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2025年7月5日

理化学研究所
早稲田大学
科学技術振興機構(JST)
住友化学株式会社

室温にて強相関電子材料の電流方向依存の抵抗変化を発見

-キラル磁性体における非相反電荷輸送の包括的理解-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループの中村 大輔 上級研究員、田口 康二郎 グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)、強相関理論研究グループの永長 直人 グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)、早稲田大学 理工学術院 先進理工学部の望月 維人 教授、リー・ムークン 講師らの共同研究グループは、キラル構造[1]を持つ磁性体の抵抗が室温で電流方向に依存して変化することを発見しました。

本研究成果は、スピンと電子の相関を利用した情報制御に向けた基盤技術の発展に貢献すると期待されます。

共同研究グループは、電流と電圧が単純な比例関係にない「非線形電荷輸送現象」の中でも整流効果をもたらす「非相反[2]電荷輸送」が期待される、キラル構造を持つ磁性体「Co8Zn9Mn3(コバルト・亜鉛・マンガンの合金)」に着目し、室温を含む幅広い温度領域で非相反電荷輸送現象を観測することに成功しました。さらに、異なる温度・磁場の条件下で生じた、2種類の非相反電荷輸送現象を分離することにも成功しました。この二つの現象を理論解析することで、キラル構造を持つ磁性体における非相反電荷輸送現象は、二つのスピン(電子の「自転」)間の相対角度の大きさに依存するスピン散乱と、円錐状のスピン配列に伴う電子の非対称なエネルギー状態という2種類の要因によって発現していることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(7月4日付:日本時間7月5日)に掲載されました。

Co8Zn9Mn3における非相反電荷輸送現象に寄与する2成分の温度依存性の図

Co8Zn9Mn3における非相反電荷輸送現象に寄与する2成分の温度依存性

背景

私たちの身の回りには、電気を使ったさまざまな機器があります。その基本となる原理の一つが、「電流が大きくなるほど電圧も比例して大きくなる」というオームの法則です。これは中学校で学ぶ、ごく基本的な電気物理学の法則です。しかし近年、こうした比例関係ではなく、電流と電圧が比例しない「非線形」な応答に注目が集まっています。この非線形現象[3]は、電気を一方向にのみ流す「整流作用」や、微弱な信号を大きくする「増幅作用」を生み出し、高性能な半導体デバイスの鍵となっています。

これまでこうした作用は、異なる材料を組み合わせた半導体ヘテロ構造[4]によって実現されてきましたが、カーボンニュートラル社会[5]の実現などの観点から、より小型でエネルギー効率の良い電子デバイスが求められています。そのため、単一の材料を用いた単純な構造で同様の効果を引き出すような材料探索が、世界的な研究の潮流の一つになっています。

本研究では、数ある非線形現象の中でも、「非相反電荷輸送現象」と呼ばれるユニークな現象に注目しました。この現象は、空間反転対称性[1]を破る「キラル構造」を持つ物質に、時間反転対称性[6]を破る磁場を加えることで現れると期待されています。

これまでにもいくつかのキラル構造を持つ磁性体で非相反電荷輸送現象が観測されてきましたが、主に室温付近で現象が生じるような応用に結び付きやすい物質が見つかっていないことや、磁性体の中のスピン構造と非相反電荷輸送現象の関係がよく分かっていないこと、などといった課題がありました。

研究手法と成果

そこで、共同研究グループは「Co8Zn9Mn3(コバルト・亜鉛・マンガンの合金)」という特殊な金属材料に注目しました。この合金は、組成中でのマンガン量を調整することで、らせん磁性秩序[7]を引き起こす温度の変更が容易なため、室温で起こる非相反電荷輸送現象の探索とその発現機構の解明に最適な素材であると考えました。

