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2024年4月11日

理化学研究所

全塗布プロセスで作製された超薄型ウエアラブルセンサー

-簡便な3層構造で複数の有機光電子デバイスを集積-

理化学研究所(理研)開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室の福田 憲二郎 専任研究員(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)、染谷 隆夫 主任研究員(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー)らの国際共同研究グループは、全塗布プロセス[1]によって、有機太陽電池[2]、有機光検出器、有機発光ダイオード(LED)に新しい3層デバイス構造を適用することで、3種類の有機光電子デバイスを集積することに成功し、ウエアラブルな自己給電式の超薄型光脈波(PPG)センサー[3]を実現しました。

本研究成果は、複雑な機能を統合した超薄型有機電子デバイスの生産の向上に貢献すると期待されます。

有機光電子デバイスは通常、上下の電極と、それに挟まれた発電または発光層以外にも、正孔輸送層[4]電子輸送層[4]などの複数の追加の層を含む多層積層構造を有していることから製造のプロセスの増大・複雑化を伴い、大面積の生産が困難で生産性が低いという課題がありました。

今回、国際共同研究グループは、全塗布プロセスによって3種類の有機光電子デバイスを3層デバイス構造で作製・集積化し、超薄型のウエアラブルセンサー[5]を開発しました。全塗布プロセスで作製された有機LEDと有機光検出器をベースにした光脈波センサーは、厚さ1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の超薄型基板上に作製され、蒸着電極を用いた従来型と同等の性能と長期間の安定性を確認できました。これを大面積の全塗布プロセスで作製された3層デバイス構造の有機太陽電池と統合することで、自己給電式の超薄型光脈波センサーの実現に成功しました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』(4月10日付:日本時間4月11日)に掲載されました。

全塗布プロセスによる超薄型光脈波(PPG)センサーの図

全塗布プロセスによる超薄型光脈波(PPG)センサー

背景

近年、電子機器の小型化と高性能化が進み、ウエアラブル機器やモノのインターネットへの接続(IoT)が普及しています。それに伴い、交換不要な電源を内蔵した、自己給電可能なウエアラブルセンサーの開発が望まれています。いくつかのセンサー方式の中でも、LEDと光検出器を用いた光学式の光脈波(PPG)センサーは、非侵襲的に生体情報を見ることができ、脈波、血中酸素濃度、血圧などの計測が可能なため、ウエアラブルセンサ-の有力な候補となっています。

さらに、有機半導体材料を使って、有機太陽電池、有機LEDおよび有機光検出器の3種類の有機光電子デバイスを同じ超薄型基板上に作製することができれば、発電・発光・光検出という複数の機能を統合した超薄型の自己給電式光脈波センサーを実現することができます。また、有機半導体材料は、塗布プロセスが使用できるため、生産効率を向上させるのに適した材料です。

しかし、有機太陽電池や有機LED、有機光検出器の発光層・受光層・発電層(以下機能層)はそれぞれ異なる有機半導体材料から成り、デバイスの種類によって電極と有機半導体層の間の正孔輸送層や電子輸送層も異なるため、同一基板上に3種類の有機光電子デバイスを塗布プロセスで作製することは、プロセスの複雑化を招き、困難でした。また、塗布プロセスで作製された電極・輸送層・機能層に用いられる材料や界面は水や酸素に対して不安定であるため、長期安定性にも課題を抱えていました。

福田専任研究員らは、有機太陽電池を超薄型の基板に作製することによって人体への装着負荷を極限まで減らした自己給電型のセンサーデバイスを開発してきました注1、2)。この有機太陽電池が、有機光検出器や有機LEDと素子の構造が似ていることに着目し、これまで培ってきた有機太陽電池のプロセスを有機光検出器や有機LEDの作製に適用し、さらに同一の超薄型基板上にこれら三つの異なる有機光電子デバイスを作製することに挑みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、正孔輸送層・電子輸送層を含む従来の多層積層構造から、透明電極・不透明電極・機能層のみから成る3層構造へと構造を簡略化させることに成功しました。この3層構造は有機太陽電池や有機光検出器、有機LEDの全てに適応でき、機能層を変えるだけで3種類のデバイスを同一基板上に作製可能となります。また、全塗布プロセスでの作製手法の確立にも成功しました。

