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2024年9月30日

理化学研究所

早熟でも早老・短命にならない例外の生活史特性を発見

-孤独に育った魚は、早く成長して長く生きる-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チームの髙橋 知佳 研究員と西田 栄介 チームリーダーらの共同研究グループは、動物は、成長が速いと老化も速く、寿命が短いという一般的な関係性に対する明確な例外を、短命小型魚類アフリカンターコイズキリフィッシュ[1]の飼育実験で発見しました。

本研究成果は、従来考えられていた成長と寿命の関係性に再考を促し、未知の老化・寿命制御のメカニズム解明につながる可能性があると期待されます。

さまざまな動物種において、出生後の急速な成長は短い寿命につながり、逆に成長が遅いと寿命が長くなる傾向が知られています。また、寿命と繁殖能力が互いにトレードオフ[2]の関係にあることも多くの先行研究で確認されています。

今回、共同研究グループは、飼育下での寿命が最も短い脊椎動物アフリカンターコイズキリフィッシュを用いて、成長期の飼育密度が、成長、繁殖、寿命に与える影響を、その生涯にわたって包括的に解析しました。その結果、幼若期(稚魚期)の飼育密度が低密度なほど成長が速くなる一方、寿命が長くなり、1匹で飼育(個別飼育)した個体では産卵期間も長くなることが分かりました。さらにトランスクリプトーム[3]解析から、個別飼育個体は成長が速いにもかかわらず、性成熟や老化などのライフステージに対応する遺伝子発現変化は、集団飼育の個体よりも遅いことも示されました。これらの結果は、成長期の生活環境が老化プロセスなどの生活史特性[4]を変化させる可能性があることを示唆しています。

本研究は、科学雑誌『Aging (Albany NY)』オンライン版(9月16日付)に掲載されました。

アフリカンターコイズキリフィッシュの稚魚期の飼育密度と寿命の関係の図

アフリカンターコイズキリフィッシュの稚魚期の飼育密度と寿命の関係

背景

ヒトをはじめ寿命を持つ生きものは、発生、誕生(出生)、成長、成熟、老化の過程を経て、最終的に個体の終焉(しゅうえん)を迎えます。さまざまな動物種で成長と寿命の関係を調べた研究から、一般的に、出生後の急速な成長は短い寿命につながると考えられてきました。この成長と寿命の関係性は、異なる寿命を持つ種間の比較からだけではなく、同種の突然変異体や遺伝子改変動物を用いた個体間の比較でも報告されています。例えば、成長ホルモン欠損の変異マウスは成長が遅く、寿命が長い表現型を示します。この成長遅延と寿命延伸は、幼若期の成長ホルモン補充によって部分的に回復させることができますが、その場合においても成長と寿命の関係性は変化しません。先行研究を調べる限り、成長と寿命の一般的な関係性の例外は、脊椎動物では報告されていません。また、幼若期(稚魚期)の成長に直接影響するホルモン補充などの薬理学的介入が寿命に影響を与えることが報告されているのに対して、飼育密度など幼若期の環境条件と成長率・寿命との関係は、まだ十分に理解されていません。

グッピーなどと同じカダヤシ目に属する小型熱帯魚のアフリカンターコイズキリフィッシュ(Nothobranchius furzeri)(図1)は、飼育下での寿命が最も短い脊椎動物として知られており、孵化(ふか)後2カ月以内に性成熟し、平均寿命は4~6カ月です。これは小型魚類のモデル動物として一般的なゼブラフィッシュの寿命(3~5年)や、哺乳類のモデル動物マウス(2~3年)よりもはるかに短く、短期間で包括的なライフステージ解析を行うことができる脊椎動物のモデル生物として近年注目されています。共同研究グループは、アフリカンターコイズキリフィッシュの幼若期の飼育密度が、成長、繁殖力、寿命などの生活史特性に与える影響を調べました。

短命小型魚類アフリカンターコイズキリフィッシュの成魚の図

図1 短命小型魚類アフリカンターコイズキリフィッシュの成魚

研究手法と成果

共同研究グループはまず、孵化直後の稚魚を1水槽(水量0.65リットル)当り1、2、4、10、40匹で飼育し、3週齢で成長を比較しました。なお、飼育個体数の違いが食餌量に影響しないように、腹部が膨満するまで十分な餌を与えました。その結果、稚魚の飼育密度が低いほど速く成長し、1匹で飼育した個体は性成熟開始ステージにまで成長したのに対し、40匹で飼育した個体は稚魚期中期までしか成長せず、両者の体重差は約5.4倍にもなりました(図2)。そこで、成長の差が1番大きくなる2条件(1匹飼育と40匹飼育)に着目し、以下それぞれ、個別飼育と集団飼育と表記します。