この材料は、図1(a)に示すように、磁気状態を決定するコバルト原子が結晶中でキラルな構造(左/右巻きのいずれかにねじれた原子の配列)を形成しています。この構造と外から加えた磁場が組み合わさることで、電流の流れ方に方向による違いが現れる非相反電荷輸送現象が起こると期待されます(図1(b))。さらにこの材料では、原子位置のキラルな配置のみならず、電子の持つスピンも磁場中で円錐(コニカル)状のキラルな配列に並ぶという特徴があります(コニカルスピン配列)。そのため、原子の位置に比べて自在に制御しやすいスピンの配列構造そのものが非相反電荷輸送現象にどのような影響をもたらすのかを解明することが、本研究の大きなポイントです。これは「スピントロニクス[8]」に応用可能な、磁気と電気の動きが影響し合う「交差相関現象[9]」の一例ともいえます。

今回、非相反電荷輸送現象を高精度に観測するために、共同研究グループは髪の毛よりも細い数マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)の微小な試料(図1(c))を集束イオンビーム[10]技術を用いて作製しました。ここに高密度の電流を流し、非線形かつ非相反な電気的応答を詳細に測定しました。

Co8Zn9Mn3を使った非相反電荷輸送現象研究のコンセプトの図

図1 Co8Zn9Mn3を使った非相反電荷輸送現象研究のコンセプト

(a)Co8Zn9Mn3の結晶構造。磁気状態を決定するコバルト原子(Co)が結晶中でキラルな構造を形成している。(b)磁場を印加した試料と平行に流れる電流の大きさが、向きによって異なる非相反性を模式的に示す。キラル磁性体では、スピンが円錐(コニカル)状に配列(コニカルスピン配列)した際に示す非相反性が本研究で実験・理論の両面から詳細に調べられた。(c)実験に用いた微小試料の電子顕微鏡画像。

実験の結果、Co8Zn9Mn3では異なる温度や磁場の条件によって、正負の異なる2種類の非相反電気抵抗(電気抵抗のうち、整流効果を有する成分のみを抽出した物理量)が観測されました。それぞれの成分を分離して解析することで、理論との対応関係が明確になり、複雑な物理現象の全体像が明らかになりました。

図1(b)のように、コニカルスピン配列に比較的強い磁場をかけてスピンが強制的にそろえられた領域では、有限温度での熱エネルギーと、ジャロシンスキー・守谷相互作用[11]と呼ばれる特殊な相互作用によって二つのスピン間の相対的な向きに揺らぎが生じ、キラルな短距離スピン構造(ベクトルスピンカイラリティ[12])が誘起されます。このベクトルスピンカイラリティに依存した電子の散乱が、非相反抵抗現象(非相反電荷輸送現象)を引き起こし、室温付近でその効果が大きくなることが明らかになりました(図2(a))。

一方で、コニカルスピン配列が実現している温度・磁場条件下では、図2(b)に示すように、全く異なる非相反抵抗現象の温度依存性が観測されました。理論解析によって、電流を運ぶ電子がコニカルスピン配列の向きに応じて、非対称なエネルギーバンド構造[13]を示すことが明らかになり(図2(c))、その結果として発現機構がベクトルスピンカイラリティによる散乱とは全く異なる第2の非相反電荷輸送現象が現れることが示されました。このことは、単一のらせん磁性体において、複数の寄与による非線形な電荷輸送が起こることを示しています。

2種類の非相反電荷輸送現象の図

図2 2種類の非相反電荷輸送現象

(a)(b)Co8Zn9Mn3における、非相反抵抗率に寄与する2成分の温度依存性。点線は室温(300ケルビンは約27℃)を示す。温度は絶対温度(単位:ケルビン)。(a)は強制強磁性状態でスピン揺らぎがもたらすスピン散乱に起因する成分、(b)はコニカルスピン配列における電子エネルギーの非対称性に起因する成分のそれぞれの温度依存性を示す。(c)コニカルスピン配列状態における電子のエネルギーバンド構造(電子が取りうるエネルギーの範囲)の非対称性の模式図。kF-、kF+は左向きと右向きに進む電子の密度に依存する量であり、電流に寄与する電子のエネルギー(フェルミエネルギー)におけるエネルギーバンド構造の左右の幅がkF-およびkF+として定義される。(c)の緑色と赤色の線は、理論モデルにおける二つの電子エネルギーバンド構造を示す。左右非対称であることにより、電荷輸送現象に非相反性が現れることを示している。