この3層構造は、超薄型基板上に、透明電極、機能層となる有機半導体層、不透明電極の順に積層されています。

超薄型基板上の透明電極は高い仕事関数[6]を持つ導電性高分子(PEDOT:PSS)をブレードコート法[7]により成膜し、機能層上の不透明電極は低い仕事関数を持つ液体金属である共晶ガリウムーインジウム(EGaIn)[8]スプレーコート法[7]によって成膜しました。どちらの電極も大気中で成膜可能であり、大面積性に優れた塗布プロセスに適しています。また、透明電極と不透明電極との間の機能層(有機半導体層)は、ブレードコート法により成膜しました(図1)。

3層構造から成る全塗布・超薄型有機光電子デバイスの構造の図

図1 3層構造から成る全塗布・超薄型有機光電子デバイスの構造

不透明電極を構成するEGaInは有機半導体層上への濡れ性が悪く、均一な膜形成が困難です。しかし、高圧ガスに窒素を用いて大気雰囲気中でEGaInをスプレーすると、有機半導体層上に均一な膜が形成されることを発見しました。対照的に窒素雰囲気中でのドロップキャスト法[7]やスプレーコート法では完全に凝集した液滴ができたり、極めて不均一な膜となったりしました。この結果は塗布環境によって得られる膜が劇的に異なることを端的に示しています(図2)。

さまざまな塗布手法および成膜環境でのEGaInの成膜状態の図

図2 さまざまな塗布手法および成膜環境でのEGaInの成膜状態

  • (A)窒素雰囲気中のドロップキャスト法。大きな液滴が形成され、濡れ広がらない。
  • (B、D)窒素雰囲気中のスプレーコート法。いくつもの液滴の凝集体が観察され、不連続な膜となっている。
  • (C、E)大気雰囲気中のスプレーコート法。連続的かつ平坦な膜が形成されている。

本研究のポイントは、大気雰囲気中でのスプレーコート法によるEGaIn電極の作製法を確立したことです。EGaInを有機半導体層上に噴霧したときの、液滴の挙動を高速度カメラで観察しました。窒素雰囲気中では有機半導体層上に着滴したEGaInが濡れ広がらず、ほぼ元の液滴サイズに戻る様子が観察されました。一方、大気雰囲気中では着滴した後に液滴が有機半導体層上で濡れ広がる様子が観察されました(図3)。

EGaIn液滴の挙動の図

図3 EGaIn液滴の挙動

  • (A)高速度カメラ(8,000fps(フレーム/秒))で観察された、EGaIn液滴の有機半導体層上への着滴の様子。窒素雰囲気中(上)では液滴が濡れ広がらず、噴霧した液滴の形状・サイズをほぼ着滴後も保持しているように見える。大気雰囲気中(下)では、液滴がつぶれて薄く濡れて広がっている。
  • (B)それぞれの環境での液滴落下挙動のシミュレーション結果。(A)の結果を裏付けている。

国際共同研究グループは、噴霧直後にEGalnの微小な液滴の粒の表面が大気に触れて酸化することによって、塗布環境の違いによる濡れ広がり方の違いが起こる、と仮定しました。このような酸化状態と濡れ広がりについて有限要素法解析[9]によるシミュレーションを行ったところ、実際の観察結果を極めてよく再現する結果を得ることができました。このシミュレーション結果は、酸化によって濡れ広がり方の違いが起こるという上記仮定が妥当であることを示しています。

有機太陽電池、有機光検出器、有機LEDのそれぞれのデバイスに使用する溶液が互いに混ざり合わないように選択することにより、これら異なる3種類の有機光電子デバイスを同一の超薄型基板上に塗布プロセスにより作製可能となりました。溶液が互いに混ざり合わないので、上部層の塗布プロセス中に上部層に使用している溶媒に下部層が溶けることがなく、後プロセスによるダメージを受けません(図4上)。

全塗布プロセスで作製した有機太陽電池は1,000ルクスのLED光源下で39.4μW/cm2の発電能力を示し、蒸着電極を用いた素子の41.2μW/cm2とほぼ同等のエネルギー変換効率でした(図4下左)。特筆すべきは駆動安定性の改善です。全塗布有機太陽電池は、1,000ルクスのLEDライトの下で1,000分間最大電力点(MPP)を追跡した後でも、初期性能の80%以上を維持しました。これは、基準有機太陽電池の安定性(初期パフォーマンスの46%を維持)よりも著しく優れていました(図4下右)。有機光検出器、有機LEDも妥当な性能を有していました。

