理化学研究所(理研)計算科学研究センター 離散事象シミュレーション研究チームの村瀬 洋介 研究員らの国際共同研究チームは、社会における評判に基づいた協力行動について、これまで提案されたさまざまな理論研究を統合する理論を発表しました。
本研究成果は、ヒトの社会的感情の起源の理解や社会において大規模な協力を実現する仕組みのデザイン(設計)に貢献すると期待されます。
今回、国際共同研究チームは、ヒト社会において協力行動を維持する仕組みである「間接互恵性[1]」について、これまで行われてきた理論研究を一般化する理論を発表しました。間接互恵性について多様な数理モデルが提案されてきましたが、それらは個別に研究され、異なる結論に至ることもありました。本研究では、人々が互いに持つ意見の相関に着目し、一連の既存研究を系統的に理解する数理モデルを提案しました。人々が社会において協力を維持するためには「十分に意見を同調させること」が本質的に重要であることが明らかになり、人々が持つ同調性[2]の進化的起源の理解につながる可能性があります。
本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』オンライン版(11月21日付)に掲載されました。
背景
ヒトが持つ最も際立った特徴の一つは協力行動であるといわれています。個々の力は弱くとも互いに助け合い、大きな集団で協力することにより、ヒトは生存競争を生き抜いてきました。社会性を持つ動物は多いですが、ヒトは直接的な血縁関係を持たない多様な相手とも協力し合えるという点において傑出しています。進化生物学において、このような非血縁者への協力行動を説明する重要な仕組みの一つに「間接互恵性」と呼ばれるものがあります。
間接互恵性は評判を通じて、協力を維持する仕組みです(図1左)。例えば、AさんがBさんを助けたとします。その様子が社会に観測されていると、Aさんの利他的な行動が良い評判として社会に広まり、後に第三者であるCさんがAさんを助けてくれる行動につながります。つまり、Aさんの協力行動が、Cさんによって「間接」的に返報を受けることになります。このような社会では、Aさんはコストを払ってでも協力行動をとることで長期的に利得を最大化することができ、協力行動が安定して維持されると考えられます。
図1 間接互恵性の仕組みと社会の同調
- (左)間接互恵性の仕組み。ヒトの社会では、ある人(A)が誰か(B)に協力すると、それを見た周りの人たちの間で良い評判となって社会に広まり、協力した人は後に第三者(C)から協力を得られ、間接的に返報を受けることができる。
- (右)意見の同調。意見が同調している社会では、ある人に対する周りの人の意見がそろっている。同調していない社会では、それぞれの人が異なる意見を持つ。
間接互恵性を数学的に研究するために、これまでにさまざまな数理モデルが提案されてきました。これらは意見の同調の度合い(図1右)によって、公的評価モデルと私的評価モデルの二つに大別されます(図2)。公的評価モデルでは、ある人についての評判が社会全体で誤解なく共有されていると理想化したモデルです。一方で、私的評価モデルは、より現実的な仮定をし、ある人についての意見が個々のプレイヤーにより異なることを許容します。図2にあるように私的評価モデルの中にもいくつかの亜種があり、大きく三つのクラス(単独観測モデル、同時観測モデル、意見共有モデル)に分類することができます。これらのモデルはそれぞれの研究グループで個別に研究され、結論が互いに相反することも多くありました。また、それぞれの研究結果の関連性が不明確であり、統一的な議論が欠如していました。
図2 間接互恵性のさまざまな数理モデル
これまでに提案されたさまざまな数理モデルを分類したもの。意見が強く同調するものほど右に配置している。最も右にあるのが、「公的評価モデル」であり、完全に意見が同調することを仮定している。左側が「私的評価モデル」である。それぞれの人が異なる意見を持ち得るが、モデルの詳細によりさらに3種類に大きく分類することができる。
それぞれのモデルに描かれている白黒のチェッカーボードはプレイヤーがお互いに持つ意見を表している。あるプレイヤーが別のプレイヤーを「良い人」と思っている場合は白、「悪い人」と思っている場合は黒で表される。公的評価モデルの場合は、完全に意見が同調しているため、縦方向の色がそろっている。
ドナーはレシピエントに対して、協力する(C)か、裏切る(D)かを選択する。その行動が周りに観測され、ドナーについての意見が更新されていく。q:観測者の観測確率、τ:ゴシップの頻度。
国際共同研究チームは、これらのモデルの詳細には踏み込まず、「人々が持つ意見がどれくらい同調しているか」にのみ着目することで、より一般的な理解につながる可能性を探りました。
研究手法と成果
