理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チームの関 原明 チームリーダー、ドゥ・ティ・ヌ・クイン 国際プログラム・アソシエイト、戸高 大輔 研究員らの共同研究グループは、アルコールの一種である1-ブタノール[1]を植物に投与することにより、植物の乾燥ストレス耐性が強化されることを発見しました。
本研究成果は、アルコールによって乾燥耐性が強化される作用機序を解明する上で重要な知見であるといえます。
これまでに共同研究グループは、植物にエタノールで前処理を施すと乾燥や高温ストレス耐性が強化されることを明らかにしています。今回、共同研究グループは、エタノールとは異なるアルコールである1-ブタノールで植物に前処理を施しても、乾燥ストレス耐性が強化されることを発見しました。その強化をつかさどる機構として、1-ブタノール処理によって気孔閉鎖が促進されることや、活性酸素消去系遺伝子の発現量が増加することなどを明らかにしました。また、エタノール処理によるストレス耐性向上機構と比較し、共通点を解明しました。
本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』オンライン版(7月18日付:日本時間7月18日)に掲載されました。
シロイヌナズナにおける1-ブタノール投与による乾燥ストレス耐性の向上
背景
気候変動により世界中で干ばつの発生頻度が増加しています。干ばつは作物の生育に危機的なダメージをもたらし、その収量を低下させます。一方、2050年までに世界の人口は100億人に達することが予想され、食糧不足が懸念されています。これらの課題を解決する有効な手段の一つとして、乾燥ストレスに強い植物(乾燥ストレス耐性植物)を創出する技術を開発し、作物に応用することが挙げられます。
関チームリーダーらはこれまでに、安価で入手しやすいエタノールの投与によって、植物の塩ストレス耐性注1)、強光ストレス耐性注2)、高温ストレス耐性注3、4)、乾燥ストレス耐性注5、6)が強化されることを報告しました。本研究では、乾燥ストレス耐性への1-ブタノール処理の影響を解析しました。
- 注1)2017年7月3日JSTプレスリリース「エタノールが植物の耐塩性を高めることを発見」
- 注2)Sako, K., Nagashima, R., Tamoi, M. and Seki, M. (2021) Exogenous ethanol treatment alleviates oxidative damage of Arabidopsis thaliana under conditions of high light stress. Plant Biotechnol. 38: 339-344.
- 注3)2022年6月22日プレスリリース「エタノールが植物の高温耐性を高めることを発見」
- 注4)2024年2月19日プレスリリース「エタノールがトマトの高温耐性を高めることを発見」
- 注5)2022年8月25日プレスリリース「エタノールが植物の乾燥耐性を高めることを発見」
- 注6)Vu, A.T., Utsumi, Y., Utsumi, C., Tanaka, M., Takahashi, S., Todaka, D., Kanno, Y., Seo, M., Ando, E., Sako, K., Bashir, K., Kinoshita, T., Pham, X.H. and Seki, M. (2022) Ethanol treatment enhances drought stress avoidance in cassava (Manihot esculenta Crantz). Plant Mol. Biol. 110:269-285.
研究手法と成果
共同研究グループは、ポットに植えられた実験用モデル植物であるシロイヌナズナを、50ミリモーラー(mM、M(モーラー)はmol/L(モル毎リットル)で、1mM=1mol/m3、0.3%)のさまざまなアルコール水溶液が入ったトレーに3日間置く方法でアルコール投与をしたところ、1-ブタノールを投与されたシロイヌナズナにおいて乾燥ストレス耐性が向上しました(図1A)。また、投与する1-ブタノールの有効濃度を検証した結果、20mM以上の濃度で有効でした(図1B)。さらに、1-ブタノール投与されたシロイヌナズナで、葉の気孔の閉鎖が促進されることも分かりました。
図1 1-ブタノールによる乾燥ストレス耐性強化
20ポット程度にそれぞれ2L前後の溶液を投与した。その際、ポットがつかっている溶液の高さは1cmから数cm程度であった。
- (A)シロイヌナズナへ50mMの濃度のさまざまなアルコールを投与した結果、1-ブタノールを投与したポットにおいて、乾燥ストレスにさらされても生き延びる個体が増えた。
- (B)シロイヌナズナへさまざまな濃度の1-ブタノールを投与した結果、20mM以上の濃度の1-ブタノールを投与したポットにおいて、乾燥ストレスにさらされても生き延びる個体が増えた。
次に、1-ブタノールによる乾燥ストレス耐性強化のメカニズムを明らかにするため、発現量が変化する遺伝子(発現変動遺伝子)をトランスクリプトーム解析[2]により網羅的に調べました。その結果、1-ブタノールの投与によって発現量が増加する発現変動遺伝子群には、活性酸素種[3]の除去に関わる酵素をコードする遺伝子が含まれていることが明らかになりました。活性酸素種は大量に蓄積すると生体内で悪影響を及ぼすことから、除去に関わる酵素の増加は活性酸素種の影響を減らすことでストレス耐性の向上に寄与することが予想されます。
さらに、本研究で明らかとなった1-ブタノール投与によって発現量が変化する発現変動遺伝子群と、以前に関チームリーダーらが明らかにしたエタノール投与によって発現量が変化する発現変動遺伝子群注7)を比較しました。その結果、エタノール投与によって発現量が変化する発現変動遺伝子群の半分以上の遺伝子は、1-ブタノール投与によっても発現量が変化する遺伝子でした(図2)。
図2 発現量が変動した遺伝子のベン図による比較
アルコール投与後に乾燥ストレス処理した植物体中で、コントロール(対照群)と比較して発現量が変化した遺伝子(発現変動遺伝子)をトランスクリプトーム解析により同定した。エタノール投与の実験によって同定された発現変動遺伝子(緑)と1-ブタノール投与の実験によって同定された発現変動遺伝子(赤)を比較した。
