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2024年8月6日

理化学研究所

結婚によるつながりと競合が親族構造を生む

-進化シミュレーションが解き明かす社会構造生成のメカニズム-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 計算論的集団力学連携ユニットの板尾 健司 基礎科学特別研究員らの国際共同研究チームは、伝統的な小規模社会に一般的に見られる親族構造が生まれるメカニズムを理論的に解明しました。

本研究成果は、遠く離れた地域の社会がよく似ていることがあるのはなぜか、という人類学の問いについて、人間が集まって社会を作る限りいつでも働く、社会構造生成の普遍的なメカニズムがあるからだという見解を与えるものです。本研究や今後予定している社会構造の生成のメカニズムについての一連の理論研究は、人間社会の普遍性を解き明かす「普遍人類学」という新しい学問分野の創設につながります。

今回、国際共同研究チームは、実際の人間社会において一般に、結婚が義理の親族の間につながりを、同じ相手と結婚したいライバルの間に競合をそれぞれもたらすことに注目し、結婚に関する相互作用を数理モデルで表現しました。コンピュータ上で自然選択を模倣した進化シミュレーションを行った結果、数理モデル上の社会の中で人々は自発的にいくつかの文化的集団に分かれ、特定の集団間でのみ結婚を認める規則が進化しました。シミュレーションで生まれた社会構造は文化人類学者たちが実際に観察した親族構造に対応しており、理論的な解析により親族構造を生むメカニズムが明らかになりました。また、人口規模と文化が継承される際の変異率について、異なる種類の親族構造のそれぞれが生まれるための条件が得られました。

本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of SciencesPNAS)』オンライン版(8月5日(日本時間8月6日)の週)に掲載されます。

背景

個々人が「結婚してよい相手」と「してはいけない相手」について定める婚姻の規則は極めて多くの人間社会に存在します。現代の日本においては「親・兄弟・叔父・叔母」などの近親者との結婚が禁じられていますが、伝統的な慣習を保つ小規模社会においては、社会の中で人々がいくつかの文化的集団に分類されていて、自分が所属する集団に応じて特定の集団に属する相手とのみ結婚を認める規則、すなわち集団間の選好関係が頻繁に見られることを、文化人類学者たちが明らかにしています。

そのような文化的な集団において、人々は共通祖先の存在を信じることでつながっていますが、文化人類学では、そうした集団のことを「クラン[1]」、クラン間の婚姻上の選好関係の体系を「親族構造[2]」と呼びます。文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』の中で、世界中の親族構造を比較し、いくつかの典型的な親族構造の種類があることを示しました。しかし、それらの構造がどのようなメカニズムで、またいかなる条件下で生まれるのかについては分かっていませんでした。

特に、人間社会やその文化を進化の枠組みで分析する文化進化論においては、複雑な社会構造が生まれるために必要な、集団規模や文化的な情報伝達の正確性といった要素についての条件が注目されています。親族構造についても、その進化のための条件を調べることは人類史を進化の枠組みで理解するために不可欠です。しかし、これまでは、親族構造の進化を説明するための理論的な枠組みが整理されていなかったために、進化のための条件もまた不明でした。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、実際の人間社会においては一般に、結婚が義理の親族の間につながりを、同じ相手と結婚したいライバルの間に競合をもたらすことに注目し、結婚に関する相互作用を数理モデルで解析しました。これらの相互作用を表現するために、数理モデルでは、文化的な形質と選好という量を導入し、自分の選好とマッチした形質を持つ相手と結婚するとしました。さらに、自分と形質が近い同胞や、自分の形質を結婚相手として選好してくれている人とは協力し、自分と同じような選好を持っている相手とは競争するとして、協力者が多く競争相手が少ないほど多くの子どもを残せるという仮定を置きました(図1a)。この仮定の下で、世代を経るごとに、人々の形質と選好がどのように変化するかを調べることで、親族構造の進化をシミュレーションしました。

親族構造の進化シミュレーションの模式図の画像

図1 親族構造の進化シミュレーションの模式図

人々は形質が近いか、形質と選好がマッチした相手と協力し、選好が近い相手と競争する(a)。シミュレーションの結果、社会の中で人々の形質と選好は枝分かれして、いくつかの文化的集団を形成した(b)。そこで生まれた文化的集団はクランに対応し、クラン間関係として親族構造が進化した(c)。進化する親族構造(各点の色と形が、それぞれのパラメータの下で進化する親族構造の種類を表す)は人口規模(N)と形質と選好の継承時の変異率(μ)に依存した(d)。

シミュレーションの結果、社会の中で人々の形質と選好は枝分かれし、いくつかの文化的集団が自発的に組織されました(図1b)。このモデルではまず、ライバルとの競争を下げるべく、他の人と選好を乖離(かいり)させることが進化的に有利です。結婚するためには自分の形質は誰かの選好とマッチしなければいけないので、それに応じて形質も乖離していきます。しかし、協力者を得るには、他の人と形質を似通わせねばなりません。その結果として、集団間では形質と選好が乖離していて、集団内ではそれらが似ているような、いくつかの文化的集団が生まれたのです。さらに、集団内では形質が近いためにすでに協力関係が得られていることから、別の集団を選好することで新たなつながりを得るような婚姻の規則が進化しました。