稚魚の飼育密度と成長の図

図2 稚魚の飼育密度と成長

稚魚を1水槽当たり1、2、4、10、40匹で3週間飼育し、成長を比較した。体長・体重ともに、飼育密度が低いほど速く成長する。方眼紙の黒線の幅は1cm。

アフリカンターコイズキリフィッシュは性成熟を迎えるにつれてオスが攻撃的になるため、一般的な飼育実験でも稚魚の成長後は隔離して飼育します。本実験でも3週齢以後は、どの条件の個体も1匹ずつに分けて飼育を続け、個別飼育と集団飼育について、稚魚期から老年期までの体長と体重の経時変化を比較しました。その結果、稚魚期に生じた体長差は次第に小さくなり老年期には観察されなくなるのに対し、体重差は老年期まで続くことが分かりました(図3)。

個別飼育と集団飼育の体長と体重の経時変化の図

図3 個別飼育と集団飼育の体長と体重の経時変化

個別飼育(1匹飼育)と集団飼育(40匹飼育)それぞれについて、体長と体重の経時変化を記録したグラフ。「ns」は、両者の値に統計的有意差がないことを示す。稚魚期に生じた体長差は次第に小さくなり老年期には観察されなくなるのに対し(左)、体重差は老年期まで続く(右)。

これまでの成長と寿命の関係性を調べた研究から、一般的に、成長が速ければ老化も速く、寿命が短いことが知られています。そのため、共同研究グループは、成長が速い個別飼育の個体は寿命が短いと予想していました。しかし、驚くべきことに、個別飼育(1匹飼育)の成魚の方が、集団飼育(40匹飼育)の成魚と比べて雄では約32%、雌では約17%寿命が長くなりました(図4A)。さらに、稚魚の飼育密度を1水槽当たり1、2、10匹と段階的に増やして寿命を測定した場合も、成長が速くなる低密度ほど寿命が長くなることが分かりました(図4B)。以上の結果から、アフリカンターコイズキリフィッシュ稚魚期の低密度飼育による寿命延長効果は、一般的な成長と寿命の関係性(成長が速ければ寿命が短い)の例外となることが示されました。

稚魚の飼育密度と成魚の寿命の図

図4 稚魚の飼育密度と成魚の寿命

稚魚を1水槽当たり1匹、40匹(A)、1匹、2匹、10匹(B)で3週間飼育し、その後は1匹で飼育して成魚の寿命を測定した。稚魚の飼育密度が低いほど成魚の寿命は長くなる。

生活史特性で見られる一般的な関係性として、寿命と生殖能力のトレードオフはよく知られています。そこで、個別飼育と集団飼育について、青年期から老年期までの産卵数の経時変化を比較しました。その結果、個別飼育の個体は、集団飼育の個体と比べて産卵期間が4週間長くなっていましたが、トータルの産卵数は減っていることが分かりました(図5)。

個別飼育と集団飼育における産卵数の経時変化の図

図5 個別飼育と集団飼育における産卵数の経時変化

稚魚を個別飼育(1匹)、または集団飼育(40匹)で3週間飼育し、その後は1匹で飼育し、青年期から老年期までの産卵数の経時変化を調べた。稚魚時に個別飼育にした魚の方が集団飼育と比べて産卵期間が長くなる。ただし、個別飼育の産卵期初期(7~9週齢)の産卵数は集団飼育の産卵期初期よりも少ない。また産卵数が平均20個以上だった15週齢までに産んだ数の合計は、集団飼育群の方が多かった。

次に、個別飼育個体で観察された産卵期間の延長と産卵数の低下の原因を探るため、生殖腺で発現する全遺伝子を解析(トランスクリプトーム解析)し、それらの発現パターンが性成熟に伴ってどのように変化するか(トランスクリプトーム変動)を解析しました。個別飼育と集団飼育のそれぞれで、性成熟開始期、青年期、成熟期、中年期の四つのライフステージに相当する週齢の個体から精巣または卵巣を採取しトランスクリプトーム変動を比較したところ、個別飼育の遺伝子発現プロファイルは、より早期のライフステージの集団飼育の遺伝子発現プロファイルと類似していることが分かりました。例えば、青年期ステージは個別飼育では5週齢、集団飼育では8週齢ですが、個別飼育5週齢個体の遺伝子発現プロファイルが似ているのは、集団飼育8週齢個体ではなく、それよりも若いステージの性成熟開始期(5週齢)の集団飼育の個体でした。この結果は、集団飼育の個体に比べて、個別飼育の個体は、生殖腺のトランスクリプトームの変動速度がライフステージ進行に対して遅いということを示唆しています。このことから、個別飼育では性成熟開始が早まっても生殖腺の発達が十分ではないため初期(7~9週齢)の産卵数が少なく、また卵巣の老化も遅れるため産卵期間が長くなった可能性が考えられます。