今後の期待

本研究は、キラルな構造を持つ磁性体において、室温を含む幅広い温度領域で非相反電荷輸送現象を発見し、さらに異なる温度・磁場条件下で現れる2種類の非相反電荷輸送現象の発現機構を明らかにしました。これにより、キラルな構造を持つ磁性体がもたらす非相反電荷輸送現象を応用するための下地となる物理現象の深い理解が得られました。

単一の材料だけで生じる非線形な電荷輸送現象に関する理論を深化させたことは、より小型でエネルギー効率の良い電子デバイスの開発につながる基盤技術となる可能性があります。カーボンニュートラル社会の実現といった社会的課題の解決にも貢献することが期待されます。

物理学の基礎研究は将来的な技術革新の源泉となる可能性を秘めています。本研究で得られた知見は、スピンと電子の相関を利用した新たな情報制御技術、およびスピンの不揮発性や高速操作性を利用した次世代のスピントロニクスデバイスの開発の可能性を開くものであり、科学と産業の境界を超えた価値創造につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.キラル構造、空間反転対称性
    キラル構造とは、鏡に映したときに互いに鏡像関係にあるが元の形と重ね合わせることができないこと。例として右手と左手の関係が挙げられる。一方で、空間反転対称性とは、原点を中心に全ての座標軸に対して物体を反転しても、元の物体と同じになる性質のこと。キラル構造であることと空間反転対称性を持たないことの意味は類似しているが、厳密には、空間反転対称性を持たないものが全てキラル構造であるとは限らない。
  • 2.非相反
    電気や光といった信号の伝わり方が方向によって変わるという意味で、例えば一方向にしか電気を通さないダイオードや、内側からのみ外が見えるミラーガラスのような性質を指す。
  • 3.非線形現象
    入力に対して出力が比例関係とは異なる応答を示す現象。電流の整流作用をもたらすダイオードや、増幅作用をもたらすトランジスタなどが、身近な例として挙げられる。
  • 4.半導体ヘテロ構造
    異なる種類の半導体を積層した構造体のこと。作製にはクリーンルームなどの特殊な設備が必要。ダイオードのような電流を担う電子の制御性に優れたデバイスに用いられている。
  • 5.カーボンニュートラル社会
    温室効果ガスの排出量と吸収量の差を実質ゼロにした社会のこと。環境にやさしい社会をつくるための指標として、世界全体で実現を目指している。
  • 6.時間反転対称性
    時間の流れを逆にしても、物理法則や現象が変わらない性質のこと。
  • 7.らせん磁性秩序
    原子の持つスピン(電子が自転することで持つ、小さな磁石のような性質)がらせん状に回転しながら並ぶ状態のこと。
  • 8.スピントロニクス
    電子が持つ「電荷」だけでなく「スピン」も利用して、電気を流したり情報を制御したりする電子技術のこと。
  • 9.交差相関現象
    ある物理量が、別の異なる種類の物理状態によって影響を受ける現象のこと。
  • 10.集束イオンビーム
    イオン源から放出されたイオンビームを高エネルギーで加速し、レンズ系でビームを縮小することによって非常に小さい空間に集束させたもの。試料の微細加工が可能であり、透過電子顕微鏡観察用の薄膜試料作製などに使用される。
  • 11.ジャロシンスキー・守谷相互作用
    相対論的効果によって磁石の中でスピンがつくるねじれた構造がもたらす磁気的な関係もしくはエネルギーのこと。特殊なスピン配列構造をもたらす原因の一つになる。
  • 12.ベクトルスピンカイラリティ
    隣り合う二つのスピンが成す相対角度の向きを表す量のこと。
  • 13.エネルギーバンド構造
    電子が物質の中で取り得るエネルギーの分布のこと。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物質研究グループ
上級研究員 中村 大輔(ナカムラ・ダイスケ)
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
創発機能磁性材料研究ユニット
ユニットリーダー 軽部 皓介(カルベ・コウスケ)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学 卓越教授/東京大学国際高等研究所)