図1cの黄(A)、緑(B)、橙(C)の集団はどれも、文化的形質が近しい人々の集団であり、人々が所属する集団に応じてどの集団から結婚相手を選ぶべきかが定まっています。こうした集団はまさに、文化人類学におけるクランに対応していて、クラン間の選好関係が親族構造を表しています。これにより、親族構造が生まれるメカニズムが明らかになりました。

さらにさまざまにパラメータを変えてシミュレーションすることで、多様な親族構造が生まれました。進化する親族構造のパラメータ依存性を調べると、人口規模(N)と形質と選好の継承時の変異率(μ[3]についてのスケーリング則[4]が明らかになりました(図1d)。図では、2が一定の直線(図の赤線)と、μ2/Nが一定の直線(図の黒線)が親族構造のパラメータ依存性の境界線を与えています。これはつまり、2μ2/Nの値によって進化する親族構造が決まるということです。数理モデルの解析から、社会の人口規模と文化の変異率について、複雑な親族構造の生成する確率が2に比例し、複雑な親族構造が崩壊する確率がμ2/Nに比例することが分かりました。このことは、集団規模が大きく、かつ変異率が中程度のときに、最も複雑な親族構造が生まれることを表しています。

人類史を通じて、世界の人口規模は増大してきました。一方、文化の継承時の変異率は慣習や規範に依存します。例えば、結婚相手を子ども自身が選ぶ場合は、親が選ぶ場合に比べて、婚姻行動に関する世代間の変異が大きくなると予想されます。これを踏まえると、人口規模が大きくなるにつれて、複雑な親族構造が生まれやすくなるが、どの構造が生まれるかは慣習や規範にも依存するといえます。ただし、人口規模が大きくなるにつれて、婚姻以外の相互作用が盛んになり、ここで議論したメカニズムが社会構造を生む効果は薄れていきます。本研究はあくまで、婚姻の相互作用が主な動因となって社会が組織されるときに何が起きるかを理論的に調べたものであることに注意が必要です。

今後の期待

本研究では、結婚に関する相互作用として人間社会に一般的なものを数理モデルで表現することで、親族構造が生まれるメカニズムを明らかにしました。人間社会に典型的な社会構造は親族構造の他にも多く存在します。そこで、今後はより多くの現象について、数理モデルのシミュレーションによって、現象が生まれるメカニズムを調べていく予定です。この一連の取り組みは、人類史に典型的な現象の中に、人間が集まって社会を作る限りいつでも働く共通のメカニズムを見いだし、人間社会の普遍性を解き明かす、普遍人類学なる新しい学問領域の創設につながると期待されます。

補足説明

  • 1.クラン
    伝統的な小規模社会に見られる集団単位。共通祖先の存在を信じることで「カテゴリーとしての兄弟姉妹」という意識によってつながっている。共通祖先は数世代上の実際上の祖先の場合もあれば、「神話に出てくる長男」などの想像上の祖先の場合もある。社会内に複数のクランが存在していて、それらが「太陽」と「月」、「火」と「水」と「土」のように対比的な性質によって特徴付けられていることも多い。(レヴィ=ストロース『親族の基本構造』、『野生の思考』)
  • 2.親族構造
    人々の結婚可能性を定める規則の体系。特に、自分の所属するクランに応じて、どのクランに属する相手を配偶者とすべきかを定める体系のことを「親族の基本構造」と呼び、本稿ではこれを単に親族構造と呼んでいる。(レヴィ=ストロース『親族の基本構造』)
  • 3.形質と選好の継承時の変異率(μ
    親から子へ文化が伝わるときの変化の大きさ。文化も遺伝子と同じように、継承されるときにわずかに変化する。本研究で構築した数理モデルにおいては、形質と選好が継承されるごとに、変異率μの大きさに応じたノイズが加わるとした。
  • 4.スケーリング則
    対象系の特徴量の大きさ(スケール)に対する観測量の依存性。今回の例では、社会の人口規模(N)と文化の変異率(μ)という特徴量の大きさについて、複雑な親族構造の生成確率という観測量が2に比例するという関係式が得られた。統計物理学では、スケーリング則が共通の現象は同じメカニズムによって生じ得る、という発想の下で現象の普遍性が探究される。

国際共同研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター
計算論的集団力学連携ユニット
基礎科学特別研究員 板尾 健司(イタオ・ケンジ)

コペンハーゲン大学(デンマーク)
ニールスボーア研究所
教授 金子 邦彦(カネコ・クニヒコ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「大自由度生命システムの次元縮減:検証、理論化、生物状態論及び神経系学習への展開(研究代表者:金子邦彦、20H00123)」、同特別研究員研究奨励費「家族構造と社会構造の生成における普遍性(研究代表者:板尾健司、JP21J21565)、ノボ ノルディスク財団研究助成金(研究代表者:金子邦彦、課題番号:NNF21OC0065542)の助成により実施されました。

原論文情報

  • Kenji Itao, Kunihiko Kaneko, "Formation of human kinship structures depending on population size and cultural mutation rate", Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS), 10.1073/pnas.2405653121

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター
計算論的集団力学連携ユニット
基礎科学特別研究員 板尾 健司(イタオ・ケンジ)

板尾 健司 基礎科学特別研究員の写真 板尾 健司

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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