さらに、個別飼育と集団飼育について、老化に伴うトランスクリプトーム変動を比較するため、老化と関連が深い代謝の中心臓器である肝臓に着目し、若年成魚と老年魚で肝臓を採取しました。このトランスクリプトーム解析結果からも、集団飼育の個体に比べて、個別飼育の個体の肝臓の老化に伴うトランスクリプトーム変動は遅い、ということが示唆されました。

最後に、個別飼育と集団飼育について、稚魚の成長に伴うトランスクリプトーム変動を比較するため、体重に応じた6段階の成長ステージの稚魚の全組織を用いてトランスクリプトーム解析を行いました。その結果でも、集団飼育の稚魚に比べて、個別飼育の稚魚は、成長に伴う全身のトランスクリプトーム変動が遅いことが示唆されました。

以上の各ライフステージでのトランスクリプトーム解析から、集団飼育の魚に比べて、個別飼育の魚は、ライフステージ進行が速いにもかかわらず、全ライフコースを通じて、トランスクリプトーム変動のスピードが遅い、ということが示唆されました(図6)。

個別飼育と集団飼育におけるライフステージ進行とトランスクリプトーム変動の図

図6 個別飼育と集団飼育におけるライフステージ進行とトランスクリプトーム変動

稚魚を個別飼育(1匹)、または集団飼育(40匹)で3週間飼育し、その後は1匹で飼育する条件下では、集団飼育の魚に比べて、個別飼育の魚は、ライフステージ進行が速いにもかかわらず、全ライフコースを通じて、トランスクリプトーム変動のスピードが遅い。

今後の期待

本研究から、幼若期(稚魚期)に他者と生活空間を共有することが、生涯にわたる個体の生命機能に影響を及ぼし、成長率と寿命の典型的な関係を超えた特定の生活史特性につながる可能性が示唆されました。近年、発生期(胎児期)や出生直後の環境がその後の健康状態や疾患リスクに関連するという「健康と病気の発生起源説」が注目されています。成長期の環境と寿命の関係を明らかにした今回の発見は、この仮説をさらに拡張するものと言えます。

また、動物の成長の速さと寿命の長さが互いに相反するとされる一般則とは異なり、アフリカンターコイズキリフィッシュでは幼若期の低密度飼育で成長が速くなるにもかかわらず、寿命が長くなることが示されました。本研究成果は、成長と寿命の関係性を考え直す契機となり、また未知の老化・寿命制御のメカニズム解明につながる可能性があります。

補足説明

  • 1.アフリカンターコイズキリフィッシュ
    アフリカ原産の小型熱帯魚。実験環境下では、孵化後2カ月以内に性成熟し、平均寿命は4~6カ月。雨季に出現する池で生息し、乾燥に強い卵を産んで乾季に耐える。このような環境で短い寿命へ進化したと考えられている。
  • 2.寿命と繁殖能力が互いにトレードオフ
    生殖能力が高く産卵数が多ければ寿命は短く、生殖能力が低く産卵数が少なければ寿命が長くなるというトレードオフの関係性のこと。
  • 3.トランスクリプトーム
    細胞内の全転写産物(全RNA)のこと。
  • 4.生活史特性
    生物が誕生してから死ぬまでの過程を特徴付ける特性。成長、生殖能力、寿命などが挙げられる。

共同研究グループ

理化学研究所 生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム
チームリーダー 西田 栄介(ニシダ・エイスケ)
(生命機能科学研究センター センター長)
上級研究員 宇野 雅晴(ウノ・マサハル)
研究員 髙橋 知佳(タカハシ・チカ)
研究員(研究当時)岸本 沙耶(キシモト・サヤ)
研究員 岡部 恵美子(オカベ・エミコ)
研究員(研究当時)農野 将功(ノウノ・マサノリ)

京都大学 iPS細胞研究所
准教授 山本 拓也(ヤマモト・タクヤ)

大阪大学 微生物病研究所 生体統御分野
教授 石谷 太(イシタニ・トオル)

新潟大学 脳研究所 脳病態解析分野
教授 松井 秀彰(マツイ・ヒデアキ)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「幼若期の環境要因(個飼育と集団飼育)が成長速度と老化速度に及ぼす影響(研究代表者:髙橋知佳)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Chika Takahashi, Emiko Okabe, Masanori Nono, Saya Kishimoto, Hideaki Matsui, Tohru Ishitani, Takuya Yamamoto, Masaharu Uno, Eisuke Nishida, "Single housing of juveniles accelerates early-stage growth but extends adult lifespan in African turquoise killifish", Aging (Albany NY), 10.18632/aging.206111

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム
研究員 髙橋 知佳(タカハシ・チカ)
チームリーダー 西田 栄介(ニシダ・エイスケ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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