これまでの理論研究は図2のように大きく四つのタイプに分類することが可能です。本研究では、これら四つのクラスのモデルを特殊な場合として含む一般的な理論的枠組みを提案しました。この枠組みでは、それぞれの人々が意見をどのように更新するかという個々のモデルの詳細は仮定せず、「人々が持つ意見が互いにどれくらい同調しているか」にのみ着目し、問題を一般化します。そして、この一般的な枠組みの中で、どのような場合に間接互恵性による協力行動が安定して維持されるかを解析しました。
この解析から興味深い洞察が三つ得られました。
- (1)社会の人々に、意見の同調がなく、おのおのの意見が統計的に独立な場合、協力行動が進化的安定状態になり得ないということを示しました。これは、社会規範の複雑さや、評判が「良い・悪い」の二項対立かどうかなどのモデルの詳細に依存しない普遍的な結果です。
- (2)適切な社会規範の下では、人々の意見の同調が強くなるにつれて、協力行動が進化的安定状態になるパラメーター領域がより広く現れることが分かりました(図3)。これは、意見の同調が間接互恵性の安定性に対して重大な役割を果たしていることを示しています。
- (3)この一般的な理論から、上記の個別モデルの先行研究の結果を再現することもできます。これにより、これまで行われた研究結果をどのように相互に関連付けて解釈すれば良いかについての理論的見通しが得られました。例えば、ある社会規範は、公的評価モデルではとても有効である一方で、単独観測モデルや同時観測モデルでは全く機能しないということが知られていました。この顕著な差異がなぜ見られるのかについて、意見の同調性の強弱といった「意見の相関」の視点から理解することができます。
図3 意見相関の強さと協力の安定性
ある社会規範の下での、意見相関の強さと協力の安定性の関係。横軸は意見の相関の強さを表す。右端では意見が完全に同調し、左端では意見が統計的に独立になる。縦軸は、協力行動で被協力者が受ける利益の大きさを表すパラメーター。青い領域で協力行動が安定して維持され、それ以外では協力行動は安定的に維持されない。より同調した社会ほど協力が維持されやすい。
今後の期待
本研究成果は、協力行動に関するさらなる理論研究のためのマイルストーンとして重要であるだけでなく、人間を対象とした行動実験や調査研究の重要な指針となることが予想されます。
人々は自分の意見を周りの意見に同調させる心理的傾向を持っています。そのような同調性は、現代の情報化社会における意見形成や、それに伴う意見の先鋭化や社会の分断といった現代的課題にも密接に関連しています。
本研究はそのような心理的傾向の進化的起源の解明につながる可能性があります。長期的には間接互恵性の研究の進展が、これらの深刻な課題を解決し、より適切に評判や意見が共有される社会の構築に寄与することが期待されます。
補足説明
- 1.間接互恵性
社会において評判を通じて協力が維持される仕組み。 - 2.同調性
意見や考えを周りに合わせようとする心理的傾向。
国際共同研究チーム
理化学研究所 計算科学研究センター 離散事象シミュレーション研究チーム
研究員 村瀬 洋介(ムラセ・ヨウスケ)
マックスプランク進化生物学研究所(ドイツ)
グループリーダー クリスチャン・ヒルべ(Christian Hilbe)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「社会的ジレンマにおける負けないことが保証された直接互恵戦略の研究(研究代表者:村瀬洋介、21K03362)」、同国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))「情報共有が限定された社会的ジレンマにおける間接互恵性の計算科学的研究(研究代表者:村瀬洋介、21KK0247)」、同基盤研究(B)「サイバーフィジカル融合のもとでのグローバル・ガバナンス:持続可能な平和を目指して(研究代表者:阪本拓人、23K22087)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Yohsuke Murase, Christian Hilbe, "Indirect Reciprocity under Opinion Synchronization", Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS), 10.1073/pnas.2418364121
発表者
理化学研究所
計算科学研究センター 離散事象シミュレーション研究チーム
研究員 村瀬 洋介(ムラセ・ヨウスケ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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