本研究により、1-ブタノール投与に伴う乾燥ストレス耐性強化をつかさどる機構として、1-ブタノール処理による気孔閉鎖の促進や活性酸素消去系遺伝子の発現量の増加が関与していることが明らかになりました(図3)。これらは、エタノール投与による環境ストレス耐性強化をつかさどる機構でも働いていることが示されており、1-ブタノールとエタノールによって活性化される共通の適応機構であるといえます。
図3 シロイヌナズナにおける1-ブタノール投与による乾燥ストレス耐性強化のメカニズム
1-ブタノール処理により、アブシジン酸(ABA)応答関連経路の変化、気孔の閉鎖誘導、活性酸素種(ROS)の消去に関与する遺伝子の発現上昇が起こり、乾燥耐性の強化につながる。また、健康に有用な成分として知られる2次代謝産物のグルコシノレートが蓄積することや、細胞膜の組成が変化することも起こるかもしれない。
- 注7)Bashir K, Todaka D, Rasheed S, Matsui A, Ahmad Z, Sako K, Utsumi Y, Vu AT, Tanaka M, Takahashi S, Ishida J, Tsuboi Y, Watanabe S, Kanno Y, Ando E, Shin KC, Seito M, Motegi H, Sato M, Li R, Kikuchi S, Fujita M, Kusano M, Kobayashi M, Habu Y, Nagano AJ, Kawaura K, Kikuchi J, Saito K, Hirai MY, Seo M, Shinozaki K, Kinoshita T, Seki M. (2022) Ethanol-Mediated Novel Survival Strategy against Drought Stress in Plants. Plant Cell Physiol. 63:1181-1192.
今後の期待
本研究では、実験用モデル植物であるシロイヌナズナに1-ブタノールを投与すると、乾燥ストレス耐性が向上することを発見しました。これまで効果が分かっていたエタノールに加えて、1-ブタノールという異なるアルコールでも同じように乾燥ストレス耐性を強化できたことから、これらの比較研究を進めることでアルコールによる乾燥耐性強化の作用機序の理解が進むと期待できます。
今回の研究は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[4]」のうち「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献が期待されます。
補足説明
- 1.1-ブタノール
炭素数4の直鎖アルコール。分子量74.1。塗料溶剤や化粧品原料に用いられている。 - 2.トランスクリプトーム解析
細胞中に存在する全てのRNAの発現プロファイルを網羅的に解析すること。遺伝子の機能解析や遺伝子ネットワークの解析などに利用されている。 - 3.活性酸素種
化学的に活性になった状態の酸素の一群。生体内のエネルギー代謝や感染症の防御過程で発生する他、高塩濃度、高温、乾燥、強光などの環境ストレスによっても発生する。さまざまな生命現象に重要な役割を果たすが、過剰な蓄積は細胞に対して毒性を持つ。 - 4.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(セキ・モトアキ)
国際プログラム・アソシエイト ドゥ・ティ・ヌ・クイン(Do Thi Nhu Quynh)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(タナカ・マホ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(タカハシ・サトシ)
テクニカルスタッフⅠ 石田 順子(イシダ・ジュンコ)
植物化学遺伝学研究チーム
チームリーダー 岡本 昌憲(オカモト・マサノリ)
テクニカルスタッフⅠ 菅野 裕理(カンノ・ユリ)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフⅠ 竹林 裕美子(タケバヤシ・ユミコ)
龍谷大学 農学部
教授 永野 惇(ナガノ・アツシ)
研究支援
本研究は、理研-産総研チャレンジ研究「エタノールで世界の食糧問題解決に挑む(研究代表者:関原明・藤原すみれ)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生(研究代表者:関原明)」、同研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「エタノール処理による葉物作物への高温障害軽減に関する試験研究(研究代表者:関原明)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「アンチセンスncRNAを介した植物の環境ストレス認識・記憶システムの解析(研究代表者:関原明)」「植物の高温・低温ストレス適応におけるRNA顆粒を介した転写後制御機構の解析(研究代表者:関原明)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Do Thi Nhu Quynh, Daisuke Todaka, Maho Tanaka, Satoshi Takahashi, Junko Ishida, Kaori Sako, Atsushi J. Nagano, Yumiko Takebayashi, Yuri Kanno, Masanori Okamoto, Xuan Hoi Pham, and Motoaki Seki, "1-Butanol treatment enhances drought stress tolerance in Arabidopsis thaliana", Plant Molecular Biology, 10.1007/s11103-024-01479-0
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(セキ・モトアキ)
国際プログラム・アソシエイト ドゥ・ティ・ヌ・クイン(Do Thi Nhu Quynh)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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