1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2025

2025年6月19日

理化学研究所

柔軟で自己修復可能な導電体の開発に成功

-フレキシブル導電体の耐久性向上に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループの侯 召民 グループディレクター(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究所 侯有機金属化学研究室 主任研究員)、チ・ミンジュン 国際プログラム・アソシエイト、西浦 正芳 専任研究員(開拓研究所 侯有機金属化学研究室 専任研究員)、創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チームの染谷 隆夫 チームディレクター(開拓研究所 染谷薄膜素子研究室 主任研究員)、開拓研究所 染谷薄膜素子研究室のスン・ルル 特別研究員らの共同研究グループは、希土類金属[1]触媒を用いて、金薄膜への接着が期待できる硫黄元素を含むモノマー[2]とエチレンとの共重合[2]を行うことにより、フレキシブル導電体[3]に応用可能な自己修復性材料の開発に成功しました。

本研究成果は、多様な環境下で自己修復性を示す材料を基板として用いることにより、フレキシブル導電体の耐久性の向上に貢献すると期待されます。

今回、共同研究グループは、チオエーテル官能基を有するプロピレン[4]とエチレンを共重合させることにより、大気中だけではなく、水、酸や塩水などのさまざまな環境下で自己修復性を示し、ゴムのように伸縮可能な機能性材料の開発に成功しました。この共重合体は、硫黄原子を含んでいることから、金に対して高い接着性を示します。さらに、金薄膜を蒸着させた共重合体は、フレキシブル導電体として機能し、折り曲げ、ひねり、引っ張りなどの機械的変形に対しても高い耐久性を示すことが明らかとなりました。

本研究は、国際科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(6月16日付)に掲載されました。

背景

フレキシブル導電体は、ウエアラブルデバイス[5]やロボット用電子スキンなどへ応用が期待されており、近年大きな注目を集めています。これらの応用において、フレキシブル導電体に適用可能な自己修復性材料の開発は、製品の長寿命化や信頼性向上につながることから、学術的にも実用的にも極めて重要です。しかし、これまでに報告されている自己修復性材料の多くは、水や酸に対して脆弱(ぜいじゃく)な水素結合に基づくものであり、多様な環境下でも安定して自己修復性を発現し、かつ金薄膜などの導電体と優れた接着性を示す材料の合成は、これまで知られていませんでした。

侯グループディレクターらは2019年に、独自に開発した希土類金属触媒を用いて、エチレンとアニシルプロピレン[6]との共重合を達成し、得られた共重合体が損傷に対して優れた自己修復性を示すことを明らかにしました注1)。この共重合体では、エチレンとアニシルプロピレンとの交互ユニットが柔らかい成分として、エチレン-エチレン連鎖の固い結晶ユニットが物理的な架橋点として機能し、ナノ相分離構造[7]を形成しています。この構造が自己修復性発現に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。これらの知見を踏まえると、アニシルプロピレンを、チオエーテル官能基を有するプロピレンに置き換えて適切に共重合させることで、金薄膜との高い接着性を備えた自己修復性材料の合成が可能になると考えられます。

研究手法と成果

共同研究グループは、チオエーテル官能基を有するプロピレンとエチレンとの共重合により、1段階の反応での比較的高分子量の共重合体の合成に成功しました(図1)。構造解析の結果、この共重合体は、チオエーテルプロピレンとエチレンとの交互ユニットに加え、エチレン-エチレン連鎖を含む構造でした。

エチレンとチオエーテル官能基を有するプロピレンの共重合反応の図

図1 エチレンとチオエーテル官能基を有するプロピレンの共重合反応

硫黄原子(S)がスカンジウム(Sc)イオンへ配位することによって、チオエーテル官能基を有するプロピレンの炭素―炭素二重結合の挿入反応が促進され、効率的な共重合を達成した。

得られた共重合体は、約1,500%の伸び率と、約4.5メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)の破断強度を示す優れたエラストマー物性[8]を有し、外部から刺激やエネルギーを与えなくても自己修復することができました。引張試験による評価では、24時間以内に引っ張り強度が完全に回復しました。また、自己修復性は大気中のみならず、水、酸、塩水中でも発現し、これらの環境下でも修復が可能であることが確認されました。

さまざまな測定結果から、この共重合体が高いエラストマー性と自己修復性を示す理由は、柔軟性を担うチオエーテルプロピレン-エチレン交互ユニットと、物理的架橋点として機能するエチレン-エチレン連鎖の結晶ユニットによって構成されるネットワーク構造にあることが示されました(図2)。切断面同士を接合すると、エチレン-エチレン連鎖から成る固い結晶ユニットが分子間相互作用によって再凝集し、自己修復が実現されます。

図2 新しい機能性ポリマーのナノ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズムの図

図2 新しい機能性ポリマーのナノ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズム

チオエーテルプロピレンとエチレンとの交互ユニット(茶色の線)は、柔らかい成分(ソフト)として働き、エチレン連鎖は分子間相互作用によって集まり、固いユニット(ハード)を生成する。これらの固い成分が架橋点として働くことにより、エラストマー物性や自己修復性を発現する。

また、共重合体上に金の蒸着膜を形成し、50回の剝離試験を行ったところ、電気抵抗の増加は約9%にとどまり、金薄膜に対して高い接着性を示しました。対照的に、市販のポリジメチルシロキサン[9]では数回の剝離で導電性を失うため、本材料の耐久性の高さが際立ちます。