「3層構造塗布プロセス」による超薄型光電子デバイスの性能の図

図4 「3層構造塗布プロセス」による超薄型光電子デバイスの性能

  • (上)有機太陽電池(OPV)、有機光検出器(OPD)、有機LED(OLED)全ての材料について、それぞれの溶液が混ざり合うことなく存在している。上部膜形成時に下部膜へダメージなくデバイスが作製可能である。
  • (下左)塗布OPVと比較用の蒸着電極を用いたOPVの電流電圧特性の比較。200~1,000ルクス(lx)の間で同程度の発電性能を示している。
  • (下右)塗布OPVと比較用の蒸着電極を用いたOPVの駆動安定性の比較。1,000ルクスの光量下で駆動させた場合、塗布OPVの方が蒸着電極を用いたOPVよりも圧倒的に安定性に優れている。

全塗布プロセスによって有機太陽電池や有機光検出器、有機LEDをそれぞれ3層構造で作製し、それらを用いた超薄型光脈波センサーの実現に成功しました。疑似太陽光による自己発電を用いた超薄型光脈波センサーは脈拍に対応する1.2Hz(72bpm(拍/分))の周波数を持つシグナルを示し、脈拍が正常に計測できることを示しています(図5左)。また、全塗布プロセスによる超薄型光脈波センサーは、周囲空気に長期間(35日以上)暴露した後でも脈波に関連する信号を維持しました(図5右)。3層構造を備えた全塗布プロセスによる有機光電子デバイスの優れた安定性により、超薄型光脈波センサーによる脈拍の長期検出が可能になりました。

「3層構造塗布プロセス」によるウエアラブル超薄型光脈波センサーの図

図5 「3層構造塗布プロセス」によるウエアラブル超薄型光脈波センサー

  • (左)疑似太陽光下で駆動された超薄型光脈波センサーの出力特性と周波数分析。72pbmの脈波に対応した信号が検出されている。
  • (右)超薄型光脈波センサーの大気安定性。センサーは大気中の暗所で保管された後、脈波センサーとしての性能を都度評価した。

今後の期待

本研究では、全塗布プロセスで作製された3層構造から成る有機太陽電池や有機LED、有機光検出器を超薄型基板上に作製し、自己給電式の超薄型光脈波センサーを実証しました。3層構造から成る有機光電子デバイスは塗布プロセスによって作製可能であるため、有機太陽電池や有機LED、有機光検出器を超薄型の同一基板上に大規模に生産することができます。これは、発電・発光・光検出という複数の機能を統合した超薄型有機光電子デバイスの生産性の向上を実現するための有望な手段となることが期待できます。