早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 応用物理学科
講師 リー・ムークン(Lee Mu-Kun)
教授 望月 維人(モチヅキ・マサヒト)

研究支援

本研究は、理研産業界との融合的連携研究制度(住友化学)、理研TRIPイニシアティブにより実施し、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、主たる共同研究者:田口康二郎、JPMJCR20T1)」「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人、JPMJCR1874)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「スキルミオンが持つ新しい物質機能・物性現象の開拓とスキルミオニクスの創出(研究代表者:望月維人、25H00611)」「量子非線形応答の理論的研究(研究代表者:永長直人、24H00197)」、同基盤研究(B)「マヨラナ準粒子・伝導電子結合系におけるエキゾティック超伝導の理論(研究分担者:永長直人、24K00583)」「対称性と乱れに基づく新しいトポロジカル磁性と創発機能の開拓(研究代表者:軽部皓介、23K26534)」、同学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の理論(研究分担者:永長直人、望月維人、24H02231)」、早稲田大学特定課題研究助成費「トポロジカル磁性の生成・駆動・スイッチング現象およびその手法・技術の理論(研究代表者:望月維人、2025C-133)」、Reservoir computing with topological magnetic systems (研究代表者:Mu-Kun Lee、2025C-134)、RIKEN TRIP Initiative「基礎量子科学研究プログラム(プログラムディレクター:永長直人)」「科学研究基盤モデル開発プログラム(参画研究者:田口康二郎)」「多電子集団(参画研究者:田口康二郎)」、理研産業界との融合的連携研究制度(住友化学)「強相関材料を用いた環境配慮デバイスの開発(研究分担者:田口康二郎)」の助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Daisuke Nakamura, Mu-Kun Lee, Kosuke Karube, Masahito Mochizuki, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, Yasujiro Taguchi, "Nonreciprocal transport in a room-temperature chiral magnet", Science Advances, 10.1126/sciadv.adw8023

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ
上級研究員 中村 大輔(ナカムラ・ダイスケ)
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)

早稲田大学 理工学術院 先進理工学部
講師 リー・ムークン(Lee Mu-Kun)
教授 望月 維人(モチヅキ・マサヒト)

発表者のコメント

現在の社会を支える科学技術は、多くの基礎研究の積み重ねの上に成り立っています。本研究の対象となった、物質の磁気状態によって異なる非相反電荷輸送現象に関しても、将来の社会をより豊かにする技術革新につながるように研究を発展させていきたいと考えています。最初に本研究を開始したときは、全く意味のある成果が現れずにいったん諦めかけましたが、根気よく研究を続けることで最終的に高い学術的評価をいただき、本論文の発表に結び付きました。この経験を糧に、今後も挑戦を恐れず、基礎研究の力でこれからの社会を形づくる礎を築いていきたいと考えています。(中村 大輔)

I am grateful to have the opportunity to collaborate with famous research teams in RIKEN CEMS on this topic. Nonreciprocal transport in chiral crystals is fascinating as it provides the potential for future small-size diodes, but the theory part is nontrivial since there can be multiple mechanisms. I'm glad to work with theorists, Prof. Mochizuki in Waseda university and Prof. Nagaosa in RIKEN to figure out the separate mechanisms to explain the exciting experimental data by Dr. Nakamura. I believe our work can be generalized to more complicated situations including full band structures to explore new phenomena in the future. (リー・ムークン)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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早稲田大学 広報室
Tel: 03-3202-5454
Email: koho@list.waseda.jp

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404
Email: jstkoho@jst.go.jp

住友化学株式会社 コーポレートコミュニケーション部
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JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ 安藤裕輔
Tel: 03-3512-3531
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