また、金薄膜を蒸着させた共重合体を一度切断し、再接合した場合でも、1時間以内に導電性が回復することが確認されました(図3)。また、金薄膜を蒸着させた共重合体は、フレキシブル導電体として機能し、折り曲げ、ひねり、引っ張りなどの機械的変形に対しても高い耐久性を示します。これらの結果は、自己修復によって金薄膜が切断界面で再接続され、電気経路が再構築されることを示唆しています。

フレキシブル導電体の自己修復の図

図3 フレキシブル導電体の自己修復

金薄膜を蒸着した共重合体に通電するとLEDが点灯し、切断すると消灯する。再接続後に再び通電するとLEDが点灯し、自己修復機能を備えたフレキシブル導電体として動作することが確認された。

今後の期待

本研究では、希土類金属触媒を用いて、硫黄元素を含むモノマーとエチレンとの共重合を行うことにより、金薄膜に対する高い接着性と自己修復性を兼ね備えた新しい機能性材料の開発に成功しました。今回開発した材料はさまざまな環境下で自己修復性を示すとともに金薄膜に対して高い接着性を示すことから、長寿命かつ信頼性の高いフレキシブル導電体の実現に大きく貢献することが期待されます。

今回の研究は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[10]」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

補足説明

  • 1.希土類金属
    元素の周期表で第3族にある、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と原子番号57のランタン(La)以下のランタノイド族の計17元素のこと。酸素、窒素、硫黄などのヘテロ原子と高い親和性を示し、これらと配位することで反応の制御が可能となる。
  • 2.モノマー、共重合
    2種以上のモノマー(単量体)が重合してポリマー(重合体)を生成する反応を共重合という。このようにして得られた重合体を共重合体という。
  • 3.フレキシブル導電体
    柔軟性がありながら電気を通す材料や構造体のこと。従来の金属線のような剛性のある導体とは異なり、曲げたり、ねじったり、伸ばしたりしても導電性を保てるのが特徴。
  • 4.チオエーテル官能基を有するプロピレン
    硫黄原子にアルキル基が結合している官能基をチオエーテル基(-SR)といい、この官能基を持つプロピレン(C2H4=CH2)のこと。
  • 5.ウエアラブルデバイス
    手首や腕、頭などに装着できる電子デバイスのこと。
  • 6.アニシルプロピレン
    ベンゼンの水素1個をメトキシ基(-OCH3)に置き換えた化合物(C6H5OCH3)をアニソールといい、これが置換基となる場合は、アニシル基という。このアニシル基を持つプロピレン(C2H4=CH2)をアニシルプロピレンという。
  • 7.ナノ相分離構造
    非相溶な高分子成分から構成されるブロック共重合体が分子間相互作用などによって自発的に凝集し、ポリマー鎖長程度のスケールでの相分離によって形成される構造のこと。
  • 8.エラストマー物性
    エラストマー(elastomer)とはゴム弾性を持つ工業用材料の総称であり、「elastic(弾力のある)」と「polymer(重合体)」を組み合わせた造語。ゴムのように伸びたり縮んだりする物性をエラストマー物性という。
  • 9.ポリジメチルシロキサン
    シリコーンの1種であり、化学的にはシロキサン結合(Si-O-Si)を主鎖に持ち、側鎖にメチル基(-CH3)が付いている有機ケイ素化合物の高分子のこと。
  • 10.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究所 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
国際プログラム・アソシエイト チ・ミンジュン(Chi Mingjun)
特別研究員(研究当時)ファン・リン(Huang Lin)
特別研究員 ジャン・ハオラン(Zhang Haoran)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究所 侯有機金属化学研究室 専任研究員)
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
チームディレクター 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(開拓研究所 染谷薄膜素子研究室 主任研究員、東京大学大学院工学系研究科 教授)
研究員 イ・ソンフン(Lee Sunghoon)
(開拓研究所 染谷薄膜素子研究室 研究員)
専任研究員(研究当時)福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
(開拓研究所 染谷薄膜素子研究室 客員研究員)
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
特別研究員 スン・ルル(Sun Lulu)

研究支援

本研究は、理研TRIPイニシアティブ(ユースケース高分子化学)および、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「希土類触媒による革新的自己修復ポリマーの創製(研究代表者:侯召民、JP23H00300)」、同基盤研究(C)「複合機能希土類触媒を用いた精密連鎖制御による機能性高分子材料の創製(研究代表者:西浦正芳、JP22K05135)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Mingjun Chi, Lulu Sun, Masayoshi Nishiura, Lin Huang, Haoran Zhang, Yuji Higaki, Sunghoon Lee, Kenjiro Fukuda, Yanan Zhao, Takao Someya, Zhaomin Hou, "Thioether-Functionalized Self-Healing Polyolefins for Flexible Conductors", Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.5c06579

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究所 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
国際プログラム・アソシエイト チ・ミンジュン(Chi Mingjun)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究所 侯有機金属化学研究室 専任研究員)
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
チームディレクター 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(開拓研究所 染谷薄膜素子研究室 主任研究員)
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
特別研究員 スン・ルル(Sun Lulu)

侯 召民 グループディレクターの写真 侯 召民
チ・ミンジュン 国際プログラム・アソシエイトの写真 チ・ミンジュン
西浦 正芳 専任研究員の写真 西浦 正芳
染谷 隆夫 チームディレクターの写真 染谷 隆夫
スン・ルル 特別研究員の写真 スン・ルル

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top