補足説明

  • 1.塗布プロセス
    通常のエレクトロニクスデバイスはガスを原料として材料を堆積させる手法が一般的であるのに対し、有機半導体などは対象となる材料を溶媒に溶かした状態で各種塗布手法を利用して基板上に材料を塗布して成膜が可能である。このようなプロセスを一般的に「塗布プロセス」と呼び、成膜装置の低コスト化や大面積の生産性向上につながる技術と考えられている。デバイスの全ての層を塗布プロセスで作製することを全塗布プロセスという。
  • 2.有機太陽電池
    有機半導体を発電層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスを適用して大量生産できるとともに、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。
  • 3.光脈波(PPG)センサー
    光を生体に向けて照射し、透過または反射した光を光検出器で計測して、心臓の脈動に伴って変化する血流量(血管の容積変化)を測定するセンサー。動脈の血液には酸化ヘモグロビンが存在し、入射光を吸収する特性があるため、心臓の脈動に伴って変化する血流量(血管の容積変化)を時系列に計測することで脈波信号を計測することが可能となる。光源としては通常、赤外線や赤色光、緑色光が使用されることが多い。
  • 4.正孔輸送層、電子輸送層
    正孔輸送層は発電層で発生した正孔を電極へ抽出させ、電子の流入をブロックする役割を持ち、電子輸送層はその逆の役割を持つ。陽極と発電層界面に正孔輸送層、陰極と発電層界面に電子輸送層を備える構成によって、有機太陽電池や有機光検出器では発電層で発生した励起子(電子と正孔が束縛されている状態)が効率よく上下の電極に分離され、有機LEDでは電極から正孔と電子が効率よく発光層へと注入されることで、電荷再結合による発光が効率よく行われるようになる。
  • 5.ウエアラブルセンサー
    手首や腕、頭などに直接センサーを装着する、または衣料や布地(テキスタイル)に埋め込まれたセンサーを着用することによって、生体情報などを計測するデバイスのこと。
  • 6.仕事関数
    物質表面において、1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小エネルギーのこと。有機太陽電池においては、発電層の最高被占軌道(電子が存在する軌道のうち最もエネルギーの高い軌道)や最低空軌道(電子が空の軌道で最もエネルギーの低い軌道)と金属の仕事関数との差が電子や正孔の取り出し効率に影響を与えるため、電極の仕事関数の調整が性能向上に重要である。
  • 7.ブレードコート法、スプレーコート法、ドロップキャスト法
    いずれも塗布プロセスの一種である。ブレードコート法は「へら」を利用して液体を均一に基板上に塗り付ける手法。スプレーコート法は液体に高圧をかけて、霧状に噴出させて基板上に吹き付ける手法。ドロップキャスト法は液体を基板上に滴下し、溶媒を蒸発させることで膜を固化・析出させる手法。いずれの手法も、通常は膜形成のための材料を溶質とし、溶媒に溶かした溶液状態のものを塗った後に溶媒を乾燥させて膜形成を行うが、対象となる材料自身が液体材料である場合(液体金属など)では、溶媒乾燥工程を含まないこともある。
  • 8.共晶ガリウムーインジウム(EGaln)
    融点が16℃程度で、室温で液体の金属合金。高い導電性や熱伝導率という特徴を持ち、伸縮性を有する導体材料としての活用が注目されている。また、生体適合性も有しており、ウエアラブル・インプラント用途での使用も可能な材料である。
  • 9.有限要素法解析
    工学や物理学などの分野で使われる数値解析手法の一つ。複雑な物体や構造物の振る舞いを数学的にモデル化し、それをコンピュータ上で計算して解析することで、その性質や挙動を理解することを可能にする。有限要素法解析は、さまざまな分野で幅広く利用されており、例えば構造物の強度や安全性の評価、材料の設計、流体の流れの解析などに活用されている。

国際共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室
研究員 イ・ソンフン(LEE, Sunghoon)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 研究員)
特別研究員 スン・ルル(SUN, Lulu)
専任研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
チームリーダー、東京大学大学院 工学系研究科 教授)
創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム
チームリーダー 橋爪 大輔(ハシヅメ・ダイスケ)
専門技術員 井ノ上 大嗣(イノウエ・ダイシ)
開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室(研究当時)
特別研究員(研究当時)ファン・クン(FANG, Kun)
主任研究員(研究当時)伊藤 嘉浩(イトウ・ヨシヒロ)

山形大学大学院 有機エレクトロニクス研究センター
教授 松井 弘之(マツイ・ヒロユキ)

東京大学大学院 工学系研究科 電気系工学専攻
准教授 横田 知之(ヨコタ・トモユキ)

華中科技大学(中国)
教授 チョウ・インファ(ZHOU, Yinhua)

研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「生体シグナルの高精度計測に向けた電源光源一体型フレキシブルイメージングシステム(研究代表者:染谷隆夫、22H04949)」、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ウルトラフレキシブル有機太陽電池の開発(研究責任者:福田憲二郎、AS3015021R)」の助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Lulu Sun, Jiachen Wang, Hiroyuki Matsui, Shinyoung Lee, Wenqing Wang, Shuyang Guo, Hongting Chen, Kun Fang, Yoshihiro Ito, Daishi Inoue, Daisuke Hashizume, Kazuma Mori, Masahito Takakuwa, Sunghoon Lee, Yinhua Zhou, Tomoyuki Yokota, Kenjiro Fukuda, Takao Someya, "All solution-processed ultraflexible wearable sensor enabled with universal trilayer structure for organic optoelectronic devices", Science Advances, 10.1126/sciadv.adk9460

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室
専任研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー)

福田 憲二郎 専任研究員の写真 福田 憲二郎
染谷 隆夫 主任研究員の写真 染谷 隆夫

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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