、電極の仕事関数の調整が性能向上に重要である。 - 6.短絡電流密度(JSC)
太陽電池の正負の端子を短絡させた(抵抗0の状態でつなぐ)状態で、太陽電池に流れる電流値を、太陽電池の有効面積で割ったもの。 - 7.開放電圧(VOC)
太陽電池の正負の端子を開放させた(抵抗無限大の状態でつなぐ)状態での、太陽電池の出力端子の電圧のこと。 - 8.フィルファクター
太陽電池素子の最適動作点での出力(最大出力)を、開放電圧と短絡電流の積で割った値のこと。曲線因子とも呼ぶ。一般的にフィルファクターが高い(100%に近い)素子の方が良い性能であると考えられる。太陽電池内部の直列・並列接続の抵抗値やダイオード損失の影響を受けて、フィルファクターの値は小さくなっていく。 - 9.ダイナミック二次イオン質量分析法(D-SIMS)
一定量以上のイオンビームを連続的に試料に照射して放出された二次イオンを質量分析で取得して計測する分析方法。元素の深さ方向分析を評価する手法として有用である。
国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発ソフトシステム研究チーム
専任研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 専任研究員)
チームリーダー 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 主任研究員、東京大学大学院工学系研究科教授)
特別研究員 ション・スーシン(XIONG, Sixing)
上級テクニカルスタッフ イ・シンヨン(LEE, Shinyoung)
創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 伹馬 敬介(タジマ・ケイスケ)
研究員 中野 恭兵(ナカノ・キョウヘイ)
物質評価支援チーム
チームリーダー 橋爪 大輔(ハシヅメ・ダイスケ)
専門技術員 井ノ上 大嗣(イノウエ・ダイシ)
東京大学大学院 工学系研究科 電気系工学専攻
准教授 横田 知之(ヨコタ・トモユキ)
華中科技大学(中国)
教授 チョウ・インファ(ZHOU, Yinhua)
研究支援
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「生体シグナルの高精度計測に向けた電源光源一体型フレキシブルイメージングシステム(研究代表者:染谷隆夫、22H04949)」、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ウルトラフレキシブル有機太陽電池の開発(研究責任者:福田憲二郎、AS3015021R)」の助成を受けて行われました。
原論文情報
- Sixing Xiong, Kenjiro Fukuda, Kyohei Nakano, Shinyoung Lee, Yutaro Sumi, Masahito Takakuwa, Daishi Inoue, Daisuke Hashizume, Baocai Du, Tomoyuki Yokota, Yinhua Zhou, Keisuke Tajima and Takao Someya, "Waterproof and ultraflexible organic photovoltaics with improved interface adhesion", Nature Communications, 10.1038/s41467-024-44878-z
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
専任研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
チームリーダー 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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